駆け引きと笑みと好敵手
「お待たせ致しました。」
「わぁお!どうしたんですか!?昨日のぎこちない動きから、今日は随分スマートですぅ~!!」
藤が、ただお茶を運んできただけでこの驚かれ様である。
いや、確かに昨日はただお茶を置いていくだけの作業だったのだが。
「………冷めないうちにどうぞ。」
何ともスマートな動きと切り返しである。
秋桜にも同じように丁寧な物腰でお茶を差し出す。
座っている人の邪魔にならないそのしなやかな動きは、まるで本物の執事のようだ。
離れてもなお、向日葵と秋桜が見続けるので、観念した藤は持っていた一冊の本を見せる。
すると、あぁ~と納得の溜息。
視線は藤から白百合へと移され、彼女の満遍の笑みを見つけた。
藤が持っていた本は白百合お手製のマナーブックであり、姿勢や作法についてびっしり書かれている。
それを短時間で読ませてレクチャーしながら体に覚えさせた。
要は白百合にみっちり仕込まれたのである。
「流石、姉様。容赦の無いですぅ~。」
藤が見えない場所に移動すると、白百合は衝動が抑え切れなくなり、
突然立ち上がったかと思えば両腕で自らの体を抱きしめた。
「あぁっ、堪らない!!イイ男を私色に教え込むなんて!!!」
今まで真面目だった白百合が突如見せた変異に、北斗はあいた口が塞がらない。
そんな彼に秋桜はそっと小声で「ごめんね、百合姉の趣味なのよ。」と教えてくれた。
あぁ、益々変なキャラクターが増えていく。
そんな事を思いながら視線をずらし、お茶をいれる藤の背中を見た。
自宅でもそうだが、作業をしている彼のすらっとした後ろ姿を見るのが好きだった。
『まぁ、俺も人の事は言えないよなぁ。』
一人笑いを堪えながら、お茶に口をつけた。
一方、見られていた藤は一杯のお茶を持って巣穴に向かった。
野菊はほとんどそこから出てこない。
よほどの用が無い限り、コンピュータに張り付いたままなのだ。
ちなみに、彼女の担当はシステム全般である。
「野菊さん、お茶が入りました。」
「そこに置いててください。」
巣穴の入口に小さなテーブルが設けられていて、
資料やら色々渡すべきものはそこに置いておく決まりになっている。
藤は音が立たないようにティーカップを優しく置いた。
すると彼はティーセットと一緒に持ってきていた物をお皿に取り分けて、
再びそれぞれの持ち場に置いていく。
だが、途端にメンバー達は不服の表情を見せた。
「えぇ~、先珠様ぁ!生クリームたっぷりの美味しそうなケーキなんて酷いですよぉ!!」
と、素敵なデザートの前で向日葵がブーイング。
「あまぁいお菓子は乙女の天敵って、昨日話したじゃないですの?」
秋桜が溜息混じりに言葉を発する。
白百合までも苦笑いを浮かべている。
昨日の話であるのだが、向日葵がケーキの特集が掲載された雑誌を見ながら食べたいと呟いていた。
だが、スタイルを維持するためにも間食はしないという暗黙のルールが設けられている。
貰い物がある場合は特例で、小分けにされ全社員に配られる。
そういう理由もあり、彼女達がケーキにありつけるのは休日ぐらいのものなのである。
ブーイングが飛び交う中、藤はさっと姿勢を正して口を開いた。
「おそれながら申し上げます。
そちらのケーキに使用されておりますのは抵脂肪の生クリームでございます。
砂糖のほうも控えておりますが、味に支障はございませんのでご安心を。」
「抵脂肪だからと言って安心出来るものじゃ無いんですぅ~。」
「結局吸収されちゃえば変わらないのですのよ~?」
そう言われてもなお、藤は顔色一つ変えない、余裕の表情のままだ。
すると、次に声を出したのは北斗のほうだった。
「今、何時?」
「3時ですけどぉ?」
「この時間帯が1日の中で1番糖分の吸収率が低いって知ってた?」
「「「!?」」」
途端に三人の目つきが変わる。
「3時のおやつ食べてダイエットに成功したって実証もされてるよ。」
「それ、本当なんですかぁ~!?」
「嘘は言わないって。」
白百合が静かに北斗から藤へと視線を移す。
