第11話
とても短いです。すいません。
「その女の子が、どう関係しているんですか?」
気分の悪くなる話だ。
翔人は湯呑に残っていたお茶を一気に飲んだ。
ヤスさんも暗い顔で湯呑の中の水面を眺めていた。
「まだ続きがあるんだ」
ヤスさんはまたぽつぽつと話し始めた。
「それからしばらく女の子は白兎荘に通うようになった。何も知らない、大学での様子しか知らない人から見たら通い妻をしているとしか見えなかった」
ヤスさんの口は重そうにゆったりと動く。
「けれど、男の子のほうが自殺してしまった。そのあとを追って、女の子も白兎荘の彼の部屋で自殺したの。確か、いまくらいの時期だったと思う」
そこでようやくヤスさんは持ってきていたアルバムに手をかけた。
「その女の子の名前はね、雪菜」
翔人は示された一枚の写真を見て固まった。
見知った顔が、その色あせた写真の真ん中に写っていた。
白兎荘の前で撮られたであろう写真の中で雪菜は笑っていた。話を聞いた後に見る笑顔は、途轍もなく痛々しく見えた。
本当はこんな風に笑うような気持ちじゃなかっただろう。
「初めてあの子を見た時から違和感がしていたの。でもはっきりと分からなかった。あれからいろいろ探してみたら、これが出てきたってわけ」
「本当に雪菜なんですか」
「分からない。確かにこの写真の女の子の名前は雪菜だけど、あの時自殺してしまっているはずなの。自分でも信じられない」
翔人も信じられずに写真をじっと見ていた。
けれども、見れば見るほどその姿は雪菜だった。
「幽霊」
そんな言葉がするりと出てきた。
「白兎荘の女の子の幽霊」
「まさか、そんな噂……」
ヤスさんが目を見開いている。
ぞくっと寒気が背筋を走り抜けた。
時計を見るともう夜も遅い。
「ヤスさん。今日は遅いので帰りますね」
嘘だ。
話が衝撃的過ぎて、何も考えられない。少しでも落ち着くために一人になりたかった。眠りたかった。
ヤスさんは察してくれたのか、
「分かった。ゆっくり休んでね」
と送り出してくれた。
上着の前を手で閉じて、深くなった夜の寒さが服の中に侵入してくるのを防ぐ。
急いで白兎荘に戻り、雪菜を起こさないように気を付けてココアを淹れて飲んだ。
「温かい」
そんな一言を言いたくなった。
頭が凍っていしまっている。
翔人はココアで温まってから、布団の中から外を眺めていた。
頭はぼんやりとして、雪菜の姿が浮かんでは消えていった。
「翔人!」
「うわっ」
雪菜が布団の中の翔人にしがみついてきた。
部屋の扉は開け放たれ、雪菜の顔は涙でくしゃっていた。
「翔人。怖いよ」
涙にぬれた声でなおもしがみついてくる。
「……何が怖いんだ」
「あの部屋。あの部屋が怖い」
部屋。
一瞬考え込んでから、雪菜が今寝ている部屋だと分かった。
そして、理解した。
雪菜が寝ている部屋は、ヤスさんの話に出てきた女の子が連れ込まれた部屋だ。
それに気が付いた時、そのまま口に出ていた。
「……雪菜。お前、幽霊なのか?」
それを聞いた雪菜の顔が上がった。
その目は驚愕に見開かれ、涙がとどまるところなく溢れた。
声は出ないが、口元は動いていた。
どうして。
そう雪菜の唇は動いていた。
「そうなのか?」
問い詰める。
雪菜は後ずさって部屋から出ていこうとした。
翔人はその腕を掴んで引き寄せる。
目の前に膝をついた雪菜はいつもよりも小さな存在に見えた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごべんなざい。許して、ゆるじて……」
雪菜は俺の顔を見ずにそうブツブツというだけだ。
「おい」
いつもよりも乱暴になってしまったと思ったのは遅かった。
雪菜の顔が苦痛に歪み、腕に走った激しい痛みに翔人は雪菜の腕を手放した。
雪菜はその隙に部屋を飛び出していった。
「待ってくれ!」
翔人も雪菜の後を追って部屋を出たが、そこに雪菜の姿はなかった。
階段を駆け下りる音もしない。
まるで消えてしまったみたいに。
「痛い」
翔人の右腕についた噛み痕がズキンと疼いた。