悪寒と精神状態と秘密
「は?サンタさん?」
最氷やまねは何を馬鹿なことをという声をあげた。
もちろん、言い出した北斗と藤も気持ちは理解できる。
「いや、荒方さんがサンタの存在を信じててさ…。」
「城酉さんの話じゃあ、毎年正体不明のサンタから、
どんな場所であってもプレゼントが届くんだってさ。」
「何の怖い話をしてるのよ、冬よ、今。」
『『だよなー……』』
清理に言って事務所まで連れてきてもらい、
とりあえず、身近で朱鷺のことを知っている人に聞いてみた。
「確かにあんたたちに比べて荒方との付き合いは古いけど、
数年前に仕事を頼んだ時と今しか関わりなんて無いから。
あの子のプライベートなんてほとんど知らないわよ。
……仕事以外の会話もよくよく考えればしてないわね。」
仕事を依頼するのも運が必要だと言われ、
正体不明の要素が多いことから、あだ名は“ゴースト”
「じゃあ、社長は荒方さんの父親は知ってる?
荒方さん本人は“親父殿”って呼んでて、
ヨーロッパの大企業のトップらしいんだけど。」
「いいえ、知らないわ。
まぁ、あの子の父親ならただモノじゃないんでしょうけど。」
ため息をつきながら、やまねはぞくりと悪寒が走った。
『………ヨーロッパのトップ……まさかね…………』
思い当たる節があるものの、必死で考えを消した。
「ねぇ、野菊さんは知らないの?
わりと仲いいんでしょ?」
たまたま通りかかった彼女に声をかけた。
藤は何気なく声をかけたつもりだったのだが、
以前の一件以来、人一倍警戒心を抱かれる。
「知っていても話しませんが?」
絶対零度の目で見降ろされ、すぐに立ち去られた。
「………藤、何したの?」
「ここまで尾を引くとは思ってなかったよ。」
「ごめんなさいね、一番デリケートな子だから。
というより、清理くんに聞いたらいいんじゃないの?」
勿論聞いてみたのだが、
「やだなぁ、俺が朱鷺さんのこと話すわけないですよ!
あ、朱鷺さんの自慢ならいくらでも話しますけど!」
と、きっぱり言われた。
「やっぱり食えない男ね。」
「「本当に。」」
他に思い当たる親しい人間。
ふと北斗は先月のことを思い出す。
度々見かけるようになったあのきつそうな警察。
一応、親戚にあたる関係になったとは言え、
ちゃんと自己紹介すらもお互いにしてないことに気が付いた。
朱鷺たちの会話からして恐らく名前は「しげが けい」
連絡先も知らない。
「………やっぱり、聞いてみるかな。」
「義理姉さん?」
「そう。たぶん………荒方さんと古い知り合いっぽい。」
少し離れた場所に北斗が移動して電話をはじめた。
藤はちらりと確認した後、紅茶を口に運んだ。
「………藤は大丈夫なの?」
やまねの少し困ったような表情が見えた。
「特に問題は無いよ。」
「北斗も周りの環境に変化が出てきたみたいだし。
あなたの環境にも変化はあるでしょ?」
「桜さんとのことを言っているなら、冷戦状態ってとこかな。」
「自分の精神状態は?」
「その問いにはどんな選択肢があるのさ。」
「無いならはっきり無いという藤がそんな返答するなんてね。」
『あぁもう、俺の周りはこういう人ばっかり。』
めんどうになって視線を逸らす。
やまねはそっと笑みをこぼした。
いつもは冷静冷淡だったはずの藤が子供のように拗ねた表情を見せる。
少し離れた場所では北斗が楓と話しているのか嬉しそうに会話をしている。
話には聞いていたが、そんな表情を見るのは初めてだった。
十年以上の付き合いだというのに、
半年と少しの付き合いの朱鷺の方が、
彼らの表情を引き出しているように思えた。
素直に朱鷺にそう告げれば、
―――多少慣れただけで、心を許しているのとは違う。
とばっさりきった。
やまねからすれば違いなど大差ないように思えたのだが。
朱鷺曰く、
藤と北斗の間の信頼とは全くほど遠いものだと。
2人の信頼は絶対的なものがあり、
それは何者であっても踏み込むことはできない。
決定的に格が違うのだと言っていた。
やまねにはその領域を感じ取ることもできなかった。
恋人同士の特有のつながりとしか思えない。
「………人の顔をじっと見てどうしたの。」
どことなく気まずそうな藤の言葉にはっと我に返る。
「別に、なんでもないわ。」
「絶対嘘だよね、それ。」
得意げに“見抜いている”と言わんばかりの藤に、
やまねはとっておきの笑顔で返事をした。
「何かあっても言わないわ。」
「あぁ、もう!」
トラウマ張りの鬱陶しさにいら立ちを見せた。
*************************
[え、荒方さんのこと?]
