昔の仕事とケーキと晩御飯
「ご婦人って?」
「…気づいてなかったのか。
楽佐事務所を逆に読んでみろ。」
「……さ、く…ら……………うわぁ。」
一気に嫌そうな表情を見せた北斗。
「ここまで、わかりやすい名前を使ったんだ、恐らく警告だろう。」
「ねぇ、荒方さん。」
「ここで話すべき事では無い。」
「……………いや、藤の前の職業聞いても全く反応しなかったのは、やっぱり知ってたから?」
辺りを軽く見回し、誰もいないのを確認しながら小声で聞いてみた。
だが、朱鷺はあっさり教えてくれた。
「私が前にやまねから受けた仕事は、お前とあいつのありとあらゆるデータを消す事だ。」
「え?」
「当時は気にも止めなかったが、
お前達が芸能界に入っても昔の証拠が出ないようにという事だったんだな。」
「データって?」
「宿泊、旅券、クレジットおよび、人の記憶以外のもののデータの事だ。」
「そんな事、」
「合法かどうかなど聞くなよ。あと、私ならば可能な仕事だ。」
そう言ってカメラの前で輝く藤を見つめる。
「………どんな逆境にも負けず、あそこであぁやって立っていられるんだ。
それは、あの男自身の才能と実力なのだろう。
ならば、私が受けた前の仕事も無駄にはならなかったわけだな。」
そんな言葉を受けて、北斗もしみじみ考える。
「それって、俺にも言ってもらえる事?」
「無駄にしたら、私自らお前達を潰してやる。」
「んー…そいつは怖いね、気をつけるよ。」
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その後、すぐに番組は終わりを告げた。
スタジオから楽屋に帰ろうとした時、思わず足を止めた。
「何してるの………。」
「え?あ、だってスタッフさんが食べていいって!」
余っていたケーキを直接フォークでつついて食べていたのは眞璃だった。
思わず呆れて声をかけてしまった藤。
気まずいと思っていたはずなのに、不思議と嫌な気分は無かった。
「やっぱり、ふーちゃんは料理が上手だね。ケーキ、すっごい美味しいよ。」
十数年前と変わらないその笑顔に泣きそうになる。
「………眞璃、俺は、」
「ふーちゃん、約束守ってくれようとしたもんね。」
「え?」
「だって、毎日家に帰ったら甘い匂いしてたんだもん。練習してくれてたのバレバレだよ。」
「あー……、そうか。」
気恥ずかしくなって頭をかく。
「私、今度…結婚するんだ。」
「あいつは!」
「違うよ、玄宇さんじゃないから。」
「へ?」
「あの人は、何かよくわからないんだけど数日一緒に行動してくれって頼まれただけ。
まさか、ふーちゃんにこんな事するとは思って無かったけど。」
「そ、そうだったのか………。」
「ねぇ、ふーちゃん。」
フォークを置いて、眞璃は藤の近くに立ち、顔を見上げた。
「ふーちゃんがお仕事望んで無かったって知ってるよ。
………初めて会った時、ふーちゃんはボロボロだった。」
真っ直ぐに見つめる彼女の瞳から目が離せなかった。
「でも、一緒に過ごして帰りにスーツ着て待っててくれたり、
ご飯作ってくれたり、ケーキを頑張って練習してくれたりしたのは、私の為だったんでしょ?」
眞璃はずっとそれが聞きたかった。
突然、彼は姿を消して本心も何も聞けなかった、それが辛かった。
「………私、ふーちゃんが居なくなってからずっと怖かった。
ふーちゃんはまだ苦しんでボロボロになってるのかなって。
ご飯もほとんど食べなくて、また、どこかで倒れてるんじゃないかなって。
でも、テレビで見た時は本当にびっくりしちゃった。
まさか、ふーちゃんが俳優さんやるなんて想像もしてなかったし……あんなに、
笑顔でかっこよく決めてるんだもん。」
くすくすと笑い始めた眞璃に益々恥ずかしくなってしまう。
「けど…ホッとした。元気そうで、笑ってくれてたから。」
嘘偽りの無い笑顔にやっぱり涙が出そうになる。
「私が結婚する人はね、すっごく優しい人。
自分に自信が持てないんだけど、でも私の為にご飯作ってくれたりするの。
……だからね、私がうーーーんと幸せにしてあげるんだ!」
眩しいその笑顔に、ようやく笑顔を返す。
「出来るよ、眞璃なら……………俺はずっとそうだったから。」
――――君と一緒に過ごした時間は、本当に穏やかで、優しくて幸せだった。
俺が初めて人として人らしく暮らせた。君が居てくれたから。
ありったけの想いを詰め込んで、藤は心からの笑顔を見せた。
眞璃も涙を浮かべながら、笑みで応えた。
「ありがとう。」
やっと言えた。
ずっと伝えたかった言葉。
頷いた眞璃は帰るためにつばを返した。
数歩進むと、一度振り返った。
「頑張れ、ふーちゃん!!若者に負けるなよ!!」
彼女の大声に回りの人間はびっくりしたが、藤は笑顔で「おう。」と答えた。
眞璃は満足そうにスタジオから去って行った。
「“ふーちゃん”かぁ。」
気配無く背後に北斗と朱鷺が立っていた。
「俺、そんな表情見たこと無いけど。」
「うるさいなぁ。」
北斗の茶化しを軽く受け流すと、朱鷺に向き直る。
「あんた、全部わかっててやらせたでしょ。」
「お前が余計な事を言わなかったから、成功したがな。」
「………そうだね、あんたのおかげで思い知ったからね。」
「それに、」
姿勢を正した朱鷺はこう言った。
「降ろせる荷物は降ろしたほうが楽になる。そのほうがいつまでも過去に捕われるより、ずっといい。」
その言葉に藤は軽くなった自分の心を感じた。
「ほんと、あんたってムカつく。」
「よく言われる。」
「でも…まぁ………認めてあげるよ、荒方さん。」
通り過ぎるついっに彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
思わず驚いたが、藤がさっさと進むのでついていく。
北斗は笑いをこらえるのが必死だった。
「そうだ、今夜はあんたの食べたい物作ってあげるよ。」
「本当か!?」
「何がいい?」
「中華!!!」
「今から食材って買えるの?」
「任せろ、私に不可能は無い!!」
嬉しそうに速度をあげる朱鷺。
『やれやれ、しばらくフルコースが続きそうだな。』
北斗は苦笑いで二人の後を追った。
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その頃、玄宇のマネージャーは電話をかけていた。
「さ、“さくら”様、申し訳ございません!生放送でご失態を!!」
「失態?………普通の番組だったわよ?」
「へ?いや、しかし………。」
「荒方 朱鷺にはめられたわね。」
「………そういう事か!!」
「まぁ、いいわ。あなた達はしばらく身を隠しておきなさい。」
「はい………。」
電話を切ると電話相手の婦人は溜息をついた。
「まったく、悪い子ね………藤は。」
以前、藤と食事をしていた婦人がそこにいたのだ。




