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引退と通訳とサイフォン

「荒方さん、今までお世話になりました。」

「報酬分の仕事をしたまでだ。」


瑠依は改めて朱鷺に頭を下げた。


「………潜入の仕事の方は問題ないのか?」

「はい、依頼主の確認もとれておりますので。」

「それならばいいが…。」

「すみません、何から何までお世話になってしまったのに、

 潜入の仕事の内容は………。」

「機密事項を話さないことは仕事をするうえで最も大切な

 信頼を得られる重要な事柄だ。

 話さなくて当然であり、私が知る必要もないことだ。

 どうせあいつ(優李)にも話せはしないんだろう?」

「えぇ、そうです。そこは彼もわかってくれてるみたいで。」


少し離れた場所で楓を抱える優李をちらりと見る。

楓を繁牙に抱かせようとしているのだが、

不慣れな繁牙が戸惑っていてため息をついている。


「しかし、残念だな。

 優秀なお前が引退するとはな。」

「ふふふ、すみません。

 私は…彼と楓のそばにいようと決めましたから。」

「………実にもったいない。」


小さな少女をぎこちなく抱える繁牙の姿と

傍らで苦笑を浮かべる優李の姿が

朱鷺の目には平和過ぎて

何かの映画のシーンのように見えた。


「………荒方さん、北斗のこと、お願いします。」


瑠依の言葉に少し離れた北斗の方に目をやった。


「北斗は…あぁ、見えて………本当はそんなに強い子じゃない。

 一度も弱いところは見せてはくれなかったけど、そう思うんです。

 私が、力になってあげられたら良かったけれど、

 結局…私には楓のこと以外の本心は見せてくれなかった。

 せめて、北斗がのびのびと生き生きとしてくれてたらって…。」


思わず、ふっと笑みが零れる。


「私にマネージャーの仕事を依頼した女社長も

 似たようなことを言っていた。

 まったく、あいつは本人が気が付いていないが、

 人から好かれている男だな。」


今度は瑠依が笑みを浮かべた。


「心配しなくていい。

 あぁ見えて、あいつが心を許している人間は存在しているし、

 お前のように北斗を想っている人間も存在している。

 何より、私が受けた依頼を放棄したりはしない。」

「――――はい。」

「お前の方こそ、また無茶をしたりはするなよ?」

「優李は二度と許してくれませんよ!」


その後、瑠依達はその場を後にした。

楓は北斗に大きく手を振りながら笑顔で「またね!」と、

その姿が見えなくなるまで、

北斗も彼女に合わせて手を振り続けた。


「いい歳した大人が寂しそうな顔をしているな。」

「見た目は大人だけど中身は子供だから、俺。」

「………少しは成長したらどうなんだ。」


「(いや、昔はもっと大人びていたけどな)」


突然背後に現れたルニスに言葉を失う北斗。

隣の朱鷺は瞬時に距離をとった場所に移動していた。


「(ルニス…気配を消して後ろに立たないでよ。

  というより、日本語わかるようになったの?)」

「(いや、フジとセイリが通訳してくれてな。)」

『余計なことを…。』


ルニスの後ろで爽やかな笑みを浮かべる2人を思わず睨みそうになる。


「て、いうか、そんない距離を取らなくてもいいんじゃない?荒方さん。」

「大丈夫だ、問題ない。」

「やっぱり、今日の君は何か様子がおかしいんだけど。何事?」

「なにもおかしくなどない。問題ないと言っておる。」


顔色一つ変えない彼女ではあるがやはり何かがおかしい。

そして忽然とルニスの姿が無くなっていることに気が付いた。


「(いやぁ、しかし、このマネージャーには驚かされるな!)」

「「「「!?」」」」


ルニスはいつの間にか朱鷺の肩を抱いている。


『荒方さんの背後をとってる!?』

『朱鷺さんが逃げていない!?』

『荒方さん固まってない!?』


「(あ~、お嬢さんの名前はなんだったかな?)」

「(……あ、あらかた とき ですが………)」


『『『そんな表情見たことないよ』』』


「(トキ!この銃は君の発明なんだって?素晴らしいよ!

  俺もいくつか欲しいんだけど、どこかで買えるのか?)」

「(い、いくらでも…準備しますけど……)」


『『『言い方がものすっごく丁寧!?』』』


「(今日も最高にスリルのある経験が出来て感謝してるよ!!

  そうだ、トキにお礼がしたいんだが何がいい?)」


ルニスの言葉に一瞬完全に固まった朱鷺だったが、

懐から震える手であるものを取り出して、

ルニスの目前に広げた。


「(これに………サインください。)」

「「「は?」」」


差し出したのはルニスの映画のパンフレット

(今回の試写会の会場限定で販売されている)


