面倒と雪と時代遅れ
「北斗、今からやることを覚えておけ。」
昔から優李兄貴の姿を見るのは月に一度あるか無いかぐらいだった。
物心ついた頃には歳離れた兄貴はすでに家を出ていた。
家の中を歩き回るのは家政婦か執事か、
親父の部下かよくわからない人間ばかりで、
まともに話をしたことは無い。
というより、めんどくさくて自分から話しかけることも皆無。
ただ、兄貴は会うのは時々ではあったけれど、
向こうから部屋を訪れては面倒を見てくれていた。
勉強なんかも特にわからなくもなかったが、
優秀さに気づいてくれたのか、
レベルの高い教材を色々持ってきてくれた。
それだけじゃなく、
護身術などの類も仕込んだのは兄貴だ。
彼がどこから学んだかはわからなかったが、
誰かに守られるのでは無く、自分自身で守れるようにと教えてくれた。
誕生日もクリスマスも特にイベントは無くて、
部屋に引きこもっていると連れだしたのも優李兄貴だ。
家の外に出るのは禁止されていたけれど、
優李兄貴がいる時だけは別だった。
親父とは仲が悪そうだったけど、
あの家で兄貴に注意できる人間なんて一人もいなかった。
釣りをしたり、サイクリングをしたり、
体力づくりに登山やら、長距離ランニング。
どこから体力が出てくるんだってぐらいに兄貴は凄くて、
全然追いつけない俺はすぐへばってた。
海外の大学に行った時も、
時間さえあれば様子を見に来てくれていたし、
ちょこちょこ連絡もくれていた。
数年前のクリスマス時期。
仕事が忙しい合間に時間を作っていつもの喫茶店に行った。
雪が降ってて、寒かったのを覚えてる。
そして、珍しく兄貴の顔色が悪かったのも覚えている。
「………どうかしたの?」
「何がだ?」
「顔色、良くなさそう。」
「北斗が人の顔色気にするとは…なるほど、雪が降るはずだ。」
「一応心配という単語ぐらいは俺の辞書にも載ってるよ。」
どんなに長距離を走っても顔色一つ変えない人間が、
自分にもわかるほど変化があるのに、放っておけない。
少し間をおいて、ゆっくりと話してくれた。
大切な人が出来たこと。
その人が怪我を負ったこと。
そして子供がもうすぐ生まれてくること。
だけど、自分のことで巻き込みたくなくて会えない。
彼が初めて見せる弱音のような。
昔よりぐんと歳をとったせいか。
今までに見たことがない儚さを感じてしまった。
正直、そんなに気にするなら別れてしまえばいいのに、
と、めんどくさがりな俺は思ってしまったけれど。
あの兄貴が執着するものがどんなものなのか興味がわいた。
だから、試しに何度か会いに行ってみた。
様子を兄貴に報告するだけでも、安心するみたいだったのもあって、
今までに気遣ってもらった分の恩返し程度に考えてた。
でも、それは予想以上で。
生まれてきてくれた楓との出会いが変えてくれた。
どうでも良かったイベント事が楽しみで楽しみでしょうがなくて。
あの子が笑ってくれるならどんなことでもやってしまいたくなる。
兄貴はたまに呆れていたけれど。
―――にいちゃん!
―――ダメだ、おまえはここにかくれてろ!
『あぁ、またこの夢だ。忘れさせてくれない。
わかってるんだよ。
自分がいかに酷い人間かなんて。
俺は忘れられないんだから。』
ガシャン!!!!!!!!!!!!
