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暁のアルヴァスレイド  作者: 並兵 凡太
第二章  赤鎧の剣
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第8話 その力の名は

 いつものように、しかしいつもとは違う機体で基地を飛び出したサハラ。

 セイゴ隊の最後尾に並びながら、違う機体――アンノウンの動作を確認する。腕、指、足、頭部、背部バーニア……。


「……やっぱりそうだ」

 サハラは、《アステロード》を駆っていた時より遥かに、アンノウンが体に馴染むのを感じていた。


「いける」


 改めて、確信するサハラ。


 先刻、セイゴにはこう言われた。

『エースパイロットにでもなったつもりだったか? 撃墜王か? スーパーパイロットか? ――馬鹿を言うなよ』


 その通りだ。俺の中にはあの時、そのくらいの自意識があったことは否定できない。……でも今、今こそ俺はエースパイロットになる決意が必要なんだ。

サハラはどこかで、そう感じていた。


『戦域に突入次第、各機は散開し敵の撃破にあたれ。次元の穴は開いている。不用意な消耗は避けろ』

『了解!』

「了解!」


 セイゴの指示に、隊の全員が応答する。いつも通りの作戦。しかしサハラは、操縦桿をもう一度握り直した。

 いつもなら、この後に『サハラは突っ込み過ぎるな』――そう、続く。でも今回、隊長はそんなこと言わなかった。

 試されている。

 サハラがそう感じる頃には、もう戦域は目の前だった。

 ユデック基地から出撃した《アステロード》、そして虚空から吐き出された《エンジェ》、《アルケン》が交戦していた。


『では作戦行動、開始!』

 セイゴがそう告げると同時に、隊の《アステロード》、そしてアンノウンが散開する。


 サハラはアンノウンを駆ると、付近にいた《エンジェ》三機に狙いをつける。


「まずはッ!」


 アンノウンは瞬間的に止まると、アサルトライフルを《エンジェ》三機に向け放つ。《エンジェ》三機は対抗することもなく、アンゲロスの輝きと共に爆散する。


「よし!」

 自分が不敵に笑っているのを感じながら、サハラは全天周モニターを見回す。


「次は……!」

 《エンジェ》や《アステロード》の奥に《アルケン》が見えた。サハラは勢いづいてバーニアを吹かそうとする――が。


「いや、そうじゃない」

 思い直した。

 ここで突っ込んでしまえば、また力に扱われる。

 そうじゃない、俺が力を扱うんだ。


 サハラはもう一度モニターを確認すると、マオ機が数機の《エンジェ》に囲まれているのを見つけた。


「マオ!」


 アンノウンを転換させ、そちらへ向かった。

 マオ機は実体剣を抜き応じていたが、《エンジェ》たちの朱槍に苦戦していた。


「散れッ!」


サハラはそれを、アサルトライフルで狙い撃った。

 一機、二機と《エンジェ》が散る。残りの敵機もサハラに気付き、マオ機から離れた。

 サハラはマオに近付くと、それを護衛するように周囲を警戒する。


「大丈夫か、マオ」

『うん、大丈夫。でもまさか、サハラに助けられるなんてね』

 マオがそう苦笑したのに、サハラは自信ありげに返す。

「サハラはサハラ、確かにそうだけどコイツに乗った俺は一味違うってことだ」

『うん、頼りにしてる』


 二人はそれだけ言葉を交わすと、慣れた様子で共に敵へ向かった。サハラのアンノウンに、マオの《アステロード》が続く。


「さてッ!」

 サハラは目の前にいた《アルケン》目掛けて実体剣を抜き放つ。しかしそれは、《アルケン》が手にしていた朱槍に阻まれる、が。


「そんなことは分かってるんだよッ!」

 ガラ空きになった懐へアサルトライフルを二発叩き込むと、サハラは《アルケン》を蹴ってその爆発から離脱した。


