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第10話


「こんばんは」


 翔人は今朝送られてきたメール通りに、ヤスさんのもとへ夕食後にやってきた。

雪菜には、ヤスさんのところに顔を出してくると伝えてある。

 ついてくると言い出したが、少し白兎荘の話をしてくるだけだから、外寒いから風邪ひくから、とか言って、白兎荘にいてもらった。


「いらっしゃい」


 いつも通りに奥の部屋からヤスさんが姿を現す。


「とりあえず座りな。お茶淹れてくるから」

「えっ。長くなります?」

「少し長くなるかもしれない。明日、課題とかあった?」

「いえ、特にないですけど……」


 ちょっとした呼び出しだと思っていた翔人は、意表を突かれた形となった。

 確かに、呼び出すにしても普段とは雰囲気が違うというのは感じ取っていた。

 一体何があったのだろう。

 雪菜を来ないようにしたってことは、俺個人の事か、雪菜の事か。

 分からないな。

 呼び出される理由に検討もつかずに悶々として待っていると、ヤスさんが一冊のアルバムとお茶を持って戻ってきた。


「ま、とりあえず一息つきな」


 ヤスさんは持ってきたアルバムを脇に置いて、お茶を一口すすった。

 翔人もそれに倣ってお茶をすする。

 冷え切った夜にはありがたい温かさだ。温い。


「何から話し始めようかな……」


 ヤスさんがどこか遠いところを見るかのように目を細めた。


「そうだね。白兎荘が『退学寮』なんて呼ばれるようになる少し前の話からしよう」


 相手が溶けてしまうくらいの熱を持った恋をした女の子の、ね。

 そう翔人に笑いかけ、ヤスさんは口が重くなったかのようにゆっくりと話し始めた。




 * * *




「雄二、どうしたのその怪我!」

「……お前には関係ない」


 雄二はそっぽを向いて足を速める。

 わたしは置いて行かれないように懸命に足を動かした。


「関係あるよ! だってわたしは雄二のコイビトだもん!」


 わたしは胸を張って誇る。

 そう、わたしは大好きな大好きな雄二のコイビトなのだ。

 その事実を再確認したら、ほっぺたがゆるんできちゃった。


「お前なんか、恋人じゃない」


 雄二はちっとも嬉しくなさそうに眉間にしわを寄せていた。

 どうやら周りから向けられる視線を気にしているようだ。

 確かにここは大学構内の中でも人通りの多い廊下だ。わたしと雄二に向けられる視線は多い。

 それはわたしが可愛いからでもあるし、雄二が超絶かっこいいからだ。

 とりあえずこっちを見る女には睨み返しておいた。


「ねえ、今日は白兎荘に行ってもいい?」

「ふざけるな。来るんじゃねえ」


 雄二はそれだけ叫んで足早に立ち去って行ってしまった。


「よし。行こう!」


 雄二の背中が見えなくなるまで立ち尽くしてしまっていたが、わたしは気を取り直した。

 周りが気持ち悪いものを見るような目でわたしの方を見ているけど、何かいるのだろうか?



 昼間は来るなって言われちゃったけど、わたしは白兎荘に向かっている。

 だって我慢できなかったんだもん。

 大学に入学したころからずっと雄二が済んでいる白兎荘に行きたかったけど、ようやく来ることができた。

 もうすぐ冬になる頃だ。

 とっても楽しみ。

 足はとても軽く、肌寒い風なんて気にならない。


「ふんふんふ~ん」


 鼻歌だって歌っている。

 だけど、その歌は白兎荘の前に来たところで止まった。

 雄二とは違う下品な笑い声が聞こえていた。

 雄二の懇願するような声と悔しさのこもった呻きが同時に聞こえていた。

 だが、目に見える範囲にはいない。

 わたしは声を頼りに白兎荘の裏手に回った。後ろにすぐ塀があり、その向こうにも木が生えているので薄暗い。


「ひッ……」


 思わず悲鳴を上げそうになってしまった。

 いたのだ。

 雄二が。

 壁際にうずくまって。

 全裸で。

 服を着ている状態で見えていた傷なんてほんの氷山の一角で。

 全身には夥しい数の、傷があった。

 青痣切傷擦過傷火傷――

 そして、今まさにつけられたのであろう血がにじんでいる箇所がいくつもあった。

 そこらに散らばる燃えカスのようなものは、おそらく雄二が来ていた服だろう。

 ありえない。


 そんな雄二を囲むように男たちがいて。


 先輩だろう。大学で見たことがあるような顔をしているのが何人かいる。


 煙草を吸っている奴。


 たぶん服を燃やした奴。


 金属バットを持った奴。


 こんな時期にサングラスなんてしている奴。


 こんな屑みたいな野郎どもに雄二がこんな目に合わせられた。


 許さない。


 絶対に許さない。


 絶対に、絶対に、許さない。


 男たちがわたしを見て驚いたような顔をしている。

 一番後ろで汚物のような下卑た笑みを浮かべていた男がほかの男に向かって何かを叫んだ。

 わたしは怒りに打ち震えている。

 男なんて関係ない。


「ゆうじいいッ――もがっ」


 雄二のところに行かなきゃいけないのに、体が動かない。

 体が気持ち悪い虫けらに触れている。

 嫌だ。

 口の中に男の手が突っ込まれて、吐きそうになる。

 叫びをあげることもできない。

 暴れてみるけど、とてつもない力でくるまれているみたいに動くことができない。

 そのまま抱きかかえられて、裏口から白兎荘の中に連れていかれた。

 後ろから雄二の声が聞こえるけど、呻いた後に途切れてしまった。

 一つの部屋に入って、扉も閉じられてしまった。

 明かりもついていないし、カーテンは閉め切られている。

 嫌な空気だけが流れていた。

 ようやく吐き気を催す手が抜かれたと思ったらタオルか何かで猿轡をされた。

 涙でぼやけた視界が一瞬だけ晴れて、ウジ虫のような顔の男どもが片頬を吊り上げている景色が見えた。

 囲まれてりるのはわたしだ。

 腕は脇にいるゴミクズの手で床に押し付けられていた。

 い、嫌ッ!

 来ていたコートははだけられ、スカートやセーターはたくし上げられた。

 地肌にゴミ虫の甲殻のような固い肌が触れた。


「……! ……ッ!」


 悲鳴を上げようとしても、猿轡が邪魔で声が出ない。

 シャッター音がした。

 下着も、もう剥かれてしまっただろう。

 脳が感覚を受け付けていないのに、気持ち悪い感覚だけ残っていた。

 それだけ残すのならいっそ全部感じてしまっていたほうが良かったかもしれない。

 わたしの意識が残っているのはそこまでだった。





* * *





 雪菜は目覚めた。

 なんて嫌な夢だったのだろう。

 ……違う、記憶だった。

 目覚めて、起きて、周りを見て。

 嫌な既視感を覚えた。



――あの部屋だ。



 ここは、あの時の部屋だ。

 この部屋を出てすぐのところに裏口があった。

 気持ち悪い。

 吐き気を伴って黒紫色の感情が浮いてきた。

 雪菜はいてもたってもいられなくなり、部屋を飛び出した。


「……翔人」


 タスケテ。

 今はただ、翔人のそばで安心したかった。




更新が遅くなってすいません!

新生活に慣れるまでは不定期な投稿になると思いますが、毎週末に投稿できるように頑張ります。

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