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第二話

 風呂上がりに暖かい飲み物を飲もうと思って、台所でお湯を沸かす。

 外ではまた、雪がちらつき始めたみたいだ。

 雨のように音はしないが、コンロで燃える火の音以外にこれといった物音はない。

 雪の降る様子は時にしんしんと表されるが、ピッタリな音だと翔人は思った。

 することもなく、じっとやかんを眺める。側面にはくすんだ顔がうつっている。


「雪か……」


 まだ一年生だった頃、この時期でも入居した時にいたメンバーは一人も欠けずに残っていた。懐かしい。

 その時は、机の上に雪だるまがいた。

 白兎荘の周りには降らなかったが、近くの山では少し登れば積もっていたらしい。先輩が取ってきたと思ったら、雪だるまを作って食卓に置いたのだ。

 山で取ってきたのか、赤い小さな木の実のつぶらな瞳だった。

 それを使うなら雪ウサギを作ったらどうか、なんて言ったことが思い出される。白いウサギの白兎荘にピッタリじゃないか。

 その雪だるまは一日と持たずに溶けて消えてしまったが。当然だ。

 特に冷やすことはせず、台所という火を使う場所に放置した上に、男が何人もいる熱気があったのだ。すぐに溶ける。

 静かな笑いがこみあげてきた。

 甲高い音とともに、やかんから蒸気が噴き出る。

 翔人は火を止めて、ポットにお湯を注いだ。残ったお湯は、白地に黒いラインの入ったシンプルなデザインのマグカップに注ぎ、ココアをつくる。

 振り返って食卓を見たとき、寂しさを覚えた。

 いつもなら気にしないのにな、と翔人は今の自分を不思議に思う。

 あの頃の思い出が蘇ったからだろう。

 珍しい雪を見て、感傷に浸っているのかもしれない。

 寂しい食卓を見て翔人は思った。今年も雪だるまを食卓に置いてみようか。独りだが、ちょっとした慰めになるかもしれない。

 今まで秋から三か月ほどは特に寂しさは感じなかったが、初めて一人で過ごす冬だ。思ったよりも心にきているのかもしれない。

 ココアを飲み終わったら、ウィンドブレイカーを着て、外に出て小さな雪だるまを作ろう。

 翔人はココアを飲み終わると、ポットと洗ったマグカップを自分の部屋の机の上に置いて、壁に掛けてあったウィンドブレイカーを羽織る。

 しっかりと前を閉めなければ、風が入って寒いだろう。一応、マフラーをしていくことにした。

 寒くないかな。翔人は手袋を持っていなかった自分を恨んだ。いつも外を歩くときはポケットに手を入れているからいいのだが、これから行くのは雪だるまづくりだ。手袋がないのは辛いかもしれない。

 だが、ないものはないので、仕方なく翔人はそのまま外に出ることにした。


「……寒いな」


 やっぱり寒かった。

 思わず訴えるような声が口をついて出る。ふるるっと玄関前で体を震わせる。

 さっさと作って中に戻ろう。

 だが、玄関周りの雪は翔人が走って通ったせいか散らばり、どこか黒ずんでいるように見える。

 できれば、真っ白なきれいな雪で作りたいものだ。

 少し足を伸ばしたところにきれいな雪がある。

 翔人は玄関から離れて、歩道の方へ足を進めた。いまだに踏まれた形跡はなく、小さな雪原のように平らだ。

 二十歳の大学生が独りで雪遊びか。

 翔人は少し恥ずかしくなってきた。

 まるで、子供だ。精神年齢が小学生だと思われるだろう。

 雪を固める手が速くなる。冷たい。

 風呂上りからしばらく経ったとはいえ、温かい翔人の手には心地よく感じられた。けれど、触っている内に手が痛くなってきた。

 雪をきれいな球形に固めるのは、案外と難しかった。作っても、どこかが出っ張ったり、歪な形になってしまう。

 納得の形になかなか仕上がらない。

 翔人は時間も寒さも忘れて、きれいな雪玉を作ろうと葛藤していた。

 あまり強く固め過ぎても、上に小さな雪玉を乗せづらくなる。大きさも重要だ。食卓に乗せるくらい。

 雪だるまだけじゃなくて、雪ウサギも作ろう。

 まだ雪だるまも完成していないのに、翔人は欲張りになってきた。

 すぐそこに耳にちょうどよさそうな葉っぱを見つけた。少し拝借するくらいならいいだろう。

 結構コツを掴めてきて、ようやくひとつめの雪玉が完成する。雪だるまの胴体部分だ。

 さて、次は頭部分だ。翔人はさっきよりも少なめの雪を掴み取る。


「せーの、えいっ」


 熱中していた翔人は、人が近づいていて、しかもかわいらしい掛け声とともに、雪玉を投げたことに気が付かなかった。

 下を向いていた翔人の頭に、雪玉が激突し散る。

 そこでようやく翔人は気が付いた。


「ふふん、お兄さん独り?」


 女の子がそこにいた。

 街灯から外れた位置にいた翔人からは、街灯の真下にいる女の子は景色から浮き出て見えた。

 街中にいるような服装の彼女が、こんな静かな住宅街のはずれのような場所にいるのは不自然な気がする。

 でも、どこかしっくりきているのはなぜだろう。

 キャメルのダッフルコートに、フリル調のスカートにタイツを合わせて、ブーツを履いている。

 さらに、マフラーを巻いて完全な防寒装備だった。街灯に照らされた長い髪はつややかにきらめいていて、照らしているのが街灯だと思えないくらい滑らかな曲線を浮かべていた。

