日本とアジアと英語
その晩、帰宅し夕食も入浴も一通りの事を済ませた三人はリビングで向かい合っていた。
「改めて聞く。今月で当初の半年が経つわけだが、私をこのまま雇うのか?」
何故か三人とも正座をしているのだが、少しばかり緊張があるのかもしれない。
藤は軽く息を吐くと、気持ちを言葉にした。
「正直に言うけど、荒方さんほどのマネージャーはいないだろうし、
むしろ、荒方さん以外に頼みたく無い。」
「………ほう。」
「何、その微妙な表情は。」
「いや、正直にそこまで褒めて貰えるとは思って無くてな。」
「あー、特に藤は滅多にしないもんな。」
「何だよ、人が意を決して言ったのに。」
「いや…その……………有り難い。」
『『嬉しいのか。』』
話がずれそうになったので北斗が軌道修正する。
「君に頼みたいのは山々なんだけど………朝みたいに俺達の親と張り合わなきゃいけなくなる。
それは望んでいない。」
「どんなに危険な相手かは知ってるんでしょ?」
二人の視線に溜息を一つつくと、「そうだな。」と切り出した。
「“先珠 桜”、この日本の業界じゃあ知れた大財閥のトップ。
女の身でありながら、日本の殆どのネットワークを作りあげ、
別名“日の本の女王”と呼ばれる。裏業界を牛耳っているという噂も少なく無いな。」
それの息子が藤である。
「“周殿 兵佳”、日本でも一部の人間はその名前を聞いた事があるだろう。
アジア全土を拠点に動く周殿グループのボス。だが、彼にも黒い噂はある。
周殿グループは“マフィア”である可能性が否定出来ない。真相は知らんがな。」
それの長男が優李であり、次男が北斗である。
「そんな巨大勢力が二つも私の目の前に現れたのは初めてだがな。」
「……初対面じゃ無いんだよね?」
「日本で動けば先珠、アジアで動けば周殿が絡んで来る事が多くてな。昔っから度々出くわすんだ。」
『『聞かないほうが良さそうだな。』』
朱鷺の何とも言えない負のオーラを感じ取り、聞くに聞けない。
「………まぁ、その巨大勢力と同じ名字だったから、
遠い親戚なのだろうと安直に考えてたわけだが………まさか、息子とはな。」
「荒方さんって案外抜けてるんだね。」
「うるさい。」
「………もしかして、兄貴(優李)と会った時に知ったの?」
「もう何も言うな。」
清理にも同じ事を言われたのを思い出し悔しくなったが、気を取り直して書類を取り出した。
「この資料は、仙羽殿や長生殿、玄宇の身辺調査の結果をまとめたものだ。」
向かい側の朱鷺が見えなくなりそうなほどの大量の資料が目前に置かれた。
手に取る気も起きない。
「ヤクザやストーカーも最初は全くもって関係の無い組織だと思っていたが…
繋がりを調べ上げたら全てが二つの大元にたどり着いた。」
「まさか………。」
「周殿と先珠だ。」
「は!?太一の借金取りもそうだって言うのか!?」
「そうだ、恐らく周殿 兵佳の指示だ。」
「………じゃあ、太一があんなに困っていた原因は………。」
思わず言葉を無くしてしまう。
「四天王の白百合の一件も、先珠 桜の指示で間違い無い………だが、
どうしてもわからん事がある。それをお前達に聞きたい。」
真っ直ぐに真剣な瞳が二人を見た。
「何故、親であるあいつらが子供であるお前達の仕事を潰そうとする?」
今まで周りで起きていた事。
まず、仙羽 太一の借金取り。
四天王・白百合のスパイ行動。
長生 悟のストーカー被害。
そして玄宇 奄の下剋上。
これの全てが周殿 兵佳と先珠 桜によるものだという事実。
それは、友人というもの彼らから引き離し、仕事自体を潰そうとするものだ。
朱鷺には、何故そこまでするのか理由だけがわからなかった。
ゆっくりと藤が口を開いた。
「俺達を家に戻す為………俺達は跡取りなんだ。」
ようやく合点がいった。
だけど、それでは別の問題が浮上する。
「だが、なら何故お前達は芸能界にいるんだ?」
何故、大財閥の御曹司とアジアンマフィアの嫡男が芸能界の仕事をしているのか?
それは簡単な理由だった。
「………俺も藤も、逃げ出したんだ。跡を継ぎたく無くて。」
はじめ、桜も兵佳も芸能活動をするという話を軽く見ていた。
邪魔になりそうなら簡単に潰してしまえばいいと。
だが、藤も北斗も一度テレビに映った瞬間から爆発的な人気を得てしまったのだ。
「裏の世界で、こんなに顔がわれてちゃ話にならないからね。そう簡単に連れ戻せなくなったんだよ。」
「ま………ようやく、それでも大丈夫なように調えたんだろうけどな。どんな事をされるのやら。」
朱鷺の視線に藤は笑った。
「俺が詐欺師だった事も知ってるし、荒方さんの事だ、噂が本当だってこともわかってるんでしょ?」
否定は出来なかった。
「私は、」
「Wait.(待って)」
言いかけた朱鷺を北斗は止めた。
彼は藤と一度目を合わせると、優しい笑顔でこう言った。
「I want you to think thoroughly once.
(一度、じっくり考えて欲しい)
I do not want you to repent.
(君に後悔はして欲しく無いから)」
何故英語なのかはあえて突っ込まなかったが、朱鷺はとりあえず頷く事にした。




