憧れと台詞と好きな味
玄宇の爆弾宣言により、平穏は打ち砕かれた。
マスコミが張り付き、目を輝かせたファンからは関係を問われ、様々なテレビ局から対決番組の企画を次々と打ち立てられる。
元々、静かに過ごす事を好む藤にとって、何週間も一日中そんな話題をふられ続け、満身創痍になりかけていた。
「……お主は芸能人のわりにメンタルが弱いのだな。」
「………気にしてるんだから、言わないでよ。」
『気にしてたのか。』
「意外だろうけどね。」
「!?」
「………あんた、わかりやすい。」
運転している朱鷺の表情をバックミラーで確認して、思わず笑いがこぼれた。
藤が朱鷺に対してそんな笑みをみせるのは珍しい事だったが、クールに振る舞えないほど弱くなってしまっているのだ。
たまったストレスを料理で発散するはずが、今では限度を超えたのか、料理する気力すらわかない。
北斗との会話すらままならない。
藤という男は本当に内面の話になると壊滅的にコントロールが下手だった。
ストレスをたまるだけためて、料理で発散するしか方法がみつけられずに過ごしてきたのだ。
不器用も通り越して、自分で自分に阿呆と言いたくなるほどに。
後部座席でぐったりと天井を見ていた藤だっが、ふと外の様子が気になって頭を起こした。
すぐに違和感を理解した。
「………どこに向かってるの?」
自宅の方角では無い。
あまり通った事の無い通りを車が進んでいる。
運転手の顔をミラーでのぞいてみても、ただにやりと気持ち悪い笑みを浮かべているだけで、何も答えようとはしない。
嫌な予感はあったが、もはや習慣のようなものだ。
力を抜いて座席に体を沈める。
騒ぐだけ無駄だ、このマネージャーには何か考えがある。
ただ、それだけで十分なのだ。
しばらくすると、とある高級ホテルに車は停車した。
思わず、焦って自らの身なりを確認してしまったが、仕事のスーツそのままだった事に気づいて落ち着いた。
こんなドレスコードの厳しい場所に普段着で来れるはずが無い。
だが、朱鷺は普段と変わらないラフな格好なのだが、入口にいた案内係はそれを咎めたりしなかった。
「荒方様、お久しぶりでございます。」
「いつもご苦労だな。」
むしろ、にこやかに出迎えられた。
藤ですらほとんど来たことの無い高級ホテルに顔見知りなほどの常連なのだ。
格の違いというか、驚きを通り越して一種の恐怖心が出てきそうになる。
そんな彼の内心など露知らず、朱鷺は迷う事なく複雑な内部を進んで行き、エレベーターに乗り込んで最上階までさっさとたどり着いた。
扉が開くと、すぐ脇にはスタッフが立っていて朱鷺の手荷物を預かった。
藤はゆっくりと進んでその光景にじっくり魅入っている。
そこはホテルの最上階の為、夜の街が一望出来る場所だった。
そんな場所に訪れた事はほとんど無かった為か、思わずその夜景に見とれた。
(ふーちゃん、素敵な景色だね!)
