アルバムと惨劇と違和感
八か月。
ねぇ、君たちは知っているのかな
すっごいどうしようもない世界にさ
小さな花が咲いたのがどれほど綺麗なのか
煤や泥にまみれた指を小さな手が握ったとき
自分なんかがどうでもよくなるくらい
大事なんだって思えるもんなんだよ
[11月]
「瑠依さん、これアルバム新しく作っておいたから」
「ありがとう、北斗。」
「他に足りてないものは無い?大丈夫?」
「えぇ、大丈夫よ。」
瑠依と楓の新居に足りない荷物を運んできた北斗。
朱鷺も運んだのだが、作業が終わると用事があると去っていった。
荷物といっても、ほとんど爆破に巻き込まれて残っていなかったため、
北斗が持っていた楓の写真のデータでアルバムを再編成したものと、
頼まれて買出ししてきたものぐらいではある。
「楓は寝ちゃったね。」
「そうね、急な生活の変化に怖がっていたから、
北斗が来てくれて凄くはしゃいで安心できたんだと思うわ。」
「………兄貴から連絡は?」
「相変わらず無いわよ。」
くすくすと笑いながら答える瑠依。
「愚兄が申し訳ないよ。」
「あら、出来のいい弟に甘えてしまってるのよ。」
アルバムをめくる瑠依は優しくも少しだけ悲しそうな表情を見せた。
「北斗にはいつも苦労をかけるわね。」
「苦労だなんて思ってない。」
楓が生まれた日。
彼女たちのそばに居たのは優李では無く、北斗だった。
生まれたばかりの楓を抱き上げたのも、
その初々しい姿を写真に収めたのも。
優李が2人に気づかれないように、
ちらりと遠くから姿を見ていたことはわかっていたが。
「ねぇ、瑠依さん。知ってる?」
「何を?」
「俺って、何に対しても無関心なんだよ。」
「………なんとなくはわかってた。」
「興味がないというか、意識が向かないというかさ。」
瑠依はその理由を知っていた。
彼は無関心でいなければ、壊れてしまいそうな場所にいたのだ。
周殿の“教育”というものがどんなものであるかははっきりは知らない。
だが、優李を見ていてもそうだが、
特に周殿のど真ん中にいる北斗がどういう立場であるのか。
決して口には出さなかったけれど。
そんな虚ろな目をする彼の姿を見るのが辛かった。
「でもね、瑠依さん。
そんな俺に興味を持たせてくれた人が二人いるんだ。
一人は言えないけれど、
もう一人はここでぐっすり眠ってるお姫様。」
気持ちよさそうに寝ている楓を優しく撫でる北斗。
瑠依も、彼が楓を見ている時の優しい表情がたまらなく好きだ。
「不思議だよね、ぎゃあぎゃあ泣いてたのがさ、
急にぴたりと泣き止んだかと思ったら、ニコッてしてさ、
小さい手でさ俺の指をきゅって握ったんだよ。」
生まれたばかりの話だ。
それは鮮明に彼女も覚えている。
生まれたばかりの楓が北斗の指を握った瞬間。
初めて彼の笑顔を見たのだ。
今と同じように。
「………興味を持たせてくれたのは三人じゃない?」
「え?」
「荒方さんは違うの?」
「あー…あの人は…色んな意味で違うような…。」
「なにそれ?でも、セキュリティの強化も凄腕よ?」
「もはや、それぐらいじゃ驚かないって。」
瑠依は心の底から願うのだ。
北斗が無関心にならずに済むような日が来るようにと。
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「見事な破壊工作だな………荒方。」
「この国では珍しい惨劇だろう、蛍。」
爆破された周殿の建物に立つ2人。
黄色いテープが立ち入りを封鎖しているが、
立ち入れるような場所はほとんど残っていなかった。
「このような愚行をする馬鹿者がいようとはな。」
「もう誰かは調べがついているんだろう?」
「丁寧に監視カメラにピースサインをしておったわ。」
「………狂ってるな。」
「速く探し出さねば危険だぞ。」
「うちのが一度は見つけたんだがな、
私が様子を見に行った時には既にもぬけの殻だったよ。」
「ほう、貴様もヘマをするのだな。」
「いいや、襲撃された後だけが残っていた。」
「………周殿か。」
「それはわからない、流石に誰かの形跡は残ってはいなかった。
ただ、うまいこと逃げだしたようだから、探さねばなるまい。
まさか、蛍ちゃんが協力してくれるとは思わなかったけど。」
「何度も言わせるな“けい”と呼べ!
これだけの騒ぎを起こされておるのだ!!
