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暁のアルヴァスレイド  作者: 並兵 凡太
第三章  双星の牙
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第11話 決意の狼煙

 遠くから機械音が聞こえる《アルヴァスレイド》のコックピットでサハラは操縦桿を握り締めていた。起動してないので、当然何も動かない。サハラはペダルを全力で踏みしめる。


 何も映さない真っ暗なモニターに、サハラはあの閃光を思い出していた。

 白に包まれる視界。目の前に立つマオ機の影。そして、大破した《アステロード》。その記憶と、先ほど見たマオの姿が重なる。


「くそッ!」

 やりきれなくなって、ペダルを蹴っ飛ばした。

 マオはあんな傷を負ったのに、俺は無傷のまま。


「何がエースだ……!」


 シートに座っていると、あの頭に響く冷たい声が蘇る。《ヴァーティス》、《ドミニア》。サドキエル、ハシウマル。


 一人で突っ走った挙句、手も足も出ずやられた結果がコレだ。同じ隊の、マオでさえ守ることも出来ない。挙句、残った仲間さえも無謀な指示へ追い詰めた。


 あれから時間も経つが、未だに奴らへの勝ち方も見えない。

「くそッ、どうすれば……!」

 操縦桿を痛いほど握り締め、見えない敵をモニター越しに睨む。俺はエースなんだ、マオが身を挺させた以上、俺があの二人を落とさなければいけない……!

 考えろ、考えろサハラ。自問自答を続ける。あの二人を落とすためには、俺はどう動けばいい? 《アルヴァ》をどう動かせばいい?


「くそっ、くそっ、くそっ……!」

 考えれば考えるほど、泥沼にはまっていく。ますます敵が強く果てしないものに思えてくる。

「俺は……俺は……」

 マオの笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。マオだって悔しい、辛いはずなのに、俺に見せた精一杯の笑顔。

 サハラは手で顔を覆い、吐き捨てた。


「俺は、どうしたらいいんだ……!」




 シューマは考えるのをやめた。

 今更考えても仕方ないのだ。


 マオの病室から離れた、いつもの自室。静まり返る中で、シューマは先を見つめていた。

 上層部から下った指示。マオすら欠いた状態では確かに無茶だ。サハラも動揺していて、普段通り動けるかどうかも定かではない。

 だが、それらはもう過ぎたこと。


「今更悩んでも、仕方がない」

 自身に言い聞かせるように、シューマは呟く。


 果たして自分は悔しくないのか? そんなことはなかった。

 俺がもっと動いていれば、《ヴァーティス》をちゃんと抑えられていればサハラへの砲撃は防げたかもしれない。


 だがそれをいつまでも悔やんでは進めないのだ。


「反省は終わった」


 少し赤い目は、しっかりと見るべき方向を見つめていた。

 この隊のエースは確かにサハラかもしれない。だが今回の敵の目標もまた、サハラだ。


「考えろ……」

 呼吸を落ち着けて、冷静さを保ちながらシューマは思考を勧める。

 さすがの《アルヴァスレイド》でも、あの二機を同時に相手取るのは難しい。それは先の戦闘ではっきりした。


「なら動くべきは……俺と、隊長」


 先日の戦闘では、相手にもされなかった。が、しかし相手にされていないということは相手は何も考えていないということ。


「そこを突ければ、あるいは……!」

 シューマの目に光が宿る。

 これだ。

 考えがまとまったシューマは、まずはセイゴに話すため部屋を出た。




「違う……!」

 汗だくになりながら、サハラはまた、吐き捨てた。


 慣れているはずのコックピットが妙に息苦しくなって逃げ出した、そして今いるのは、トレーニングルーム。

 その片隅にある、堕天機のシミュレーターの中だった。


「これじゃない、これじゃ駄目だ……」

 コックピット内モニターを模した画面は、サハラがシミュレーションを既に二十回近くクリアしたことを示していた。

 だがサハラの目は自分の手、そして足を睨むばかりだった。


 動いてほしいように動かない。何もかもが遅く、感じる。……いや、本当はどう動けばいいかもわからなくなっていた。

 どうしたら。どうすれば。

 思考がぐるぐると同じところを回り続け、全く先に進まない。

 今まで、堕天機の操縦と戦闘だけには自信があった。他の何かが出来なくても、俺にはこれがあった。

 でも今は。


「それすらも満足に出来やしねぇ……!」

 サハラはここも耐えられなくなって、シミュレーターから出る。汗もろくに拭かずに、足元に落ちたタオルを乱暴に拾い上げて歩き出した。


 行く先がある訳でもない。何かやれることが思いついた訳でもない。それでもサハラは歩くだけだった。足が自然と、医務室を避けるように進む。今の自分では、とてもマオの前には立てなかった。

