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表向きとドレスと柔らかく握った

あれからほどなくして、

朱鷺たちの元に周殿がこの国から撤退した知らせが届いた。

表向きは警察から逃れるためのように見えたが、

事実を知るのは朱鷺のみ。


兵佳を取り逃がしたことを優李に問われるかと思ったが、

何かを察したのか、いまだに彼からの連絡は無かった。


そして野猿の行方も掴めない状態。

元から掴めるような相手ではなかったが、

より一層、忽然と存在が不明である。


「………本当にやってくれるとはね。」


やまねは社長室のソファでだらりと寛ぐ朱鷺に声をかけた。

朱鷺は片手で砂糖菓子をつまみながら雑誌をペラペラとめくっている。


「何がだ。」

「藤と北斗を家から引き離してってお願いしたことよ。

 何をとぼけてるわけ?」


やまねの言葉にどこか不服そうな朱鷺。


結果的に先珠も周殿も退いた。

だが、先珠も偶然に手に入れたものが勝敗を決し、

周殿に至っては、朱鷺の力では無く、野猿の成果だった。

結局、彼が兵佳に見せていた写真の内容を知る術は無く、

おおかたの予想をすることも出来ずに、

何もかもが謎のままになってしまった。


そして、藤と北斗はいつもと同じようにテレビに出ている。


だが、周殿が撤退する際、

北斗には何の連絡も来なかった。

連絡先は全て使われていないようになっていて、

周殿所有の建物もすでに売却されて、

本当に一切がなくなってしまっていたのである。


そして、藤は逆に自分の連絡先を変えた。

桜の連絡先もデータを消して、

あの家に近づくことも様子を伺うこともしなくなった。


『確かに依頼は達成された、だが―――』


その結末は育った場所との決別だった。

親と呼ぶ人間と離れることになり、

帰るはずだった場所も無くなった。


本人が望んだとはいえ、

少なからず“家族”であった存在を切り離した。


朱鷺にとって、帝人を切り離す想いだ。


心のどこかで本当にこれで良かったのだろうかと、

人知れず悩んでいるのだった。


「不服そうね?」


朱鷺の目の前に座り込んでやまねは言った。


「切り離すということは、決して楽ではない。

 喜びの反面、元に戻らないリスクも考えねばならん。

 ………結果論など、死ぬまでわからないのだからな。」


口に放り込もうとした砂糖菓子がやまねに奪われた。

やまねはそれを自分の口へ招いて味わう。


「…私は、完全に切り離すなんて出来ないと思ってたわ。」

「それでも依頼したのか、貴様は。」

「だって、どう考えたって無理だと思ったもの。

 でも………あんたは可能にしたのよね。」

「だから何だ?」


朱鷺の疑問に、やまねは穏やかな笑みを浮かべて言った。


「それなら、この先どんな現実が待ってても、

 あんたは色んな事考えて実行して可能にしていくのは、

 変わらないんだろうなと思ってるの。」


選んだ結果が良かろうが悪かろうが、

この先の未来で何が起ころうとも、

荒方 朱鷺という人間はいつだって“最善”を尽くす。

何かのために、誰かのために。

持てる力の限りを全力で。


「所詮人生は結果論かもしれないわね。

 でも、荒方、あんたが藤や北斗やその他の人のために、

 色んなことを考えて力いっぱいしてくれた、

 っていう事実は、あの2人や関わった人間、あたし達もそうだけど、

 その事実が“存在する”………それが、凄く大事なものなのよ?」


―――あんたのおかげで、あの2人はテレビで輝いてる。


朱鷺はやまねの言葉を聞いたが何も言わず、

雑誌に視線を戻した。

だが、やまねはその横顔に笑みが浮かんでいるのを確認したのだった。


************************


「ねぇ、荒方さん、今日はお願いがあるんだけど。」


朝の北斗の第一声はそれだった。

仕事の行き道は朱鷺が送ったのだが、

迎えは清理に任せてほしいというものだった。

それと、もう一つ頼みごとをした。


その夜のこと。

仕事を終えた藤と北斗は清理の運転で高級ホテルに来ていた。

身なりはいつもよりしっかり目のスーツで整え、

以前、朱鷺に連れてこられた最上階のレストラン。


夜景が見える特別な個室。

階段を下りて、綺麗に飾られたテーブルに二人はいた。

座ってはいるものの、そわそわと少し落ち着かない。


「…なんでだろうね。」

「理由はわからないけど、緊張する。」


お互いの緊張感が伝わって、尚更落ち着かない。


「あ、」

「どうかした?」

「いや、入口で待っててエスコートとかしなくていいのかな?」