「(そんなことでいいのか?)」


目をキラキラさせて朱鷺は力強く頷いた。


***********************


「え、えっと………朱鷺さん。俺聞きたいことがあって…」

「なんだ。」

「いや、今日俺には何の指示も頂けていませんで、

 まぁ、北斗さんからの連絡で何となくはわかりはしたんですけど…

 まさかとは思いますけど、指示するの忘れてたわけじゃないですよね?」

「お前ならいい加減自らの判断で動けるだろ。」

「あ、え、もしかして今褒めてもらえました?」

「そうかもな。」

「え、え、え、うそ、え、もう一回」

「運転に集中しろ。」


清理に運転を任せた助手席で、

朱鷺はひたすらにパンフレットに入ったサインを見つめている。


「荒方さん…俺も質問していい?」

「なんだ?」


藤の声にも返事はするが目は離れない。


「えっと………もしかして、ファン、なの?」

「………恐れ多い。」

「は?」

「私ごときがファンなどとは恐れ多い。ただ…好いているだけだ。」

『あ、どうしよう、どうしていいかわからなくなってきた。』

「言ってくれれば、ルニスにちゃんと紹介したのに。」

「馬鹿を言うな!!」

「え」

「あのケエラ警部補だぞ!?知らんのか!?」

「いや、知ってるけど、」

「悪党相手には残酷な言葉を叩きつけるほどの正義を振りかざすのに、

 弱き者たちには涙が出るほどの優しい愛情で全てを包み込む!!」


思わず、バックミラー越しに清理にSOSの視線を送るが、

顔が真っ青な彼は静かに首を横に振った。

帰り着くまで朱鷺はケエラ警部補の魅力を熱弁し続けた。


*************************


「………珍しいね、電話をかけてくるなんて。」


北斗は自室で電話を受けた。


[たまには直接話すのも悪くないと思っての。元気そうじゃの北斗。]

「親父も相変わらずだね。」

[調子はどうだ?順調か?]

「………“薬”を使うのはまだ先じゃなかった?」

[なんじゃ、やはり気づいたか。]

「そりゃ、わかるよ。

 光に対する過剰な反応、腕の注射痕とかそのまま…

 先に言っておいてくれないと、

 こっちでも対処のし様が無いんだけど。」

[やはり、あぁいう屑は使えないのう。]

「あんな使い方すれば当たり前でしょ。」

[先珠もなかなか食えんやつよのぉ…。

 まぁ、いい。お前に任せておく。わかっているんだろ?]

「………邪魔な存在は消す。それだけでしょ。」

[頼んだぞ。]


ぷつりと切れる。


引き出しのカギを開けて、一瓶の香水を取り出す。

小さなお姫様が大きくなったら渡したい大切なもの。

手で握って、すっと目を閉じる。


いつも、自分の手が汚れているように見える

周りの人間の手も、嫌な笑い顔も汚く思えていた。


その手を生まれたての手が掴んだ。

抱き上げた重みが温かった。

ハイハイをして動き回るようになって、

自分につかまって立つようになって、

手を伸ばして追いかけるようになって、

名前を、たどたどしく呼んでくれた。

走って抱きついてくれるようになって、

たくさん話をするようになって、

心の底から嬉しそうに笑ってくれる笑顔はずっと変わらなかった。


その笑顔に手を伸ばすことが何より楽しかった。


写真も動画も何も見なくても思い出せる。


ずっと大切な楽しみ。


「―――――北斗。」


手を握られ、瞼をあけると藤がいた。


「………藤、俺たちは、いつまで嘘をつき続けるのかな。」


北斗の言葉に藤が言葉に詰まる。


「思い出すんだよ、こういうの。」

「北斗。」

「あの時のこと。」

「それは――――」


逆に北斗が藤の手を掴んだ。

そして力を痛みが出るほどに込めた。


「二度と、あの時と同じことはしないで。」

「わかってる。」


力を緩めると部屋の扉に目を向けた。

藤も気が付いてノックをされる前に扉を開く。


そこには腕にブルーレイボックスを抱えた朱鷺がいた。


「「………どうしたの?」」

「その、ケエラ警部補をはじめから見たくなったんだが、

 私の部屋のモニターは小さいのしかないので、

 リビングの画面を使う許可が欲しいのだが…。」


藤と北斗は顔を見合わせて、いいよと返事をした。

嬉しそうに、ありがとうと朱鷺が笑った。


「珈琲でも入れようか?あ、今の時間帯は紅茶か。」

「あ、そうだ、ルニスからケエラ警部補の愛用の紅茶をもらってたんだった。」

「あ、じゃあ、それを」

「ダメだ!!」

「「え」」

「ケエラ警部補にはこだわりの入れ方があってだな!

 第3話で詳しくやっているんだが……」

「というか珈琲じゃないんだね。」

「あー、時間帯で違うんだよ。珈琲か紅茶か。」

『『荒方さん、それの影響だったんだ…』』

「北斗も見てるんだ?」

「全部じゃないけど………」


朱鷺を見て、あ、と思い立つ。


「荒方さん、折角だから一緒に見てもいい?」

「もちろんだ!!解説もいたそう!!」

「じゃあ、俺も一緒に見て紅茶の淹れ方を学ばせてもらうよ。」

「…珈琲はサイフォンを使うのだが。」

「勉強しましょう………。」


未だかつてない上機嫌が手に取るようにわかる朱鷺の姿に、

2人とも口元が緩む。


『楓………君に会えなくなるのは寂しい。

 でも、寂しさに浸る時間はそんなに無さそうだから。

 君も笑顔でいてね。』


こうして、彼らの11月は過ぎていった。

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