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高級マンションとセキュリティとボイスレコーダー

 翌日。

 とある高級マンションの最上階を訪れていた女社長のやまねは合鍵で勝手にドアを開けて中に入る。

 すると、ちょうどシャワーを浴びて出て来た家主は鍵の音を聞き、玄関前に立っていた。


「呼び鈴ぐらい鳴らしてよ、社長。」

北斗ほくと、そんな格好でうろつかないでよ。」


 突如、目前に現れたのはあの会場の主役の一人。

 HOKUTO改め、本名 北斗だ。

 彼は上半身裸+半パン着用で現れた。


「いや、シャワー浴びたあとだし。サービスってことで。」

「あたしがそんなサービス喜ぶと思ってんの?」

「わかった。下も脱げはいいんだな。」

「いらないわよ!!」


 悪戯な笑顔を浮かべた彼だったが、ふとやまねの後ろの存在に気がつき、

 それはそれはとても驚いた顔をした。


「その子、どっかで見たことある顔だな。」

「随分と記憶力が悪いらしいな。」


 やまねの後ろにいた、荒方 朱鷺は何の遠慮もなく北斗に言い放った。

 瞬間に空気が固まったのでやまねは慌てて口を挟む。


「せっ、説明は後!とりあえず中に入るわよ!どうせ、藤も中にいるんでしょ?」


 遠慮なくやまねは靴を脱いで家にあがる。

 渋い表情を見せながらも北斗は先にリビングに入り、その後でやまねに続き、朱鷺もリビングに入る。


「藤、社長。」


 ソファに座る男に北斗が声をかけると彼は顔だけこちらに向けた。


「やっぱり社長だっ……、」


 言いかけて朱鷺の存在に気づく。

 表情は変わらないが、僅かに視線が冷たいものになったのを感じた。


「………昨日の。」

「あ、そうか。昨日イベント会場で暴れてた子か!」


 豪快に笑い出す北斗の横で、藤は溜息をついた。


「藤、北斗、紹介するわ。彼女の名前は荒方 朱鷺。荒方、知ってるかもしれないけど、」

「知ってる。あんたが経営する芸能プロダクションのタレントの藤とHOKUTO。

 本名、先珠(さきだま) 藤と周殿(しゅうでん) 北斗だろ。」

「……えぇ、その通り。」


 男二人の表情が冷たいものになる。

 重たい雰囲気に溜め息をついたやまねだが、気を取り直しだ。


「今日から、あんたたち二人のボディガード兼マネージャーをやってもらいます!」


 と、年に不相応な笑顔で発言した。


「は!?マネージャー!?」

「まぁ、スケジュール調整はこっちでするから、ほとんど送り迎えやら、

 身の回りの買い物やら、ボディガードがメインになるわね!」

「マネージャーとかそういの要らないって言わなかったっけ?」

「必要だと判断したから見つけてきたんでしょ!

 だいたい、あんたたちの我が儘のせいでどんだけマネージャーが辞めたのよ!」

「要らないって言ってんじゃん。」

「おだまり!自分達の状況をよく考えなさい!スキャンダルなんて真っ平御免よ!?

 これは社長命令です!!でないと、同棲なんてさせないわよ!?」


 不機嫌そうな表情を浮かべる二人。

 いい年の大人が駄々をこねる子供のような態度だ。


 この先珠 藤と周殿 北斗は十年ほどのキャリアを持つ芸能人である。

 アイドル……と呼ぶには年齢に問題があるが、何せ、見た目も人当たりも抜群にいい。

 最近では年相応の色気が出てきたと評判も上々。

 今だにドラマやCMに引っ張り凧な人気俳優である。


 そんな二人が実は同棲してるなどと誰が思おう。

 パパラッチやストーカー等も尋常では無い。

 そこで、荒方 朱鷺に白羽の矢がたったわけだ。


「荒方!お願い!貴女しかいないのよ!

 今までも何人かのSPやらやり手のマネージャーを付けたけど、

 厄介なパパラッチやらに歯がたなかったのよ!!