彼はその視線に軽く頷き、再び口を開く。
「規則正しく起床をされている話を聞き、計算もしましたが大丈夫なようです。
過度の摂取は問題があるかもしれませんが、適度な糖分は仕事の効率を上げるのにも効果的です。
ですから、どうぞお召し上がりを。」
「やーん!先珠様、最高ですぅ!!」
「やっぱり出来る男ってち・が・うわぁ~!」
「有り難く、頂きます!」
嬉しそうに頬張る彼女達をよそに、藤は一皿を手に、最後の一人のほうへ向かった。
「話は聞こえてましたよね?ケーキ、ここに置いておきますね。」
近場の小さなテーブルにケーキを置くと、巣穴の奥へ向かって声をかけた。
小さく「はい。」と返事があったが、藤はその場から動かずにいた。
その気配を敏感に感じとった野菊は不機嫌そうな声を出す。
「………何か御用ですか?用が無いならそこから離れて下さい。人の気配は気が散ります。」
ちらりとも向かずに、野菊はそう言った。
「よくわか、」
「人の気配に敏感なだけです。さっさと離れてください。」
「用ならあります。」
「何です?」
「ケーキの味はどうかと思いまして。」
ずっと響いていたパソコンのキーボードを叩く音がぴたりと止んだ。
巣穴はまるで防音効果があるようだが、僅かな音も反響して聞こえてくる。
彼女が少し動いただけで椅子がキィッと微かな音がした。
「あとで頂きます。」
「他のメンバーはこの時間帯に食べてしまいますけど?」
元より暗黙のルールだったのが特例でおやつが出たのだ。
もし、一人だけ別で食べたならそれこそ士気を乱す恐れがあるだろう。
ごそりと音がした。
ようやく出てくるかと思ったその時。
置かれたはずのお茶とケーキが机ごと巣穴の奥へ飲み込まれて行った。
この巣穴には色々と仕掛けが隠されているようだ。
どうも藤には奇っ怪な場所に思えて仕方ない。
微かに食べる音がしたのだが、すぐにしんと静まり返る。
すると、机が元の位置に戻ってきた。
そこには空になったティーカップと皿がそのままあった。
「………けっこうなお味でした。」
ぽそっとそう呟くと、すぐにキーボードを叩く音がし始める。
そこで会話が終わるように見えたのだが、藤には十分な時間稼ぎだった。
「ところで、その写真立てにはどなたの写真が入ってるんですか?」
再び、音が止んだ。
「先珠様には関係の無い事です。」
「あぁ、すみません。つい気になってしまって。」
野菊は写真立てを静かに伏せた。
なるべく人目につかない場所に置いているつもりだったのだが、
たまたま藤の目に入ってしまったらしい。
「会社の机に飾るなんて、よほど大切な方なのでしょうね?」
にっこりと笑みを浮かべる藤。
だが、野菊は己の迂闊さに悔いた。
彼女は四天王のメンバーにでさえ、あまり心を開かない。
プライベートな部分を見せるような事は一切しない人間である。
今まで写真の存在にすらも触れられる事は無かったのだ。
それは益々、警戒心を生んだ。
蛇足だが。
四天王のメンバーは人を探るような事をしないために、野菊のプライベートを知らないだけである。
さて、藤が何故こんな事をしたのか。
それには理由がある。
野菊は人とまともに会話しない。
むしろ、関わろうとしない。
長時間一緒にいる人間にすら、これっぽっちもコミュニケーションをとらない。
そんな人間から情報を引き出す為に、必要な事は、向こうから関わらねばならない事柄を掴む事。
つまり。
「野菊さんの写真立てに入れるほど大切な人ってどんな方なんでしょうね?」
といった話題を藤が他の四天王メンバーに話してしまうと、メンバー達は野菊に興味がわく。
そうすると、孤独を愛する野菊としては仕事をする上でも絶対に避けねばならないのである。
先珠 藤という人間は異常なほど洞察力に長け、
また、策士としての能力も備えており、ついでにしたたかで腹黒い男である。
「………ご用件はなんでしょう。」
野菊もまた出来た人間だ。
すぐに彼の意図に気づく。
このやり方こそがこの人間の本性なのだと。
「荒方 朱鷺さんの情報が欲しいんだよね。特に弱点とか。」
