食器とスーツと疲れ
「それでは、先珠様。これからお茶をいれて頂きます。」
藤が白百合に連れてこられたのは給湯室だった。
綺麗に使われているらしいのだが、不思議な事に気がついた。
「お茶も食器も見当たらないんだけど?」
「はい、使わない間は全て棚にしまっておりますので。」
そう言って白百合は何も無い壁に触れて手をずらす。
すると、現れたのはずらっとティーカップが並んだ棚だった。
「マイセン、ウェッジウッド、シェリーに王室御用達のも
………へぇ、凄いな。あ、これはドイツの………」
「詳しいのですね?」
「え、あ、いや……ちょっと有名な物を知ってるだけだよ。」
何となく慌てて自分を隠す。
名品を前にしてうっかり出てしまう。
高貴な婦人を相手にすると、無駄に覚えてしまうのだ。
「茶葉はこちらにございますので。」
白百合が向かった先には壁しか見えない。
だが、その白い手が何も無いはずの壁から取っ手を導き出すと、壁が真っ二つに割れる。
開かれた先に現れたのは、まるで倉庫と言わんばかりの戸棚に並べられた茶葉だった。
「こ、紅茶のセラー?」
「いえ、紅茶だけではございません。緑茶や珈琲などもございます。」
『見る限り、世界中の名品が集められてるな。』
あえて口に出さない。
正直、迫力がありすぎて声が出ない。
「では、こちらを。」
渡されたリストにはグループ別に分けられた社員の名前と、
ティーカップの種類と茶葉の名前が書かれていた。
「これの通りにお茶を入れればいいわけね。」
「はい。それといれる際はこちらの本をご活用ください。」
ずしりと重い。
分厚いというか、とにかく重い。
「これに全種類のお茶のいれ方が記されておりますので。」
にっこりと笑顔を見せられる。
「………書かれてる通りに、って事だね。」
「本来であれば、新人がきちんとお茶の資格を取り、お茶くみをする所なのです。」
「資格!?」
「ご存知ありませんでしたか?」
白百合の疑問に首を傾げる。
「我々、社員は常にハイレベルを目指しております。
世界にでも通用するために、惜しみない勉学に励むのです。
こちらのティーカップや茶葉の銘柄も学び覚えて、どこに行っても恥をかかないよう。
という事を目的としております。」
「………確かにお茶を知ってるだけでも、持て成しには十分だね。」
「ただのお茶くみも、皆にとっては重要な学び場でございます。」
「それは社長の意向?」
「はい!」
思っても見なかった。
社長が“世界”の事まで考えているなど。
確かに最氷プロダクションは大きな事務所だ。
藤達が住んでいる高級マンションも実は最氷プロダクションの所有物件の一つであり、
社員の大半が所有物件の大半で暮らしている。
事務所のあるビルも最氷プロダクションの所有である。
これも全て社長の腕のお陰であるが、その中身まで気にした事は無かった。
『やるね、社長。』
改めて、見直した。
決して口に出すことはしないが。
「ねぇ、荒方さんは社長とどういう関係なの?」
「荒方様ですか?詳しくは存じませんが、以前に一度仕事を依頼されたそうです。
今回はたまたま偶然見つけたので幸運だったと何度も喜んでおられました。」
喜ぶ様が目に浮かぶ。
「前の仕事って何?」
「………申し訳ございません。私は存じては……。」
「そっか。」
茶葉とリストを見比べながら、返事を返す。
「何かございましたか?」
振り向くと心配そうな表情をした白百合が見えた。
「いや、色々と苦手な相手だからね。何か弱点とか無いかなーとか思っただけだよ。」
「弱点でございますか?」
「んー、まぁ、あんまり知らないからね、あの人の事。」
「親しくなされてるのでは?」
「なんで?」
「いえ、よく頼りにされていらっしゃるのだと耳にしたもので。」
「してるね、主に社長が。まぁ、腕はいいみたいだけど…突拍子も無いというか。破天荒というか。」
こういう時に上手い表現が見つからない。
とにかく大人しく無いのだ。
まるで嵐にあった義経の気分になるのだから。
「白百合さんはよく知らないんだね。」
「はい、申し訳ございません。
ですが、荒方様は大変に素晴らしい方でございますよ!
