酒とカメラと白い布
「はい、そうです。じゃあ、ここで待ってればいいんだね?わかりました。」
藤は通話の終了ボタンを押した。
約束通り、仕事終了の報告を朱鷺にいれたのだ。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。気づいてない。」
彼の隣で北斗が笑みを浮かべた。
「じゃあ、携帯の電源はOFFにして。」
「GPSとか使いそうだもんね。」
二人とも電源を切った。
それじゃ、と二人は店に入る。
既に予約は済ませてあり、すぐに個室に通された。
「何飲む?」
「今日は白かな。」
「オッケー。」
慣れた手つきで北斗は注文を済ませる。
すでにテーブルにはディナーのセッティングがされており、手際よく注文したドリンクとコース料理が運ばれてくる。
前菜とワインが並べられたところで、彼らは乾杯をした。
「さて、二時間は楽しめるかな。」
「正直何を仕出かすかわからない人だけどね。」
「……まぁ、あの子が俺らを見つけるまで、独占してもいいだろ?」
「お好きなだけ、どうぞ。」
甘い一時を過ごしている二人だが、もちろんここは仕事のあったスタジオでは無い。
仕事を終えた後、すぐに移動して行きつけのレストランで落ち合ったのだ。
朱鷺には嘘の連絡をしている。
「あ、そうだ。あの子が妙な事言ってた。」
「妙?」
「背の低いおじさんに会ったらすぐに連絡をよこせって。」
「アバウトだね。」
「なんでも、凄腕の情報屋らしいよ?素性の知れない厄介な相手だって。
名前わからないから野猿って呼んでるらしいけど。
俺らに目をつけてるから、近いうちに会いにくるってさ。」
「……ちょっと気持ち悪いな。」
「むしろ、あの子がいまいちわからない。」
「いいんじゃない?好きなようにさせとけば。」
「まぁね、どうせすぐに辞めさせてやるしな。俺達に邪魔はいらないんだし。」
食事を口に運びながら、藤は北斗を見つめた。
「でもちょっと面白がってるでしょ?」
彼の言葉に北斗は顔を上げた。
「まぁ、他の奴らとは違う手を使ってくるからなぁ。
想像以上の事をするから、ちょっと面白いかな。
・・・・・・もしかして、機嫌悪くなってる?」
様子を伺うように、視線を向けた。
変わらない表情のまま、藤はワインを一口飲んでから口を開く。
「別に、北斗のことぐらいわかってるつもりだし。
あぁいうタイプは面白がりそうな気がしただけ。」
「藤は嫌いそうだな。」
「うん、大嫌い。」
きっぱり即答して、食事を口に運ぶ。
北斗はちょっとだけ笑みを浮かべた。
「やっぱりちょっと機嫌悪いな。」
「なんで?」
「藤は自分の嫌いな人間の話をすると嫌がるから。」
「それをわかってんなら何でするの?」
「嫌がる顔が見たい。」
悪戯な表情で笑う。
つられて藤も笑みをこぼした。
「サド。」
「褒め言葉。」
「どこが。」
「藤が言った言葉だから。」
楽しそうにメインの肉を頬張る北斗。
藤にとっては北斗は不思議な存在だった。
藤は感情を表にほとんど出さない。
だから、誰も彼の心情に気づく人間はいなかったのだが、北斗だけは違った。
恐ろしいほどの洞察力を持っているのか、すぐに心の内が読まれてしまうのだ。
そして、機嫌が悪くても彼と話しているうちに、
いつの間にか機嫌がよくなっていることに自分で気づくのだ。
それはまるで、暖かい草原にいるような居心地にさせてくれる。
「北斗、有難う。」
「なんだよ、急に。」
「こういう時間が無くなっちゃうのは嫌だね。」
「だから、あの子にはやめてもらわなきゃなー。」
二人は以前のマネージャーに言われたことを思い出した。
それはこの店で食事をしたいと言ったときの事だ。
知り合いの経営している店で、藤の行きつけの店だった。
だから大丈夫だろうと思っていたのだが。
『行きつけだろうとなんだろうと、そういう場所で二人で食事をとるのはやめてください。
少しでも噂が立ってしまえば、困るのは事務所なんです。
イメージは少しでもつけば、はがれるまでに時間がかかるんです。
その責任はどうやってとるつもりなんですか?』
確かにその通りではあると思った。
迷惑をかけることもしたいわけではなかったのだ。
けれど、言う通りにしていると、段々と心が塞がっていくのを感じた。
鬱々とした気持ちが溢れて気持ちが悪くなってしまったのだ。
それ以来、人と接するときは距離を置いてきた。
特にマネージャーとして存在する人間は。
そして、今日は久しぶりに外で二人きりの時間を十分に楽しんだのだ。
予約していた2時間をきっちり過ごし、二人は外に出た。
木々の生い茂る目立たない通りを歩きながら話す。
「さてと、タクシーに乗って帰りますかね。」
「流石に一緒には帰れないからね。じゃあ、俺はあっち側で、」
「藤。あそこ。」