 不思議な興奮が身を包む。まるで、その渦にのまれそうなのをサハラは思い止まった。

「そうじゃねぇ、お前は俺の力だ!」


 もう一度冷静になり、後ろのマオ機をレーダーで確認する。《エンジェ》がまた数機――近い。

アンノウンの脚部バーニアで姿勢を整えると、サハラは上空へ飛んだ。


 上に《エンジェ》一機。向こうも接近しており、剣を抜く間合いではない。敵は朱槍を構えて突っ込む。

「それならぁッ!」

 サハラは咆えると、脚部バーニアで姿勢をあえて崩した。朱槍が逸れる。同時にアンノウンは《エンジェ》の乳白色の頭部を掴んだ。


「俺にもコイツがあるッ!」

 アンノウンの掌――天使側の兵器である呪光砲が光る。《エンジェ》が為す術もなく、その頭部をビームが貫いた。


 サハラはすぐ、下を見下ろす。マオ機に近付く《エンジェ》を確認する。

「甘いッ!」

それを上からライフルで撃ち抜く。《エンジェ》は爆散するが、同時にコックピット内にアラートが鳴り響く。


「ッ!?」

 レーダーを確認すると、後方から《アルケン》。サハラは振り向くことなく脚部バーニアで蹴るように左へ避けると、朱槍が隣に見えると同時に左に翻った。

 ちょうど、《アルケン》の槍を躱し後ろへ回り込んだ形だ。


「こいつでッ!」

 サハラはライフルを剣に持ち変えると、その背中を真横に切り裂いた。《アルケン》が振り返るのも間に合わず――爆散する。


「よしッ!」

 これだ、これでいい。

 サハラは順調に戦えているのを確信する。

 度々身を包む、あの時と同じ興奮。それに流されず、アンノウンを扱う。サハラのまま、サハラとして戦う。


 今はマオのお陰かもしれないが、サハラはそれをこなせていた。

 戦場全体を見回すと、(ゲート)はそのままだが援軍の様子はなく、《エンジェ》《アルケン》も少なくなり、戦闘は終盤に突入していた。


「じゃあラストスパートといくか……!」

 サハラがそう呟き、戦闘の中心へ向かおうとしたその時。


『サハラ、見て!』

 マオの通信が入った。サハラは弾かれたように、差された「アレ」……次元の(ゲート)を見た。

 そこからはちょうど、数機の天使が舞い降りていた。

 何体かの《エンジェ》。それだけなら大したことでもなかったのだが――


「なんだアイツ……!?」

 サハラは思わず、そう呟いていた。


 《エンジェ》たちに導かれるように現れたのは、一機の天使。

 しかし《エンジェ》でも《アルケン》でもなく、サハラの見たことのない天使だった。


『お前ら、いつでも下がれるようにしろ』

 低く、静かな声でセイゴが通信を飛ばす。

『あれは……格が違うぞ』


 そう、格が違った。

 初見のサハラでもそれは痛いほどわかった。

 乳白色というより、白銀の機体。その機体に走る文様もまた、銀。そしてその姿は――騎士のようだった。

 盾と剣を構えるその姿。人間らしいパーツの一切ない、天使特有の頭部は王冠のような造形をしている。

 そしてその背中には、二対四枚の、白い翼があった。


「……!」

 ごくり、と誰かが息をのんだ。そして我に返ったようにセイゴが叫ぶ。

『アラン!』

『わかってます!』

 アランは焦ったように怒鳴り返した。

『いま管制室もフル稼働してるんです! ……出ましたッ!』

 アランが天使を特定。その名を通信に乗せた。


『天使特定……《ヘルヴィム》です!』


 《ヘルヴィム》。

 名を知って、改めてその姿を見る。降臨した《ヘルヴィム》は人間を見下す天使のように、《アステロード》たちを見ていた。


『《ヘルヴィム》……上級の天使じゃねぇか……!』

 シューマの声。


 カトスキアでは、襲来する天使を階級分けしていた。《エンジェ》と《アルケン》は下級。そして特化型天使の多い中級。そして特殊な能力さえ備えるという上級。