ティーカップや茶葉の銘柄も全てご存知でありましたし、
仕事面でも度々ご助言をくださいますが、
真に私では力不足かと思うほどでございます!
我ら四天王が束になってもきっと敵いますまい。」
なんだか、気に入らない。
結局の所どこに行っても朱鷺には敵わないような話になる。
そうでは無いのだ。
何としてでもあの女を屈服させたい。
それが藤の狙いなのだ。
………とても腹黒い。
「あ、そういえば。」
「何?」
「いえ、野菊なら何か知っているのかもしれません。
彼女は人とあまり会話をしないのですが、荒方様とよく話しているようでしたので。」
「へぇ、野菊さんね………。」
少しの情報を掴んだ藤はまた思考を巡らせた。
が、まずは目の前の仕事を片付けるために、分厚い本を開いたのだった。
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「これはここでいいの?」
「あ、それはピンクの棚にお願いしますです~!」
「空いてるとこに入れたらいい?」
「そうですぅ!」
北斗は向日葵に連れられて倉庫に来ていた。
「はぁ~い、二人とも。お茶が入ったわよ~♪」
秋桜がお茶を持ってやってきた。
ちょっと休憩と、近くにあった椅子に座る。
「しっかし…こんなにたくさん布を蓄えてどうするんだ?」
倉庫には棚という棚に何百種類もの布地が貯蔵されてあった。
今は珍しい、反物屋かと思うほどだ。
そして北斗達は新しく仕入れた布地を運んでいたのだ。
「えぇ~…やっぱり知らないんですねぇ~。」
「んもぅ、ホントやになっちゃうわよねぇ?」
ねー!と仲良く声を合わせた二人。
肩身が狭くなる気分だ。
「周殿様、よろしくて?
この最氷プロダクションに所属しているタレントの衣装は全て、オーダーメイドですのよ?」
「テレビに出る時のスーツとかも?」
「はぁい~♪そうですぅ♪」
「ブランド確認したりはなさらなくて?」
「うん、まぁ、あんまり興味無くて。」
「えぇ~!!何だか意外ですぅ!すっごくお洒落に気を遣っているイメージですのにぃ!!」
ここだけの話だが、北斗は本当に興味が無い。
自分で服をほとんど買わないのだ。
マネージャーに適当に買ってこさせたり、また2、3着を着回すので、
それを見兼ねた藤が見繕って購入したりする。
余談だが、藤はブランドにこだわったりはしないが、無駄にブランドに詳しかったりする。
「じゃあ、服についてたマークは気がついていらっしゃないのね…。」
「がっかりですぅ…。」
「マーク………。」
二人に溜息をつかれたが、ふと思い出してみた。
以前、仕事で着用したスーツの着心地が良かった。
その時にふと目に入ったマークが印象的だったのだ。
「……………向日葵?」
「ななななななんですかぁ!?」
「ちょっと!アタシの事も呼び捨てで呼びなさいよぉ!!」
過度な二人の反応に、びくっとなる。
北斗は内心で『きっと藤ならこのテンションについていけないんだろうなぁ…。』と呟いた。
「いや、前に着心地が良かったスーツに“向日葵”のマークがついてた記憶があるんだよね。」
その言葉を聞いた途端、向日葵は立ち上がりくるくると回転した。
それに合わせて秋桜が彼女の手を取り、一緒に踊り出す。
何だか、幸せそうな歌を歌っている。
「はわわん!!周殿様って最高ですぅ!!!!!」
「荒方様が“事務所の事を少しも知らない無知な男”だとおっしゃっておられましたが、
素晴らしい記憶力をお持ちですわね!!!」
『あの子は本当に余計な事ばっかり言ってるんだな。』
朱鷺への憎しみが少し増えた。
だが、二人の過剰な反応にも少し疲れてきたのが正直な気持ちだ。
「で、あのマークって事は。」
