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At 4 A.M.  作者: 加賀いつ子
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Chapter 4

 たちのぼる煙には、各国産のタバコだけではない、大麻やコカインなども入り混じっていた。男達は、思い思いにダイスを振ったりカード遊びに興じるなどして、時間を潰していた。大小の輸送トラックを運転する連中はみな、ジョニーのような米兵あがりだが、ボスだけは、この土地に随分長くいるらしかった。

 白人の顔と体格。

完璧なアメリカ英語を話すのみならず、アメリカの市民権も所持しているという噂だったが、どこか東洋人の血が混じっている。それだけで、熱帯の植物のように強靭な根を生やし、この街から蜜を吸い上げ、細胞組織を堅固にした男。そんな男に、うっかり取引相手の中国人の事を尋ねる訳にはいかなかった。

 ボスは、あまり機嫌が良さそうではなかったが、ジョニーをみとめると、近寄ってきた。無駄口をきかず、淡々と働くジョニーは比較的信用されている。

 「よかったら飲むか。」 

 焦げ茶のボトルを突き出した。

 「値段のわりに上物だ。」

 うす汚れたグラスに、ハバナクラブを注ぐと、ジョニーは口をつけた。   

 旨かった。カリブ海の酒をインドシナで飲む―何の感慨もないが、元気は出そうな気がした。

 「今夜は仕事は無しだ。帰ってかまわん、おれはひと眠りする。」

 ボスは少しばかり酩酊していた。せり出した腹をゆするようにして、片手を挙げると、仮眠用の部屋へ入って行った。

 ジョニーは、もう一杯ハバナクラブを注ぐと一気にあおり、考えた。

 明け方、午前四時。

 おれに何が出来る?クロードは、誰かと賭けでもやっているのか?

 マスール・テレーズと連絡を取りたかった。それとも、もう一度クロードを問い質してみようか。

 ジョニーは、再び街へ出ると、知っている人間を誰彼となくつかまえてクロードを見なかったか尋ねたが、無駄だった。

 夜が更け、シクロもタクシーも捕まらぬまま、聖アントワーヌ通りへ向けて、人気のない路地を歩いていると、数メートル先の角から、叫び声が聞こえてきた。見ると、エンジンを唸らせたままのモーターバイクが倒れ、米兵らしき大男と二人の少年が立ち回りを演じている。どうやら少年達は、ひったくりに失敗したらしかった。 

 「このくそカウボーイ!」

 米兵が、少年の一人にパンチを決めた。が、もう一人が背後から鉄パイプを持って、忍び寄っている。

 ジョニーは、小走りに近付くと、横から少年に足払いをかけ、米兵に注意を促した。すてんとひっくり返った少年をしたたか殴りつけた米兵は、にかっと笑うと、

 「助かったぜ。」

 と、ジョニーに手を差し出した。

 「一杯どうだ?」

 よくよく誘われる夜である。だがジョニーは、礼には及ばないと言って、倒れたホンダを起こし、跨がった。

 聖アントワーヌ通り周辺を一巡りすると、修道院はすぐに見つかった。午前零時を過ぎているというのに灯がともり、門も開いている。それもそのはずで、ここは、夜働く女達のために乳幼児を預かっているのだった。

 マスール・テレーズも、他の修道女同様、赤ん坊にミルクを与えたり、抱いてあやしたりおむつを換えたりと、忙しく立ち働いていたが、ジョニーに気がつくと、驚いて目を見張った。何か言いかけるマスール・テレーズを制してジョニーは横に立ち、低い声で告げた。

 「ロージィが、明け方四時に連れていかれるかもしれない。」

 テレーズの顔から、表情が消えた。しばらく沈黙していたが、頷くと、赤ん坊の世話に戻った。

 「おれに出来ることは?」

 「ないわ。」

 そっけなく言うと、テレーズはおむつを広げたが、思い直したように顔を上げると、修道女の笑みを浮かべて、

 「ありがとうございました。」

 と、フランス語で言った。明らかに周囲を意識しての態度だった。

 ジョニーは修道院を出ると、ロージィの家へ向かった。歩いても5分程度の距離だった。ジョニーは、ホンダを目につかぬよう、庭の植え込みの中に隠した。そして、庭の中央に出ると、建物を見上げた。

