頼めると過程と旅立たねば
帝人は新聞から目を離すことなく「座れ」と一言放った。
藤と北斗は大人しくそれに従い、
彼の向かいに準備されていた椅子に座る。
優李は立ったまま控えていた。
「ずいぶん、大人しく来たものだな。」
「まぁ、頼めるのはあなたぐらいだろうし。」
「頼める?」
「俺たちの希望はただ一つ、
――――荒方さんを助けてほしい。」
帝人と優李が固まった。
予想外の言葉だったようだ。
「朱鷺を助ける?」
優李が思わず口を開いた。
「荒方さんは自分を消そうとしてるから、それをやめさせて欲しい。」
「朱鷺がなぜそんなことを?」
「彼女自身が“マザーシステム”だからだ。」
「「!?」」
「は?帝人様!?何を仰られて、」
「この間、朱鷺と斬りあいをしているときに言っていた。」
『『あの人は!!』』
帝人は内ポケットから手帳を取り出し、開いて置いた。
「30年ぐらい前からあの子の見た目は全く変わっていない。
12月に見かけた時に違和感は感じてはいたが……。
マザーシステムというなら納得がいく。」
朱鷺が持っていたのと同じ写真。
彼女が独り立ちをする時に撮ったと言っていた。
「帝人様、失礼ながら申し上げます。
見た目が変わらないこととマザーシステムと何の関係があると?」
「マザーシステムの開発方法だ。
一部の情報であり、私自身が消した情報だが…。
マザーシステムを開発するのに使われていたのは人の脳だ。」
「「「!?」」」
「システムを開発するために“人体実験”を行っていた。
僅かだが、その記録があった。
だからこそ、私は存在してはならない、必ず葬ると決めた。」
詳しい内容は見つけられなかったが、
人の体を使ったのなら、その過程で、
“人ならざるもの”が生まれてもおかしくない。
―――この世界は何が起こるかわからないものだから。
「……でも、荒方さんが誰かに利用されることは無い。そうでしょ?」
藤の言葉に視線をあげた。
北斗が続ける。
「荒方さんは自分の身をきちんと守れるし、
間違った力の使い方もしない、
それは俺達よりも知っているんじゃない?」
当たり前だ。
「お前たちは何をしに来た?」
藤と北斗は顔を一度見合わせた後、帝人に再び視線を向けた。
「俺達を好きに処分すればいいよ。」
「何?」
「残念ながら、俺たちは荒方さんみたいに、
自分の身は守れないし、
マザーシステムにかかわった事実は消えないだろうし。」
「それなら、俺たち二人をどうにかすれば何とかなるんじゃない?」
あっさりと言う2人に少し驚いた。
優李が戸惑いながらも聞く。
「朱鷺はこのことを…、」
「話してない、話したら監禁されかねないし。」
「まぁ、今頃気づいて激怒してるかもしれないけど。」
「お前たち自身がどうなるのかわかっているのか?」
「考えないようにしてるよ。
どうするかなんて考えるのはそっちだし。」
何という緊張感の無さであろうか。
平然と答える彼らに呆れが出てきそうだった。
だが、
「だって、荒方さん。大好きだからね、“親父殿”さんが。」
その言葉に時が止まる。
「そうそう、“親父殿”という単語が出てくると、
本当に嬉しそうに楽しそうに話し始めるね。」
「遠足を楽しみにしてる子供ぐらいのテンションだし。」
「自分で“ファザコン”かもってしょんぼりしたっけ。」
「いや、あれはファザコンであることを誇らしげにしてなかったっけ?」
そんな彼らの様子に、帝人は昔を思い出していた。
―――――龍真が死んだ日だったな。
横たわる息子の体から引っ付いて離れない朱鷺。
何人もの人間が運び出そうとしているのだが、
どうしても彼女が離れようとしなかった。
実の父親も亡くなったというのに、
そちらには全く反応を示さなかったことを、