「それが、あの《ヘルヴィム》……!」

 白翼の騎士を、サハラが改めて睨んだ――そのとき。


 ふと、目が合ったような。そんな気がした。


 すると次の瞬間。

 今まで上空で《アステロード》たちを見下ろしていただけの《エンジェ》と《ヘルヴィム》がサハラの駆るアンノウン目掛けて突っ込んでくる。


『サハラッ!』

「わかってます!」


 サハラはバーニアを使い後退しながら、ライフルでそれを迎撃する。

 命中した《エンジェ》が次々と落ちる中、《ヘルヴィム》はその盾で防御しながら突っ込んでくる。


「狙いは俺、か!?」


 いまいち確信できない敵の思惑を感じながら、サハラは身を翻し加速した。

 しかし。


「速い……振り切れねぇッ!」


 アンノウンは《エンジェ》や《アルケン》、《アステロード》よりも速い。しかし《ヘルヴィム》はそのスピードにさえ難なく付いてきていた。

 サハラは逃げ切ることを一旦捨て、《ヘルヴィム》へ向き直る。同時にアサルトライフルで迎撃するが、相変わらず効果はない。


「それならッ!」


 あのとき声は言った。この力は『叛逆の刃』だと。ならば俺は、たとえ上級天使だろうと叛逆してみせる!

 サハラは掌を《ヘルヴィム》へ向け、呪光砲を放った。

 すると《ヘルヴィム》は剣を一旦収めると、何も持たなくなった掌を同じようにアンノウンへ向ける。


「相殺するつもりか!?」


 無茶だ。サハラがそう思って見ていると、放った呪光砲のビームは《ヘルヴィム》の掌の前で、何かの障壁に阻まれた。


「何ッ!?」


 まるで『バリアを張った』と言わんばかりの障壁に、サハラは身を乗り出した。


 これが上級天使の能力かよ!

 遠距離戦は無駄、と確信したサハラは剣を抜き放つと、逆にこちらから突っ込んだ。《ヘルヴィム》は剣を抜かずに、また突っ込んでくる。


「嘗めんなぁッ!」


 感情と共に振り下ろした剣は、その盾の前にいとも容易く受け止められる。そればかりか、《ヘルヴィム》は跳ね返すように盾を振るうと、剣は遥か下へ弾き飛ばされた。


「くそッ!」


 アンノウンがライフルに手を掛けようとする――が、その前に《ヘルヴィム》は乱暴にアンノウンの頭部を掴むと、己の頭部に打ちつけた。


「!」


 コックピットのモニターに、その文様と王冠のような頭部が全面で映し出される。サハラは思わずたじろいだ。


『――……まだ四分の一、ってとこか……』


 ふいに、声がコックピットの中に響いた。セイゴ隊ではない、男の声。獲物に語る、狼のようなその言葉にサハラは言い返す。


「誰だ、お前ッ!」

『そう熱くなるな……俺は……そうだな、ウリエルだ。覚えておけ……じゃあな』

「待っ――!」

 待て、と身を乗り出したサハラを衝撃が襲った。《ヘルヴィム》がアンノウンを蹴り、飛ぶ。


 サハラが臨戦態勢へ戻った頃には、《ヘルヴィム》は戦場に残る天使を引き連れ、次元の(ゲート)へ戻っていた。


 間もなく虚空は閉じられ、そこにはいつもの青空が戻った。




 ウリエルとの邂逅から、数日。

 その間天使の襲来もなく、処分が下るまでの謹慎を命じられたサハラは、自室の白い天井を見上げていた。

 やれることは、やった。

 《ヘルヴィム》のことは別にして、通常戦闘と考えれば戦果は上げたはずだ。不用意な行動もしていない。


「今はそれよりも、だ」

 サハラはそう呟いていた。

 そう、待つだけの処分よりも今はあの《ヘルヴィム》そしてウリエルのことが気になっていた。


 あの会話はまだ、誰にも話していない。

 ウリエル。アイツはそう名乗った。当然知らない名前だったが……あの声は、どこかで聞いたことのあるような気がする。どこでだったか……思い出せない。でもずっと前だ。

 そして『四分の一』。アレは……俺のことか? 何が四分の一、なんだ?


