友人と女性と力
「それじゃ、かんぱーい!」
「「「かんばーい!!!」」」
ここはとある居酒屋。
賑やかに、ガラスの杯はぶつかり合い、宴会の開始を告げる。
「っていうか、ちょっとイガイじゃん!?」
「私も思ったぁ、ポンちゃんがさぁ、あの藤とHOKKUTOと友達とかさぁ!!」
「マジでビビるわぁ~!!」
藤、北斗、太一の向かい席で、三人の女性陣が一杯目の酒を一気に飲み干した直後に、
叫びにも似た大声でそう言い放った。
すると、ポンちゃんと呼ばれた男は太一の肩に手を回した。
「マジてマジ!大マジ?まぁ、俺んの直接の友達ってわけじゃねーんけどぉ、
俺ん友達の友達、つまり、俺ん友達?そんなとこ?」
「超すげぇーしー!!!」
藤達のテンションとは対照的に彼女達は異常な盛り上がりを見せる。
ちなみに藤と北斗はポンちゃんとは初対面であり、存在すらも知らない相手である。
「ポンちゃん、ちょっといい?」
「なによ、なにょぉ?」
太一は彼を引っ張り、少し離れた場所で小声で言う。
「ポンちゃんに会わせるだけって約束じゃなかった?合コンみたいな話は聞いてないよ?」
するとポンちゃんは両腕を太一の首に回し、睨みをきかせた。
「お前、俺に口答えするわけ?」
途端に、太一の口が閉ざされた。
「俺に反論出来る立場じゃねーってわかってんだよな?」
悔しさに手を握り締める。
ポンちゃんはにやりと笑って、皆の方へと顔を戻した。
だが、彼の動きに合わせ、全員が顔を反らし、向こうを向いた。
不信に思ったポンちゃんは近づいた。
「おい。」
「ん?何?」
一向にメンバーはこちらを見る気配が無い。
「何でそっち見てんだよ?」
「だ、大丈夫、何も見てないし!」
「は?」
「邪魔するつもりもないから!ごゆっくり!」
「何の話だ?」
まさに訳がわからない状態のポンちゃんに一人の女性が立ち上がり、
彼の両手を自らの両手で握りしめた。
「世間体とか、色々大変かもしれないけど、でも諦めたりしないで!
私達はポンちゃんの味方!全力で応援するからね!!」
「は?だから、何の、」
「太一くん!!」
「は、はい!?」
突然話をふられる太一。
「ポンちゃんって不器用なとこあるから、色々戸惑うかもしれないけど…、
でも、真剣なんだ。だから、笑わずにちゃんと受け止めてあげてね?」
「は……はい?」
太一もよくわからない状態のまま、気圧されてとりあえず頷いておく。
すると女性三人組は荷物を持って立ち上がる。
「それじゃ!殿方の花園から私達は退散するわ!」
「ポンちゃん!頑張ってね!」
「諦めたりしちゃ駄目だからね!!」
そのままあっという間に彼女達は店から出て行ってしまった。
残されたポンちゃんと太一はぽかーんと口を開いたまま、その場に立ちすくむ。
藤と北斗は飲み物を口に運びながら、冷静に考えていた。
あそこまで応援されるポンちゃんという男は、実はいい奴なのかもしれない、と。
太一はちらりと二人を見た。
目が合った彼らが笑みを浮かべたので、何となく察しがついた。
「お、おい…どうなってんだ?」
呆然とするポンちゃんに対し、北斗は本当に僅しかない優しさを見せた。
「あぁいう乙女はいいね。恋する男の味方に全力でなってくれるんだもんなぁ。」
「………恋?」
疑惑の目を向けてきたポンちゃんに、今度は藤が極稀な親切を見せる。
「あと、禁断の設定作って話すと簡単に信じてくれるしね。」
彼の冷ややかな笑みに、ようやくポンちゃんは話が見えた。
つまり、藤と北斗は、ポンちゃんが太一に恋をしていて、世間体を気にして素直になれない。
と、いった根も葉も無い作り話を彼女達に聞かせた。
そして、彼女達もまんまとその話を信じたわけだ。
何せ、相手はあの有名人。
一介の女性が彼らの話を信じないわけが無い。
というのは大袈裟過ぎる。
ただ、単に彼女達の純粋な部分を見事に手玉に取っただけのことだ。
事如く、性の悪い男達である。
「ふざけんなよ!!」
ポンちゃんが怒鳴り付けようとした瞬間。
店のドアが勢いよく開いた。
その近辺に立っていたポンちゃんは力いっぱいぶつかった。
「時間だ、帰るぞ。」
