新顔と牧場と恐怖心
「お帰り。」
「「お帰りなさい!!」」
「ただいま~。」
「………ちょっと待て。」
北斗を拾って帰宅した朱鷺の目に飛び込んできたのは、リビングで寛ぐ藤。
その隣りに“粉物王子”こと、仙羽 太一。
そのまた隣りには見知らぬ青年がいた。
朱鷺が「待て。」と言ったにも関わらず、太一はささーっと朱鷺の目前に来た。
「お帰りなさい、朱鷺ちゃん。」
「何故、仙羽殿がこ」
「お・か・え・り・な・さ・い!」
「た、ただいま…。」
「じゃあ、はい。」
太一は口を突き出す。
「なんだ?それは。」
「何ってただいまのちゅう。」
「随分、寝ぼけておられるようだ。」
「何言ってんの。僕はいつでもホ・ン・キ。」
溜息をついて、太一の横を通り過ぎる。
ソファで寛いでいた三人は、慌てて違うほうを向いて「見ていませんよ。」という態度をとる。
益々、溜息をついてしまう。
面白がっていた北斗が口を開く。
「荒方さん、この子はね、」
「捨ててらっしゃい。」
「えぇ!?」
「悟君、心配しないで。その子、よくわからない冗談を言うただのマネージャーだから。」
流石のクールな藤である。
面白くないと朱鷺はいつも思う。
悟と呼ばれた青年は姿勢を正して朱鷺に向いた。
「あ、どうも、自分は長生 悟と申します!」
「悟くんは僕の事務所の後輩で、最近人気上昇中の歌手だよー。」
「歌手?」
「清涼飲料水のCMソングが話題になったんだよね?あれ、爽やかで綺麗な歌だったね。」
「俺もあれ好き。」
「いやぁー!藤さんとHOKUTOさんに褒めて頂いて、すっげぇ嬉しいです!」
「………その歌手とやらが何の用だ?」
その言葉に悟は緊張な面持ちで切り出した。
「実は………人前で歌おうとすると、声が出なくなっちゃって………。」
「それは歌手としては致命的だな。それで?」
「どうやったら声が出ますかね!?」
しーんと静まった後、朱鷺ははっきり言った。
「私が知るか!?病院行け!!」
「行ったけど、原因不明で精神的なものだってだけしか!!」
「尚更、私にどうしろと言うんだ!?」
「歌えるようにしてあげなよ。」
一回り低いトーンで藤がそう言った。
彼は読んでいた本を閉じると、ようやく朱鷺と目を合わせた。
「これが君をマネージャーとして認める次の課題だよ。」
藤と朱鷺の間で目には見えない火花が散る。
その様子を北斗はニコニコと楽しそうに見守っていた。
*******************
「わー!すっごいひろーい!!」
「あ、牛いますよ牛!!」
「あっちは馬だ!!!」
「うひょー!かっけー!!!」
「「……………。」」
車内にてはしゃぎまくる太一と悟を、まるで保護者の気持ちで見守る藤と北斗。
運転手の朱鷺は素知らぬ顔だ。
あれから数日後、四人の休日が重なったのを利用して朱鷺は彼らを連れ出した。
太一達の会社も「荒方さんがついてるなら心配無い。」という事であっさりOKを出した。
「「着いたー!!!」」
「少し落ち着きなよ、二人とも。」
「元気いいなぁ。」
「だって遠出なんて久しぶりなんだもん!」
「自分、牧場はじめてですから!!」
そう、やってきたのは牧場だった。
国内でも有数の広大な敷地を持つ牧場だ。
「………で、ここに連れてきて何するつもり?」
車から降りて、藤が口を開く。
だが、朱鷺はけろっとした顔で答えた。
「何って、遊べばいいだろ?」
「「いやぉっほぉーう!!!」」
太一と悟はダッシュで走って行った。
「………遊ぶ?」
「お前達も遊んでこい。」
「あのね、俺達は子供じゃ、」
藤の視線の先、もそりと白いもふもふが姿を現した。
「…仕方ないなぁ。」
そう呟いて藤はそちらのほうにスタスタと歩いて行った。
しばらくすると、羊を撫で回して一人楽しみはじめたようだ。
「写真撮られたらまずくない?」
「大丈夫だ。」
そう言って朱鷺はトランシーバーを持ち出した。
「全員に告ぐ。ターゲットは解放した。警戒を強め、侵入者を入れるな。」
[[[[イエッサー!!!]]]]