ふと北斗に呼び止められた。
通りの向こう側、少し高めの建物に大画面の広告モニターがあった。
そこには、藤が主演しているドラマの予告が流れていた。
「うわ……。」
「いいねぇ、かっこいい。ちょうど明日から放送開始だもんな。」
「やめてよ、自分映ってるのってやっぱり慣れない。」
「いいよ、俺が楽しめる。」
「そういえば、この間撮ったCMっていつから流れるの?」
「ん?お酒のやつ?」
「そう。カクテルだっけ。」
「明日からだったと思うけど。」
「じゃあ、それは俺の楽しみだ。」
お互いに笑いあう。
ふと、北斗が辺りを見回して、藤との距離を少し縮めた。
「藤、手を繋がない?」
「ここで!?」
「うん、ちょっとだけ。久しぶりに。」
少し考えた後、軽くため息をつくと、こっそり手を差し出す。
北斗もそっとその手に触れた。
その時。
「ね、ちょっと、あれ藤とHOKUTOじゃない?」
微かではあったが、それは確実に聞こえてきた。
背後の少し離れた場所に二人分の女性の存在。
「え、マジ?ホント?」
「だって、似てない?え?他人の空似?」
「いやいや、こんなとこでさぁ。」
「私の眼力ちょマジなめんなって。」
「でも、手ぇ繋いでなかった?」
その存在は少しずつ近づいてきた。
前に進んで逃げたかったのだが、二人のいる場所は街頭が無く暗かった。
そういう暗闇で人からは見えにくい場所を選んでいたのだが、
このまま女性達から遠ざかるように進むと、それこそ明るい通りに出てしまうのだ。
近くにタクシーは止まっていない。
手はすぐに離したのだが、このまま正体がばれることは避けたい。
必死で解決策を考えていたのだが、突然、女性達の気配が止まった。
何事かと様子を伺ったが、それはすぐに見つかった。
その視線の先には先程のモニターがある。
そこには驚くべき文字がうつされた。
「藤主演のドラマ“バトラーポリス”の第1話を大公開ぃぃい!?」
その叫び声と同時に、背後の存在は猛ダッシュで二人を通り過ぎた。
至る所から歓喜に似た叫び声が上がり、大勢の足音が聞こえた。
その足音は次から次へと明るい通りに集まり、モニターの前に群れを生み出した。
藤と北斗もそれを確認すると、ちょうどドラマが放映開始された所だった。
「なん、」
「きゃあああああああ!!ちょっとあれ見て!!!!」
今度は別の方角に向けて悲鳴が上がる。
指の指された方にはまた別のモニターがあり、なんとそこには北斗の姿が映し出されていた。
「北斗、あれって。」
「さっき言ってたCMだな・・・・・。」
どんどんとモニターの前に人が集まっていく。
「これって何の宣伝なの!?」
「黙ってよ!セリフ聞こえないって!!」
「きゃああああ!HOKUTO!!!!!!」
「藤くぅぅぅぅぅぅぅん!!!!!!」
目の当りにする、黄色い悲鳴に少し怖気づいた。
だが、ふと我に返り「今のうちに。」と振り返った。
その瞬間。
「いやぁ、いい絵をあり難いですねぇ。」
かしゃりというシャッター音と共にその姿は現れた。
それは背の低い、親父カメラマン。
「「野猿?」」
小さな声で同時に呟いた。
どうやら野猿本人には聞こえていないようだった。
「ところで、手を繋いだ理由をお伺いしてもぉ?」
「は!?」
「あ、ちゃんと撮れているんでご心配なくぅ。」
カメラを軽く振って見せ付ける。
二人はぞっと青ざめた。
「なんなら、もう一枚綺麗なのを撮りましょうかぁ?」
他の人間とは違う雰囲気に、気持ち悪くなりそうだった。
本能的に危険だと、身震いしてしまいそうなほど。
飄々とした態度の野猿ではあるのだが、
どこか有無を言わせない威圧感がひしひしと伝わったのだ。
北斗はポケットの携帯のボタンを押して、電源を入れた。
だが、中々起動するのが遅い。
「はい、ポーズぅ。」
にたりと野猿が笑った瞬間。
その顔が白い布で覆われた。
しばらくじたばたと暴れたが、ものの数秒ですぐにその体は地面に横たえた。
そして、代わりに姿を現した人物がいた。
「私の許可無く撮れると思うなよ。馬鹿猿。」
野猿を見下ろした朱鷺がそう捨て台詞を吐いた。
彼女はすぐに野猿のカメラからデータカードを取り出した。
ついでに彼の体も弄って隠し持っている全てのカードとフィルムを強奪。
横たわる野猿の姿はまるで強盗に合ったかのような姿だ。
「こっちに車を止めてある。急げ。」
朱鷺は固まったままの二人にそう声をかけると、さっと唾を返した。
慌てて、その背中を追ったのだが、その道中に数名の人間が倒れているのを見つけた。
「おい、この人達は・・・。」
「数分で起きるから急げ。」
一喝され、足を速める。
二人が車に乗り込み、ドアが閉まるとすぐに発車された。
基本的にドラマのタイトルとかは適当です。「え、何それ。」ってちょっと引きそうなものにして楽しんでます。