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春の訪れやや手前

「うー、さむさむっ!やっぱ冬は苦手だよー」


 少女が空を飛んでいる。


 寒いのは遥か上空にいるからだとか、猛スピードで飛んでいるからだ、と周囲の何かが彼女に応える。



「だってだってー、急がないと桜散っちゃうじゃん!」



 彼女はぷんぷんと、非常にあざとく表情を変えた。


 長い薄緑色の美しい髪の毛をたなびかせ、羽も生えていないのにまるで鳥のように重力を無視して。


 浴衣のような振袖のような衣装は、どこかの民俗学的に意味があるような特殊な紋様を纏い、飛んでいるに必要なのかどうなのか草鞋を履いている。



 誰と話しているのか、といえば、風と、である。彼女も人の形をした『風』である。



 言葉にするなら『精霊』というのがしっくりくるだろうか。彼女が向かう国で、この風はこう呼ばれる。



『春一番』



 それが今、冬の終わりを告げるためにある国のある場所へと向かうために急行しているのだ。


 日本の桜はまだ咲いてないのではないか。形を持たぬ風がそう進言する。


 確かに桜前線はまだ南の先端にも届いていないし、北にはまだ雪が降る季節であった。


「そーんなこと言ってさ、去年はもう半分以上散っちゃってたじゃん!」


 彼女はスピードを上げる。


 取り立てて、彼女が権威があるだとか、力があるということはない。ただ少しだけ人に興味を持ち、自身も霊体を形成しているだけのことなのである。無論、普通の人には見えはしない。



 それはあなたが他のところで遊んでたからでしょう。春風には似合わない冷たい発言をするものもある。



「だから、今年は咲くのをゆっくり待つの!さっちゃんにも散々馬鹿にされたし!それに、あそこの桜は綺麗だから見とかないとね!他の桜もいいけど、人間たちが周囲を汚すから楽しめないんだよ」



 まあ、確かに最近の人間の花見態度はよろしくないな。あの御神木は確かに素晴らしい。しかし、あそこの神は人間を飼っているようじゃないか。



 これに関してはほかの風たちも様々な意見があるようである。



「さっちゃんは別に人間飼ってないし!ちゃーんと土地神の仕事してるから」



 なんだなんだ。随分あやつの肩を持つじゃないか。人間上がりの珍しい土地神だからな。なるほど、お前さんが女の姿形を取るのもそいつが原因かの?


 この野暮ったい返しに、彼女は顔を僅かに赤らめる。


「もー、そんなんじゃないの!私はただ綺麗な桜を眺めたいだけ!」


 自棄になって返すと、奇妙な笑い声が風切り声になって響いた。


 しかし、人も増えたものだの。そうだな。昔とは比べ物にならん。増えるのはいいが、自然に対する意識は薄れたな。我々を感知できるものはもうほぼいないだろう。べっつにいーんじゃない?あいつらくせーし。関わってもいいことなんてないって。


 総合的に見て、人間に関しては否定的な意見が過半数を占めているようだった。


「それには私も賛成かなー。さっちゃんも、あんな建物立ててないでさっさと忌み地にしちゃえばいいのに」


 忌み地とは、土地神が土地を守るため、近づく人間に対して災いをもたらす地のことである。



 さりとて、奴も元は人のみ。それが神になったというのだから、それなりの業があろうて。元は同族なわけだしね。ほいほい天罰も下してられないっしょ。


 しかしながら、『さっちゃん』と彼女が呼ぶ土地神に関しては、同情的な言の葉が大半を占めた。



「前から疑問に思ってたんだけどさ、神ってなに?」



 彼女が前に進みながら後ろを向く。



 さあの。我々が意識する前よりずっと居たらしいが。言われてみりゃ謎よねー。今土地神がいない場所なんてごまんとあるし。別にいなくても問題ないような気はするけど、居なきゃいけないような気もする。



「何それ。よくわかんない」



 同胞たちの言葉に、彼女は、ぷう、と頬を膨らます。



 そういうものなのだよ、我々は。よくわからないが、いるところには確かにいる。それでいいのではないか?



 風に寿命はない。終わりがあるとすれば、彼らが終わると決めた時だろうか。大半が個という形を捨て、自我のみを残している。もちろん名前もない。



 そして、風でありながら人間のような形を形成するこの『春一番』は、どこか変わっているのだ。


 また、声が響く。



 ほれ、わしらはいつもの通り道を往くぞ。



「うん、私は直接あそこに行くね」



 ホント、物好きよね。じゃ、そのうち会いましょ。



「またね、バイバイ!」



 そう手を振って、春一番は群れから離脱する。まるで遊ぶかのように何処を吹くかわからない春一番の風は、いつでも気まぐれに世界のどこかを吹いている。



 やがて陸地が見える。雪が溶け、まだ蕾の木々が迎えるその場所は、彼女にとっても見慣れた景色。


 直ぐ傍には鉄筋でできた三階建ての建物があり、景観を壊しているように彼女には思えた。


「ほーんと、あれ邪魔!せっかくの山桜なのに」


 人の通う学校、という施設だということは、ここの土地神、『さっちゃん』から聞いている。


 周囲は自然の地形を最大限尊重したような作りになっているし、新築の校舎にもその桜は決して負けてはいないのだが、彼女の口調は忌々しい感情を抑えきれないようだった。



「ま、ここで愚痴っててもしょうがないか……。さっちゃんどこにいるかな」




 やや早い春一番が、この土地に吹く。

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