「そう、瑠依さん何か親しそうだったから。」
[まぁ…仕事で昔からお世話になっていたけど。]
「仕事………。」
[あ、ごめんね。北斗。
そこらへんは詳しくは話せなくて……一応、引退はしたけど。]
「大丈夫だよ、兄貴だってどこで働いているかも言わないし。」
『私も海外の企業だとは聞いてるけど、
ぶっちゃけ詳しくは知らないのよね。
自分のことを隠してるのが申し訳なくて聞けなかったけど。』
「荒方さんって、有名なの?」
[そうね。私も出会った当時は海外だったけど、
業界じゃ知らない人間はいなかったわ。
ただ、伝手も何も無いから会うこと自体が難しかったけど。]
「どうやって知り合ったの?」
[私は………そういえば、兄さんの紹介だったわ。]
『やっぱりそこにたどり着くのか。』
[仕事仲間って感じで紹介してくれたけど…もしかして………]
「え、なに?」
[あの2人、付き合ってたりしたのかな!?]
「は?」
[いや、だってね!兄さんってもてないから、
周りに女の人なんて全然いなくてさ!
唯一、いたのが荒方さんで!荒方さん、兄さんを名前で呼んでるの!]
『………そういえば、呼んでたな。』
[これって怪しくない!?]
「いや、荒方さんの側近は名前で呼ばれてるし…。」
[え、そうなの?なんだ…せっかく兄さんにも春が来たかと思ったのに。
っていうか、わずかな望みが消えたわ。
荒方さんがダメなら他に誰がいるのよ!!]
『女の人ってこういう話好きだよな………』
軽くため息をついた北斗。
身近な人間が荒方朱鷺という人間を知っていた。
それもずいぶん昔から。
それなのに、荒方朱鷺のはっきりした情報が入ってこない。
『というより、俺の周りは“秘密”が多いんだな。』
そんなことにすら気づいてなかった。
まぁ、特殊な家庭ではあるとは自覚していたし。
大して驚くことではない。
第一に“自分自身”が秘密の一部であるのだから。
[でも、急にどうしたの?荒方さんのこと聞いてくるなんて。]
「あ、あぁ………サンタの存在を信じているみたいで。」
[………え、本当?]
「うん、あの目は嘘じゃなかったよ。本気。」
[………。]
しばらくの沈黙のあと、瑠依は口を開いた。
[兄さんに会ってみる?]
「え。」
[居場所ならわかるし、なんなら私からアポとってもいいわよ?
ただ、大人しく情報を差し出すかはわからないけど。]
「どれくらい手強いの?」
[あの荒方朱鷺とはりあえる人よ?]
本来の目的を忘れそうになるぐらい興味が沸き上がった。
あの無茶苦茶な人間と渡り合う人間がいる。
それが己の親戚になったのだ。
是非ともどんな人間か知っておく必要がある。
思わず、口元に笑みを浮かべてしまう。
藤はその様子を離れた場所から見ていた。
『………何か面白そうなことでも見つけたみたいだな。』
「どうかした?急に微笑んじゃって。」
「別に。」
やまねの言葉にカップで口元を隠した。




