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子供とタイマーと親友

 新しい風が吹き始めて、およそ一ヶ月を過ごした。

 俺達も彼女も相変わらず、相容れない状態ではあるはずなのに、

 慣れというものは怖いもので、一通りの生活は流れていく。

 それでも俺達は抗う事をやめたりはしない。

 それが、俺達のルールだから。


 【5月】


「今日は少しばかり余裕だと思ったんだけどなぁ。」


 駐車場で北斗はわざとらしい声でそう言った。

 藤もまたわざとらしく溜め息をつく。

 そして、ボディガード兼マネージャーの朱鷺は愛車のタイヤの様子を調べていた。


 簡単に説明しよう。“パンク”である。

 彼女の手によって最強の進化を遂げたセキュリティシステムの稼動する安全地帯。

 であるはずのこの駐車場で、何故パンクなどが起こるのだろうか。

 もちろん、自然の法則ならば仕方ないが、セキュリティだけでは無く、

 メンテナンス面でも鬼の如く屈強な手腕を見せるのが荒方 朱鷺という人間だ。

 そんな彼女がメンテナンスを怠るだろうか?

 いや、まさに愚問だ。

 

 よくよく確認すればタイヤにはしっかりと刺し傷が残っている。

 もはや、偽装工作もする必要無しといった感じだ。


 足が無ければ、タクシーを呼ぶなり何なり、次の方法をとらねばならない。

 しかし、毎朝恐ろしい朱鷺の運転テクニックのお陰で間に合ってきたのだ。

 彼女と同等以上の手腕の持ち主がすぐに見つけられるだろうか。

 これも愚問だろう。

 遅刻決定だ。と、今度こそ勝利を確信した北斗と藤。


 二人はあれからおよそ一ヶ月の間、毎朝のようにこうした妨害を起こしてきた。

 そんな話をすると、あまりに子供っぽく、馬鹿馬鹿しい感じがするが、間違えられては困るので確認しておこう。

 仮にも彼らは超がつくほどの有名人であり、また、若手と呼ぶにはとうに過ぎた年齢である。

 今をときめくアイドル!という言葉も相応しくは無い。

 そんないい年の彼らが毎朝、朱鷺をやめさせるため、パンクを筆頭に様々な妨害をしているのだ。

 実に見苦しさこの上ない。

 だが、二人は本気だ。


 そんな二人をよそに、朱鷺は鞄に手を突っ込んだ。

 タクシーを呼ぶために携帯を取り出そうとしたのだという彼らの予想は完全に外れた。

 朱鷺は鞄から取り出したものを後ろに投げた。

 位置的に北斗がそれを見事にキャッチする。

 手の中の物を確認する。それはストップウォッチだ。

 顔を上げれば上着を脱ぎ、何やら工具を取り出した彼女の姿。

 傍らにはスペアのタイヤがすでに用意されてあった。

 振り返った彼女ははっきりとこう言った。


「5分だ。」


 ため息をつきながら北斗はスタートのスイッチを押した。

 結局、今日も決着がつく前に敗北感をひしひしと感じたのだ。


 *****************


「ふむ、ジャストタイム。今日も順調だな。

 それじゃあ、終わったらいつものように連絡をするんだぞ。」


 車から降りて、未だ立ち直れない藤に朱鷺はそう言い放ち、彼の返事を待つ事無く北斗を連れ去った。

 窓から僅かに見えた北斗の表情がどこか泣きそうに見えたのは気のせいだろうか。

 とりあえず、迫り来る吐き気を抑え、藤は立ち上がった。


「むしろ、あいつの運転のほうが危険なような気がするんだけど・・・。」


 彼女の運転に一ヶ月ほど乗っているというにも関わらず、これだけは一向に慣れない。

 もはや、遊園地のアトラクションと大差は無い。

 いや、それ以上のスリルがありすぎる。

 よくもあんな無茶苦茶な運転で事故をおこさないものだ。


 一日に何度ため息をついたのか、数知れず。

 再びため息をついた。


「藤くん、大丈夫?」


 顔を上げた先、一人の青年の姿があった。


「大丈夫だよ、太一。」


 彼の心底心配そうな表情に思わず笑みがこぼれる。

 安心させるための返事に、「よかった!」と人懐っこい笑顔が返ってきた。


 彼の名前は仙羽 太一(せんば たいち)

 彼もまた芸能界の人間であり、藤と北斗の数少ない友人である。


「藤くん!ドラマ見てるよ!やっぱり藤くんは知的な役が似合ってるよね。

 男の僕から見てもすっごいカッコイイよ!!」

「そうか?俺はイマイチ…。」

「何言ってんだか!今期ドラマの中じゃ、注目度No.1じゃない!

 どれだけ色んな場所で特集されてると思ってんの?今週だけでも僕、20以上の記事を見たよ!」

「よくチェックしてるね。」

「当たり前でしょ!僕は藤くんと北斗くんのファン第一号なんだから!」


 実は、藤と北斗が芸能界に入るきっかけを作ったのは共通の友人である太一だった。

 先に芸能界に入っていた彼は常に二人に芸能界入りを勧めていた。

 二人にとっては数少ない古くからの友人だ。


 道すがら、歩きながら会話をしていたが、ふと足を止めた藤が太一に向き直る。


「で、今度はどんな頼み事なんだ?」


 彼の言葉に太一は申し訳なさそうに眉尻を下げ、素直にそれを伝えた。

どんなくだらない嫌がらせにしようか考えるのは大変楽しゅうございます。

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