それはそれはとても嬉しそうに笑みを浮かべる藤だったのだが、すぐに掻き消された。
「本当にご存知無いのですか?」
「え?」
思いもよらない言葉に目を丸くした。
野菊は馬鹿にした風でも無く、本心から言っているのが感じとれた。
首を傾げる藤に、野菊は珍しく溜息をついた。
「私達のように裏方の世界で働いている人達で、荒方様の名前を知らない人間はおりません。」
「へぇ。」
「表立って活躍されている方々ならご存知無くてもわかります。」
「………それで?」
何がおかしいのだというのだろうか。
俳優として、表立って活躍している人間の藤が知らなくても当然では無いか。
そんな不満そうな表情を見せた。
だが、
「“先珠”家の方がご存知無いのは正直驚きです。」
その一言に藤の表情は一瞬にして凍り付いた。
そんな彼の反応に野菊は多少驚いたが、すぐに冷静になる。
「本当にご存知無いのですね。」
「まぁね。」
「しいて言うなら、先珠家と同じくらいに荒方様は有名だと言う事です。
それ以外の事は存じ上げません。」
「そう。」
さっきまでとは明らかに違う素っ気なく冷たい態度。
よほど、触れられたくない事だったのだろう。
藤も汚い手を使ったが、それと同等に野菊もやり手である。
これでお互いに同じ立場になった。
「それじゃ、情報有難う。」
ようやく立ち去ろうとした藤だったが、野菊は声をかけた。
「荒方様のおかげで私はこの仕事に就け、システムも飛躍的な進化を遂げました。
しかし、私達が束になってもあの方の足元にも及びません………
お気をつけたほうがよろしいかと思われます。」
どうも、と呟いて藤はティーカップと小皿を持って去って行った。
気配が無くなると、野菊は写真立てを手にとりぎゅっと抱きしめた。
****************
「百合、どう?あの二人は。」
「何の問題もございません。」
「それは良かったわ。」
社長室でぐったりとするやまねに白百合はお茶をそっと渡した。
「………何か気掛かりでございますか?」
「いいえ~、むしろ逆だわ。」
「逆、でございますか?」
「あの子達に事務所の雑用をさせるなんて思ってもみなかったから、何だか面白くてね。
大人しく指示に従う二人の姿なんて、テレビ以外じゃ見たことないもの!」
はっはっは、と女性らしくない豪快な笑いをあげる。
だけど、それはすぐにおさまった。
「ねぇ、百合。貴女の目から見て、最近の二人はどう?何か変化があるように思う?」
白百合は少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「あまり近くで見たことはありませんので、
正直微妙な所ですが………何となく、冷たさが減ったように感じます。」
「冷たさ?」
「はい、以前にお見かけした時はもっとクールで冷淡なイメージでしたので…。」
「あぁ~、それはあるかもね。」
というより。
はちゃめちゃな朱鷺と生活している以上、クールも冷淡もそれどころでは無くなる。
「………社長。とても嬉しそうな顔をしておられます。」
「まぁね~、手のかかる子供の成長する姿が見られるんだからね!」
つられて白百合も笑みをこぼしたのである。
********************************
その日も太陽が沈み、辺りは暗くなり、町並みの明かりが目立ち始めた。
『こんなものか。もういいだろう。』
カメラを鞄にしまい、朱鷺はその場から離れた。
首を2、3度傾けるとコキコキと音がなる。
退屈だったと溜息をついて顔を上げたその時、見覚えのある姿が前に立ちはだかった。
「やっぱり、てめぇの仕業か。」
「お久しぶりですねぇ、荒方さん。」
にたりとあの笑顔を見せる。
「野猿~。」
どうもぉ♪と軽く挨拶をする野猿に対し、朱鷺は眉間にしわをよせた。
「相変わらずお元気そうですねぇ。」
「はっ、お前ほどの男があの程度のくだらない仕事をするとはな。」
「はてはてぇ、何の事でしょうかねぇ。」
「惚けるな。あの写真を撮ったのは貴様だろう?