開いたままのドアに仁王立ちの朱鷺はそう言い放った。
「ご苦労さん。」
「太一、送るからきなよ。」
二人は立ち上がり身支度を整え、何事も無く帰宅をする。
そんな楽な事になればよかったのだが、気がつけば、開いたはずのドアが勢いよく閉まる。
そして店内にいる全ての客とスタッフが何やら、雰囲気悪く立ち上がり、彼らを取り囲んだ。
「帰れると思うんなよ?」
立ち直ったポンちゃんは朱鷺達を睨みつけた。
「いくら芸能人だからって、容赦はしないんだよ。舐めた真似しやがって!!」
すると、朱鷺は何やらしかめ面になり、藤と北斗のほうへと振り向いた。
「………もしかして、ドラマの撮影中か?」
「流石の俺達もそんな嫌がらせはしない。」
思わず瞬時に突っ込んでしまった北斗。
彼の隣りで藤は何度目かの溜息をつく。
朱鷺はポンちゃんに視線を戻して口を開く。
「やめとけ、後悔するぞ。」
「お嬢ちゃんこそやめといたら?危ないんよぉ~?」
ポンちゃんの軽口に、周りの仲間達は一斉に笑い声を上げた。
「ポンちゃん!やめてよ!!」
太一が叫んだ。
彼の必死な表情が捨てられた子犬のように見え、慌ててポンちゃんは「違う違う」と首を振った。
仲間達も思わず見ないように顔を背けたが、そこも一喝する。
すると、朱鷺はポケットから取り出した物を後ろの二人に投げた。
北斗がキャッチしたのは今朝も見たストップウォッチだった。
「お、おい、まさか、」
「10分だ、下がってろ。」
流石に女の子一人で相手にさせられない。
とまぁ、普通ならば下がらないのだが、何せあの朱鷺という人物である。
怖いもの見たさを抑え切れず、北斗は「了解。」と答え、端に藤と太一を連れて移動した。
藤が、本気か?と批判の顔を見せたが、笑顔で抑える。
太一はおろおろしっぱなしだ。
不思議な気持ちではあったが、
一ヶ月しか過ごして無いというのに、大丈夫のような想いが存在した。
荒方 朱鷺という人物が、どんな状況においても屈する事の無い人間のような気がしたのだ。
まぁ、本当に危なくなればどうにかすればいい。
そう、軽く北斗は考えていた。
藤も彼の考えをわかってはいたし、同じ気持ちでもいたのだが、
何よりそれを面白くないと思うのが藤という人間である。
そして、そんな思惑の中、一人の男が一本を踏み出し、朱鷺に向かって殴り掛かってきた。
それは一瞬の出来事だ。
彼女が片足を上げたまではわかった。
だが、一度瞬きをした後、がくんと男の体が崩れ、ゆっくりと床に横たわったのだ。
そこで初めて、彼女の蹴りが彼の頭にヒットしたのだと気がついた。
朱鷺はゆっくりと足を戻すと、静かに構えをつくり、左手を差し出した。
「かかってこい、小僧共。」
くいっと指先で挑発すると、頭に血がのぼったのか、
大の男達が次から次へと小娘一人にかかっていく。
しかし、そんな彼らもあっという間に次から次へと床に平伏した。
まるでアクション映画を見ているように思えるほど、実に見事な体捌きだった。
そして残るはポンちゃんただ一人になってしまっていた。
彼は慌てて携帯電話で別の仲間に助けを求めた。
「すすすすみません!何だかやばい奴がいいいいいて!助けを…………!?」
だが、朱鷺が彼の携帯電話を奪い、耳に当ててその声を聞いた。
すると、彼女は口を開いたのだ。
「聞いたことのある声だな?」
電話口から、ひやりとした雰囲気を感じた。
「私の声を忘れてはいないのだろう?そうだ。覚えていたのは上出来だ。
あぁ、このポンちゃんとやらが私の仕事の邪魔をするんでな。
まさか、貴様のところの奴だとはなぁ………ふむ、なるほどな。そうか、わかった。」
朱鷺は携帯電話をポンちゃんにそのまま返した。
「もしも、え?手を引け?関わるな?いや、でもまだ目的が!ですけど!だーかーらー…ぐえっ。」
ポンちゃんの隣りで朱鷺は痺れをきらしたのか、
面倒になったのか、握りこぶしを一発ぶち込んだ。
勿論、彼は床でのびた。
「7分、53秒。」
かちりとストップウォッチを止めた北斗。
宣言通り10分以内であったにも関わらず、朱鷺はちっと舌打ちをした。
