守護者と誓いと仕事
あれからずっと藤の様子がおかしい。
どこか表情は沈んでいて、青くなってしまってるような…そんな雰囲気だ。
食事もそこそこに切り上げてさっと自室にこもってしまう。
「君がついてて…。」
「いや、申し訳ない気持ちはあるのだが、さっぱりこっちも訳がわからない。
確かに噂の玄宇とやらには会ったのだが、
彼のフィアンセに会ってから様子がおかしいような気がするのだが…。」
「フィアンセ?」
「貝堂 眞璃という清楚な女性だ。」
「………は?貝堂…眞、璃………!?」
今度は北斗が血相変えて、藤の部屋に行ってしまう。
残された朱鷺は食器の後片付けを始めた。
ノックもせずに部屋に入ってきた北斗に驚いたが、そんな藤に構わず彼はさっとベッドに腰掛ける藤の目前に屈み込んで両肩を掴んだ。
「藤!まさか、あの貝堂 眞璃なのか!?」
「…あぁ、あんまり変わって無かった。間違いないよ。」
「何か言われたのか!?」
「いや、何も………ただ、玄宇のフィアンセって事は…。」
「あいつが“あの事”を知ってるかも知れないって事?」
「確信は無いけど………。」
藤の体が微かに震えている。
北斗は両手で彼の手を握り締めた。
下から見上げた藤の表情は今にも泣きそうだった。
「ごめん、北斗………今まで築いてきたもの、全部壊すかも・・・・。」
声を絞り出すかのように、苦しそうに藤は謝った。
「前の生活から逃げ出したくて、ここまで必死になってやってきたのに、
どうして・・・・・逃がしてくれないんだろう、何で、切り離せないのかな?
北斗まで巻き込んだのに・・・・・何で俺はこんなに駄目なんだ!?」
涙が溢れてきそうだ。
どうしても、過去がずっと追いかけてくる。
まるで生まれ変われたかのように思えてきていたのに。
過去に犯した過ちがこんなにも今の自分を苦しめる。
藤は、悔しくて北斗の顔が見られずに俯いた。
「……そんな事無い。」
だが、北斗の両手は怖くなるほど優しく藤の顔を上げさせた。
そこには迷いが無い、真っ直ぐな眼差しが存在した。
「俺がここに居られるのは、藤が居てくれたからだ。」
北斗にとって藤の存在は“守護者”のようなものだった。
彼はどんな“甘え”も限りなく受け止めてくれ、辛いときには絶え間ない優しさを与えてくれた。
幾度も、手を差し伸べて導いてくれたのだ。
「藤が俺を守ってくれたから・・・・・藤が俺の側に居て、我儘も全部聞いてくれて、支えてくれたから、
俺はこうやってこの業界で仕事としてやっていけるんだよ。」
「それは、」
「お・れ・は・そう思ってる。藤がいなかったらきっと、この世界には………。」
その先の言葉は出て来なかった。
口に出すと恐怖に震えてしまいそうだったから。
「例え、藤の仕事が無くなったって、俺は藤のそばから離れるつもりなんて、これっぽっちも無い。
むしろ、嫌だって言ってもこの部屋に閉じ込めて二度と出してやらない。」
「………それは嫌だ。」
素直にそう言うと、北斗は優しい笑みを浮かべた。
もう一度、両手をしっかりと握り締めた。
北斗にとってそうであるように、藤にとってもそうでありたい。
「俺は藤を守るよ。」
正真正銘、本心からの誓いの言葉だ。
お互いがお互いを想って守っていられるように。
笑い合って過ごして生きていくためにも。
ようやく、藤の顔に笑みが戻った。
その微笑にようやく北斗は安堵した。
「じゃあ、藤は横になってて。ちょっと片付けだけして、すぐ戻ってくるよ。
あと、念のため、社長には連絡しとく。」
「わかった。」
名残惜しくも、両手を離して部屋を出る。
北斗がリビングに戻ると、テーブルとキッチンは綺麗に片付いていた。
