No.03 Introduction:アニマルなラボメンもいるのです
さて、モフスキー教授と井宮による究極のもふもふ生物創造研究が始まったわけであるが、早速ある問題点にぶつかっていた。
「教授、ピロシキかじってないで手伝ってくださいよ」
「え~、僕だって学生のテストの採点とか授業あるし、プログラミング関係はイーミャの専門でしょ。もぐもぐ」
「そうは言いますが、資料が膨大過ぎて運ぶだけでも一苦労ですよ」
そう、教授が初めに用意していた資料ファイル。
これだけでも結構な厚みであるが、VR上で再現するためにはさらに詳細なデータが必要だということが分かり、結局研究室中の資料を漁るはめになっていた。
「肉体労働も専門外だしなぁ。イーミャ、そんなに大変?」
すると井宮は即答する。
「た、大変そうに……見えませんか?」
「イーミャいつもぼけっとしてるし、たまにはいいかなと思ったんだけど。そっか、じゃあ助っ人招集するかな」
「助っ人ですか? もふラボのメンバーって、俺ら二人だけですよね」
「何言ってるの、他にもいるよ。ほら、シバさんもラボメンだし」
「ああ、シバさんも……」
「とにかく、イーミャの要望通り強力な助っ人呼ぶから」
そういうと、教授は電話をかけ始めた。
「もしもし? モフスキーだけど。うん、R・パッカー氏に協力してもらいたいんだけど、今すぐ。うん、よろしく~!」
そして電話を切った。
「教授、R・パッカー氏という方も、うちのラボメンなんですか?」
「そだよ、優秀だし力持ちでイケメンだよ。今僕の実家にいるんだけど、超特急で輸送してもらうから、明日には到着するよ」
「輸送? 何だか嫌な予感がしますが、期待しておくとしましょう」
「うん。これで研究も捗るぞ!」
そして翌日。
予定通りR・パッカー氏が来日し、井宮の補佐として研究に加わった。
「えっと、次は二番目の棚の……、あっ、ありがとうございます、パッカーさん」
パッカーさんは井宮が必要とした棚の資料を、素早く運んでくれる。
確かに優秀だった。
そして、教授とは色味が違うものの、素敵な白髪を有し、お洒落な前髪でイケメンだった。
しかし、パッカーさんは無口だ。
ただ、黙々と資料を運ぶ。
「あの、教授。パッカーさんは……その……」
「運搬係だよ。優秀でしょ?」
「ええ、助かってます。でも……」
「あ、パッカーさんはピロシキ食べないからね。午後三時になったらニンジンを差し上げてね?」
「教授、そうじゃなくて、R・パッカーさんって……」
「なんだよイーミャ。R・パッカー氏に何か不満でもあるの?」
左手にピロシキ、右手でキーボードを叩きながら教授が尋ねる。
そして、井宮はようやくここで言いたいことを告げた。
「R・パッカー氏はただのイケメンなアルパカじゃないですか~!」
その叫びを聞いて、パッカーさんもびくっとして固まった。
「だめだよイーミャ、パッカーさん怯えてるじゃん。そうだよ、パッカーさんはアルパカだよ。そして僕の大切な家族だ。それがどうしたっていうんだよ!」
「いえ、すみません。ただ、あまりにも自然にラボに溶け込んでて、R・パッカーなんて名前だから、人である可能性も捨てきれずにいたのでつい」
「常識にとらわれ過ぎだよ。アニマルな研究者だっているんだからね」
「はい」
この時、井宮は思った。
世界中探しても、アニマルな研究者がいるラボはここだけだろうと。
「パッカーさんにちゃんと謝ってよね」
井宮がパッカーさんの方を見ると、パッカーさんはゆっくりとそっぽを向いた。
「あの、すみませんパッカーさん。すごく感謝してるんです。あとで購買でキャロットパン買ってくるので、機嫌を直していただけませんか?」
言葉が通じているとは到底思えないが、井宮は許しを請う。
するとパッカーさんは井宮の方を向き直し、にこりと笑った。
それはとても完璧なスマイルで、改めてパッカーさんのことをイケメンだと思った。
パッカーさんは井宮に近づくと、もふもふした毛で頬ずりをする。
「パッカーさん、ありがとうございます」
こうして、ここに新たな絆が生まれたのだった。
「うんうん、仲良しは良いことだ。ところでイーミャ、進捗どうですか?」
「うぅ、それなんですが」
「ん?」
「資料の整理は概ね終わって、VR化に使えそうなデータもそろってるんですけど、俺VR技術に関してはあまり詳しくないんすよね」
「そうなの?」
「ええ、かなり先端な技術なので、専門の人の協力がないとこれ以上は難しいんじゃないすかね」
それを聞いて教授は少し考える。
そして提案する。
「そういえば、医学部のイケメンがVR関連の会社とつるんでたな。ちょっと聞いてみるよ」
教授はそう言って電話をかけだす。
「もしもし、モフスキーだけど。イケメン今日空いてる? うん、じゃあ今夜飲みに行こう、話もあるし。は~い」
電話が終わると井宮は尋ねる。
「誰と電話してたんですか?」
「ここの医学部の教授だよ」
「ああ、あのイケメンで有名な。友達なんですか?」
「うん、同じ教授同士ね。あのイケメンが医療系VRの研究でVR関連会社とつながりがあるから、今夜話してみることにしたよ」
「飲みに行こうとか言ってましたけど、居酒屋ですか」
「そう。乳酸菌飲料とピロシキ扱ってる居酒屋があるから、そこで会うんだ」
「そんな店あるんですね」
「興味があったら、イーミャもいつか行こう」
「ええ、ぜひ!」
「まあ、そういうことだから、イーミャはとにかくデータを可能な限りまとめておいてよ。VRに落とし込むのはイケメンと話がついてからということで」
「はい、分かりました。では、パッカーさん。もうひと頑張りよろしくっす」
研究はまだ始まったばかりだが、確実に進行していた。
協力者も増えつつあり、これから進行が加速するだろうと井宮は思っていた。
しかし、この研究は井宮の想像を超える速度で加速化することとなるのだった。