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危機感と誓いと珈琲

『よもや、周殿の懐刀が直接出向いてくるとはな。』


朱鷺は自室のパソコンに向かい

砂糖菓子を頬張りながら考えていた。


川伊達 愛。

あまり表立つことはしないが名の知れた敏腕プロデューサーだ。

この業界での名声といえば、最氷やまねに負けず劣らずである。

朱鷺自身も彼女のことは知ってはいたものの、

周殿家との関わりまでは知らなかった。


「あの人は小さいころから何かと面倒見てくれてはいたんだけどね。

 ただの親戚のおばさんだと思ってたよ。

 まぁ、一定の年齢を過ぎたら………俺の”教育係”になったんだけど………」


あの饒舌な北斗が口をつぐんだ。

控室での様子から考えれば、深く聞くことはできなかったが、

底知れぬ恐怖心が彼に根付いていると確信した。


『まずいな』


素直に危機感を抱いた。

北斗に関して言えば人質もいる。

不桟(ふさん) 瑠依(るい)とその娘の(かえで)

それに加えて、川伊達の行動力と北斗に対する精神的束縛。

それだけではない。

周殿 兵佳の手足もいくらでも出てくる。


そして、先珠 藤。

恐らくではあるが、彼自身も先珠に何かを縛られているはず。


身を守る分には何も問題がないが、

守る身が最低でも二つ。

清理にも任せてはいられるが、逆を言えば清理しかいなくなる。

これで他にも手を出されればどうなる。

千羽 太一、最氷やまね。


圧倒的な戦力差。


『川伊達はそれに気づいている、な。』


わざわざ藤にその証を残した。

どう考えても分が悪すぎる。

こちらが足りなければ、あちらの数をもぐしかない。

だが―――、


と深い思考に陥った時、ドアをノックする音が聞こえた。

開いている、と答えればカップを手にした藤が入ってきた。


「はい、紅茶。」

「あぁ、すまんな。だが、わざわざどうした?」

「荒方さんがいつもの時間に飲まないなんて変だから。」

「もうそんな時間だったか。うっかりだな。」

「………追い詰められてるの?」


机にもたれかかり、視線を合わせない彼がそう呟いた。


「俺が言うの、らしくないって思ってるでしょ。」

「自分で言うのか。」

「これでも少しは素直になることを努力してるんだけど。」

「知っているから言わなかっただけだ。」

「本当にむかつく。」


不機嫌そうな彼の表情はどこか照れを感じた。

だが、朱鷺はもっと理解をしていた。

彼がわざわざ口実を持ってやってくるの時は話がしたい時だと。

そして静かに向こうから切り出してくるのを待つのだ。


「・・・・・・・・・悪いと思ってるよ。」

「何をだ。」

「荒方さんは俺たちを守ると決めた。

 だけど、肝心の俺たちはあなたにちゃんと話せないでいること。」

「またそれか、私は別に全てを聞こうなどとは思っていない。

 お前たちがどう思おうと私はやると決めたことをやりきるだけだ。」

「仕事だから?」


やっと合った瞳に真意を感じた。

あぁ、そうか、不安なんだな。


「なんで危険だとわかってて、俺たちを守るの?

 あなたでも追い詰められるぐらいのことなんでしょ?

 なんでそんなリスクの高いことをしようとするの?

 金なの?それとも名誉?ただの負けず嫌い?

 俺にはさっぱりわからないよ。」


戸惑っているのか、

心もとないのか、

不安が押し寄せているのか、

彼の荒波の人生の中で、

今やろうとしていることは最大級の転機だ。

それを、藤本人でも北斗でもない、

第三者である朱鷺の手によって起こされようとしている。

はっきり言ってしまえば関係のない彼女が、なぜ死地に向かおうとするのか。

藤には朱鷺の精神が見えなかった。


「下手すれば死ぬよ?

 あなたが知らないわけないよね?

 周殿や先珠が目的のためなら人の命も奪うって。

 奪うどころじゃない、屈辱、恐怖、ありとあらゆる力を持って、

 人の尊厳を踏みにじり、侮辱に笑みを浮かべるんだよ。

 …………なのに、あなたはっ、」


朱鷺はそっと手を伸ばし、藤の前髪ごと額を撫でた。


「お前たちはそういう世界をその目に映してきたんだな。」


その撫でる手のあまりの優しさに言葉が詰まる藤。


「そういう世界は特殊なんだ。

 決してありふれたものではない。

 だからこそ、理解できる人間はそういないし、関わろうとも思わないだろう。

 だけど、私は――――…」


朱鷺は一瞬閉じかけた唇をゆっくりと開いた。


「もう二度と失いたくないんだ。」


そっと離れた掌の向こうに真っすぐな目を見た。


「以前、言っただろう?

 大切な人を亡くしたと。」

「あ、あぁ、覚えてるよ。」

「守れなかったんだ。

 というよりも、危なかったということにも気づいてあげられなかった。」

「・・・・・・・・・」

「人生で最も悔いた。

 無知で無力だった自分を死ぬほど呪い続けた。

 どんなに自分を責め続けても足りないほど。」

「…そんな姿想像できないね。」

「そりゃそうだろうな。

 色々あって前に進んだ。

 二度と悔いるまいと、誓ったんだ。

 そのために力をつけることをためらわなかった。」


朱鷺は机の引き出しをあけて何かを取り出した。


「藤、時間はかかるかもしれないが、私は必ずやるぞ。」

「なにを」

「いつぞや、やまねが言っていた。

 お前たちが心から笑顔でいてほしいと。」

「社長が…」

「私もそんな世界を見てみたくなった。

 お前たちをここまで知ってしまったしな。」


藤は朱鷺が取り出したものに見覚えがあった。

それは彼女が初めてこの家に来た日に、

証明を残せと言ったボイスレコーダーだ。

朱鷺はそれにスイッチを入れると口元に近づけた。


「私、荒方 朱鷺は誓おう。

 先珠 藤と周殿 北斗を腐った世界から引きずりだしてみせる。必ずだ。」


録音し終えると、藤に手渡す。


「ドアの向こうのやつにも聞かせておくといい。

 ま、聞こえているだろうがな。」


がたんと音がした。

恐らく入るタイミングを失ったのであろう。


「本当にあなたという人は…」

「藤、頼みがあるんだが。」

「なに?」

「俄然やる気が湧いてきたから作業に打ち込みたい。

 そのためのがつんとした飲み物が欲しい。」

「・・・・・・・・・濃い珈琲が欲しいなら素直にそう言いなよ。」


まったく、とぶつぶつ言いながら藤は笑顔を浮かべて部屋を後にした。

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