それに、私が協力しているのではない、
むしろ、貴様が私に協力しているのだ!!」
「ほんと、そういうところは昔からめんどくさい奴なんだから。」
お互いが準備していたフラッシュメモリーを手渡す。
「貴様、本気で先珠と周殿を相手にする気なのか。」
「する気も何も、すでに宣戦布告はしてある。」
「何故だ。」
「何が?」
「世界を飛び回っていた貴様が突如日本に帰ってきたのも解せないが、
マネージャーなどという仕事についたのも尚解せなかった。」
「仕方ないでしょ、蛍ちゃんが先に日本に帰っちゃって寂しくなったし。」
「たわけ!貴様が寂しいとか思う器か!?
それが、たかだか2人のアイドルのために命を懸けるだと?」
「たかだかとは言うが、ちゃんとした人間の命だぞ。」
「あの2人が裏社会に落ちようと、貴様には関係のない他人であろうが。」
「別に………ただ、2人の笑顔が見たいだけだ。」
「よもや、貴様の口からそのような言葉が出ようとはな。」
「何を言う、私はいつでも人々の笑顔のために頑張っているが?」
「…………貴様はいつもそうやって答えを逃げる。」
なんのことだと、朱鷺は呟いたが。
長年の付き合いにもなる蛍にはよく見えていた。
彼女が目をそらしたまま返事をするときは何かしらごまかす時だ。
「そんな生き方をして辛くならないのか。」
「だから何のことだと。」
「どうせ城酉にも本心を話さないのであろう?
貴様はこうと決めればそれを貫くが、
一度たりとも相談することも悩みを打ち明けることも、
誰にも一言たりとも漏らしたりはするまい。
そういう姿を見ていてたまに息苦しくなる。」
「おぬしこそ相談なんぞしないではないか。」
「ふん、これでも今の職場の上にはお伺いを立てておるわ。」
「………かわいそうな上司だな。
高圧的な部下にきっとびくびくしているだろうに。」
「貴様よりはマシだ!!馬鹿者!!」
わしりと蛍の頭を撫でる朱鷺。
怒りに口元が歪む蛍だったが、
「心配してくれるなんて、やっぱり蛍ちゃんはいい子だな。」
「貴様のその癖は何年経っても変わらんな、実に腹立たしい!」
『でも、振り払わずに撫でさせてくれるんだよな。』
油断していると蛍に手を掴まれた。
「で、何故日本に戻ってきた。」
「え、いや、特に理由は………。」
「あれほど戻りたくないと言ってたではないか。」
「反抗期みたいなもんだよ、年とったら帰りたくなった的な。」
「………貴様の見た目は化け物のごとく変わっておらんがな。」
「褒めてるのか貶してるのか。」
「今度はヨーロッパに戻っておらんではないのか。」
「………用事が無いだけだ。」
「よく言う、貴様の最愛の父親がいるのにか。」
「おぬしに話すようなことは無い。」
手を振り払う。
その言葉が会話の終わりを告げていることも蛍にはわかった。
「まぁ、いいが………荒方。」
立ち去ろうとする彼女を引き留めた。
「気をつけろ。」
「お互いにな。」
蛍は不思議な気持ちでその背中を見送った。
昔、数年間海外で仕事を共にしていたせいか、
だいたいの思考を読むことは出来ると思っていた。
蛍自身、ある意味では彼女に対して絶対的な信頼があるといっても
けっして過言ではないほどだ。
だが、彼女に依頼した妹の件について、
結果的に、妹も朱鷺という人間への信頼も失った。
だからこそ、すべてをひっくるめて憎んだというのに、
荒方 朱鷺という人間は不躾にも距離を縮めてくる。
そしてまた“期待”というものを抱かせる。
しかし、朱鷺が誰にでもそんなことをするとは考えられない。
『本当に腹立たしい。』
言葉に出さずとも「蛍を特別に信頼している」と言っているようなものだ。
だからこそ、今の彼女が逆に不安定に思えて仕方がない。
昔であれば常にそんな感情など出さなかったはずだった。
むしろちらりとも見せなかったはずだった。
蛍に対しても。
命の危険がある仕事をしたことはあっても、
誰かのためにここまで守るというものを引き受けたことは無かった。
“金”や“利益”では無く“笑顔”などというのもおかしすぎる。
会わなかった間も彼女の噂は流れてきた。
その頃にはまだ彼の知る“荒方 朱鷺”ではあった。
だが、日本に帰ってきたという話が出たあたりから、
印象というものが変わってきたのだ。
そして、五月に再会して違和感を感じていたが、
九月に憎しみをぶつけた時にそれは確信した。
その変化が誰によってもたらされたものなのか、
あの2人のアイドルなのか、
それとも別の何かなのかも、
蛍には検討すら付けられなかった。
それが“吉”か“凶”なのかすらもわからないのだ。