突然の衝撃に北斗は目を覚ます。
真横には工事現場の鉄柱が道路に突き刺ささり、
車は寸前のとこでハンドルを切り回避をしていた。
「朱鷺さん!!」
「案ずるな、問題ない。」
驚くことなく冷静沈着な朱鷺は速やかに脇道に停車させた。
すぐさま彼女はドアを開け降りて口を開いた。
「清理、お前は二人を家に連れていけ。」
「は!?まさか朱鷺さん一人で対応する気じゃ、」
「貴様らがいると邪魔で動きにくい。とっとと行け。」
「あぁ、もう!!」
「「ダメだ!!!」」
藤と北斗の大声に朱鷺と清理の動きが止まる。
思わず叫んでしまった手前、言葉が続かず。
発した本人たちもなぜか戸惑ってしまう。
「あ、いや、その……、」
「何か危なそうだと……、」
朱鷺は軽くため息をついた。
「一時間だ。」
「「え」」
「一時間で家に戻らなければ繁牙にでも連絡しろ。
まぁ、そんなことはありえないがな。」
ばたんとドアを閉めて颯爽と去っていく朱鷺。
清理は指示通りに自宅の方へと向かう。
『『どうして、あの子は不安を消していくんだろう。』』
不思議な心地で座りなおした。
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「どうしてあなたって子はすぐ見つけるのかしらね?朱鷺ちゃん?」
「それは私がいかに優秀なのか貴様が理解できていないからだ、川伊達 愛。」
朱鷺は手に掴んでいた川伊達の部下を投げ捨てる。
「北斗が怪我をしていたらという考えは無いのか?」
「あら、あなたが怪我を許すとは思ってなくてよ?」
朱鷺は向かってくる川伊達の部下たちを次々と投げ飛ばしていく。
最後の一人を川伊達の方に思いっきり投げ飛ばしたが、
彼女は軽く避ける。
「大丈夫かどうかの問題では無いのがまだわからないのか?」
「それはどういう意味かしら?」
呆れたようにため息をつく朱鷺。
川伊達は背中に手を回した。
「その行為を“した”という事実が問題だと言っている。
そんなこともわからないとはつくづく愚かな奴だな。」
「あんたもどこぞのおバカさんと一緒で綺麗事を並べるのね!」
朱鷺の近くに衝撃が走った。
顔色一つ変えずにもう一度ため息を付く。
「時代遅れの女狐は、持ち物すら時代遅れだな。」
川伊達の手には長い鞭が握られていた。
「いやだわぁ、これでも古き時代を共に歩んだ相棒なのよ?」
「このご時世に映画でも出てこないような代物を、
よく似合っているぞ、どこぞのマニアが喜びそうだ。」
「これは喜ばせるものではなくてよ?」
もう片方の手には銃が握られている。
発砲音を気にして使わないと朱鷺は察した。
「あなたや優李は知らないでしょうけどね。
私と兵佳様はずっと危険な世界を渡ってきたの。
使えるものはどんなものも使う。
代償など関係ない。
生まれ持った不憫不徳不幸全てを己の手で変えるために。
綺麗事なんか許されなかった時代や場所しかなかった。
それでも現状を変えてやるとここまでやってきたのよ。」
「だが、結果的に貴様たちがやっていることは汚れ仕事だ。
人に恨まれ疎まれ、世界には認められない。
生まれや育ちが何であろうと、
人として許されざる道を選んだのは己自身であろう?
正しき道へと変えようとしなかったその意思を、
褒められるべきでは無かろう。」
「褒められたくてしてるんじゃないわ。
生きるためにしているだけよ。」
「親の都合に子供を巻き込むな。」
「宿命には逆らえない。」
「それが時代遅れだと言っている。」
一呼吸おいて朱鷺は口を開いた。
「美しき伝統ならば引き継げばよい。
だが、本人が嫌だというものを宿命などという、
薄っぺらい言葉で縛り付けるなど愚の極み。
“悪い”と自覚をしている時点で手を引くべきだ。」
「人の“貪欲”が私たちを生かしているのよ!」
朱鷺に向けられた鞭が飛んでくる。
だが、朱鷺はそれを避け、地面に当たると同時にナイフを突き立てた。
鞭の動きが一本のナイフによって止められる。
「どういう反射神経を……!」
銃を向けたがすぐにサイレンの音が聞こえた。
舌打ちをする川伊達は長居は無用だと判断をする。
「何故だろうな。」
朱鷺の言葉に動きを止めた。
「何故、お前たちのような生き物は、
そういう生き方を選ぶのであろうな。
いつの時代も、どこであっても、皆。」
「何を―――、」
ナイフを引き抜いた朱鷺は答えずにその場を立ち去った。
川伊達も部下たちとすぐに引き上げたのだった。