 とにかく二人が同棲する仲だって事をなんとしても死守してちょうだい!!」


 という必死な彼女の頼みで一応試しに引き受けてみたものだが。


「いらねぇって。」

「二人のほうが気が楽でいいし。」


 と、早くも険悪なムードが漂い始める。

 彼らの態度にやまねは、溜め息をついたが、ようやく朱鷺が口を開く。


「そうか、ならばこの建物の入口に設置された、隠しカメラは気づいているんだな?」


 三人が一斉に朱鷺へ視線を向けた。


「あと、盗聴器も一緒だ。あの性能であれば中々の範囲で、いい音が取れるだろう。」


 うんうんと一人頷く朱鷺にやまねは血相を変えた。


「荒方!それはまず、」

「大丈夫だ。既に処置済みだ。」

「………処置?」


 怪訝な顔を見せた北斗に彼女はにやりと笑って答えた。


「聞きたいか?」


 ぞわりと背筋が冷えた。

 思わず、「いや、いい。」と遠慮した。


「結局、カメラとっても次から次へと隠し撮りされるんだから、意味ないでしょ?」

「あのね、藤。意味が無いとかあるとかいう理屈じゃないのよ!一つ一つそういう脅威を、」

「一つ一つ?そんなくだらんことをしてるのか?」


 フォローしたはずのやまねが何故か朱鷺にくだらんと言われた。

 思わず朱鷺の顔を見つめる。


「そんな事をしてるからいつまで経っても減らんのだろう?

 雑草は根本から刈れ。むしろ、塵一つ残さず叩き潰せ。」


 随分と物騒な物言いに、全員が固まる。

 その様子にわざとらしく溜め息をつくと、彼女はリストを取り出し、やまねに手渡す。


「これがこいつらを狙ってる輩のリストだ。」

「は!?」


 ざっと見ただけで軽く30は越えるだろう、名前と職業と勤務先がずらりと並んでいた。

 流石にやまねの手が震えるのを見て、北斗がリストを受け取り、藤と確認した。

 予想以上の数に気持ち悪さを感じたようだ。


「この黄色い印はなんだ?」


 リストには広い範囲に黄色い印がついていた。


「あぁ、それは公的な文書を送れば抑えられる印だ。」

「公的な文書?」

「そうだ。事務所から正式な文書をそこに送る。それだけで八割は完全に動けなくなる。」

「内容は?」

「聞かないほうがいい。」


 聞いた藤が黙り込んだ。

 誰もが知りたかったが何故か聞けない。


「この青い印は?」

「そこは利用しがいがある。時と場合によって上手く動かせば問題は無い。」


 とりあえず深く聞くのはやめておこうという空気になる。


「じゃあ、この赤は?」

「そこは厄介なものだ。まず親玉から見つけねばならん。」

「へぇ、時間かかりそうだね。」

「あぁ、明日になるだろう。」

「明日!?」

「明後日には手を打てる。」


 きっぱりと言い捨てられ、全員が黙ってしまう。

 おもむろに、藤が口を開くが。


「後で面倒な、」

「私はそんなヘマはしない。それこそが二度手間という名の無駄時間だ。」


 結局、きっぱりと言い切られた。

 やまねは若干の不安を覚えたが、なんとか捨てた。

 すると朱鷺が言う。


「ところで、部屋はどこだ?時間がもったいない。」

「あぁ、それならあっちの奥よ。」

「「待った!!」」


 と、やまねが案内するのを二人が止めた。


「部屋?」

「そう、彼女の部屋よ。ちょうど一室空いてたでしょ?」

「おいおい、まさかと思うけど、」

「そう。彼女もここに住むの。」

「「はぁ!?」」


 まさかの事実に声が上がる。


「いや、社長。スキャンダルがどうとかって言ってなかった?」

「そうよ、だからこそ一緒に住んでもらうの。」

「話がおかしくない?益々スキャンダル的には危ないと思うんだけど?」

「あぁ、大丈夫。荒方だもの。」


 やまねの自信満々の笑顔はわけがわからない。

 とりあえず、埒があかないと判断した北斗は朱鷺に直接抗議するため、

 先に行ってしまった部屋に向かう。


「おい!ちょっとい、」


 扉を開けて呆然。

 ついさっきまで何も置かれて無かったはずの空き部屋に、荷物がきっちりと運び込まれ、すでに生活空間が広がっていた。

 そして部屋の主になる予定の朱鷺はパソコンに向かい、ひたすらに作業をしていた。

 ちなみに、パソコンは見た限り5台ほどが目に入る。

 あとよくわからない機械も。


 入口で固まる北斗の様子に、後から来た藤とやまねも部屋をのぞいて固まる。


 ゆっくりと朱鷺は振り返り「何事か?」と表情を見せた。

 ふと我に帰った北斗が口を開く。


「あ、いや、な、何してんだ?」


 未だ動揺が続いてるのか、矛先のずれた質問をしてしまう。

 彼女はパソコンに向き直り、作業をすすめながら話す。


「ここのマンションのセキュリティは割とハイスペックだが、いまいち力不足だ。

 だから、直接システムを改造してるんだ。」

「ちょっと待て!そんな勝手な事をしたら大問題になるだろ!?」

「安心しろ。中々に使えそうなセキュリティだったんでな。ついでに会社ごと買収した。」

「買収!?」

「そうだ。今や、私がこのシステム会社のトップだ。

 まぁ、システムを使うだけで、経営は面倒だから社長らに任せたがな。」


 だんだんと話の展開についていけなくなってきた。

 とりあえず3人は一度部屋の外に出て、顔を見合わせる。


「……社長、あの子は何者なんだ?」

「ん~、実を言うと私も詳しくは知らないのよ。」

「は?」

「ただ、前歴は不詳なんだけどね、色んな業界じゃあ名の知れた人間よ?

