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第六話


 翔人と雪菜は、徒歩でショッピングモールに来ていた。

 翔人ひとりなら自転車で来たのだが、雪菜の自転車がないので無理だった。


「お金、全部出してくれるって本当?」


 前を歩いていた雪菜が楽しそうに翔人に振り返ってくる。

 翔人の表情は対照的に忌々しそうに歪んでいる。

 雪菜の中では、もう今朝の寝起きのことはもう気になっていないらしい。普段通りの雪菜に戻っていた。

 そのおかげで、翔人も平静を取り戻している。


「お前が、金を少しも持ってないとか言うから、仕方なくだ」

「けど、ヤスさんにもお金貰ってきたんでしょ」

「そうだ」

「なら、翔人の出費は少しだ」

「どれだけ買うつもりだよ!」


 少しも遠慮というものを感じさせない顔の雪菜に、思わず翔人は突っ込む。


「どれくらいって、下着を数セットと、歯磨き粉とか、歯ブラシとか……いろいろ!」


 翔人の肺からは長い長いため息がこぼれ出た。

 結局、ヤスさんに脅迫される形で、翔人はなし崩し的に雪菜は何日も白兎荘に泊まることになった。

 そして、今朝になってヤスさんにお金を少し渡され、雪菜の下着類や生活用品を買って来いと命令された。私服や寝るときのスウェット等はヤスさんが貸してくれるらしい。

 それに雪菜も同意した。

 けれど、直接肌に触れたりするものは別。

 今、翔人は週末の休日、日曜日を望まない外出に捧げていた。

 確実に、ヤスさんはこの状況を面白がっていた。


「で、最初はどこから見るんだ」


 さっさと買い物を済ませてしまたい翔人は、雪菜を促す。


「とりあえず百均。あるよね?」

「あるぞ」


 翔人も生活用品を揃えるために何回も来ているし、百均の場所は知っていた。さっきまで前を歩いていた雪菜が横に並んで歩く。

 百均に向かって、一緒に歩いていく。

 百均は二階にあった。フロアの四分の一くらいを占める大きなものだ。

 百均に入ると、雪菜は真っ先に箸のところに向かった。真剣にひとつひとつ眺めて選んでいる。


「百均の箸なんて、全部同じだろ」


 翔人が後ろから声をかける。


「そんなことはないよ! 気に入った箸で食べるから、ご飯はおいしいんだよ」

「……力説ありがとう」


 体ごと翔人に向けて反論してきた雪菜を、くるっと回して箸向きに戻す。


「とりあえず、さっさと選べ」

「りょーかいっ!」


 雪菜は箸選びに戻る。

 翔人は箸と向かい合った棚にあるマグカップを眺めていた。青いラインが斜めに入ったシンプルなマグカップを見つけ、いいなと思っていると雪菜から呼ぶ声がした。


「ねえ、どっちがいいかな?」


 雪菜が、二つの箸を見せてきた。

 ひとつは、持ち手が緑地で花びらが描かれているもの。もうひとつは、ピンク色の持ち手にいくつかの花がかわいらしく描かれているもの。


「こっちだろ」


 翔人はピンク色の物を選ぶ。

 なんとなく雪菜には落ち着いた緑色のものは似合わない気がしたのだ。

 案の定、雪菜は翔人のチョイスに満足したらしく笑顔で翔人が持つ籠に箸を入れる。


「じゃあ、次はマグカップだね」


 雪菜はさっきまで翔人が見ていたマグカップの群れを、箸と同じように真剣な顔で選び始めた。

 翔人は、このペースならそこまで時間はかからなさそうだ、と予想をつけた。

 けれど、それは大きな間違いだったと昼食時に気がついた。

 雪菜はひとつひとつに悩み、物によってはいくつかの店をまわってから最初の店に戻るなんてこともあった。当然、時間がかかる。

 気付いたころには昼食時は過ぎ去っていた。そのおかげで空いた店内で食事ができたのだが、午後もこれが続くという事実が翔人の体を重くしていた。


「次はどこへ行くんだ」


 氷がすっかり溶けた水を喉に流し込む。冬でも暖房の効いた店内は暑い。


「んー、そうだね」


 食後のデザートだったパフェを食べ終えた雪菜は、今までに買ったものを指折り確認していく。


「あとは……下着、くらいかな」


 意外と買うものは買っていたらしい。項目がそもそも少ないので、当たり前なのだが。翔人が買っていたら午前中にここまでの買い物は終わっていた。

 最後の、そう……下着を除いて。


「じゃあ、行こっ!」


 雪菜は翔人の気後れなど気にせずに立ち上がってしまう。

 翔人は重い足を進ませ、会計を済ませる。

 ヤスさんからもらったお金は、ここで尽きてしまった。あとは翔人の自腹になる。

 見通しが甘かった、と翔人はため息をついた。まさか、ヤスさんもわざと少なめに渡したりはしていないよな。


「早く、早く」


 どんどん重くなる足取り。

 雪菜の催促が翔人には、向かい風にしか感じられなかった。

 なかなか進まない。進みたくない。