トランシーバーからいくつもの返事が聞こえた。
「………大丈夫そうだね。」
「ついでに貸し切りにもしてあるしな。」
「ふーん………。」
「楓とやらを連れてきたいならかまわんぞ。」
「………なんでわかるかなぁ。」
あっさりと見抜かれてしまう彼に、わかりやすいと朱鷺は言った。
だけど、北斗の表情は曇ったままだ。
「連れ出したいけど、楓はあそこから出ちゃ駄目だから。」
「そうか、それは残念だな。」
「………詳しくは聞かないんだね?もしかして理由を知ってるの?」
「いや、知らない。そこまで調べていないし。
第一、お前が話したく無いことを無理に聞こうとは思わん。聞いて欲しいなら別だが。」
しばらく黙って考えた北斗はゆっくりと口を開いた。
「楓は………兄貴と瑠依さんの娘なんだ。兄貴の事は知ってるの?」
「あぁ、私の仕事先でもよく名前がある。」
「そっか…(一瞬、怒りが見えたな)。
まぁ、世界を色々飛び回ってて危険な仕事もやってるみたいなんだよね。
詳しくは教えてくれないけど。」
「………それは合っているな。」
「君のほうが詳しそうだなぁ。」
苦笑する北斗は話を続けた。
「楓が生まれて少し経ったくらいかな。瑠依さんが事故にあった。おかげで今は車椅子生活。」
「………事故と納得していないようだな。」
「………まぁね。」
「兄上殿のせいか?」
「少なくとも、兄貴はそう思ってる。危険な仕事をしているのは重々承知だし。
日本なら大丈夫だろうと踏んでたみたい。でも、多分巻き込まれたんだと思う。」
優李と同じく、海外で暮らす事の多い北斗も、日本はわりと安全だと思っていた。
だが、彼女の事故は仕組まれたとしか思えなかったのだ。
「兄貴を知ってるならその父親の事も知ってるんだよね?」
「兄以上に有名だな。」
「二人には確執があってさ。父親の跡を継ぎたくなくて世界飛び回ってたりしたんだよね。」
「だが、あの家は周殿のものだろう?」
「兄貴は今やってる仕事が大き過ぎて周殿に戻って来れない。
だから、仕方なく父親に頼んだ。あの人なら守ることが出来るからね。」
「…確かにな。」
「その代わり、楓と瑠依さんは軟禁生活なんだよ。
だから自由に外へ出かけることは出来ない。多分学校も行かせてもらえないんじゃないかな。」
「兄上殿が周殿に戻ってくるまでか。」
「そういう事。兄貴も責任感じ過ぎちゃって、二人に会いに行けない。
また危険にさらしてしまうのが怖くて、ね。」
家の前で出会ったのは、外からこっそり様子を伺っていたからだろう。
一目見るだけでもいいのに、それすら怖いと思ってしまうのだ。
「………君は関わっちゃだめだよ?」
「は?」
「いくら君でも父親達には関わって欲しく無い。どんなに危険かなんて知ってるんでしょ?」
「まあな。」
にっこりと北斗は笑って言った。
「でも、話聞いてくれて有難う。ちょっと気が楽になった。」
朱鷺の頭をぽんぽんと撫でて北斗は歩き始めた。
「藤はまだ君を嫌ってるけど、俺はそうでも無いよ。君の側はわりと安心する。」
少し歩いて振り返る。
「一番は藤だけどね。」
「そうだろうな。」
「藤も…色んな物を背負ってる。だから、わかってくれる。俺の事を理解出来るのは藤だけなんだ。」
北斗はそう言って羊を撫でている藤のほうへ歩いて行った。
朱鷺は深呼吸をした。
彼らのマネージャーをすることは、何か覚悟を決めなきゃならないように思えた。
********************
「拗ねてる。」
「拗ねてない。どうして、そうなるかな。」
「俺の願望。」
いつものやり取りに藤は溜息をついた。
北斗はいつもそうだ「怒って欲しい」とか「妬いて欲しい」とか。
そういう物を欲しがる。
自分だけの特別が欲しいのだと。
「北斗が仲良くしたいんなら、別に俺は止めない。」
「やっぱり話してるのわかってたんだな。」
「…………。」
まだ顔をあげてくれない。
都合が悪くなると黙るのは彼の常套手段だ。
そこがまた可愛いと思ってしまうからついつい意地悪をしたくなる。
