No.02 Abstract:究極のもふもふ生物を作りたいのです
「教授、今なんて?」
「だから~、究極のもふもふ生物を作るの!」
教授は真面目にそう答えた。
「そんなもの作れるんすか? というか以前教授言ってませんでしたか? もふもふした動物はどれも可愛い。優劣などつけられないのだ! って」
「そんなこと言ったかなぁ~。イーミャの聞き間違いじゃない」
わざとらしくとぼける教授。
「そうですか? 事あるごとに言ってたような……」
「あ~もうっ! はい、言いましたし今でもそう思ってますよ。でも、それはそれとして、究極のもふもふ生物は一度作ってみたいんだよ。ロマンなの!」
そういうと、教授はイーミャの机の上に分厚いファイルとどんと置いた。
「まあ、卒業かかってるし手伝いはしますけどね」
そして井宮はファイルされた資料をパラパラとめくって読み始める。
「どう?」
「どうって、まだ読み始めたばかりですよ」
「イーミャは読むの遅いからなぁ。一時間だけ時間あげるから、研究の概要くらいは頭に入れておいてね」
「やれるだけやってはみますよ」
こうして井宮は資料を読み込み。
モフスキー教授は自分の机に戻り、パソコンのキーボードを叩き始めるのだった。
そして、一時間が経過する。
「やあ、イーミャ。理解できたかな?」
教授は井宮に近づくと、可愛らしく問いかける。
「ああ、教授。一応中身は大体把握しましたよ」
「さすがイーミャ」
「でも、教授には悪いですが、これは実現不可能じゃないでしょうか?」
教授の機嫌を伺いつつも井宮は言った。
しかし、教授の反応はいたって冷静だった。
「ほほう、イーミャはなぜそう思ったの?」
意外な反応に戸惑いつつも、井宮は答える。
「この研究では、教授が集めたもふもふ生物のデータをもふ度順にソートし、高いものの共通点を遺伝子レベルで洗い出すんですよね」
「その通り」
「で、その遺伝子を集めて一匹の動物に注入。さらに活性化させることで、究極のもふもふ生物を作ると」
「そう、だからそのファイルの大部分はふもふ生物のもふ度データだったでしょ?」
「ええ。しかし、これを実行するには二つ問題があるのです」
これを聞いて教授は自分の席からオフィスチェアをゴロゴロと引っ張ってきて、井宮の隣に座った。
「イーミャ、イーミャ! もしかして結構この研究に興味あるの?」
教授はとても楽しそうに言った。
「否定的な意見を言ってるのに、何か嬉しそうですね。俺は別に……、思ったことを言ってるだけですよ」
「そう? その割にはちゃんと論理立てて話してくれてる気がするし。そういうの珍しいじゃん」
「そうすか? とにかくですね、二つ問題があって、一つは装置についてです。これ、もふ度に影響する遺伝子を選択的に採取しなくてはなりませんから人力では無理ですよね。高度なプログラムを組み込んだ、大掛かりな装置が必要になるはずです」
「プログラミングはイーミャ得意でしょ?」
「やっぱり俺の役目ってそういうところなんですね」
「僕は専門外だし」
「まあ、それは良いんですよ。できなくはない。でも、装置そのものを作るのには膨大な時間と予算が必要なんです。きっと、このラボが廃止になる方が早いですよ」
「確かにね。それで、もう一つは?」
実現が難しい理由を聞いても、教授はにこにこしたままだった。
「もう一つは、分かっているとは思いますが、倫理的な問題です。遺伝子操作による未知の生物の創造。どう考えても賛美される研究ではないでしょう」
そう、これが厳しい現実だ。
さすがの教授も、ずっとにこにこはしていられなかった。
「うん、イーミャの指摘は実に的確だ。そして、僕もそう思うよ」
「納得していただけましたか、教授。残念ながら、理論的には可能かもしれませんが、現実には無理なんです。だから……」
「だからこそだよ!」
急に井宮の言葉を遮る教授。
「だからこそ、君がここにいるんだよ」
「教授、それはどういう意味ですか?」
「君は編入でこのラボにやってきた。編入の書類を見る限り、君が大卒であるということ以外は分からなかった。このラボを希望した人の中には、君よりずっと長く動物学をやってた人間もいた。でも君だけが合格した」
「それは試験の結果がたまたま良かっただけですよ」
「たまたまで満点とるやつなんかいないでしょ!」
教授は井宮に指を指して言った。
「あ~、あれやっぱり満点だったんですね」
「自分でも確信してんじゃん! だからイーミャが何者か、あの手この手を使って調べたんだから!」
それを聞いて井宮は少々まずいなというような顔をした。
「どこまで知ってるんすか、教授」
「君がすでにアメリカの大学でIT工学の博士課程を修了してて、JASAでエンジニアとして働いてたことくらい?」
「あ~、マジすか。それを知ったうえで僕をこのラボに? 即興で身につけた知識だけで編入しようとしている僕をなぜ?」
「能力的には申し分ないし、そっちの分野に精通している人材が欲しかったし。これでも結構イーミャには期待してるんだよ?」
いつになく真剣に力説する教授。
「教授、ありがとうございます。しかし、僕がいることでこの研究が実行できるという確証はどこから……」
すると教授は立ち上がり、井宮の頭にポンと手を乗せた。
「イーミャは言ったよね。理論上は可能だけど、現実的には無理だって」
「ええ」
「じゃあ、もう分かっているはずだ。現実世界で無理なら、現実世界でやらなければいい。さあ、いつも僕のこと天才とか言ってるイーミャ。実際のところ、IT分野では君も天才なんだから、答えを導きだしてごらんよ!」
井宮の顔を覗き込みながら教授が放った言葉に、井宮は答える。
「現実世界で無理なら、仮想現実で実行すればいい。要するにVR上で再現しようというのですね」
その答えを聞いて教授が井宮に抱きつく。
「ご名答! やっぱりイーミャを引き込んで正解だったよ。ね、面白そうだし、可能でしょ?」
「まったく、そんな嬉しそうにされたら協力せざるを得ませんね。僕の負担が大きい気もしますが、確かに面白そうっすからやりましょう」
「やった。それじゃあ、動物学会を激震させるような素敵な研究をいざ、開始だ!」
こうして、究極のもふもふ生物をVR上で創造する研究が始まるのだった。