「5分を目指していたのだが……。いかんな、体が鈍っているな。少し鍛練をするべきだな。」
ぶつぶつ呟きながら、彼女は手を叩きながら振り返る。
北斗はストップウォッチを返す。
藤は眉間にしわをよせ、面白くなさそうな顔を見せる。
太一は開いた口が塞がらず、呆然としている。
だが、朱鷺は特に彼らに構う事なく、
「とっとと帰るぞ。」
と、さっさと店を出て行く。
「太一、大丈夫?」
「え!?あ、うん!!」
「じゃあ、帰ろうか。」
二人に促されて、状況がイマイチ飲み込めない状態ではあるが、太一も一緒に店を後にした。
「荒方さん、太一を送ってよ。」
「承知した。」
車に乗り込む四人。
ちなみに、太一と藤が後部席。
北斗は助手席に座っている。
太一は一人そわそわ、隣りの藤をちらっと見たり、
バックミラー越しに北斗と朱鷺を見つめたりしている。
「太一、聞きたいことあるんなら聞きなよ。」
思わず噴き出しそうになるのを堪えながら、藤が助け舟を出した。
「い、いや!聞きたいというか………えっと、新しいマネージャーさん?」
「そう、マネージャー兼ボディガードの荒方 朱鷺さん。荒方さん、彼は俺達の友達の、」
「知っている。仙羽 太一だろう。」
相変わらず、話を遮断する女である。
多少、イラッとくるがスルー出来る慣れもある。
「今度は随分頼もしいマネージャーさんなんだね。」
「まぁ………な。」
いつもはっきり答える北斗が言葉を濁した。
その事に太一は少し驚いた。
藤を見れば会話には入らないと決め込んだように、外に視線をうつしている。
いつもなら北斗のフォローを入れるのにと、益々驚いた。
じっと運転席の彼女を見つめる。
太一は藤と北斗と10年以上前からの付き合いだ。
人に対する好き嫌いは熟知しているのだが、二人はほとんどそれを顔に出さない。
特に本人の目の前で悪態づくなど、以っての外だ。
かつて歴代のマネージャー達に至っては、心底嫌っていても常に笑顔で接していた。
太一に愚痴をこぼす時でさえ、にこやかに話すほど。
そんな愛想のいいこの二人がこうもあからさまに敵対する態度を見せているのだ。
今までにない体験に少しワクワクした。
「……太一、ごめん。」
「え?」
申し訳なさそうに藤が謝る。
北斗もミラー越しに似たような表情を見せた。
彼が黙ったままだったので、心配させてしまったと思ったのだ。
その事に気がついた太一はふふっと笑った。
「あ、ごめん、心配してないんだ。」
「じゃあ、何にこにこしてんだ?」
思わず、にこにこしてしまう。
「いや、何だか珍しいなぁって思って。」
「何が?」
二人して怪訝な表情を見せるので、余計に可笑しくなる。
「それは、」
と言いかけた所で車が止まった。
外を見れば太一の自宅前だ。
「あれ?そういえば家の場所って話したっけ?」
「ん、あ、あぁ、それなら俺が先に教えてたから。」
「そっかぁ。」
勿論、教えてなどいない。
はじめから朱鷺は知っていたのだ。
交遊のある人間までも調べているのか。
北斗が微妙な視線を送ったが、朱鷺は相手にしない。
「ねぇ、藤くん。ご飯は帰ってから作るの?」
「うん、そうなるね。」
車から降りた太一は窓越しにたずねた。
答えを聞いて、にっこりと笑った。
「じゃあ、うちで食べていきなよ!今日のお詫びとお礼にご馳走させて。」
「北斗、どうする?」
「いいね、久しぶりだ。」
そう言って二人が車のドアを開けると、太一は朱鷺に声をかけた。
「荒方さん、隣りに駐車場あるからそっちに車止めてくださいね。」
「いや、私は、」
「遠慮しないでください!お礼したいんです!」
「仕事をしただけだ。」
「美味しさには自信があるんです!」
「そんなに美味いのか?」
「そりゃあもう!」
美味いものと聞き、朱鷺の反応が変わる。
「ね!二人とも、荒方さんも一緒でいいでしょ!?」
本心は嫌で仕方なかったが。
「「いいんじゃないかな。」」
どうも太一には勝てない。
渋々、朱鷺の同行を許した。
ポンちゃんは口調が馬鹿っぽくてしょうがないですが、イケメンだったらどうしようとか意味不明なところで悩んでしまいます。




