更地と花束とケース
「今はもうほとんど残っていないがな。」
朱鷺の言葉に必死で昔を思い出す。
『ここら辺に門みたいなものがあった気がする…
もうほとんど消えかけの、土へんしか残ってない看板みたいな…。
それも残ってないか…。』
そう思いながら北斗は朱鷺の案内で、
ほとんど更地になったその場所に足を踏み入れた。
建物は残っていない、
僅かに床だったであろうものが一部分残っているのみだ。
「荒方さん…ここはどういう場所だったの?」
「私が龍真と出会った場所。
……私が繋がれていた部屋があった所だ。
まぁ、龍真が私を連れ出してからは、
ここには近づけさせてももらえなかったが。」
朱鷺に見せてもらった記憶を思い出す。
鉄格子の部屋と暗い廊下、
開けた中庭のような場所。
見る影も何もない。
そしてもう一つの出会い。
「ここで俺たちは龍真さんに会ったんだね?」
「そう聞いている。」
帝人は朱鷺に龍真が亡くなった時のことを、
詳しくは話そうとしなかった。
いつどこで誰に何をされたのかを頑なに言わなかった。
それをようやく場所を教えてもらった。
朱鷺の手には花束があった。
一度も来ていなかったのだ。
ここに近づけさせたくなくて、
帝人は拠点をヨーロッパに移した。
今でも鮮明に思い出せる。
―――ズキッ
北斗に微かな頭痛が走る。
――――音声認識と言ってね
声が聞こえた。
――――やってみる?
白衣がなびく感じ。
何と言っていただろう。
微かな声で呟く
「コード“テイナヤイ・テ・オコ”
ワード“エフハリスト”」
―――カシャンッ
嘘だと思った。
もう電気も通ってないはずだ。
だが、わずかに残っていた床の一部が動いた。
一枚のパネルを捲る。
そこに入っていたものを取り出した。
「…藤。」
近くにいた藤を呼んだ。
そして彼の手に触れる。
―――ダメだな、どうしても出来ないや。
―――あの子のためだと思ったけど違うや。
―――ごめんね、でも、せっかくだから、
―――もし、君たちがあの子に出会うかもしれないし、
―――僕がちゃんと言えないかもしれないから。
「「荒方さん。」」
朱鷺を呼ぶ。
彼女にそれぞれ開いた手を差し出した。
朱鷺は何事かと2人のてに触れた。
「えぇっと、朱鷺。」
突然、真っ暗になった視界にそれは現れた。
黒髪に真っ白な白衣が似合う。
あの頃と全く変わらないその姿。
「龍真?」
彼に両手を優しく握られている感覚。
目の前の彼は龍真そのものだった。
「ちゃんと君に伝えようと思ってはいるんだけど、
失敗したときのために保険で…まぁ、いつか2人にもし会えたら。
の、話なんだけどね。」
照れくさそうに笑う龍真。
「ねぇ、朱鷺。
君に初めて会った時の僕は何にも感じない人間だったんだ。
どんなことも興味がわかないし夢中にもなれなくて、
まぁ、研究だけは多少暇つぶし程度に思えたのかもしれないけど。
………だけど、あの日、君に出会った。
最初はまぁ、血液調べて特殊だなーとかって思ったんだけどさ。
かつ丼食べた時の君の笑顔を見た瞬間にこう何て言うか、
………変わったんだよね。
今まで気にしなかった草木の緑が柔らかくて、
太陽の日差しが温かくて眩しくてキラキラしてて、
空の青い色がこんなにも綺麗な色なんだってこと。
少し赤く染まった君の頬の色が鳥の朱鷺色を想わせて、
とにかく世界が綺麗で美しく感じたんだ。」
嬉しそうに話す龍真がそこにいる。
「君と一緒にいる時間が楽しくて、
君の笑顔がもっと見たくて、
君の温もりも全てを感じていたくて、
とにかく、僕は、ずっと君と一緒に居たい。
だから………ずっとそばにいて?朱鷺。」
龍真が今目の前にいる。
「朱鷺―――君が好きだ、大好き、すっごく、誰よりも大好き!
世界で一番………君を“愛してる”」
初めて、その言葉を聞いた。
「だから、僕と結婚してください!」
「龍真!!!」
思わず手を伸ばす。
目の前には藤と北斗。
2人のもう片方の手に見えた小さなケース。
それを受け取り、ゆっくりと開く。
そこには綺麗なダイヤが付いた指輪があった。
「りゅ、りゅうまっ………。」
はじめて、涙が流れた。
もっとそばにいたかった。
もっと一緒にいたかった。
もっと話したかった。
もっと触れていたかった。
もっとその温もりを感じていたかった。
―――龍真、世界で一番大事な龍真。
「りゅうまぁああああ!!!!!!」
泣き崩れる朱鷺を2人の腕が抱き留めた。
「龍真!!龍真!!!」
ただ、大切な人の名前を泣き叫ぶ。
会いたくてたまらないその存在に。
それでもどうしても会えない辛さがあって。
名前を呼ぶことしか出来ない。
その姿が見ているだけで辛くて。
それでも、彼女が泣き止むまで、
抱きとめることしか出来なかった。
しがみつくその手の力が、
どれほど彼女が辛いのか物語っていた。
人を失うというのは、
どれほど月日が流れても変わらない。
胸にぽっかりと穴をあけ、
忘れようとしても忘れられない。
痛みにもなる。
―――どうか、もうこれ以上この人を悲しませないで。
そう心の底から、何かに願った。