 ツテやコネが無いと仕事の依頼が出来ないけどね。

 仕事って言ってもプログラマーやらボディガードやら、

 まぁ、ぶっちゃけ何でも屋ってとこかしら?

 まぁ、成功率100%の実績は保証するわ。」

「………危険度は?」

「聞かない事。」


 やまねの笑顔が踏み込めない恐さを教えた。


「付き合ってられない。」


 痺れを切らしたのか藤が動く。

 彼女の部屋に入り、背後に立つ。

 ちょっといい?と話かけると、すんなりと朱鷺は振り返り立ち上がった。


「社長が依頼したって事で悪いんだけどさ、出て行ってくれない?」

「藤!」

「社長は黙ってて。」


 目もあわさず、藤はやまねを止めた。

 北斗は笑みを浮かべて様子を見る。


「迷惑なんだ。他人がこの家に居るのは。ここは俺と北斗のための場所だ。

 あんたなんかに邪魔はされたくない。ボディガードだろうが、なんだろうが別の場所に住んで。

 この家には近づくな。」


 今までにない威圧感のある表情を見せた。

 朱鷺は彼から視線をはずし、やまねを見た。


「最氷、私に情報全部を伝えて無いな?」

「あー…、いや、それは。」


 歯切れの悪いやまねの態度に溜め息をつくと、藤に視線を戻した。


「何をそこまで守ろうとしてる?」

「………あんたには関係無いでしょ?」

「一度は引き受けた仕事だ。納得も出来ない状態で引き下がれと?随分、勝手な物言いだな。

 大の大人が情けない。下がらせたければ、それ相応の理由を持って来い。

 依頼主は貴様らでは無く、そこの女社長なのだからな。」


 全く怯む様子のない彼女に、益々藤は険しい表情を見せた。

 反対に朱鷺は眉間に皺を寄せることなく、冷静な顔を見せた。


「はいはい、わかーった、わかったよ。」


 この不穏な空気に割って入ったのは、面白そうに眺めていた北斗だった。

 彼はにこやかな笑みを浮かべ、藤の近くに立つ。


「まぁ、そんなにいきり立つなよな?こっちだって言い分ってものがあるわけだし?

 突然、知らない人を自分達の家に連れて来られたわけでしょ?

 誰でも嫌がるってことわかるよね?確かに俺達には普通の生活なんて出来ないよ?

 どれだけ見られてるなんかは君がよくわかってるわけじゃん?