「仲良くしてると色々情報もらえるよ。」
「どんな?」
「とりあえず、あの子は“周殿”や“先珠”の事はよく知ってるらしいよ。
どこで何をやってるのかとか。優李兄貴の事も仕事で鉢合わせするみたい。
だけど、各々の家中の問題までは知らないってさ。
あの子でも下手に調べられない相手みたいだね。」
北斗はにっこりとした笑みから、何かを企むような悪い笑みを浮かべた。
「へぇ、じゃあ、あんまり危惧する必要はなさそうって事?」
「むやみやたらに俺達の事に踏み入ったりはしない主義らしいからね。
そこまで心配する必要は無さそう。」
北斗と藤はしっかりと朱鷺に背を向けていた。
彼女は読唇術の使い手だ、下手すれば会話も丸聞こえになってしまう。
「何考えてるの?」
「あの子を上手く使えば、俺達はあの人達から解放されるかもって。」
「危険性は理解するでしょ?」
「でも、決して劣る立場では無いでしょ。明らかに、周殿や先珠を恐れてなどいなかった。
ならば、対等に渡り合えるんじゃない?」
「あんな小娘に?」
「“不可能なんて無い”って豪語したんだから、やらせる価値はあるかもって話。」
「………悪い子。」
「褒め言葉。」
嬉しそうに笑って北斗はようやく藤の隣りに座る。
「ねぇ、藤。一つ聞いていい?」
「この間の白百合さんの事?」
「……そう。藤から見てどう思う?」
「マインドコントロールで間違い無いよ。それもプロの仕業だね。」
「そっかぁ、やっぱりそうか。だとしたら…。」
「“どっちか”だろうね。」
「どっちだろう。」
「わからない。」
北斗はこっそりと藤の服の裾を掴んで、消え入りそうな声で呟いた。
「………どっちでもいい。藤が側にいるなら。だから、どこにも行かないで。
俺を置いて行ったりしないで。」
「わかってるよ、北斗。ちゃんとここにいる。」
ゆっくりその手を上から握る。
藤は北斗に依存していると自覚している。
だけど、北斗は自覚がないほど藤に依存している。
それ故に時折、怯える子供のようになってしまう。
過去の傷はどれほど月日が流れても、ずっと彼を苦しめ続ける。
また、藤自身も過去の傷に捕われている。
だからこそ、お互いが理解し合えるのだ。
少し離れた所で朱鷺はトランシーバーでやり取りをしていた。
[こちらエリアD、侵入者らしき影を視界に捕らえました。恐らく、リスト32の者です。]
「わかった。私が行く。清理。」
「はい、ここに。」
小さな声で呼んだだけで、清理は音も無く現れた。
「四人を頼んだぞ。」
「はい、喜んで!!」
すると清理はばばっと馬に跨がった。
「はーい!荒方様御一行の皆さーん!こちらにちゅうもーく!」
ダッシュで太一と悟が戻ってきて、藤と北斗もけだるそうに彼のほうに近づいてきた。
「初めまして!私、サナダと申します!本日は皆様のお世話をさせて頂きます!」
と、彼の顔を見た時、北斗が首を傾げた。
「………あれ、どっかで会った事ある?」
「いやぁー、お客様、口説いてらっしゃいます?」
「気色悪い。」
「冗談ですよぉ!」
クールに言い放った藤だが、内心は本気で怒る寸前だったりする。
勿論、北斗はニコニコである。
「これから乗馬体験はいかがでしょう?」
「わーい!僕乗った事無いんだよね!」
「自分もかっこよく乗りたいです!」
「じゃあ、最初は乗り方を…」
清理が顔を上げた瞬間、藤と北斗はさっと華麗に馬に乗った。
「昔、映画で散々乗ったからなぁ。」
「俺はドラマで。」
「藤くんも北斗くんもかっこいい~!!」
「うぉぉー!!!憧れるです!!!」
「じゃあ、残りのお二方も乗馬に挑戦しましょう。
乗れるようになったら向こうに小動物がたくさんいる小屋がありますので、そちらに、」
それを聞いた途端、藤と北斗はさっと降りて爽やかな笑顔で言った。
「大丈夫、けっこう簡単だからすぐ乗れるようになるよ。」
「そうそう、なんなら手伝うし。」
『相変わらず、わかりやすい二人ですねー。』
清理がニコニコと生暖かい眼差しで見守る中、朱鷺は忽然と姿を消していた。




