断末魔と歌声と生乳
それは草むらに隠れていた。
普通の人間にはわからない。
だが、朱鷺にとっては“丸見え”も同然である。
気配を消し、背後に回り込み一気にその体を押さえ付ける。
「痛たたた!!」
「よう?確かほたるちゃんとこの部下の半崎さんだっけ?
こんな所で何してるのかなぁ~?」
一瞬のうちに、腕を捩り上げ、背中に乗り掛かり頭を押さえ付ける。
全く身動き出来ない状態の半崎である。
とりあえず、両腕を後ろで縛り上げ乱暴にも頭を引っ張って起こした。
「警察にこんな事していいんですか?」
「警察だからこんな所にいてもいいのか?」
「仕事です!」
「誰を張り込んでる。」
「仕事内容は極秘ですから!」
ふん、どうだ!という顔をする半崎だが、
溜息をついた朱鷺はやれやれとポケットから薄手のゴム手袋を取り出し、装着する。
「な、なんでそんな物をつけてんですか!?」
「何でって、痕跡残ったら困るでしょ?」
「痕跡!?」
「面倒だからあんまりしないんだけど、ちょっと聞きたい事もあるしね。」
「僕は何も言いませんよ!!」
「うーん、ほたるちゃんってば何も言って無いんだ?」
「何を!?」
「私がどういう人間か………なるほど、ここにいるのはほたるちゃんの命令じゃ無いわけね。
あ、自主的ってやつね?」
半崎は顔を強張らせた。
それは肯定したのと同じ。
「ほたるちゃんなら、絶対にこんな事させないもんな。私の事をよくわかってるし。」
「だから、貴女は一体」
「私は世界中の色んな場所で数々の修羅場をくぐり抜けてきたりしてるし。
己の欲しい物の為なら、チャンスの為に手段は選ばない人間なんだよ。誰が相手であろうとな。」
ポケットから小型のナイフを出す。
「ちょっと、何を」
「いわゆる、私は“プロ”ってやつだ。」
ついでに、半崎の体を反転させて地面に俯せた。
再びその体に跨がる体制をとり、彼の耳元で囁く。
「さて、ショータイムといこうか?じっとしてろよ?」
「ななななな何するんですかぁ!?」
「大丈夫だよ。最初は痛いけど、だんだん良くなってくるから。」
「いやいやいやいや大丈夫じゃないでしょ!?」
「人生観変えてやるよ。」
「変えなくていいからあああああ!?」
「ちゃーんと私を楽しませろよ?」
「いやぁぁぁぁあああー!!!!」
半崎の叫びはまるで断末魔のように響いた。
建物内にいた藤と北斗が微かにそれを聞き取る。
「ねぇ、今…、」
「叫び声みたいなの聞こえなかった?」
「え?僕全然わかんなかったよ?」
「自分もっす!」
「多分、野生の鳥でしょうね。この時間帯によく鳴くんです。」
「そっか。」
気にはしながらも、その腕にはしっかりとウサギが抱えられている。
でも、気を緩めないようにギリギリ理性を保っている状態だ。
「そういえば、朱鷺ちゃんどこ行ったのかな?」
「あー、多分、見回り行ってるんじゃないかな?」
「一応、ボディガードも兼ねてるしね。」
「荒方さんって、年下に見えますけどめちゃくちゃ凄い人なんすね。いくつなんですか?」
「「知らない。」」
「レディに年齢を聞くのは失礼だよ~。」
レディと言われ、ふと思い返す。
「小僧」「貴様」などの呼び方を筆頭に大人数のヤクザ相手にアクション映画並の立ち振る舞い。
ご飯といえば丼3杯は軽く食べる大食い。
車の運転ともなれば普通の道路がレースになる。
『『レディのかけらも無い。』』
同じく、あのヤクザとの場面を見てた太一が平気なのが不思議でならない。
むしろ、朱鷺大好きである。
「そろそろ次の小屋にまいりましょうか。」
案内役のサナダに扮した清理が顔を出した。
「他にも小屋があるの?」
「はい、あちこちにありまして、移動は全て馬で行っております。」
「次は何があるんすか!?」
「行ってからのお楽しみですよー。」
ウサギとの別れを惜しみながら、藤と北斗は渋々腰を上げた。
清理に続いて馬に乗る。
太一と悟もすっかり乗りこなしている。
そこである丘のてっぺんにたどり着くと清理は紹介した。
「ここは我が牧場自慢の景色ですよ!」
丘から見える景色。
青々とした牧草が風に吹かれ、まるで海のように波がたつ。
真っ青な快晴の空に、青々とした緑が太陽の光にキラキラと輝く。
都会では滅多に見られない自然の絶景だった。
藤も北斗も太一も思わず言葉が出なかった。
ただ、その優しい景色に心を落ち着かせて、ゆったりとした時間を味わう。
その時、歌声が聞こえた。
ゆっくりと優しい爽やかな歌声。
景色とマッチして三人は思わず笑みを浮かべた。
少しして、歌が終わる。
「そっか……俺、忘れてたんだなぁ。こんな気持ち。」
歌い終わった悟の瞳から涙が流れたのだ。
しばらくすると、落ち着いてきたのか悟は涙を拭って笑顔を見せた。
「最初、歌ってる時はすっごい楽しかったんです。」
初めて大勢の前で歌ったあの日。
たった一曲だけだったけれど、己の全てを込めて音を紡いだ。
不安も恐怖も緊張も全てを飲み込んで。
終わった瞬間のわれるような拍手や歓声に驚いた。
けど、それと同時に胸の内から込み上げてくる喜びを噛み締めた。
それから毎日が楽しかったはずなのに、何故それが怖くなってしまったんだろう。
CMソングにも起用されて大ヒット。
どんどん売れて休みが無いほど忙しくなってきた。
それでも歌が楽しいと思うことは変わらなかった。
「もしかして、ファンが怖くなった?」
見抜いたように北斗がそう言った。
悟は悲しげな表情で頷いた。
「こんな事、ファンの人に失礼ですよね。でも、だんだんとたくさんの目が怖くなったんです。」
歌ってる間にふと頭が真っ白になった。
彼らはあんなに声援をくれる。
けれど、必要とされているのはこの歌なんだろうか?自分なんだろうか?