 ロージィは、とうに眠っているだろう。二階の左端、カーテンのない部屋。暑さのためか、窓が少し開いている。自分も結局、カーテンを持っていってやるのを忘れてしまった。

 自分には、こうして見ていることしか出来ないのだろうか…いや、まだ時間はある、せめて銃が手に入れば。

戦場での自分は、決して射撃が下手な方ではなかった。相手の命まで奪ったことはなかったが―いや、それでよかったのだ。一時的に戦闘不能な状態に陥らせるだけで十分だったのだ、あの時は。だが、自分が敵の命を奪わなくとも、いずれ自国のナパームが雨あられと降り注ぎ、大量殺戮を行うのだ。胸くその悪い筋書きだ…。

 「そんなところにいると目立つわよ。」

 ふいに背後からささやき声が聞こえ、乾いた指先がジョニーの首筋をなでた。 完全に気配を消し、音もなく近付いて来たテレーズ。黒いブラウスとズボンが闇に溶け込み、見事なブロンドを後ろで束ねた白い顔が浮き上がっていた。その姿は、両性具有の優美さを備えた、血と戦闘に身をまかせることを好む、あの古代ローマの女神を思わせた。

 その時、ジョニーはふいに理解した。無為な日々の泡の中、夢みることを夢みてきた男に対して、世界は現実的なけりをつけるよう暗号を送ってきたのだ。ロージィとの出会いは、その最もはっきりしたメタフォールであると。どういうけりのつけ方をするにせよ、もう後戻りは出来ないのだった。

 テレーズは、ジョニーに銃を渡した。

 「扱い方は知ってるでしょう。」

 ずっしりと重い軍用コルト。ともすれば、目の前の厄介事から逃げ出したいかのように、発熱でぼんやりした状態に近い頭になったジョニーにとって、手にしたコルトの冷たい重みだけが現実との接点だった。そして、テレーズは何かを見抜いたよくに、鋭く切り込んできた。

 「心ここにあらずって顔してるわよ。」

 「夢は夢みる者を夢みるのさ。」

 「アンハア。ドラッグのやり過ぎね。足手まといになるから帰って。」

 「えらい詩人の名フレーズなんだがな…それより、計画を聞かせてくれ。」

 テレーズによれば、敵は少人数のグループだから、建物の中に入る前に全員を片付けてしまいたい、との事だった。

 「具体的には、何人くらいだと思う?」

 「四、五人てとこ。」

 「そんなに?小娘一人を明け方さらうのに、多過ぎやしないか?」

 「あたし達が待ち受けている事は、連中に洩れている可能性がある。あなた、今夜のことはどうやって知ったの?あたしの本業も知っていたようだし。」

 「ある男から聞いた。というより、わざわざ聞かされた。」

 「…クロード?」

 ジョニーは頷いた。テレーズは、あのカエル野郎、と言うと口汚く罵りながら、そばにあるベンチを蹴飛ばした。それからジョニーを振り返ると、徹底的に援護に回るよう言い付け、絶対に建物の中へ敵が入るのを阻止するよう、念を押した。

 午前四時までは、まだ時間がある。ジョニーは、何とはなしにテレーズの過去を問い、テレーズは率直に、どこか他人事のように話し始めた。       

 政府の仕事でやって来たアメリカ人と、植民地時代から住み着いていたフランス人実業家の娘との間に生まれた事。修道院学校でフランス式教育を受けたが、途中でぐれて不良仲間に入っていた事。父親が情報局にいたので、結局自分もその仕事をするようになった事などである。 

 「幼い頃から、カンフーを習ってたの。筋がいいって言われたわ。骨格にも恵まれていたしね。で、汚れ仕事をやるようになったというわけ。」

 スパイ稼業は、汚れ仕事なのだろうか。

 「なぜロージィを助けたいと思った?」

 「言ったでしょう。あの子の母親は友達だった。」 

 そう言うと、テレーズは俯いて地面を蹴った。

 「この国は、もうすぐ滅びるわ。この街はあだ花よ。いずれ、名前も顔も変わって、無味乾燥な牢獄のような場所になる。その前に何とかしてやりたいのよ。」

 テレーズは、落ちてきた前髪を払いのけると顔を上げて、ジョニーを見た。

 「あなたがローズを気に入ったのは、共感的に理解できるわ。」

 「あの子は、存在自体が聖性と退廃の織り成す稀有な作品なんだ。みすみす悪党に売り渡す手はないと思うね。」

 テレーズは噴き出した。 

 「今どき、フランス人でもそんな事言わないわよ。」

 「ロージィなら、素直に喜んでくれると思うぜ。」 

 テレーズが突然、鋭い顔付きになって、声を落とした。

 「悪党のお出ましのようね。」

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