受付と真っ赤と兄弟子
深いため息をつく。
『また、この病院に来ることになるとはな………。』
病院の受付を済ませた朱鷺は待合室の椅子に腰を下ろした。
送られてきた封筒を見つめる。
『受けてもいない検査結果を送ってくるとは…嫌な予感しかないな。』
朱鷺は健康診断など受けてはいなかった。
つまりは偽造された書類であった。
しかし、受付で送られた書類を見せたところ、
何の問題もなく受付が通された。
『わざと表に“検査結果在中”などという文字を入れて、
私以外の人間の目につかせ、うまいことしむけるとは。』
藤たちの目に留まり、しっかりと功を成す。
たったその一言で朱鷺は外堀をうめられることになった。
朱鷺の頭の中には同じことがずっと流れ続けている。
罠だ、面倒だ、ここに居たくない。
けれど、現実はそうもいかず。
ここで目的を達成せねば、己の目的は達成できない。
「急患通ります!!」
その声にはっと顔をあげる。
目前を医師や看護師たちがストレッチャーと共に走り去っていく。
――――りゅうま!!!!!
叫ぶ声だ。
あの時。
私の。
ふと掌を見る。
そこには真っ赤な血がべっとりとついていた。
「荒方さん、3番の診察室にお入りください。」
一瞬で現実に戻ってくる。
見つめる掌に血はついていない。
嫌な汗を拭って立ち上がった。
『だから、ここは嫌いなんだ。思い出したくない。』
気を取り直してゆっくりと歩く。
軽く深呼吸すると診察室の扉を開いた。
「………どうせ、そんなことだろうとは思っていたが。」
「何をめんどくさそうな顔をしている“朱鷺”」
椅子に深々と座っている人物の顔を見て嫌そうにため息を付く。
「とっととヨーロッパに帰れ“優李”」
周殿 優李はやれやれという顔で立ち上がった。
「“兄弟子”に口が過ぎる。」
「何が兄弟子か、貴様をそのような大層な存在に
思ったことは今の今までに一度たりともないわ。」
「お前というやつは本当に昔からその態度の悪さは変わらんな。」
見下ろしてくる優李に、下から睨みをきかせる朱鷺。
この二人は会うたびにこうやって険悪な空気を作り出す。
「こんな面倒で暇人がやりそうな呼び出し方をするのは
私の知り合いの中でも貴様ぐらいしかいないからな。優李。」
「お前はこうでもしなければ会おうともしないだろう。」
「何故、私が貴様に会わねばならんのだ。」
「電話も出ない、かけてこない、音信不通かと思えば、
弟のマネージャーをやって俺の前に現れおって。」
「たまたまだ。」
「どうせ、お前のことだ。
北斗が俺の弟であることも気が付いておらんかったのだろう。」
「相変わらず、小言の多い奴だな。
そんなことでは将来愛娘に“お父さんうざい!”と言われかねんな。」
「………瑠依のことも報告を一切受けていなかったが?」
「何故、貴様に報告する必要がある?」
「はぁ、お前はそれを本気で言っているからな、頭が痛くなる。」
朱鷺の嫌味に何一つ取り合うことなく、
手慣れたように会話のやり取りをする優李。
「だから何の用だと言っている。
私は貴様と違って忙しいんだ。」
「何故嫌がる?」
「私は貴様が大嫌いだからな。」
「俺の話では無い。」
「じゃあ、何の、」
「いい加減とぼけるのはやめろ。わかっているだろう。」
「知らん。」
「会長………帝人様が心配しておられる。」
「…親父殿は関係無い。」
都合が悪くなると視線をそらしてそっぽを向く。
これも昔から変わらない彼女の癖だった。
拗ねたような、少し口をとがらせる子供のような癖。
つい長年の癖で朱鷺の頭をぽんと撫でてしまうが、
勿論、光の勢いで思い切り払いのけられる。
「だから貴様はいつまで私を子ども扱いするな!!」
「昔みたいに泣きそうな顔をするのかと思ってな。つい。」
「そんな顔など一度もしたことない!!」
「負けず嫌いの悔しそうなお前の顔など何度見たことか。」
「貴様のそういうねちっこい性格が大嫌いだ。」
「俺の性格で好きなとこなど一つも無いだろうに。」
