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黒い塊と引き金と歩調

心のどこかで願っていたのかもしれない。

あの頃の関係に戻れるんじゃないかって。

戻れなくても、また違う関係でも、

お互いに想いあえるようになれるんじゃないかって。


でも、ダメだとわかった瞬間。

音を立てて崩れていくような感覚。

前に見えるものがまるで偽物のような。

幻に包まれているような。


―――もう、どうでもいいと思った。


その瞬間。


―――ガシャンっ!!!!!!


部屋の大きめの窓ガラスが大きな音を立てて崩れた。


薄暗かったはずの視界に眩しい光が入る。

光の中から黒い塊が現れて、

それは藤と桜の間に着地して、

桜を真っ直ぐ見据えて立ち上がった。


藤の目には眩しい光の中に、

小柄なはずのその後ろ姿が大きく見えた。


―――いつも、本当にいつも、あんたは…


自分を見失いそうな時に、

何かを捨てて諦めようとした時に、

真っ暗な世界に呑み込まれてしまいそうな時に、


あの9月の時も、

光の中から現れた、


ヒーロー


「荒方さ、」


彼女の名を呼ぼうとした時だった。


―――パンッ……


小さな破裂音。

力強いその後ろ姿ががくんと崩れ落ちる。


そしてその先に見えたのは、

真っ青になった桜の表情と、

引き金を引かれた細身の銃。


「荒方さん!!!!!」


その体を後ろから両手で抱えた。


「荒方さん!?荒方さん!!!!!」


―――嫌だ、またなの!?


藤の脳裏に蘇るのは、家族を失った時の記憶。

助けられなかった家族の顔。


やめて

やめてくれ

もう嫌だ

もう嫌なんだ


「荒方さん!!!!!!!!!!!!」


必死で叫んだ。

思わず流れる涙。


その頭を、細い片腕が包み込んだ。


「大丈夫だ、問題ない。」


その言葉にはっと我に返り、彼女の顔を見た。

顔色一つ変わっていない、涼しげな表情だ。


慌てて彼女の体をまじまじと見る。


「ボディガードたるもの、防衛にぬかりは無い。」


上着を開くと、そこには立派な防弾チョッキがあった。

銃弾もしっかりとそこに残ってる。

開いた口が閉まらない藤に、朱鷺はしれっと言った。


「お主は私を誰だとおも、」


全てを言い終える前に藤は朱鷺を抱きしめた。


「本当にっ、あんたって人は!!」


泣きながら力いっぱい抱き締められた。

流石の朱鷺も反応できず固まる。


「何でいつもそうなんだよ!?」

「何がだ!?」

「何でもだよ!!本当にむかつくんだから!!」

「どういう意味だ!?八つ当たりか!?」


藤自身も何が言いたいのかはよくわかっていない。

ただ、恐怖と安堵が一気に押し寄せてきて、

頭がごちゃ混ぜになっていることには変わりがなかった。


とりあえず、藤を自分から引っぺがし、無理やり立たせる。

防弾チョッキにはまっていた銃弾を取り出して、

保存用の入れ物に入れてポケットにしまう。


「先珠 桜!!」


怒鳴り声にも近い声で桜を呼ぶ。


「この銃弾、調べたら何か出るか?」


一瞬で桜の顔色が変わった。

それを朱鷺が見逃すわけがない。


「調べられたくなければ、一切の手を引け!」


朱鷺の瞳に迷いは無かった。


「今後、藤に関わる全ての事柄に一秒たりとも関わるな。

 仕事も人も生活の何もかもだ!

