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俺達と彼女の12ヶ月  作者: 徒花 紅兎
3月~The last month~
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脱衣所と神経質と手帳

初めて君を見た時は何も感じなかった。

でも、ただ、一瞬だったんだ。

何の色も無かったこの世界が、

一気に色鮮やかに眩しくて輝いてて、


そして君が愛おしく思えた。


ねぇ、朱鷺。

君に伝えたいことがあるんだ。

聞きたいこともあるんだ。


とても大切で大事なこと。


君にとってこの世界はどんなものに見えた?

僕の存在はどんなものだったんだろう?


ねぇ、朱鷺。


君は幸せだったんだろうか?








[3月~The last month~]







「荒方さん!!あんたって人は!!」


風呂から上がった藤が開口一番に朱鷺を怒鳴りつけた。


「なんだ、騒々しい。」

「何回言ったらわかるの!?

 脱衣所、水をこぼしたならちゃんと拭いておきなよ!!」


あ、と思い出したが、無表情で朱鷺は言い放つ。


「お主は口うるさい姑か、母親か、嫁か!?」

「全世界の結婚した女性に謝りなよ!

 口うるさいなんて暴言なんだからね!!」

『論点そこじゃないと思うんだけど………。』


北斗はソファで寛ぎながら背後のやり取りを聞いていた。


「だいたい自然に乾くからいいではないか!!」

「水滴の跡が残って、取れにくくなるの!

 本当に数年前の北斗そっくりなんだから!!」

『だから、俺がとばっちりを食らうんだけどな………。』


あれから三人の日常は平穏そのものだ。

先珠と周殿からの接触も無く、

仕事もいつもと変わらずある。


変化と言えば、

多少ではあるが藤の口うるささが増えたことぐらいだ。

今まではどこかで朱鷺に遠慮していたのか、

レストランで全てを打ち明けて以来、

元来の神経質気味の性格まで解放されたように、

些細なことで厳しくなっていた。


というより、朱鷺が無頓着すぎる可能性もある。


「お主は……蛍に似ているな。」

「何となくそんな気はしてたよ。」

『あの人も神経質っぽいもんな………。』


そんな人間と数年同棲していたのだ。

もちろん、朱鷺に耐性はばっちりある。


「………荒方さんにとって、繁牙さんってどういう存在なの?」


ふと思って直球で聞いてみた。


「どう、とは?」

「え、いや、ほら、友達とか、なんか特別的な………。」


初めて聞かれた質問に、首をかしげて悩む。

北斗も気になって、テレビを見るふりをしながら聞き耳を立てる。


「………かつての同業者?」

『『何でだろう、ちょっとだけ可哀そうに思えるのは。』』


こんな日常が続いている。


*******************


「野菊、新しいパソコンの調子はどうだ?」

「大変感動しております、荒方様っ。」


興奮気味の野菊にふと笑いを堪えた。

先月まで周殿と先珠対策のために大型のコンピューターを

投入していたが、その必要も無くなり解体した。

その代わりに、野菊への褒美もかねて、

朱鷺が彼女の能力に合わせてパソコンを新調したのだ。


野菊本人は憧れの朱鷺から“ご褒美”をもらったという事実で、

実は興奮しっぱなしだったりもする。


「あら、荒方。また来てたの。」

「なんだ、来たら悪いのか。」

「そんなこと言ってないでしょう?」


やまねについていき社長室で寛ぐ。

白百合が入れてくれた珈琲を飲む。


「あんた、最近二人の送り迎えとか清理君に任せてない?」

「いい加減、あ奴も私の後を付いて回るだけではなく、

 ちゃんと現場仕事を覚えさせようと思ってな。

 肝心な時に不手際が多すぎたからな、今回。」

『毎回会ったら顔の腫れ方が違う気がするのよね、清理君。』


パラパラと雑誌を捲る朱鷺に、やまねはため息をついた。


「そういえば、契約はどうする気なの?