 一言で表す。かわいい女の子だった。

 マフラーで顔が少し隠れているが、満面の笑みであることが顔全体から、体全体から伝わってくる。

 感情が分かりやすいくらいに伝わってきた。

 その女の子の突然の登場に、呆然とする。

 翔人は女の子を見つめて、固まってしまっていた。


「独り、なのかな? 独りっぽいね!」


 花を周囲に飛ばしているかのような声で、女の子は翔人の神経を逆なでしてきた。

 勢いに負けて、翔人は硬直する。

 イッタイコノオンナハナンダ。


「お兄さん、おいくつ? 何作っているのかな? 雪だるま?」


 近づいてきた女の子は、翔人の目の前まで来ると腰を折って目線を翔人に合わせてくる。

 予想以上に顔が近くなって、翔人は硬直から解放される。


「だ、大学生が独りで雪だるま作って悪いか」


 見た感じ、明らかに翔人の方が年上だろう。

 同じくらいの大学生に見えるが、これで年上とか言われたら、ちょっとショックだ。

 しかも、馬鹿にされている気がする。敬語なんか使うものか。


「なーんにも悪くないよ。あたしだって大学生だけど、独りで遊んでいたし」


 顔が近い。

 間近で見ると、やっぱりかわいいことが分かる。

 長いまつげに、くりくりと大きな犬のような瞳。小さな鼻がかわいらしい。まるで小型犬のような愛くるしさがあった。

 柄にもなくどぎまぎしてしまう。


「おひとり様同士、今度は一緒に遊ぼう!」


 そう言って、女の子は翔人の横にしゃがみ込んで、翔人と同じように雪玉を作り始めた。


 強引で、唐突な場面展開についていけてない。


「お兄さん下手でしょ、雪玉づくり」


 展開の速さについていけなかったが、そのセリフは図星だった。


「ほら」


 女の子が雪玉を見せてきた。

 確かに翔人がつくるよりも速いのに、翔人がつくるのよりも形がきれいだ。


「うまいな」


 これには思わず感心してしまった。

 翔人の反応に女の子が、でしょ、と得意げに笑う。だが、その微笑みは悪戯めいていた。


「えいっ」


 女の子が翔人に見せていた雪玉を投げた。またもや翔人は頭部に雪玉をくらう。

 しかも、今度は顔面だ。突然のことにかわしきれず、もろにくらう。


「お前なあ……」


 翔人は顔についた雪を右手で払いながら、左手で雪を掴む。

 それを、立ち上がるついでに女の子の顔面に放った。

 女の子も油断していたのか、顔に思いっきり雪がかかっている。


「お兄さん、ひどいよ」

「自業自得だ」


 人を馬鹿にしやがって。


「あたし、女の子だよ? 女の子の顔に何かかけるなんて信じられない。それに、初対面の女の子にタメ口はダメだよー」


 女の子は体を起こし、顔に掛かった雪を払う。

 鼻の上に雪が乗っていた姿は、やっぱりかわいかった。

 それに、思ったより身長が低い。翔人からすれば全国平均の身長の女の子でも小さく感じる。女の子は平均よりも小さく感じた。

 それが、小動物という印象により強いイメージを残す。

 女の子の言葉に負けていられないと、翔人は言い返す。


「そっちこそ初対面の顔面に雪玉ぶつけやがって。一回目は声すらかけてないぞ。無礼はそっちだろ」

「いいじゃん、いいじゃん。遊びの延長だもん」


 女の子は臆した風もなく、楽しそうに体を躍らせている。


「遊びの延長がなんだ。それに、お前年下だろう。俺はわざわざ年下に敬語は使わない。お前こそ、年下なんだから俺に敬語使え」


 女の子の楽しそうだった動きが止まる。

 どうやら、翔人の言葉が女の子の何かを刺激したらしい。


「お兄さん、さっき大学生って言っていたけどいくつだ!」


 女の子が翔人に指を突きつけてくる。年下と思われたことが癇に障ったらしい。


「大学二年生の二十歳だ」

「同い年じゃん。敬語使えー」


 驚いた。女の子も大学二年生らしい。高校三年生でも二年生でも通じそうな雰囲気なのに。


「同い年でも使わない。むしろ使わない」

「誕生日いつよ」


 こういうところは見た目相応らしい。


「十月十五日だ。お前は」

「二月九日だ!」


 女の子が悔しそうに叫ぶ。


「十九じゃねえか。さっき俺、二十歳って言ったよな?」

「うるさい! 敬語使いなさい」

「いや、お前の方が年下だし」