「わかんねぇ……!」

 元々考えるのは苦手なんだ。

 サハラが頭を抱えていると、ふいにドアがノックされる。開けに行くと、そこには例の上官の男が立っていた。


「来い、東雲サハラ。処分が決まった」


 そう告げた男に連れていかれたのは、自機であるアンノウンの前。そしてそこにはアラン含めたセイゴ隊がいた。


「東雲サハラ。上からの処分を告げる」

 男は、資料に目を通しながら、それを通達した。


「その機体の研究価値、今回襲来した《ヘルヴィム》の行動、そしてその戦果を鑑みて、東雲サハラ及びセイゴ隊四名を特別処分とする。……事実上の無罪放免だ」


 不服そうにそう付け加えた上官の一言で、心配そうに見守っていたマオの顔が輝いた。

「やったねサハラ!」

「あぁ。みんなのお陰だ」

「続きがあるんだろう、聞け」

 早速喜ぶ二人を、セイゴがたしなめる。上官はその様子を確認すると、具体的な話をした。


「事実上の無罪放免、ってだけだ。当然アンノウンは今まで通り研究対象であり、東雲サハラは定期的に軍医の診察を受けて貰う」


 そして上官は「ここからが重要なんだが」と前置きした。


「今回の《ヘルヴィム》……どう見ても、アンノウンを標的にしていた。東雲サハラ、何かわかっていることはあるか」

「いいえ、何も」

 サハラはウリエルのことを伏せた。今は話すべきではない。何故かそう、サハラは感じていた。


 上官はだろうな、という様子で続ける。

「これ以降、ユデック基地周辺にアンノウンを目的とした天使襲来がないとも言い切れない。何せ上級天使が観測されたんだからな。……そこで東雲サハラとセイゴ隊は、そういった特殊な戦闘に備え、最前線に配備されることとなった。構わんな? 雪暗セイゴ」

 上官の言葉に、セイゴは「あぁ」と頷く。

「元より我々はそのつもりで戦っている。……文官風情が、嘗めるなよ?」

 珍しく挑発の言葉を吐いたセイゴに上官は「言ってろ」と一瞥した。


「通達は以上だ。東雲サハラの謹慎命令や出撃禁止命令も取り消しだ。じゃあな」

 上官の男はそれだけ言って、格納庫を後にした。


 途端、マオとアランがサハラへ駆け寄る。

「やったねサハラ!」

「オレのお陰だぞお前!」

「お前のお陰じゃねぇよ」


 サハラは二人と共に笑うと、セイゴを向く。

「隊長、一ついいですか」

「どうした」

 腕を組み、その姿はあの時部屋で俺を殴ったのと同じ。

 俺は正面から、その目を見る。


「俺に言いましたよね。『エースパイロットのつもりか』って」

「あぁ、言ったな」


「――なってやりますよ。この力で。エースパイロットでも、なんでも」


 サハラはそう言って、赤い自機を見上げた。

 新しい力。俺だけの力。

「言うじゃないか」

 そう言うセイゴの口元は、どこか満足そうだった。


 そこへ、アランが口を挟む。

「なぁサハラ、この機体って名前ないのか? アンノウン、だと色々と不便だけど」

「名前?」

 思ってもみなかった。


 確かに、正体不明機アンノウンという名称のままでは不便だが……。

「何かないの?」

 マオに聞かれ、サハラは考える。考えると、この力を『声』が呼んだのは『叛逆の刃』だった。


「叛逆の刃……」

 サハラは思わず、そのままを口にしていた。

「叛逆の刃?」

 セイゴが聞き返す。サハラは、あのときを思い出しながら答えた。

「はい。あの時……《アステロード》がコイツに変わったとき、声がしたんです。誰の声かはわかんねぇんですけど……そいつが、『これは叛逆の刃だ』って」


「――……アルヴァスレイド」


 そう言ったのは、シューマだった。

「アル……なに?」

 聞き返すマオへ、シューマは再び言った。

「アルヴァスレイド。西の国の、古い言葉。天に抗う叛逆の刃、って意味だ」

「さすが読書家……」

 マオは感嘆の声を上げていた。シューマが読書家なのは知っていたが、そんな知識もあるとは。

 しかし。


「《アルヴァスレイド》……」


 サハラはその名を呼んでみる。もちろん《アルヴァスレイド》は答えないが、サハラはそれが正しい名のような、そんな気がした。

「いいじゃねぇの《アルヴァスレイド》! でもちょっと長いから《アルヴァ》な!」

 アランがそう言うと、マオも「確かにちょっと長いね」と苦笑した。


 新しい力――《アルヴァスレイド》。

 サハラはその赤い機体を見上げて、決意を新たにするのだった。

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