 今のところ今月いっぱいなんだけど。

 うちとしては続投でお願いしたいんだけど、無期限で。」

「私を貴様ごときが一生飼いならせるとでも思っているのか。」

「そういう言い方はしてないわよ、失礼ね。」


朱鷺の目の前に念のため更新用の契約書を置いた。


「事が済んだら、さっさといなくなると思ってたけど…。」


朱鷺も元からそのつもりではあったのだが、

そうもいかなくなってしまったのだ。


2人から打ち明けられた秘密。

正直、話の内容的に実害がないのが現状ではあるのだが、

それが逆に悩ましい結果だった。


調べてはいるのだが、情報が無いのだ。

驚くほど、見つからない。

彼らが嘘を言っているとは思えないのだが、


『野猿並みの情報の無さとは…先が見えない。』


―――荒方さん、俺たちは命を狙われてるんだ。


彼らはそう言った。

先珠や周殿とは関係のない存在から。

それは間違いなくいるのだと。

だが、彼ら本人もそれが一体何者なのかわからないのだと。


以前聞いた、藤の失った前の家族。

それはその存在に追われての事だったらしい。

そして北斗もまたその存在で命の危機にさらされた。


だが、一つだけ問題があった。

あの高い記憶力を持つ北斗の記憶が曖昧だという点。

藤に至っても、その時の場所が思い出せないという。


何もかもが不鮮明過ぎて探しようがない。

2人の条件で情報を探るものの、

ひっかかってくるものが何一つない。


答えは二つ。

元からそれ自体が無い。

もしくは、

情報が消されている。


前者であれば二人の精神や脳に問題がある。

後者であれば情報を消す力を持った危険な存在をしめす。


迂闊に動いて、悟られれば何が起きるかも予想がつかない。


『予想も出来ないものをどう扱えと…。』


ふと優李を思い出した。

こんな話を聞かせれば、きっと小馬鹿にするであろう。


「お前はそんなことも出来ないのか。」


と、上から目線で見下してくる。

昔っから大嫌いだった。

心底。


そして、


「社長、少しよろしいですか?」


白百合に呼ばれてやまねが部屋を出た。


内ポケットから薄い手帳を取り出す。

おもむろに開いて、目を伏せる。

そこには一枚の写真が入っている。


「………ごめんなさい。」


ぽつりとそう呟いた。


***********************


微かに彼はくしゃみをした。


「………君がくしゃみとは珍しいですね?

 体調が悪いのですか?優李。」


とあるホテルのスイートルームに彼らはいた。

パソコンをあたっていた帝人(みかど)が手を止めて優李に声をかける。


「いえ、とんでもございません。

 ただのくしゃみです。

 大変失礼いたしました。」


気恥ずかしそうにしながら、

帝人のために淹れた紅茶をデスクに運んだ。


「少し暖かくなってきたとはいえ、まだ肌寒い時もあります。

 君も油断せず、くれぐれも気をつけなさい。」

「肝に銘じておきます。」


完全にキーボードから手を放し、

肩の力を抜いた帝人はリラックスモードに入る。


「白菊から連絡はありましたか?」

「はい、確認がとれたそうです。」


その言葉に険しい表情を見せる帝人。


「出来れば………違って欲しかったのですがね。」

「まさか、先珠 桜から直接連絡がくるとは、予想外でした。」

「あの女も今になって状況が理解できたのでしょう。

 と、言っても、遅いの一言に尽きますが。

 下手に動くなという指示は大人しく聞いていますか?」

「はい、監視をつけておりますが問題はなさそうです。」


紅茶を一口飲んで、椅子に深く座る。

長い付き合いの優李は、帝人の様子に理解をした。


「……何か懸念がおありですか?」

「タイミングが良すぎる。」


口元に指をあて、深く考え込む。


すでに片付いたものだと思っていた。

長年、特に何事も無かった。

だが、ここにきて“マザー”の情報が動いた。

探せど痕跡は見つからなかったが、

確実に何かが起こってる、その情報は間違いない。

そして、先珠からの連絡。

ましてや―――


その時だった。

優李のスマホに着信が入る。

画面に出た名前を確認して眉間にしわが寄る。

帝人に視線で合図をすると、

少し離れて通話をした。


「何故、貴様が連絡をよこす。」


不機嫌な彼の様子を帝人は眺めていた。


「ふざけるな、貴様などに会長と―――」


帝人は優李に合図を送ると手を差し出した。

優李はため息をついて「待て」と言い、帝人にスマホを渡す。


「慣れあうつもりはない、用件だけ話せ。」


きっぱりと言い切った帝人に電話の相手は用件を話した。

それを聞いた帝人は一瞬目を見開いたが、すぐに無表情になり、


「下手に動けば、容赦はしない。以上だ。」


そのまま通話を切ってスマホを優李に返す。


「申し訳ございません、帝人様。

 一体、何の用件で?」


険しい表情の帝人に、顔色を伺う。

ため息を付いた帝人は内ポケットから薄い手帳を取り出す。

ゆっくりと広げ、彼もまた入っている写真を見つめた。


「優李……朱鷺が独り立ちしてから何年になりますか?」

「30年近くになるかと………。」

「そうですね。」


『何故、君までそこにいるのです。』


もう一度ため息を付く帝人。


「本当に、困った子ですね。朱鷺。」


写真には今より少し若い帝人。

その隣には笑顔で映る、

今の姿と全く変わらない朱鷺の姿があった。

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