 それが守れるならばこの銃弾を調べたりはしない!」


言葉が出てこない桜に、朱鷺は最後まで言い放つ。


「藤は連れていく、いいな?」


返答など待つつもりも無く、

藤を促して扉を開いて部屋を後にする。


「ふ………藤!!!」


やっとの思いで彼を呼び止める桜。

藤は扉の所で立ち止まった。


「ま…待って……、行かないで………。」


その言葉に、少し考えた。

藤はゆっくりと桜を見つめた。


色んな想いが彼の中で駆け巡る。

そっと柔らかく微笑んで答えた。


「………ごめんなさい、俺にも大事なものがあるから。」


そのまま2度と振り返らなかった。

彼を呼ぶ声が再び聞こえたが、

足を止めることはしなかった。


桜は震える手で電話の受話器をとった。

数秒悩んだが、意を決して番号を押したのである。


**************************


広い廊下を二人で歩く。

朱鷺は歩調を合わせてくれているのか、

藤の隣りを歩いていた。


「桜さんの机の一番上の引き出しがさ、

 鍵がかかってあるんだけど何が入ってるか、わかる?」

「流石にわからんな。」


唐突に藤が話し出した。

朱鷺は気にせず返事をする。


「写真が入ってるんだよ、家族写真。」

「お主が写っているのか?」


「違う、飛行機事故で亡くした旦那さんとまだ小さい息子さんのだよ。」


「………初耳だな。」

「ずいぶん昔の話らしいしね。

 俺が桜さんに引き取られたぐらいの時と、

 同じぐらいだったんだ、息子さんは。」


桜は家族の話を一度も藤にはしなかった。

だが、彼女の家の家政婦たちの世間話をたまたま耳にした。


それを聞いて以来、

自分は息子の代わりなのだろうかと思っていた。

たまに見せる、切ない目はそういう意味だったのだろうかと。


「でもさ、やっぱり、代わりってのはなれなくてさ……。」


彼女の心を読んだことで、拒絶された。

桜にとっての“恐怖”になってしまったのだと理解した。


「それでも、なんでか、期待に応えようって頑張ってた。」


1年ぐらいの間だけの親子ではあったけど、

その記憶が藤にとってはとても大切だった。


彼女のために自分が出来ることをやろうと、

必死になった時期もあった。


「でも、大人になって、世の中を知ったらダメだった。

 結局俺はここから逃げ出したんだよ。」


いつしか、桜の指示も無視してこっそり背いていた。

彼女の世界からも逃げ出して芸能界に入った。


「ねぇ、荒方さん。」

「なんだ?」

「大事なものが出来たんだ、俺にも。」

「………そうだな。」

「守りたい…本当に守らなきゃいけないものが出来たんだ。」


藤の足が止まる。


守りたいものを守るためには、

桜の期待に応えることは出来ない。

例え、楽しい思い出があろうとも。


「俺にとっては、北斗が大事なんだ。

 北斗が大事で、絶対守りたいんだっ!」


涙が出てくる。

覚悟をしていたはずなのに。

それでも一方を手放さなきゃいけない。


「………ならば、止まるな、藤。」


朱鷺の言葉が耳にしみ込んだ。


「苦しくて泣いてもいい、だが、足を止めるべきはここじゃない。

 お前のことを必要として支えようとしている存在があるのだから、

 そこに帰り着くまでは足を止めず、進め。」


そう言って歩き出す彼女の背中についていく。


不思議な気持ちだった。

後ろ髪惹かれる想いを振り払うことが辛いと思っていた。

切り捨てる覚悟をしながらあの部屋まで通った廊下を、

今は違う想いで通っていること。


子供の頃の自分がどこかに駆け抜けていく感覚を感じた。


だだっ広い玄関を出ると、

そこには待っている人がいた。


「…お帰り、藤。」


北斗は何も言わず何も聞かず、

ただ、藤に優しく微笑んでそう言った。


色んなものを失ってきた。

その先で、自分が望んだ存在。


何よりも大事で2度と失いたくない。


藤は北斗を抱きしめた。


「た、だいま………。」


ほっとした。

その存在がここにあることを。


「悪いが二人とも、いちゃつく暇はなさそうだぞ。」


朱鷺の言葉に彼女の視線を追った。

門から数える暇がないほどの人間が入ってきた。

その手には大きい銃が握られていたのだ。


「何事なの?」

「こんなとこまで……。」


「いよいよ、出てきたか。」


朱鷺の視線の先。

葉巻をふかしながら笑みを浮かべる周殿 陛下の姿があった。

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