ふと、そんな過去の言葉を思い出してしまい、再び心が沈みかける。
しかし、その足元から階段がのびており、沿って視線をずらすと、窓際にディナーの準備がされたテーブルが見えた。
その椅子には北斗が座って待っていたのだ。
「遅かったね。」
「…え、と、ごめん?」
困惑する藤に北斗は笑い出して。
「いや、悪い。俺も突然ここに連れてこられてよくわかってないんだ。」
そう教えた。
階段を降りてもう一つの椅子に座ったのだが、朱鷺は部屋の隅のほうに姿を消したらしい。
藤が座るのを見計らったのか、食器しか並んで無かったテーブルに次から次へと料理が運び込まれてきた。
「…これはフレンチ?」
「うん、そうだね。凄く、凝ってるというか、かなりレベル高いよ。」
藤は記憶を探していた。
何か、見覚えのある料理だ。
フレンチはフレンチであるが、何かが“特別”の感じがしてたまらない。
料理に手をつけてみたのだが、それは間違い無く初めて食べる味だ。
ならば、食べた事があるのでは無く、見た事があるのだ。
必死で記憶を探っていたが、しばらくして現れたある人物を見てようやく確信出来た。
「やっぱり……。」
「え?」
感動している藤をよそに、北斗は首を傾げて、やってきたシェフを見つめた。
「本日はお越しいただきまことに有難うございます。」
「きょ、今日の料理は…まさか、冬縞シェフが?」
「はい、私が全て調理させていただきました。」
「嘘だろー!!あの、冬縞シェフのフレンチ!!!」
初めて目にする大興奮の藤に完全においてきぼりをくらう北斗。
恐らく物凄く有名なのだろう、しかし、北斗はそういう事に馬鹿がつくほど疎いのだ。
必死で藤に助けを目線で試みる。
そんな視線にようやく気づき、藤のほうは我に帰る。
「この方は冬縞 巡路シェフだよ、北斗。」
「とーじま…じゅんじ………あ、藤が何冊も本持ってたやつ?」
「え、あ、そ、そう…。」
気恥ずかしくなり、どもってしまうが、冬縞はにこりと笑みを浮かべて礼を言った。
「シェフはフランスの三ツ星レストランでその腕をふるい、数々のコンテストでも優勝されてて、フランスでも有名で日本の中でも名前を知らない料理人はまず居ない。神様みたいな方なんだよ。」
「そ、それは流石にいい過ぎかと思いますが…でも有り難いですね。」
「でも、そんな凄い人がなんで俺達に料理を?」
何気ない質問だが、的確だった。
冬縞は「あ。」と思い出したような表情を見せた後、すぐに笑顔で答えた。
「実は荒方さんと知り合いでして………。」
「やっぱりそんなとこか。」
「………相変わらず、顔の広い。」
「僭越ながら、“めるとも”の仲をつとめさせて頂いております。」
『『“つとめる”って……。』』
相変わらずの朱鷺の人脈の広さにはもはや驚く必要も無い。
藤は憧れの人を目前に、嫉妬心と悔しさと、本当の本当に物凄く僅かばかりの感謝を抱いていた。
「へぇ、藤の為とは言え、荒方さんも粋な計らいをするもんだね。」
「そうだね。」
そんな言葉に首を傾げたのは冬縞シェフのほうだった。
「いえ、本日のお食事をお願いさせて頂いたのは私のほうでございますが?」
「「え!?」」
シェフは申し訳なさそうな笑みを浮かべて、どこかそわそわした様子で話しはじめた。
「じ、実は妻と娘がお二方の大ファンでして…
もう、最近はHOKUTO様がCMをなされる度に香水が欲しい、カクテルが飲みたいと頼まれたり、
藤様のドラマを見ては警官の経歴を持った執事を雇いたいとか、多くをせがまれまして………。」
話を聞いただけで何故だか二人のほうが申し訳なさを感じてしまい、思わず「大変ですね…。」と呟いてしまった。
だが、冬縞はすぐに首を横に振ったのだ。
「いえいえ、それがきっかけで私自身もお二人のご活躍を拝見させて頂いております。」
「「へ?」」
「妻子があぁまで言うものですから、どのような男であるのか気になってしまいまして、
デビュー当時からのドラマ映画を全て拝見させて頂きました!」
「………俺達、キャリア10年以上ありますけど、それを全部ですか?」
「はい!隅から隅まで!つい、気になる事があると研究してしまう達でして…。」
『だから、これだけ有名になったわけだ…。』
そして二人は、シェフの瞳が涙で潤んでいるのに気がついた。
慌てて、涙を拭う冬縞は笑顔を必死で浮かべた。
「これは、お食事中に大変失礼を!」
「………構いません、お気になさらず。」
藤はポケットからハンカチを取り出してシェフに手渡した。
嬉しそうに受け取った彼は、北斗に促されて椅子に腰掛けた。
「………妻が、今、入院しておりまして。」
「「!!」」
「突然、倒れてしまいまして……それから、後遺症で動く事はおろか、
話すこともままならない状態なのです。」
藤と北斗はショックのあまり、言葉を失った。
だが、冬縞はそれでも笑顔を見せて話をする。
「ですが、妻に藤様とHOKUTO様の話をすると、本当に嬉しそうな表情を見せてくれるのです!
