クローシュと箱と理由
審査員の前に並べられていく藤の料理。
五穀米の使われたご飯に、わかめと豆腐の味噌汁、それとメインと思われる大皿には未だクローシュがかぶさられており、中身は見えない。
玄宇の豪華な料理の後なだけあって、すでに普通のご飯の気配しかしない。
なんだか残念、という雰囲気が流れ始めた。
玄宇も勝利を確信したのか、カメラの映らない所で笑みを浮かべてた。
だが、藤は気にしていなかった。
むしろ予想出来ていたのか、どこか余裕がある表情をしていたのだ。
そして、順番にクローシュを外していく。
全てが外されると会場は一気にざわついた。
「これが俺のバースデーディナーです。」
審査員全員が驚愕していた。
彼らの前には一人一人が全く別々の料理が並んでいたのだ。
「どうぞ、お召し上がりください。」
戸惑う彼らに、藤はスマートに促した。
恐る恐る各々のメインを一口、食す。
「あ、ハンバーグがハート型だ。中にはチーズがたっぷり入ってる!」
一人の女性タレントが嬉しそうに声をあげた。
すると、別の女性からも声があがる。
「クリームコロッケの中から、ハート型の人参が出て来た!可愛い〜!」
「こっちのグラタンにも入ってる〜!」
「あ、トマトもハート型だ!」
まるで女子会のように賑やかになる。
すると、プロの審査員がふと驚いた顔をして、他の審査員にたずねた。
「もしかして…皆さんの好物ですか?」
「そうなんです!私、チーズ入りのハンバーグが大好きで!」
「私もクリームコロッケが大好物です!」
「私も大好物です!」
次々と好物である事を告白する審査員達。
プロはじっと藤を見つめた。
藤はその視線に気づいて、ゆっくりと口を開いた。
「先生の腕には敵いませんが………未熟ながら、そちらを作らせて頂きました。」
「よく調べましたね。
この鶏肉のテリーヌが私の思い出の料理だと。
何年ぶりかしらね、これを食べるのは。」
一口一口、じっくり味わうプロは飲み込んでゆっくりと感想を述べた。
「………一見、普通に作ってるように見えるけど、あちこちに熟練された技が見え隠れしてるわね。
プロを目指したほうがいいんじゃないかしら?」
その一言で会場は拍手が沸き上がる。
だが、藤は首を横に振った。
「いえ、俺のバースデーディナーはまだ一つ残っています。」
今度はどよめきが起こる、どこにもその料理が見当たらないのだ。
すると、藤は備え付けの冷蔵庫から一つの箱を取り出す。
ここで一つ、この企画には特別なルールがあった。
それは、時間のかかる料理がある場合、一品だけ持ち込みを許可する。
というものだった。
玄宇のほうもじっくりと付け込んだ肉をその特別ルールで持ち込んでいたのだが、藤のほうは全くそんな気配すら無かったのだ。
しかし、その箱がそれなのであろう。
審査員達の前に運び、代表のタレントがその箱につけられたリボンを外して、開封した。
すると、中からは
「嘘!!誕生日ケーキ!?」
“HAPPY BIRTHDAY”と書かれた誕生日ケーキが登場したのだ。
「あんまり上手くは出来なかったんですけどね…。」
「「「「手作り!?」」」」
「ちょっと頑張ってみました。」
「「「「きゃー!!!」」」」
彼の照れ笑いに審査員総立ち。
器用に切り分けて彼女達の前に運ぶ。
上手く出来なかったというわりには、甘さ控えめで美味なのである。
「料理の量がちょっと少なめだから、ご飯食べ切った後でもケーキまで余裕でいけちゃいますよね〜!」
ついでに、タレントがそんな一言を発して全員が気づいた。
恐る恐る藤のほうに視線が集まる。
「女性はそういうの気にするでしょ?」
と苦笑して見せた。
スタジオは大爆笑である。
ちなみに、最氷プロダクションの四天王のおかげで学んだ事である。
「短時間でこれだけのメニューを手際よく作れただけでも凄いけど…
どうして、皆の好物をそれぞれ作ろうと思ったのですか?」
そんな疑問を投げられた。
「あー…、この間、知人が俺の為だけに料理を作ってくれたんです。
その時、本当に美味しくて………俺、その時まで気づかなかったんです。
昔、食が細かった俺の為にたくさんご飯を作ってくれた人がいて、
その時、初めてご飯が美味しいと思えたんです。
それは、好きな味付けが何か、
体にいいものは何かを俺の為にたくさん考えてくれたからなんだなぁって。
誰かの為に本当にその人の為だけに、料理する事………食べる人間にとっても、
作る人間にとっても大事な事だったのかと思っちゃって・・・。
だから、折角こんな機会を持たせていただいたのだから、
一人一人のためのディナーを作りたかったのです。」
普段、何も考えていなかった。
料理はただ食べるためだけだと。
でも、今はっきりとこの掌で感じている。
大切な意味があったのだ。
こっそりと彼女の存在を確認する。
視線など向けなくても、このスタジオのどこにいるかなど、気配だけでわかる。
そして心の中で呟いたのだ。
『有難う、君のおかげだ。』
採点の為に休憩時間となったのだが、スタジオはすっかり玄宇の存在を掻き消していた。
運が良かったのか、藤の言葉が良かったのか、もはや勝敗は見えていた。
しかし、玄宇にとっては勝敗などどうでも良かった。
彼の本当の目的は別だったのだ。




