特訓と白い布とパスワード
病室を出ると清理が待っていた。
「待たせたね、帰ろう。」
「どうぞ、お気になさらず。」
「っていうか、最近は隠れないんだね、あんた。」
「あんまり離れてるとロス出来ちゃうんで、
今の状況だと何が起こってもおかしくないんですよ?」
「………あんたで大丈夫なの?」
「お気持ちはお察ししますが、大丈夫です。
一応これでも朱鷺さんの右腕です。
本当に先月のことは申し訳なかったですが。」
「あんたしばらく顔腫れてたもんね。」
「朱鷺さんにみっちり手合わせでしごかれましたからね…。」
ちなみに今でも毎日最低1時間は特訓タイムである。
内容は体力と共にプログラミングも追加されることとなった。
「…俺も護身術ぐらいならってみようかな。」
「朱鷺さんにですか?まぁ教えてはくれると思いますけど……」
「けど?」
「本物の鬼を見ることになりますけど大丈夫ですか?」
「それ、荒方さんに伝えてもいいかな?」
「朱鷺さんに殺されるなら本望です。」
「一度、病院送りにしてもらったほうがいいんじゃないかな。」
病院内で話す事ではない。
「まぁ、護身術は体力だけじゃないですからね。」
「どういうこと?」
「力のない人でも防衛出来る方法もありますから、このご時世。」
「例えば?」
「催涙スプレー系とか、ちょっとだけ危ないですけどスタンガンとか。
逆に使われたら面倒ですけどね。」
「へぇ、じゃあ、あんたは―――!!!」
突如、藤がこけた。
「何やってんですか!?貧血!?」
「いや、前見てなかっただけ…。」
恥ずかしそうにする藤に清理は手を差し出した。
渋々ながらもその手を掴んで藤は立ち上がる。
「そういえば、」
「どうしたんですか?」
「初めて野猿に会ったときに、
荒方さんが白い布を野猿の口元覆ったら意識失ってたなって。」
「………それ、口に出しちゃダメな奴です。」
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「清理!!起きろ清理!!!」
朱鷺の怒声で目を覚ます。
「は、れ、と、朱鷺さん!?」
清理が気が付くと車の運転席に座っていた。
場所は病院の駐車場だ。
「藤はどこ!?」
北斗の言葉に辺りを見渡すがどこにも彼の姿が無かった。
「お主からの緊急信号で急いで来たが、何があった!?」
ぼんやりするが、顔を叩いて覚醒する。
はっと思い出し、自分の体をまさぐる。
隠し持っていたはずのものが無くなっていることに気づく。
―――荒方さんが白い布を、
藤の言葉が蘇り、青褪めた。
「やられた………、」
「何がだ!?」
「藤さんに連絡を取ってください!!」
北斗がスマホで呼び出す。
だが、着信音は近くで鳴り、
助手席の足元に落ちているのを見つけた。
「何で、俺が持ってることを…。」
それと同じ場所に白い布が落ちていた。
それはかつて朱鷺が野猿に使ったものと同じもので、
もしもの時のために清理に隠し持たせていたものだった。
「誰にやられた?」
「藤さんです。」
「は?何で藤がそんなことを!?」
白い布の陰に三つの小さな機械を見つけた。
「これも見破られたか。」
「嘘でしょ!?」
「何それ。」
「お前たちの体に取り付けてある発信機だ。」
「本当につけてたの………。」
「本当にすみません!!俺の油断で!!」
朱鷺は外された発信機に触れて目を閉じた。
数秒後、ゆっくりと目を開けて、清理の顔を鷲掴む。
「貴様にチャンスをやろう。もう二度目はないぞ。」
「は、はいっ………。」
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藤は広い廊下を歩いていた。
心の中で色々なものを思い出しながら。
―――人に触れる怖さを知らなかった。