 それでも進むには進んでしまっていた。男には一生縁のないだろう店の前にたどりつく。


「ひとりで行ってこい。俺はその辺で待っているから」


そう言った翔人の足はもう店から遠ざかろうとしていた。


「ダメ」


 翔人の胸が跳ねる。こいつは今、なんて言った。


「お前、男が女の下着を買うのについていくなんて、恥ずかしいだろ! それともお前は下着を俺に晒したいのか? 変態」


 雪菜の顔が羞恥に染まっていく。


「翔人のバカっ。エッチ!」

「何だよ、お前が先に……っ」

「誰が一緒に行くなんて言ったのよ!」

「ゆきっ……」

「とにかくっ」


 雪菜が逃げようとしていた翔人の前に仁王立ちした。


「お店の前で待っていてよ。中にはひとりで行くからさ」


 雪菜が腕を掴んで顔を寄せてくる。

 見つめてくるのが、とても恥ずかしい。

 店の前で腕を掴まれ、見つめられている状態で通路にいるのは周りからの目線も痛かった。耐久力は、翔人の方が弱かった。


「……分かった。待っているから早く買ってきてくれよ」


 せめてものお願いだ。


「うん。分かった」


 翔人の切なる願いが届いたのか、雪菜が小走りで店内に入っていく。

 翔人は息を吐いて、近くの壁に寄り掛かった。

 周りからの視線を気にしないように、顔を伏せて周囲を視界に入れないようにする。それでも、意識していれば感覚は鋭敏になる。


「…………」


 待っている時間が非常に辛い。

 男が女性用下着売り場の前で腕組んで、壁に寄り掛かっている。

 翔人が見ても、こいつ変態かよ、くらいには思っていただろう。その状態に今、翔人自身が陥っている。

 顔を上げれば、一瞬で自分を見てくる人間がたくさんいるように錯覚してしまう。

 しばらく待っていると、雪菜が店内から出てきた。

 しかし、手には何も持っていない。


「何も買ってきてないじゃんか」

「お金、持ってないし」


 雪菜は翔人の前まで来ると、腕を掴んできた。

 そのまま、翔人を引っ張っていく。行き先は、もちろん決まっていた。

 翔人は全力で抵抗する。


「恥ずかしいけど、翔人が来ないと買えないでしょ」

「それでも、入るのは嫌……だ」


 服が伸びようが気にしない。どうしても、翔人はそこに入りたくなかった。


「分かった。手を放してくれ」

「はい。ちゃんとついてきてよね」


 雪菜は翔人の手を放して、先に行こうとする。

 そうじゃない、と翔人は慌てて腕を掴んで止める。


「ほら」

「何、これ」


 雪菜は翔人が差し出したものを見て、首を傾げる。


「何って、お金だろ」

「渡しちゃっていいの?」


 雪菜はまた首を傾げた。手を伸びかけているが。


「無いと買えないだろ。買って来い」

「おつりとかごまかしちゃうかもしれないよ?」


 翔人は伸びかけていた雪菜の手を取って、お札を持たせる。


「お前はそんなことしないだろ。足りるか?」


 翔人は、足りなかったときのために財布を出して、額を聞く。男にはいくらかかるかなんてものは分からない。


「あ、ありがとう。足りる」


 やけに驚いたような目で雪菜が見つめてきた。


「俺の顔に何かついているか?」

「いや、何も」

「じゃあ、買ってきてくれ。ここにいるのは気まずい」


 翔人は頭をかく。


「行ってくる」


 雪菜が店内に戻ったので、翔人もさっきまで寄り掛かっていた場所に戻る。

 さっきの雪菜の顔が気にくわない。お金を出そうとした翔人の顔を、驚いた顔で見ていたのだ。

 また、周囲の視線が気になる悶々とした時間が過ぎた。


「お待たせ」


 雪菜がかわいらしい紙袋を手に出てきた。


「はい、おつり」


 そう言って、お金を手渡してくる。


「他に必要な物はないのか?」


 翔人は、お金は受け取らずに聞く。


「ない、と思うけど」

「じゃあ、欲しい物や、あったら便利な物は?」


 雪菜は上を向いて考える。


「手鏡とか、リップクリームとか?」

「じゃあ、それで買えるなら買っとけ」


 翔人はおつりを差し出していた雪菜の手を、下ろさせる。


「本当にいいの?」

「いいよ。どうせ何日か生活するなら買っておけ。途中で欲しいって言われて買いに来るのも面倒だから」

「……ありがとう」

「お礼なんていらないから」


 翔人はちょっと引き気味に答える。


「ありがたく受け取りなさいよー」


 雪菜は笑って、詰め寄る。翔人も、つられて仏頂面から若干の笑みがこぼれた。


「じゃあ、行こっ」


 雪菜は始めと同じように、楽しそうに笑って翔人の手を引いた。


「もうちょっとゆっくり歩いてくれ」


 翔人が注意すると、雪菜が振り返って翔人の横に戻ってくる。

 向けられた雪菜の笑顔から、翔人は顔を逸らした。



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