やれやれと椅子に再び腰かける。
朱鷺は再検査の紙を机に叩きつけた。
「なんだ?」
「とっとと再検査の結果は問題ないという証明をよこせ!」
「断る。」
「優李!!」
「お前はまだ何も話してはいないではないか」
「話すことなどないと」
「俺がここにいるのは帝人様の指示だぞ。」
「………だから、なんだ……………。」
『だから、何故なんだ。
帝人様の名前を出す度にそんな顔をする。』
いつ頃からだったかは明確ではなかったが、
帝人の話をしようと名前を出すたびに、
朱鷺の拗ねるような、でもどこか泣き出しそうな表情をすることに
優李は気が付いて、ずっと心に引っかかっていた。
鷹友 帝人。
朱鷺が「親父殿」と呼んで敬愛する人物。
今はヨーロッパ地方に拠点を置く“鷹友グループ”の会長。
彼の右腕として動いているのが優李である。
優李は周殿の人間ではあるのだが、
まだ鷹友が日本で活動をしていたずっと昔、
若いながらも優李の才能を見抜いた帝人によって引き抜かれた。
周殿家の稼業にもやり方にも嫌気がさしていた優李にとって、
帝人との出会いがまさに人生の転機だった。
彼にとっても帝人は絶対的な尊敬する存在になった。
ある事件をきっかけに帝人の娘として朱鷺がひきとられ、
その後、ヨーロッパに拠点を移した。
その頃の朱鷺は帝人にべったりだった。
日がな一日彼についてまわっていた。
何故だか、優李に対する敵意はその頃から全く変わっていないが。
仕事を覚えて、独り立ちをしてヨーロッパを出た。
数年は良かったのだが、徐々に戻ってくる回数が減っていた。
そして今では数年経っても姿を見せることは無くなっていたのだ。
「それで、お前は何を嫌がっているんだ、朱鷺。」
「だから、何のことか知らんと言っている。」
彼女がこうなると意地でも話をしない。
それは長年、朱鷺に仕事等を教え込んだ優李はわかっていた。
やれやれと本日幾度目かのため息をついて妥協案を提案する。
「たまには帝人様に顔をお見せして差し上げろ。
お可哀そうに、お前の顔が見られなくてさみしがっておられる。」
「…今は貴様の弟の件で時間を取られている。当分は無理だな。
それに、誕生日や父の日などのイベントごとにはちゃんと
贈り物を送っているんだ。問題ない。」
「なら、せめて声ぐらい聞かせて差し上げろ。」
「別に声なんか…。」
「最後に電話したのはいつだ?」
「……………………。」
「一年以上前などとは言うなよ。」
「わかってるなら………。」
「いいから電話をしろ。」
「こ、今度しておく!」
「今度とはいつだ。」
「今度ったら今度だ!」
「今の状況で信用できるか。今すぐだ。
俺の目の前で今すぐしなければ証明は出さん。」
「な!卑怯だぞ!!」
「だいたい、何をそんなに必死になってるんだ、証明ごときで。
お前なら偽造だとすぐに見抜いただろうに。
まぁ、お人好しな弟あたりがかみつくだろうとは予想していたが。」
「うるさい!証明がなければ作ってもらえないんだ!!」
「何をだ?」
「サンタさんに贈るケーキだ!!」
「は?」
「証明がないと藤が作り方を教えてくれないんだぞ!!」
朱鷺の強力な眼力に思わず固まる。
「………お前、まだ……………………。」
「なんだ!?」
「いや、いい、なんでもない…………。」
面倒極まりなくなって言うのをやめた。
とにかく電話をさせるのを催促した。
渋々ながらもスマホを取り出し、電話をかける。
「あ、お、親父殿、朱鷺です。ご無沙汰しております。」
再びため息をついて準備していた証明書を手元に引き寄せた。
「いえ、体調は何の問題も無く。
はい、えぇ、今は仕事が忙しくて…。
いや!親父殿の手を煩わせるほどのものでもないので!
あ~、まぁ、多少面倒ではありますが………。」
優李は朱鷺の様子を見て心の中で呟いた。
『そんな表情するぐらいなら連絡すればいいものを…。』
昔と変わらない。
帝人と話すことが嬉しそうな表情の彼女に、
どこか安堵を覚えたのである。




