異世界転生…?
ふと、思いついたので書いてみました。
拙い文ですが宜しくお願いします。
「おい、起きろ」
そんな言葉をかけられて、意識が浮上していく。
寝ていたようなのに全く寝起きの倦怠感などがない。
それに聞き覚えのない声だ。
一体誰が、と思い目を開けると、真っ白な世界だった。
そこに無精髭を生やしたおっさんが胡座をかいている。
いや、正確には胡座をかいてふよふよと浮いていた…。
「…え、何で浮いてんの…?」
「ほぅ、目覚めて一声目がそれか。面白い奴だな。」
ニヤリと笑いながらそのおっさんは答える。
髪はボサボサだし、見るからに不潔そうだが、よく見ると顔の造形は整っている。
――それなりにちゃんとした格好すればそこそこ格好良いのに…
そんなことをぼんやりと思う。
そこでふと気がついた。
――あれ、私何してたっけ?何でこんなとこにいるんだ?
明らかにおかしいと認識しているのに、何故か今までのことが全く思い出せない。
自分が何していたのか、ここがどこなのか。
全く見覚えはないのに、かといってそれまでどこにいたのか、何故おかしいと思うのか、それもわからない。
「おうおう、悩んでんなぁ。」
思考の渦に飲み込まれそうになっていた時にふと、そんな声がかかった。
「まぁ、考えても思い出さないだろうよ。ついでに言うなら、お前、自分の名前さえ分からんだろう。」
そう言われて、つい、カッとなる。
「なっ、自分の名前くらい!!」
「ほぅ、なら言ってみろ。」
ニヤニヤとしながらおっさんが先を促す。
そして、答えようとして本当に自分の名前が分からず、結局口をパクパクさせるだけになった。
「ま、記憶がないのは当然だな。とりあえず、今のお前の現状から説明してやろう。端的に言えばお前は死の淵にいる、というのが正しいかな。あぁ、あくまで死の淵だ。つまり、まだ死んではいない。だが、死にかけている。」
男はそこで一旦言葉を区切り、反応を楽しむかのようにこちらを見た。
当の本人は何を言われているのかわからない、というような顔で呆然としている。
しばらく、沈黙が続いた後、漸く少し状況が整理できたのか、矢継ぎ早やに言葉を発する。
「…私は、死にかけている…?何かの事故に遭ったのか?それとも自殺か?他殺か?それにここはどこなんだ?何故浮いている「まぁ、待て。落ち着け。」
「とりあえず、お前は瀕死の状態にいるが、今それが何故かは言えない。ここがどこか、という事だが、そうだな、あの世と現世の狭間だ。いわゆる精神世界で、ここでの時間は外と同じには流れていない。最後の質問の何故浮いるのかについては先ほどの精神世界という事が絡んでくる。ここでは、自分の想像のままに形作れる。別に浮いているのは特に意味はない。あえて言うなら、その方が面白いだろう。相手の反応が楽しいからな。」
そう言ってクツクツと笑う。
よく笑う男だ。
女は少しずつであるが自分の中に男の言った言葉が落ちていくように感じた。
「…少しだが、今の状況は理解した。納得はしていないが。それで質問がある。一つ、お前は誰だ?二つ目に、ここは精神世界だから、自由に形作れると言っていたけど、それは容姿も好きにできるという事なの?最後に一つ、私が死にかけている理由が言えないのは何故だ?」
「ふん、一つ目の質問だが、"神"とでも言っておこうか。それが一番理解しやすいだろう。次の質問の答えは、容姿も好きに形作れる。だが、俺は別に好きに弄っているわけじゃない。まぁ、今見えているのが本当かと言われればそうでもないがな。正確に言えば俺は形を持たないものだ。今のように人間と会う時には似たような存在を形作っているだけだ。そして最後、お前は何かを勘違いしているようだが、俺は"今"何故か言えないと言っただけだ。物事には順序ってもんがある。…ここまで言えば分かるだろ?」
最後の方は唇の端を上げながら問いかける。
相変わらず楽しそうである。
人の生死を語っているのに。
「つまり、その順序を守れば教えてくれるという事ね。わかった。その順序とやらに従います。」