あんな見世物とわかりきった仕事を引き受けるなど、随分と格が落ちたものだな。」
「まぁ………色々ありましてねぇ、へっへっへ。」
肩を揺らして笑う。
何度会っても、この存在だけは気に入らない。
あからさまに怪しげな雰囲気も、気色の悪い笑い方も、何より、
「いちいち、仕事の標的に挨拶しにくるんじゃねーよ。」
「挨拶は大切ですからねぇ。何事もぉ。」
その根性が気に入らない。
数年間、一体何度その顔を合わせたものか。
接触してきては、その度に仕事の邪魔をされるのだ。
素性も正体一つ、情報何一つ、掴めないでいる存在。
本名すら知らない、故に“野猿”という呼び名を勝手につけたのだが、つけられた本人はいたく気に入ったのか、嬉しそうに返事をするのだ。
時に、簡単に引き下がるかと思いきや、時に、傷をえぐって余計な火種をつける。
本当に、厄介で面倒でたまらない。
「別に仕事内容は気にしないのですがねぇ。」
珍しくも、野猿が話し始めた。
「貴女相手なら、面白いですからねぇ。」
「私は面白くない。」
普段なら、会話などあんまり無い。
朱鷺自身、会話を好むような人間では無い事もあり、
野猿と会ったところで言葉を交わす事は皆無である。
だからこそ、この男が姿を隠さず逃げず、堂々と目の前に立ちはだかっているのだ。
いつもと違う雰囲気に、警戒心が強まる。
「何か用か?あいつらの事なら何も話す事は無いぞ。」
「いやいやぁ、今回は貴女に会いにきたのですけどねぇ。」
「……………どういう事だ?標的はあいつらだろう?」
「あー、今は勤務時間外ですのでぇ。」
『勤務時間なんざあるわけないだろ。』
「時給制なのでぇ。」
「嘘をつけ。そして心を読むな。」
思いもよらぬ奇襲に、朱鷺はしっかりと心を引き締めた。
油断すればすぐに引きずり込まれてしまいそうな、そんな話術を感じたのだ。
「どうしてなんでしょうねぇ。」
「何がだ。」
「何故、貴女ほどの方がそのような仕事に就かれているのでしょうねぇ?」
「は?」
「いぇいぇ、先程、“その程度の仕事”とおっしゃっていましたがぁ、
私はまぁ、あまり仕事は選びませんのでぇ。
でも、貴女は違うじゃありませんかぁ?
あの荒方さんが何故、タレントのマネージャーなどに就かれているのか、
不思議でなりませんねぇ。」
ゆったりとした口調ではあるが、その一言一言しっかりと発する。
まるで丁寧に焼印をつけられているようだ。
「……人の世話をするのも面白みがあると思ったまでだ。」
へぇへぇ~と感情のわからない相槌をうつ野猿。
その様子に朱鷺は益々苛立つのだ。
「でも。」
ぽつりと、野猿が口を開いた。
「“あの”二人ですよねぇ?」
「そうだな。あ・の・二人だな。」
ようやく、朱鷺はこの男の真意がわかった。
「本当にマネージャーなんですかぁ?」
「まぁ、ボディガードも兼ねているが。本来ならば言う必要は無いが、私の雇い主は事務所だぞ。」
「まぁ、そこはわかっているんですけどねぇ。」
「……貴様でも気にしているのか。」
「そりゃあ、“あの”先珠さんと周殿さんですからねぇ。荒方さんも、よくご存知でしょぉう?」
「さぁ?知らんなぁ?」
朱鷺の嫌味な笑みにつられて、野猿の気味の悪い笑みもよりいっそう深くなる。
「本当にマネージャーなんですかぁ?」
「だから、何度もそう言っているだろう。」
段々と面倒になり、溜息をついて「じゃあな。」と歩き始めた。
ふふふ、と微かな笑いが聞こえた。
その時。
「手を引いたほうがよいのではありませんかぁ?」
ぴたりと足が止まる。
そんな彼女の背中に、まだ続ける。
「一体、誰を相手にしているのか。貴女ならよくご存知でしょうにぃ。」
耐え切れずに、朱鷺は勢いよく振り返った。
だが、そこに野猿の姿はすでに無かった。
辺りを見回したが、通った跡すら見つけられない。
『相変わらず、人間離れしている奴だな。』
そんな事を考えたが、再び歩き出す朱鷺。
だが、先程の野猿の言葉が頭の中で何度も繰り返し再生される。
―――――誰を相手にしているのか。
「………今更だろうに。」
今まで数々の強者を相手にしてきたのだ。
自分の状況ぐらい、把握している。
まるで言い聞かせるように、心の中で呟いた。
だが、この時の朱鷺は気づいていなかったのだ。
雇い主である最氷やまねが、彼女を雇った本当の理由が何であるか。
それを知り、至極面倒な事に巻き込まれてしまう事になるのは、もう少し先の話だ。




