末日とメモと鞄
翌日から仕事が舞い戻ってきた。
それ以上に、今までよりもっと多忙になっている。
流石に寝る時間は何とか確保してもらったが(確保しなければ倒れる人間がいる為)、全盛期を思い出すような忙しさだ。
帰れば適度に食事と入浴を済ませれば何をする暇も無くすぐに就寝、といった状況だ。
藤と北斗は恐らく朱鷺は何が起こったのか気づいているのだろうと思っていた。
たが、忙しさのあまりほとんど会話をする時間も無い為に彼女から何かを言われる事も、それについて話し合いがされる事も無かった。
忙しさに感謝する。
もし、彼女に何かしら説得されれば決意が折れてしまいそうな気がするのだ。
9月30日。
月の末日、その日の仕事をこなして帰宅する。
すると朱鷺が呼び出されたようで、すぐに出掛けて行った。
藤と北斗は見計らったように、こそこそとまとめておいた必要な荷物を持ち出した。
手軽に鞄一つだけ。
必要の無いものは置いて、社長達に処分してもらう寸法だ。
「……藤、置き手紙書いとく?」
「荒方さんならわかりそうな気がするけどね、まぁ、何か一言ぐらい残しておこうか。」
いつもは買う物をメモしておく紙を手にとる。
思い出す。
ちょっとからかってやろうと思って、“伝説の魚”って書いて出掛けた。
すると、帰宅したリビングに怪しげな馬鹿でかい保存箱。
開けてびっくり、“クエ”という魚がテーブルの上で待ってたんだ。
案の定、調理方法に悩んだものの、すぐに彼女の知り合いのシェフのお店で調理してもらった。
また、ある時は“美味しい甘い物”と書いた。
帰宅したら見たことない“砂糖菓子”のコレクションがテーブルいっぱいに並べられていて、
「テーマは“動物園”だ。」と、自信満々に言われた。
あと他にも…と思い出そうとしてやめた。
半年しか過ごしてないにも関わらず、荒方 朱鷺という人間との思い出が溢れてくる。
間違いなく、今まで出会った事などない人種であり、未だかつて無いほど、パワフルでしなやかでファンタスティックな人物だ。
初めて、マネージャーでいて欲しいと思った人。
ペンを持った二人は、書く事に悩んだ結果、一言だけ書いて荷物を持った。
「じゃ、お先。」
「あぁ。」
先に北斗が部屋を出た。
あっさりとした別れだが、何度も振り向きたくなるのを堪えた。
藤も引き止めたくなるのを堪えた。
マンションの入口にはすでに迎えの車が来ていた。
黒スーツの男が北斗の荷物を受け取り、別の男がドアを開く。
乗り込めば、兵佳がにこにこと待っていた。
北斗の車が発車した後、戸締まりをした藤が入口までやってくる。
すぐに迎えの車が目前で止まった。
「荷物は少ないのね。」
「必要最低限の物しか要りませんから。」
藤が車に乗り込むと、桜が笑顔で出迎えた。
「この日が来るのを待っていたわ。」
「長い間、すみませんでした。」
「あら、いいのよ?貴方の帰る場所はここなのですからね。」
“帰る場所”という言葉が心に張り付く。
自分の手を見つめて、握り締める。
どんなに孤独だった時も、どんなに辛くて悲しい時も、北斗が隣りに座って手を握ってくれた。
弱い部分を見せても、かわらずに甘やかして支えてくれた。
同じ頃、北斗も自分の手を握り締めていた。
彼にとっても藤はいつだって我が儘を受け入れてくれて、ずっと側に寄り添ってくれた。
やっと出会えた、大切な存在。
「藤?」
「…………大丈夫です。」
泣きそうになる。
きっと北斗も同じように堪えてる。
不思議とそう確信するのは、離れていてもお互いを感じ合えるからだ。
誰にも信じて貰えないだろうが、二人はそんな感覚を持っている。
『『会いたい。』』
決心したのに、心が叫ぶ。
今すぐ車を止めさせて、走り出したい。
『『離れたくない。』』
一緒にいたい。
全部投げ出して、ただ側にいるだけでいい。
ただ、二人でいられたら。
ふと、脳裏に浮かぶ顔があった。
『『荒方さん。』』
彼女ならば―――――――、
その時だ。