私がお二方の良さを語ると何度も何度も頷いて喜んでくれるのです!」
藤も北斗も内心嬉しいものの、どこかで戸惑いを覚えた。
しかし、冬縞はゆっくりと深呼吸をして落ち着くと、柔らかい笑みで話を続けた。
「ずっと…何故、妻や娘がお二方にあんなにも夢中になるのかわかりませんでした。
それで、お二人が出演されてるものを片っ端から拝見させて頂き、気づいた事がありました。
それは数年前の話ですが………、」
当時、冬縞はフランスのレストランで大成功をおさめていた。
しかし、同時に深く思い悩んでいた。
必死の想いで夢を掴み、栄華を極め、夢の頂にたどり着いた。
上り詰めた場所からは、後は落ちてゆくしか道は無いのだと。
もはや、目標を見失ってしまっていた。
だが、そんな彼に妻は笑顔でこう言った。
「あなた、不安があるという事は、まだやるべき事があるって事よ?
だから、何をやらなければならないのか、一緒に探しましょう。」
驚く冬縞の手を握り、妻はこうも言った。
「“愛を誓う”という事は、“共に歩む事を誓う”事と同じなの。
どんな場所に行こうと、どんな事になろうとも私は貴方の側を離れたりしない。
貴方が私にくれた愛があるのだから。」
その話を聞いて、藤と北斗ははっとした。
冬縞の妻が言った言葉は、かつて、二人がドラマや映画に出演した時の台詞だったからだ。
「………シェフ。
確かにそれは俺達の台詞ですが、俺達の考えから生まれたわけでは…。」
「えぇ、台詞は作家の方が考えられたでしょう。
所詮、俳優は作家の代弁者に過ぎません。
………と、以前の私は考えていたわけですが。
代弁者というものは、その言葉や事柄をきちんと理解をしなくてはつとまらないものです。
妻がお二方の台詞をああやって覚えていたのは、お二方が言葉の意味を理解し、
違和感無く立派に代弁者として役目を果たされたからでございます。
もし、別の俳優でしたら妻の心にも残らなかったかもしれません。
しかし、妻の心に残り、それが私の立ち上がる糧になった……それは事実です。」
「………それで日本に戻って無農薬野菜の栽培や新しい調理学校をつくられたのですか?」
「はい、藤様はよくご存知ですね。」
『ある種のおっかけだもんね、藤は。』
手を止めていたのだが、冬縞が手を差し出して促したので、二人は再び食事を再開する。
やっぱり、食べた事の無い美味しさがそこにある。
「いかがですか?」
「色んな味が楽しめて凄く華やかで美味しいです。俺は好きだな。」
「俺も……何となく優しい味わいで好きです。」
藤と北斗に出された料理は全く違うものだった。
「僭越ながら、お二方それぞれをイメージしたものを作らさせて頂きました。
この感謝の気持ちをどうしてもお伝えしたくて。」
「え、俺達の為の料理なんですか?」
「はい、お二方限定です。」
『あ、藤、泣きそう。』
決して表情には出さないが、感激しながら藤は食がすすむ。
「私にとって料理とは“代弁者”のようなものです。
食材を理解し、その食材の魅力を全力で引き出す。
それが私の仕事でございます。
ですから、お二方も若人に負けず、ご活躍をお願い致します!」
最後に、妻が二人の映画を見に行くとリハビリを頑張っており、少しずつではあるが回復している事を教えてくれたのだ。




