プロローグ
俺の周りから誰もいなくなった。
かわりに、女がやってきた。
* * *
「……」
後ろを見れば、食器を食卓に並べて夕飯はまだか、と台所に立つ翔人を見つめる女がいた。
翔人はあの日から何度目か分からないため息をつく。
一体、どこで間違えたのだろう。
知り合って二十四時間と経っていない人間、しかも女の子を自分の家に泊めるなんて。
女の方から泊めて欲しいと言ってきたけれど、このシチュエーションには多少やましい想像が掻き立てられる。翔人だって、健全な年頃な男で、一人暮らしだ。そこに泊めて欲しいなんて言う女の子が現れた。
何日かたった今でも、何も事件が起こっていないことは、褒められるべきだろう。
「翔人ぉ。ご飯まだ?」
何回目の問いかけだ。居候の分際でよくも催促できるものだ。
「待ってろ。何回言ったら分かる。食いしん坊が」
同じことを何回も聞かれているせいか、翔人の声は少し苛立ちを含んでいる。だが、怒ることができない。
「たくさん食べたほうが元気になれるんだよー!」
「ガキか」
「子供じゃないし。二十歳だもん」
「はあ……」
「またため息ついたー。幸せ逃げちゃうよ?」
「……」
「無視した! 雪菜泣いちゃう!」
「……」
「……泣いちゃうよ?」
「……泣け」
「酷い! 鬼だ!」
いい加減にうるさくなってきた、この女。本当に居候か?
翔人のことを鬼だなんだと言いながら女は泣きまねをし始める。うるさい。
手元で炒めている野菜が色づいてきた。どうやら夕飯はできあがったらしい。
「ほら、皿よこせ」
「……はい」
泣きまねをやめて、シンプルな大皿を手渡してくる。翔人はそれに野菜炒めをフライパンから移す。特にこだわりや特徴の無い、ただの野菜炒めだ。
食卓には野菜炒めと冷凍食品の唐揚げ、味噌汁、白米の二人分が向かい合っていた。少し前まで、一人分だったのに。
翔人はフライパンに水をはってから食卓についた。
さっきまでうるさかったのに、翔人が座るまで女は手を付けずに待っていた。こういうところが律儀だから怒るに怒れない。
いや、怒れないのにはほかにも理由がある。
一つ、女。
二つ、かわいい。
かわいい女の子には怒れないのは男の弱みか。しかも同い年相手だ。
「「いただきます」」
二人でちゃんと手を合わせてから箸を取る。
基本的に騒がしいが、ところどころに育ちの良さが見て取れる。
真城雪菜。
雪の日の夜、知り合ったばかりで、この家に泊めてと要求してきた女。無防備にもほどがある。
はて、俺はどうして雪菜と食卓で向かい合っているのだろう。
次回の投稿は12月1日(木) 23時です。