手元に届くたくさんのファンレター。
その中には
「話が面白くない。」
「モノマネ上手いですね。」
などなどの内容の物に始まり。
一日中ストーキングされたような内容の物もあった。
それは数少ないものかも知れない。
でも、ただそれに触れた後、目前に広がる光景が本当に楽しんでいるものなのだろうか。
この会場とあの手紙のどちらを受け止めればいいのか。
そんなことを考え込んでしまい、いつしか人前で声が出なくなったのだ。
「若いね…。」
そんな藤の言葉に隣りで北斗は頷く。
「お二人もそんな時ってあったんですか?」
「俺もあったけど、藤のほうが酷いの多かったよね。マニアックっていうか。」
「マニアック?」
「自分の髪の毛入れたクッキーとかあったね。」
「「えぇ!?」」
「あとは、あー、あれ。何故か藁人形とかあった。」
「未だに、何で藁人形だったのかわかんないけど。」
「うわー。」
「北斗くんは?」
「俺はまだ可愛いもんだよ。合成された、俺との結婚写真とかだし。」
「可愛い……………?」
「あ、婚姻届よりましだよね?」
「「婚姻届は月一で来たよ?」」
「………………。」
「でも、そうやってもらったものでどうするの?」
「とりあえず…お祓いしてもらう。」
「「あー………。」」
「太一とかは無いの?」
「僕?んー、僕は最近売れてきたばかりだしなぁ。
よく、仕事現場とか自宅とかにこっそりついてきてるお姉さんはいたよ!」
ニコニコと明るく話す太一。
心配になる三人だが、
「でも、うちの商品(こなもんの粉物)を使ったメニューを色々説明したら、
いなくなっちゃったんだけど……うっとうしかったのかなぁ…。」
しょんぼりと落ち込む彼に、逆に言葉が思い浮かばない。
太一は一度喋り出すと中々止まらないのだ。
マシンガン並の速さで恐らく説明したのだろうと予想がついた。
「………俺、大事な事に気がついたっす。」
真剣な表情で悟は言った。
「スーパースターの人気に比べたら、俺の人気なんてそんなにたいしたことないってぇ!!」
「まぁ、藤くんと北斗くんだしねー。」
藤と北斗もこういう時ばかりは何故か素直になりすぎて、返す言葉が見つからない。
「まぁ、何かされてるうちが華って事じゃないかな。」
「楽しいと思う時間を大事にしたらいいんじゃない?」
「はい、そうっすね!」
「もし、何か心配な事あれば朱鷺ちゃんに相談してみようよ!」
「あー、家のセキュリティとかなら対応出来ると思うよ。」
「あの人、そういう所は万能だしね。」
「わかった。見ておこう。」
何の音も無く、その声は藤と北斗の背後から聞こえた。
本当は死ぬほどびっくりした二人だが、醜態をさらすのは何が何でも嫌なので必死でこらえた。
「朱鷺ちゃん、お帰りー!」
「どこに行ってたんすか?」
「貴様らの事務所からの依頼でな、ストーカーをどうにかしてくれと言われていたのでな。それの処理をしてきた。」
「えぇ!?」
『『処理って………。』』
「朱鷺ちゃん、すごーい!!」
「ストーカー、ここまできてたんすか?」
「5匹全部処理したから、とりあえずは大丈夫だろう。」
「ごひきぃ!?」
「あぁ、だから、今日は何の心配なく楽しめばいい。」
その言葉に、悟は目を輝かせる。
太一と目を合わせ、大きくお互いに頷く。
「サナダさん!次のメニューは何ですか!?」
「次は牛乳の生搾りです。」
「牛・乳・し・ぼ・り・た・てー!!」
「なまちちー!!」
『『太一、せいにゅうって言いなよ。』』
「じゃあ、悟くん!なまちちまで競争だよ!」
「負けないっすよー!!」
「では、私の本気についてこられますか!?」
「サナダさん!待てー!!」
すっかり馬を乗りこなし、風の如く彼らは駆け出した。
無駄に気疲れしたように、藤と北斗は溜息を付き、朱鷺のほうに振り返る。
「あのさ、今日ここに連れて来られた理由って、ストーカーを捕まえる為って事?」
「まぁな、ついでに気晴らしにもなるだろ。」
「君ってホント凄い人だな。」
「よく言われる。」
『『ムカつく。』』
その後、メンバーは日が暮れるまで牧場を堪能したのだ。