 廊下を曲がったところで、現れた人影に立ち止まる。見慣れた長身。シューマだった。


「……サハラ」

 シューマはサハラを見つけると、足を止めた。

「探してたぞ。話がある」


「……話?」

 サハラは自分でも、声に余計な苛立ちが含まれていることに気付いたが、抑えられるようなものではなかった。


「あぁ」

 シューマはそれを知ってか知らずか、淡々と続ける。

「俺と隊長と、お前の三人であの二機の天使をどうにかするための話だ」

 その言葉が――ただ正しいはずのその言葉が、今のサハラには癪に障った。


「俺が役立たずだって言いたいのかよ!」

 咆えて、シューマに詰め寄る。握り締めた拳は、わなわなと震えていた。まるで宿敵のように、シューマを睨む。

「俺はセイゴ隊のエースじゃなきゃいけないんだ! 俺が、俺だけでやらないと意味がないんだよ!」


「その結果がこれだぞ!」


 ハッとした。

 改めて、仲間から現実を突き付けられる。

 それはいつもなら決して大声を出さないシューマの一声だから余計に思い知らされた。


「……確かに、その心構えは悪いことじゃない。だけどな、サハラ」

 思わず一歩下がったサハラへ、今度はシューマがゆっくりと歩み寄った。

「マオが左手を失ってまで、今に繋いだんだ」

 ぐっと、サハラの首元を掴みシューマが強く言い放つ。


「お前はセイゴ隊のエースだ。だが、セイゴ隊は五人でセイゴ隊だ。忘れるな、お前一人の戦いじゃない」


 そうだ。

 サハラの拳がふいに開かれる。

 俺はなんで、こんな簡単なことを忘れていたのだろうか。戦っているのは俺一人じゃない。俺だけの戦いじゃない。

 俺だけじゃないから、今俺はここにいる。


「……ごめん、シューマ」

 サハラは俯いて、謝る。

 そして次に顔を上げたとき、その表情はいつもの闘志を再び宿していた。


「話を、聞かせてくれ」


「……あぁ」

 その様子に、シューマもニヤリと笑い、サハラを離した。いつもの調子に戻りながら、話し始めるのだった。




 シューマと別れたサハラは、改めて歩き出していた。今度は、医務室の方へ足が向く。

 本当は逃げ出したい。でもマオは戦って、繋いでくれた。サハラはまだそれにちゃんと礼を言えてないことを思い出していた。

 ガラリ、と引き戸を開けて真っ白な病室へ入る。その音に、ぼうっと外を見つめていたマオが振り返った。


「あっ、サハラ……」

 一瞬、寂しさを滲ませるがすぐに笑顔に戻るマオ。

「えへへ、本でも読んで過ごそうかと思ったんだけど……やっぱり難しかったよ」

 気丈に振る舞おうとするマオへ、サハラは謝った。


「ごめんな、マオ。さっきは飛び出して」

「ううん、いいの」

 マオは首を横に振ってみせる。

「私、さっき朝霧さんから『アズゼアルの昇天』のこと聞いた。前にそんなことがあったなんて、私、知らなかったよ」

 ごめんね、と何故か謝るマオへ、サハラはいいんだと呟いた。

「マオが謝ることはないよ。マオは俺を守ってくれた。それ以上のことは何も望めないさ」

「……うん」


 マオが、少し俯く。そして「こんなこと言うのは、ダメかもしれないけど」と語り出した。

「私ね、左手が無くなったことは後悔してないの。サハラが助かった訳だし。私も生きてるし、ね?」


 少し、沈黙。

「でも、私ちょっと悔しいんだ。……ううん、ちょっとじゃない。とっても。あんな、人間を人間とも思ってないような奴らに左手持ってかれちゃったことが。……だからね、サハラ」

 マオが顔を上げる。その表情は笑顔ではなく、何かが崩れそうなのを必死にこらえているそれだった。


「仇を討って。私の左手の、そのぶんを、アイツらに叩き込んでやって」


 サハラは、マオの目を見つめると力強く、頷いた。

 ちょうどそのとき、あの警報が病室にも鳴り響く。


『天使の襲来を確認。天使の襲来を確認。カトスキア各員は戦闘態勢に移行せよ。繰り返す――』


「行って」

 マオが微笑む。サハラはその笑顔を真っ直ぐ見つめると、病室の扉を開けた。


 しかしサハラは一転、振り返る。そしてマオに、しっかりと宣言した。

「仇、必ず討ってくるから。だから、待ってて」

「――うん!」


 マオの潤んだ瞳を背に、サハラは走り出した。

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