「………あぁ、どうだろう、させてくれるんだろうか。」


答えは出なかったが、意を決して2人が立ち上がった時、

入口の方の案内の声が聞こえた。


あ、と思った時、何やら聞きなれない言葉の会話が聞こえる。

階段の上を見つめているとそこには、

女性の手を引いて華麗にエスコートをするイケメンの外国人。

彼は女性に何やら挨拶をすると軽やかに姿を消した。


そして、シンプルではあるが、

すらっとした足が垣間見えるスリットの入った、

真っ赤なエレガントかつセクシーなドレスを身にまとった女性は、

モデルのように、綺麗な姿勢で階段を下りてくる。

ただ降りてくるだけの動作が、完璧な気品を漂わせて、

2人は思わず、


『映画の1シーンみたい。』


と、息をのんだ。


やがて、2人の目の前まで来ると


「椅子ぐらい引いてくれてもいいと思うが?」


と、普段とはかけ離れるほど髪型もメイクも違う、

朱鷺が呆れたように言った。


はっと我に返り、慌てて北斗が朱鷺の椅子を引いた。

だが、彼女は座ると同時に自然かつ妖艶に足を組んだ。


無意識でスリットに目が行く。


「お前たちも男だな。」


と子馬鹿にしたように笑われ、

屈辱ながらも言い返せない悔しさが込み上げた。


「仕方ないでしょ、普段と全然違うんだから。」

「きちんとドレスアップしろと言ってきたのはお前たちの方だろうに。」

「ちょっと予想外というか、想像以上というか。」


朱鷺は大きなため息をついてはっきり言った。


「忘れているようだが、私は一応これでも“会長令嬢”なんだが?」


それもヨーロッパの大企業の。

完全に忘れていたと二人して凹む。

まぁ、そう思えない言動をしているとは朱鷺も自覚はしてあるので、

それ以上突っ込むことはしなかった。


「それで、わざわざこんなとこに呼び出して何をしようというのだ?」

「え、いや、まぁ、一応、お礼を…。」

「俺が作っても良かったけど、折角だから、

 冬縞(とうじま)シェフにお願いしたんだよ。」

「なるほどな…彼なら、」

「君の食べる量もわかってくれてたみたいだしね。」


わりと嬉しそうな朱鷺の表情に、金額は気にしないことにした。


頃合いを見計らったようにコースが始まる。

どうなるかと思ったが、

朱鷺は食べ方も完璧だった。


『『黙っていれば、確かにご令嬢だな。』』


と、内心思った。


やがてデザートが運ばれて、まったりとした時間が流れた頃。


「それで、本題は何だ?」

「「え?」」

「私が気づかないとでも思っているのか?」


他愛も無い会話をしていたはずだったが、

やはり彼女を欺くことは出来なかったようだ。


「あと一か月残っている契約の話か?

 数年かかると思っていたことも片付いたからな。

 まあ、しばらくは様子を見るつもりではあるが……。」


藤と北斗は顔を見合わせて、持っていたフォークを置いた。

先に口を開いたのは藤だった。


「荒方さん、改めて言わせてもらうね。

 命の危険があったはずだったけど、

 俺たちは荒方さんのおかげで自分の願いを叶えられた。

 本当に感謝してる、ありがとう。」


次に北斗がゆっくりと話す。


「正直、半信半疑だったけど、

 でも、君にお願いをしてよかったと今は心から思ってる。

 悪い言い方かもしれないけど、

 後悔とかそういうものは一切俺達には残ってないんだ。

 ただ―――、」


ただ、一つだけどうしても。


言葉にしようとして詰まってしまう。

何度も頭の中でどう話すか考えてきたはずなのに、

2人とも、それが切り出すことが出来なかった。


だが、そんな様子を知ってか、

朱鷺は静かにそっと優しい動作で、

藤と北斗の手に自らの手を重ね、

柔らかく握った。


「大丈夫だ。」


ほっとするような声。


「もう、怖がる必要は無い。

 私自身、この先どんなことがあろうとも、

 私は私の信じる道を進む。

 だから、お主たちも、信じたいものを信じろ。

 信じた先にどんなものが待っていても、私が力になる。」


温かい気持ちがじんわりと広がっていく。

思わず涙が零れたが、拭うことはしなかった。

逆に彼女の手を握り返して、笑顔で言った。


「実は俺達にはさ、もう一つ、」

「誰にも言って無い問題があるんだけどって言ったら、」


「「どうする?」」


2人の言葉に、朱鷺は少し考えたが、

ふっと余裕の笑みを浮かべてこう言った。


「受けて立とう。」


続く

あと、一か月で終わります。

ラストスパート!!

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