「あ、一つ言い忘れてたけど、必ずしも理由を言うとも言ってないからね。お前はこれから選択をする。その中で、俺が説明不要だと感じれば理由の説明はしない。」
「…不要だと感じる根拠は?」
「お前、質問好きだなぁ。根拠はお前の選択内容による。まぁ、と言ってもお前がどうしたいか聞くだけだ。これ以上質問されるのめんどくさいから、さっさと選択の質問に入るぞ。」
そう言われて文句はありまくりだったが、その質問とやらをされてしまい、結局その言葉は飲み込むしかなかった。
質問は非常に単純な内容だった。
「お前は、今死の淵にいる。そこで選択肢をやる。
まず一つ目、そのまま死の淵に立っているお前自身に戻る。これは、そのまま死ぬ場合もあるし、九死に一生を得る可能性もある。
二つ目、その体を切り離して、別の体を探す。この時、今いる世界にはもう二度と戻れない。つまりお前の住んできた世界とは違う世界に行く、要するに異世界転生というやつだな。最近流行りの。
三つ目、体を切り離して、精神体として生きる。要するに今の俺みたいな感じだ。仕事はたまにあるがそれ以外は基本のんびりできる。それにほぼ悠久の時を経て生きる事が可能だ。
この中から好きなのを選べ。因みに、俺のおすすめは三つ目だ。考える時間はいくらでもあるが、あまりに長いと後ろが詰まるんでな。この砂時計の砂が落ちるまでに決めてくれ。」
そう言うと、砂時計がどこからともなく現れた。
その砂時計をひっくり返すとサラサラと砂が下に落ちていく。
それをぼうっ、と見ながら考えた。
それから暫く考えて、砂時計の砂が残り僅かになった頃漸く顔を上げた。
「おっ、決まったようだな。で、どうする?」
「私は、私は…、今生きていた世界に帰りたい。」
「ふふん、何故だか聞いても?」
「私は、自分が誰なのかさえわからない。でも、それでも、多分現世に未練がある。それが何故かも分からないのに。最初は、生きるか死ぬかの瀬戸際なんて嫌だと思った。だって、死んでしまうかもしれない。ううん、きっと死ぬ確率の方が高いと思う。でも、何となくだけど、私、今の自分が充実していたと思えない。今の世界を捨てて何処かへ行くのは楽だけど、なんか逃げているような気がして…。私はまだ自分のやりたいことやり切ってなかったような気がして。それに、何より私の身近にいた人が悲しんでいるような気がして。ただそれだけ。」
「なるほど。では、現世に戻そう。」
そう言って、男が手を振ると意識が遠くなっていく。
ふと、自分の手元を見ればだんだんと透け始めた。
男との距離も少しずつ離れていく。
慌てて、聞かなければいけないことを口にする。
「ちょ、ちょっと待って。私が死にかけている原因はっ!!」
そこまで言って、完全に意識がなくなった。
私は病室らしきところで目を覚ました。
すぐに看護師さんが駆けつけて来てくれて、私に事情を説明してくれた。
曰く、私は数ヶ月にわたり生死の淵を彷徨っていたと。
いつ、あちら側に落ちてしまってもおかしくなかったと。
そして、ご家族の方々に連絡してきます、と言って病室から出て行った。
その後すぐに家族が来てくれた。
泣きながら無事で良かったと、戻ってきてくれてありがとう、と。
家族との再会がひと段落ついた後、私が死にかけていた原因を教えてもらった。
事故だった。
女の子がボールを追いかけて道路に出たのをかばったそうだ。
親からはお願いだからそんな危ない真似をしないで、と。きつくお叱りを受けた。
暫くして、医者から診察を受けた。
事故のショックで少し記憶に混濁が見られるが、生活していればそのうち徐々に戻っていくだろう。
体の方はリハビリは必要だが、後遺症は残らないだろう、と。
あの精神世界で意識を手放す直前に彼はにんまりと笑いながらこう言った。
『本当に生きたいと思うなら、生きようともがけ。生きることを諦めるな。』
私はこちらに戻ってきたことを心の底から良かったと言える。
毎日がとても充実しているからだ。
やりたい事の為にできることを全力でしている。
私は今リハビリに励んでいる。
異世界転生…しませんでした、というお話。
最近の流行りを裏切ってみました。
ありがとうございました。