 だからって自分達の生活壊されるなんて真っ平御免だってことわかる?OK?」


 反論一つ出来ないように責め立てる。

 かと思いきや、


「あぁ、難しく考えなくていいよ。

 ただ仕事はしてもらってかまわないけど、住む場所は別の所にしてね、って事だから。」


 にっこりと笑みを浮かべて、柔らかい態度を見せる。

 藤以上に弁舌であることがわかるが、またそれ以上に気性の荒さが感じとれた。

 藤も北斗もそこは年相応か、やたらと頭がいい。

 こういう時にやたらと口が上手いと言うべきか、屁理屈というべきか。

 こんな面倒な二人に数年、唯一付き合えたのがきたやまねだった。

 言い負かされる事が多いけれど。


 その様子を知り、朱鷺は溜め息をついた。


「ここに住むのは私の意向だ。時間のロスを皆無にするために必要な事だ。

 何かあってから呼ばれては何の意味も持たない。

 まぁ、ここでこうやって話すのも時間の無駄だがな。」


 彼らの挑戦状を受けてたつ。

 むしろ、火に油を注ぐ。

 やまねは堪えきれなくなり、彼らから目をそらした。

 性格の悪い人間が三人そろっているのだ。

 正直、彼女はどうすることも出来ない事を悟ったのだ。


「先に言っておくけど、どんなに頑張っても、俺達はあんたに興味なんて持たないよ?」

「どういう意味だ?」

「よくいるんだよね、他の人とは違う変わった事をして、目立って気を引こうとする人。」


 すると、北斗は藤の肩に手を回した。

 彼に甘えるように、頭を引っ付ける。


「俺は藤に夢中。んで、藤は俺に夢中。だから、君の入る隙なんて無いって事。」

「つまり?」

「「恋人。」」


 声を揃えて暴露した。

 やまねは頭を手で押さえた。


 そう、やまねが隠しておきたかった最大の事柄。

 それは藤と北斗が恋人同士であることだった。


「そういう性癖って事か。」

「まぁ、別に男だけじゃないよ?女性でも気に入れば手は出せる。あ、今は藤にしか興味ないけど?」

「北斗。」

「何?照れてんの?」


 朱鷺の存在に気を止める事なく見せ付ける。益々やまねは頭を抱えた。

 すると、朱鷺は溜め息をつくと笑顔を見せた。


「なるほど、確かにそれは邪魔を出来ないな。」

「納得してくれた?」

「あぁ、納得した。だが、私は仕事に妥協は出来ない。

 ここで暮らせないとなれば、この依頼を降りるほか無いな。」

「ちょっと荒方!!」

「いやぁ、助かるよ。荒方さん。」


 突然、引いた朱鷺に慌てたのは勿論やまねだ。

 冗談じゃないと剣幕で迫るも、藤と北斗は歓迎モード。

 荷造りを始める朱鷺はふと、手を止めやまねに振り向く。


「あぁ、そうだ。キャンセル料は払わなくていいぞ?そのリストの料金も既にもらえたからな。」

「キャンセルも何もしたくないんだけど………って料金?」


 彼女は笑顔でポケットからある物を取り出す。それを見て三人は青ざめた。


「かの人気絶頂の藤とHOKUTOがバイセクシャルで、

 尚且つ二人は恋人同士、ラブラブ同棲中、などというトップシークレットだ。

 充分“売り物”になる。おまけに本人の告白つきだ。報酬としては文句のつけようがない。」


 と、手の中のボイスレコーダーをちらつかせた。


「まぁ、依頼してきた女社長には悪いがな。これも一応ビジネス。

 私にも生活がある。それに、仕事を潰されたのだ、これくらいはしないと。」


 開いた口が塞がらない。

 呆然とするやまねをよそに、先に我を取り戻した北斗が、ボイスレコーダーを朱鷺からさっと奪う。

 そしてデータを削除した。

 これで一安心と笑みを浮かべかけたが、残念だ。

 顔をあげた先、朱鷺の手には10機ほどのボイスレコーダーが存在した。

 どうぞ、と言わんばかりに、彼女はそれを目の前の台に置く。


「あ、そうそう。この部屋のパソコンには盗聴器が内蔵してある。

 少なくとも一台につき一つは取り付けてある。

 まぁ、パスワードがわからなければデータは消せないがな。

 あとは破壊するしかないな。勿論、修理費はきっちり揃えて頂こう。

 あぁ、それを取った所で、この部屋に仕掛けてある盗聴器を外さなきゃ、

 何の意味も無いんだけどなぁ。お前達に見つけられるといいなぁ。

 そうだ、仕掛けた数を教えておこうか?」


 にやにやと楽しそうに話す朱鷺。

 正反対に藤と北斗は苛々し始める。


「はったりだ。」

「ボイスレコーダーを再生すればいい。」


 即座に言い返され、ほとほと、逃げ場など無くなった。


「………脅迫か。」


 彼らにとって、その手の事は初めてでは無かった。

 有名になるにつれて増えてきたぐらいだ。

 なるべくやまねは二人には隠しておこうとしたが、完全に隠す事は出来ず、いくつかは本人に知れた。

 彼女の隠蔽すらも彼らに知れた事がある。

 だからこそ、脅迫というものには気が滅入る。


 握り締めた拳を、叩き付けたい気持ちの北斗。

 その彼の心情を察した藤が彼の肩に手を置いて静止する。

 穏やかでない感情を感じとったのか、

 朱鷺はやれやれとわざとらしい溜め息をついて口を開いた。


「これがお前達の言う“大丈夫。”とやらか?」


 その言葉に少し力が抜けた。

 はっと視線が合った。


「先程、大丈夫だとぬかしただろ?これのどこか大丈夫なんだ?

 お前達どころか、社長まで。いや、会社全体まで危険にさらしたぞ?

 余計な事を口にしたがためにな。」


 痛い所をつかれ、二人は口を開けない。


「お前達は自分の立場を理解出来ていない。

 新人ならば考えもするが、今や業界トップクラスと言っても過言ではないだろう。

 また、プライベートを公開しているわけでもない。

 そんな人間の情報を食い物にしようとする奴らなど五万といる。

 あのリストなどごく一部に過ぎん。

 今、私が仕入れた情報にどれほどの大金が詰まれると思う?