少し気にはなっていたのだが、
「龍真と一緒にいる。」
と言ってきかない彼女にみんな困り果てていた。
龍真を燃やすなら私も燃やして。
龍真が行く場所に私も行く。
そう言って、彼女は離れるのを拒み続けた。
その状態が一週間以上経ってもそのままで。
彼女は食事をとることもしなかった。
その場から動くことも絶対しなかった。
優李が力づくで、と実行しようとしたが止めた。
まるで子供のような彼女に諭すように話しかけてみた。
どうして彼のそばにいてはだめなんだと。
彼がいなくてはなんの意味もない。
どこにも意味も居場所もない。
彼だけが私の居場所なんだ。
必死でそう言う彼女の姿に、正直驚いていた。
龍真は自分に似ているとずっと思っていた。
愛だの恋だのに執着しない。
人を愛するなど特に興味もなく。
龍真の母親も私に愛が無いと知って去った。
それをなんとも思わなかったし、
龍真の育つ環境など特に気にすることも無く。
たまに会う彼は、冷淡で必要最低限のことしかせず、
幼少のころから秀才とも呼ばれていた。
だから、自分と同じ生き物だと思っていた。
それが突然結婚すると言い出し、
彼女を可愛いと褒めちぎり、
日がな一日一緒にいる話を聞いたが、
どこか実感のないことで興味もわかなかった。
だが、
今目の前の彼女は龍真とともにありたいと、
必死で動かぬ彼にしがみついている。
例え、どんな場所に行こうとも一緒だと。
そうでなくては嫌なんだと訴えてくる。
その時初めてわかった。
この子は龍真を心の底から愛している。
それは龍真が彼女を心の底から愛していたから。
自分と同じだと思っていたあの子は、
人を愛し、生死をともにしたいと思われるほど愛される子だった。
無表情だったあの子が彼女の事で笑っていたこと。
それがどれだけ大きなことだったのか。
自分が持てなかったものを得ていたのか。
ずっと無関心を決め込んで見ようとしなかったこと。
それを初めて悔いた。
彼女を自慢するあの子をもっと見ていれば、などと、
何故今更になって思うのだろうか。
この、溢れてくる感情はなんなのか。
ふと、頬に触れる手に気が付いた。
彼女は心配そうな顔でこちらを見ていた。
自分でもわからなかった。
泣いていることに。
涙が流れていることに気が付かなかった。
「朱鷺さん、龍真は旅立たねばならない。」
その言葉に朱鷺はまた口を開きかけたが、
「だが、君は私のそばにいてもらえないだろうか?」
その言葉に驚いた顔をした。
「私はあの子とほとんど同じ時間を過ごさなかった。
だから、朱鷺さんに教えていただきたいのだ。
あの子が、龍真がどんな人間であったのか。
君に出会って、彼はどんなことをして、どんなことを言ったのか。」
何も本当に知らなかったと痛感した。
「私にこれから教えていただけないだろうか?
そのために、そばにいてもらえないだろうか?」
頼む、という言葉に彼女は頷いてくれた。
彼の身を焼く時も飛び出そうとしてたのを、
私の服を掴んで必死で堪えていた。
それから、彼女は日がな一日そばにいた。
手が空いた時に龍真の話をしたり、
優李の行動を見て覚えたのか、
彼の代わりに紅茶を淹れてくれることもあった。
ありがとうと言った時、
彼女は本当に嬉しそうに笑った。
いつか、龍真が言っていたことを思い出す。
「朱鷺は褒めたりしてあげると、無茶苦茶可愛いんだ!」
その笑顔が龍真の愛した笑顔だと、理解したのだ。
その内、高い知性を生かして仕事も覚えた。
優李に教えてもらうのはなぜか不服そうではあったが、
抜群の身体能力も持ち合わせていた彼女は、
あっという間に一人前になった。
多少の寂しさはあったが、それでも送り出すことを決めたのだ。
帰ってくるたびにあの笑顔を見せてくれたから。




