過保護と畏怖と婚約者
藤が誰かの存在を気にするのはとても珍しかった。
いつもなら、嫌味を言われてもしらーっとした態度で流すのに。
あれほど、怒りを態度に表すのは余程の事だと、心配になる。
「………心配するのはわかるが、少し過保護じゃないのか?」
「心配するのがわかるんなら、過保護になるのもわかって。」
そんな、北斗との押し問答にほとほと呆れたが、気になるのは気になるので仕方なく、それに付き合う事にしたのだが。
「…確かに、醜態見せたのは悪いと思ってるよ?でも、だからと言って今時マネージャーど同行だなんて、逆に嫌なんだけど。」
「それを言うなら北斗のほうを説得して欲しいものだな。」
その瞬間、胸倉を掴まれ階段裏の暗がりに引きずり込まれた。
「あんた、今、“北斗”って言った?」
「え、あ、あぁ、本人から“周殿”と呼ばれるのは好きじゃないから、名前で呼んで欲しいと言われたのでな。」
「呼び捨てで?」
「“さん”も“君”も“殿”も合わないから、呼び捨てにしてくれと…、」
「ほ・ん・に・ん・が?」
「本人が。」
するりと手を離すと、くるりと背を向けた。
何やらぶつぶつ呟くと、再び朱鷺のほうへ振り向いた。
「北斗は“子犬”みたいなものだから。」
「は?」
「最初は警戒してても、一度懐くと可愛いくらいに尻尾をふるんだ。」
「ほ、ほぅ…。」
「だからって、俺は認めないからね。」
「あぁ。」
ほとんど、意地のように見えるのは気のせいだろうか。
うんうんと一人頷いて廊下を歩いて行く。
未だに慣れていないのは朱鷺のほうかもしれない。
特に藤は普段は冷静沈着だが、時にその性格はころころ変わる事がある。
その早さについて行けなくなるのだ。
いや、面倒になって放置することが多い。
「おや~!これはこれは藤君じゃないか!」
「プロデューサー、お久しぶりです。」
数人のアシスタントを連れたプロデューサーが藤の肩をぽんぽんと叩く。
「いやぁ、スペシャルも良かったよ~?監督もね、執事としての手つきや動きが前よりぐっと良くて、まるで本物みたいだったと絶賛していたじゃないか~。」
「あぁ、ちょうど学べる時があったので…。」
「なんと!勉強したというのかね!素晴らしい姿勢だぁ!流石、最氷プロダクションは違うなぁ!がはははは…………………はぅ!?」
突然、プロデューサーは悲鳴にも似た声をあげた。
彼の視線の先には朱鷺の姿があった。
「あ、荒方様!?」
「久しぶりだな、相変わらず声がでかい男だな。」
「こ、これは大変失礼いたしました!!しかし、荒方様が何故、このような場所に!?」
「仕事だ。今はその藤のマネージャーをしている。」
「荒方様がマネージャーを!?」
「文句があるのか!?」
「いえいえいえいえ!!そのような事は微塵もありません!!そ、それでは、これで失礼を!!ふ、藤さんも頑張りたまえ!!!」
逃げるように去って行ったプロデューサー一行。
「………あんた、」
「顔が広いだけだ。気にするな。」
『怯えられていた気がするけど…。』
とにかく、深くは考えずに歩き始める。
ちなみに彼らは仕事を終えて帰る途中である。
テレビ局の入口を出た所で、“あれ”に出会った。
「あれぇ?藤さんじゃないですかぁ~?」
流石の藤もポーカーフェイスだが、ポケットの中で拳がつくられた事に朱鷺は気づいた。
ニコニコと近寄ってきたのは、あの玄宇 奄である。
「今お帰りですかー?」
「そうだよ。」
「俺、これから別の収録なんですよー!忙しいって大変ですよねー!」
「そうだね。」
「ところで、藤さん…。」
遠回しな嫌みが手にとるようにわかったが、玄宇は声のトーンを少し落としてさらっと言った。
「いつ、引退するんですか?」
「は?」
「!?」
何をふざけた事をと玄宇の顔を見たが、彼は本気のようだ。
獲物を捕らえたような目つきでしっかりと藤を見ていた。
「……俺。本気ですから………。」
冷たい視線に、僅かに口の端が上がる。
あからさまな敵意に藤は困惑した。
そこに、玄宇の迎えの車が目前に止まった。
運転席からマネージャーらしき男が降り、後部席のドアを開けると中から一人の女性が降りてきた。
「お帰りなさい、奄さん。」
「眞璃さん!わざわざ有難うございます!」
清楚な女性はにこりと微笑む。
だが、ふと視線が移ると驚いた表情を見せた。
朱鷺はその視線を辿る。
すると、そこには驚愕した表情の藤がいたのだ。
「あ、こちらは俺のフィアンセの貝堂 眞璃さんです。」
「ど、どうも………。」
「どうも。」
藤は驚いたまま、動かない。
声すらもあげなかったが、数秒後、ようやく朱鷺に合わせて頭を下げた。
「それじゃ、お先に。」
そのまま、彼らは車で去って行く。
藤は車に乗り込んでも、青ざめた表情でずっと黙っていたままだった。