「はぁい!!全て私のお手製というわけでございますぅ!!!」
「え、全部?」
「はい!全部ですぅ!!」
「一人で?」
「そうですよ~!」
「ちなみに、アタシ達が着用しているこの制服も、
向日葵のお手製でございますの・よ♪だから、もう着心地抜群~♪」
「着る人一人一人のサイズに合わせてますから、着心地には自信大有りですのぉ~!!」
北斗は目を丸くした。
ここにある数えきれないほどの布はたった一人の力で、また数えきれないほどの服に姿を変えるのだ。
その事実があまりに自分の想像を超えるので、驚く事すら表現出来ずにいた。
「ま、秋桜がいい布地を格安で手に入れてきてくれるから、物凄い助かっちゃうんだけどね~。」
「当たり前でしょ?アタシにかかればこの程度、朝飯前・よ!」
「……交渉担当って言ってたっけ?こういう布の仕入れもするんだね。」
「あら、布だけでは無くってよ?今、周殿様がお飲みになられているお紅茶の茶葉。
社員皆が業務で使う文具や用紙等、この会社に必要な仕入れは全てアタシが扱っておりますの。」
「わぁ、またそれも膨大な数に…、」
「それだけじゃないんですよぉ?周殿様や先珠様のお仕事だって、
交渉で引っ張ってくるのは秋桜なんですよぉ?」
「まぁ、百合姉様や社長に助言は頂いておりますけ・ど。」
要は、秋桜のおかげで仕事が出来ているという事だ。
「それは…有難うございます。」
「いえいえ♪」
誰が仕事を持ってきたり、誰が衣装を用意しているのかなど考えた事も無かった。
確かに朱鷺の言う通り「会社の事は何も知らない。」そんな人間だったのだと、痛感する。
『ま、そこは素直に認めるよ。感謝はこれっぽっちもしないけど。』
全然、素直では無い。
「あ、あの、周殿様?そんなにお気になさらないでください?」
「そうですわよ?社員の中でもアタシ達がやってるなんて知らない人間だっているのですからね?」
二人が顔を覗き込むように、様子を伺ってきた。
どうやら暗い顔をしていたようだ、落ち込んだのだと心配してくれているらしい。
「え、あ、いや……今まで着た衣装とかはどうなってんのかなって思って。保管庫とかあるの?」
慌てて言い訳を考えた。
流石に本心は言えない。
と、言ってもちょっと気になってた事ではある。
「それなら保管なんてありませんわ?向日葵は手直しして、
少しアレンジ加えて、店におろしてますわ。」
「店?」
「はい!向日葵ブランドのお店でございますの!」
「え、売ってるの!?」
「保管すると、場所やら保存管理やらで色々問題がありますわ。」
「向日葵は、お洋服ちゃん達にはちゃんと!
お日様の下で生き生きとして欲しいと思っておりますですぅ!」
「勿論、手直しはしておりますので諸々の心配はございませんわ。」
「へぇ、それはいい考えだね。今度お店に行ってみてもいい?」
「もももももも勿論ですぅ!事前にご連絡頂けましたら、向日葵も参上いたします!」
「ずるいわ!アタシも行くぅぅう!!!」
服に興味の無い北斗が何故行こうかと思ったのか。
それには二つ理由があった。
以前に着たスーツが気に入ってたので、似たようなのを欲しいと思ったのと。
『服が欲しいなんて言ったら…藤、喜んでくれるかな…。』
と、到底口には出せない想いを抱いていたからである。
その日、夜にならない内にやまねから社内宿泊について宣告された。
勿論、感情は表に出さない二人は笑顔で快諾の返事をしたが、やまねにはわかった。
たいそうご立腹である。
それに荷物も勝手に作られていたのだから、なおの事。
慣れない場所での宿泊ではあったが、みっちりと扱かれたせいか、その日はすぐに眠りに落ちたのだった。