 お前達はそれすらも知らないのだろう?」


 そう話ながら、朱鷺は前に置いたボイスレコーダーを一つずつ持ち上げては、

 別の場所から電池を取り出し、次から次へと装着していく。


 驚愕。

 

 並べられたボイスレコーダー全てに電池は入っていなかった。

 つまり、本当の本当はハッタリだったのだ。

 あまりの酷さに文句を北斗は言いかけたのだが。


「いいか、よく聞け!」


 突如、朱鷺の見せた覇気に息をのんだ。


「貴様らをガードするってことは、会社全てをガードすると同じ事だ!

 ましてや、うっかり口を滑らせてしまう自己管理も出来ない貴様らなど、

 無防備では無く無能な人間と変わらん!

 よくそれで大口を叩けたものだな!

 そんな安直で愚かな人間を守るのは簡単な事じゃないのだぞ!?

 今のお前達の状況は自分達が思ってる以上に甘い状態でも無いのがまだわからんのか!?」


 怒りにも似た説教に様々な暴言が混ざっているのがわかっても、二人は何も言えなかった。

 言い終え、溜息をついた朱鷺は電池を取り付け終えたレコーダーの一つに電源を入れた。


「それでも大丈夫だと言うならば今すぐ言ってみろ。」


 そのまま二人に差し出した。


「それを証明として社長に渡すんだな。」


 藤は一応受け取ったものの、北斗と顔を見合わせ、溜め息をついた。

 どんなに理由を並べても、彼女の言ってる事に反論が出来ないのだ。

 ちらりとやまねを見た後、レコーダーの電源を切り、卓上に戻した。

 すると、朱鷺はばんっと卓上を掌で叩いた。


「忘れるな、お前達はサバンナの小鹿だ!!」

「「小鹿!?」」

「周りは獣の巣窟!油断すればすぐに奴らの餌になると思え!!」


 ア然とする二人をよそに、やまねは腕を組んでうんうんと頷いた。

 その様子が尚更二人を不安にさせる。


「クビにしたければお前が私をクビにしろ。私の仕事ぶりを見るのはお前達でいい。いいだろ?最氷。」

「仕事してくれるんならいいわよ。」

「ついでにサービスだ。しばらくはお試し料金って事で半額にしといてやる。」

『『どこまでも偉そうだな。』』


 朱鷺の事をよくは知らない藤と北斗は素直にそう思った。


「他に言うことないなら、私は作業をする。」


 もう力が抜けたのか、三人は大人しく部屋を後にする。


「あ、そうそう。」


 扉を閉める直前。朱鷺が呼び止めた。


「先程、私に興味が無いとか、二人の間に入る隙が無いとか言っていたが、

 その点についても心配はいらないぞ?」

「「?」」


 思わず、疑問の表情になる。

 彼女を見つめていると、にやっと万遍の笑みを浮かべ言い放つ。


「私も、“馬鹿”には興味ない。」


 かちんときて、詰め寄ろうとする二人を捕まえて、やまねは部屋から引っ張り出した。

 ぱたんと扉が閉まり、一呼吸。


「よっしゃー!!合格したわよ!!!」


 突然ガッツポーズをきめる彼女に、二人は不満をぶつける。


「合格ってなんだよ!?」

「荒方が正式に仕事を受けてくれるって事よ!」

「あのさぁ…、正直怖いんだけど。あの子大丈夫なわけ?本当に同棲とか危なくない?」

「だから、大丈夫だって。荒方だもの。」


 “荒方”というブランドに、どれほどの保証があるのか不明だが。

 どう聞いてもこの女社長の自信は揺るがない。

 藤と北斗にしてみれば、そこだけを見ても、荒方 朱鷺という存在が至極、

 得体の知れない生き物に感じて、怖いと思うのだ。

 むしろ、気持ち悪い。


「てなわけだからさ、あんたたちも頑張りなさいね!

 じゃあ、あたしは帰るから。明日の仕事も頼むからね!!」


 バタバタと慌ただしく去って行った。

 どっと疲れが出る。

 ちらりと朱鷺の部屋の扉を見つめるが、溜め息ばかりが出て来る。


「面白くないな。」

「北斗もそう思う?」

「あんな小娘になめられっぱなしってのも嫌だし。」

「同居ってのも気に入らないし。」


 二人は見合わせて、笑みを浮かべた。

朱鷺は物が多すぎて部屋が片付かないタイプです。藤は綺麗好きなのでたぶんいつか怒られるような気がします。

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