人に触れて、自分が普通ではないのだということに、
何年も気づかないでいたんだ。
そして、それがどんな結果を招くのかもわかっていなかった。
―――だから、もう終わらせなきゃ。
扉を開いて、部屋に入る。
アンティーク調の家具が並ぶ部屋。
滅多に入ることはなかった。
許されなかったから。
アンティーク調の家具に不釣り合いなパソコン。
電源を入れて、キーボードに触れる。
―――終わらせるために、“知る”をしなくては。
「何をしているの、藤。」
驚いた顔の桜が部屋に入ってきた。
「あなたに言われた通り、
今の状態が嫌なので自分でどうにかしようと思いまして。」
「そこから離れなさい。」
距離を取りながら、桜はソファの近くに移動した。
「覚えてます?そのソファ。」
「は?何を?」
懐かしそうにソファを見つめる藤。
「この家に来たばかりの頃、
よく俺は怖い夢を見て泣きながら目を覚ましてて…、
トイレに行く度にあなたは起きてきてくれた。」
部屋が近かったせいか、
不思議と小さい藤がトイレから出てくると桜の姿があった。
決まって彼女は「ついていらっしゃい」と言って、
藤をこの部屋に連れてきて、ソファに腰かけ膝の上に彼を座らせた。
自分のストールを彼の体に巻くと、本を開く。
それは絵本では無く、様々な景色の写真集だ。
主に、花が沢山咲いている場所の写真集で、
桜はそれを片っ端からどこにあってどんな場所で、と説明してくれた。
「藤の花のトンネルがとても綺麗で…よく覚えています。」
まるで包み込まれるような優しい柔らかいその光景。
淡い様々な色合いがまた落ち着いた雰囲気で好きだった。
とにかく桜は花の知識が豊富で、
細やかな品種も見頃になる季節や咲き方、
どんな疑問にも事細かく答えてくれたのだった。
「それだけじゃなかったですよね。
休みの日には遊園地に連れて行ってくれたり、
公園にも、湖や海、山にも連れて行ってくれて…。」
本当に普通の生活をしていた。
母と息子の2人だけれど、子供らしく遊ばせて、
勉強もしっかり学んで、
テストでいい点をとればご褒美に美味しいスイーツを食べに行って。
「だけど、ある時、俺はこけてしまって、
それをあなたは手を引っ張って起こしてくれた。」
その時からだ、様子が変わってしまったのは。
「俺が、パソコンに触れるのが怖いんでしょう?」
「やめなさい、藤!」
「俺にはあなたに聞かなくてもパスワードなんか簡単にわかるからね。」
「今すぐに離れなさい!!」
「ここにどんなデータが入ってるか探ってみようか?
それとも素直に話してくれるのかな?」
「何の話を?」
「あなたが俺に絶対に知られたくない事。」
桜の顔色が変わった。
「絶対に知られたくないことがあるから俺を遠ざけた。
俺の手にも一切触れることはしなくなったんだよね?」
「いい加減にしなさいっ」
「だって、触れたらわかるもんね?」
桜の手が震える。
「俺の手は触れるだけで色んなものを感じ取れる。
物にはだいぶ神経を使うから代償が多いけど、
でも、人の手は一番、わかりやすい。」
藤は真っ直ぐに桜を見た。
「あの時、手に触れたあなたは“怪我は無いといいけど”と思ってた。
そして、“この子にはバレたくない”って考えてた。」
―――何がバレたくないの?
と無邪気に聞いてきた藤のその一言で、桜は理解をした。
手を振り払い、信じられないものを見るような目で彼を見た。
「このパソコンのパスワードは誕生日だね。
あなたの本当の息子の。」
桜は近くの棚の引き出しの鍵を開けて、物を取り出した。
「それ以上はやめなさい。」
細身の銃を藤に向ける。
かちゃりと準備の音がした。
「桜さん………もう、やめよう?」
藤の言葉に首を横に振った。
「後戻りなど、出来ないのよ。」