「もうっ。そんなんじゃ、彼女できないよ。お前って呼んだり、いきなりタメ口だったり」

「余計なお世話だ。それに、彼女だっていたことある。馬鹿にすんなよ」

「嘘だっ!」

「本当だ」


 女の子が後ずさる。

 オーバーリアクションだな。そんなに翔人に彼女がいたことがショックなのだろうか。

 いちいち失礼な反応をする。


「けど、別れて、今はいないでしょ?」


 図星を突かれる。確かに、半年ほど前に別れている。


「すぐに別れちゃいそうだもんね。今年のクリスマスもぼっちで過ごした人だ」


 翔人の沈黙を肯定と取ったらしい。

 肯定で正解なのだが、神経を刺激するような言葉が余計だ。いや、全部が全部、余計だ。


「お前はどうなんだよ」


 ここらで仕返ししてやる。


「だから、お前って呼ばないの。あたしはクリスマス独りじゃなかったし」


 得意げな顔でよく言う。言い回しからバレバレだ。


「どうせ女友達と慰め合いの女子会だろ?」

「なっ、ふん。友達関係は大事だもん!」


 女の子は偉そうな態度は崩さずに、開き直る。


「彼氏いないなら、俺のことは言えないな。同じレベルなんだし」


 翔人はしてやったり、と笑いながら言ってやる。

 すると女の子は片足を後ろにひく。何をしている、と翔人が疑問に思った次の瞬間には雪を翔人に向かって蹴り飛ばしてきた。


「てんめえ!」


 飛んできた雪を両手で振り払う。

 視界が明瞭になった時、雪玉をせっせとつくる女の子の姿があった。数はどんどん増えていく。

 まさか、あれを投げてくるつもりか?

 そう思った翔人も、せっせと雪玉をつくる。だが、女の子は雪玉をつくるのが速い。案の定、女の子は雪玉をどんどん投げつけてくる。

 とんでもない集中砲火に、翔人は雪玉をつくるどころではなくなってしまう。

 女の子の雪玉は基本的に柔らかめだが、ときどき固くされた雪玉もあって悪質だ。

 雪玉は手に持っているものだけで、女の子の砲火に隙がないため、翔人は反撃できていない。

 女の子のわきに積みあがった雪玉がなくなるのを待つしかない。

 しばらく雪玉を耐えていると、雪玉の波がやんだ。

 今だ。

 翔人は手に持っていた雪玉を女の子に向かって投げる。


「きゃっ!」


 当たると、女の子が桃色だか、黄色だかの声をあげた。

 こっちを見ると、ほっぺたを膨らませて翔人を睨んでいる。自分から投げてきたのに。

 翔人は女の子が投げてきた中で、まだ形の崩れていない雪玉を拾って補強し投げ返す。女の子も負けじと手早く雪玉をつくって投げ返してくる。

 雪だるまづくりは、完全に雪合戦に変わっていた。

 翔人はいつのまにかこの雪合戦を楽しんでいた。

 雪の珍しい地域に住んでいるせいか、滅多に遊ぶことのない雪で遊べて本当に子供に戻ってしまったのかもしれない。

 そうして、しばらく雪玉の応酬をしていると周りから雪が無くなっていることに気が付いた。

 それを見て、翔人の手が止まる。

 女の子も、手が止まっていた。


「楽しかったね!」


 白い息を吐きながら、女の子は笑った。


「まあ、楽しかったな」


 翔人は素直に認めるのも癪だったので、そっぽを向きながら言う。


「それより、お前は時間を気にしなくていいのか? もう、それなりに遅い時間だぞ」


 翔人が雪だるまを作り始めたのが、八時くらいだ。

 それから雪合戦をしてしばらく経っている。

 今、翔人は時計を持っていないが、九時近い時間になっていてもおかしくはないはずだ。

 帰るなら、そろそろ帰らないと遅くなってしまい、女の子一人で帰宅するには危ない時間帯に入ってしまうかもしれない。

 もちろん、今から女の子を自宅近くまで送って行くなって甲斐性は翔人にはない。

 それなりに深い関係なら考えるが、知り合って数十分の名前も知らない女の子だ。

 女の子のほうも知り合って数十分の男に送ると言っても、自宅についてこられるのは怖いだろう。


「そうだ!」


 そこで女の子は何かを思い出したように、頭の横で人差し指を立てて見せた。

 続く言葉は、刺激的な物だった。



「君の家に泊めてくれないかな?」


次回の投稿は、12月15日(木) です。

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