朱鷺はソファで新聞を読んでいた。
「ごめん。後片付けありがと。」
「これくらい、構わん。夕食は作ってもらったんだ・・・・・・先珠は大丈夫か?」
「ん?まぁね。愛の力は偉大ですから。」
「そうか。」
流石にさらっと流す事を朱鷺は覚えた。
「あ、あのさ…藤の事なんだけど……。」
「話したく無いのだろう?」
「うーん…ちょっと、問題がありまして。」
「?」
「君には話さなきゃいけないとは思う。」
不思議な気分だった。
北斗という男は子供みたいだと思っていたのだが、今の表情はずっと大人そのものだ。
警戒という意識が無くなったせいなのか、認められた結果なのかはわからないが。
まるで子供の成長を感じる親の気分であろうか。
「………。」
「今、すっごい顔してるよ?」
「………いや、子供はおらん。」
「は?」
「あ、いや、こちらの話だ。」
「大丈夫?」
「問題無い。とりあえず、玄宇と貝堂の素性を調べる事にする。
動向にも気をつけておく。それでいいか?」
「………有難う。」
離れた場所で彼が電話をかけた音がする。
朱鷺は新聞を読むふりをしながら、耳を傾けていた。
『やまねなら知っているようだな。』
やれやれと、たいして読んでいない新聞紙をわざと音を立ててめくったのだった。
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後日、朱鷺はやまねの部屋を訪れていた。
「これが報告書だ。」
デスクに山のような書類が置かれた。
「ちょっと、冗談でしょ?」
「冗談?両面印刷の事か?」
「うわぁ、聞かなきゃ良かった。」
確認すると表裏にびっしりと文字が見えた。
「今時、印刷する!?ほら、データを保存するカードとかあるでしょ!?」
「ごちゃごちゃと騒がしい女だな。老眼に画面はきついだろうと思ったのだが。」
「老眼じゃないわよ!あんた喧嘩売ってんの!?」
「売ってやろうか?」
「要らないわ。」
朱鷺はソファに座り、鞄から砂糖菓子の入った大きい瓶を取り出し、テーブルに置いた。
白百合が運んできたお茶も並べ、寛ぎモードに入る。
「ってか、この量は何なのよ……。」
「妨害してくる奴の本体を掴むのに、それだけの量が必要だったんだ。」
「は?」
「いくつもの組織が使われていてな、より、複雑化されていた。」
「で、本体はわかったの?」
「証拠は無いが、そのデータを見ていればわかる。」
「うわぁ…。」
「それと別に警察も関わっているからな。」
「太一君まだマークされてるの?」
「………わからん。それは近いうちに調べてみる予定だ。」
砂糖菓子を一つ食べた朱鷺は、ソファに寝転がる。
「貝堂 眞璃とは何者だ?」
「!?」
「お前は知ってるんだろう?面倒な労力を使わせるな。さっさと教えろ。」
渋い表情を見せたやまねだが、観念して口を開く。
「藤の元カノよ。」
「ほう。」
「………前の仕事時代のね。」
「…元カノというよりも、その“仕事”とやら問題なわけだな?」
益々、やまねは渋い表情を見せるわけだが、そんなことは朱鷺にはお構いない。
「やまね、いい加減にしろ。
本当に私に仕事をさせたいならばちゃんと情報をよこせ!」
すると、やまねはデスクの引き出しからあるファイルを取り出して朱鷺に手渡した。
中身を確認した朱鷺は、怪訝な表情を見せたのだが、女社長は盛大なため息をついた。
それは以前に朱鷺が依頼を受けた“仕事”のファイルだ。
数秒間、考え込んだ後、朱鷺はようやくその意味を理解した。
「・・・・そういう事か、まどろっこしい。」
そう呟くなり、彼女は荷物を持って社長室を後にしたのだ。




