5.命の芽吹き
【宝探し】から数日、未だ巨人は動く気配を見せなかった。
「もう、すっかり壊れているんじゃあないのか。」
呆れたようにそう問うオルカを見上げて、ロジャーは頭を振った。
「多分、部品が足りない。」
「部品?」
此処、とロジャーの指先が巨人の後ろ首を示す。
丁寧に砂を掃われ、錆の浮いた表面を磨かれた其処には、小さな空洞が在った。
「……鍵穴?」
「あ、やっぱりそう見える?」
「それ以外の物には見えんな。」
推測だけど、とロジャーは腕組みをして凝り固まった首を傾けて鳴らした。
「体の中には動力を生み出せるような仕掛けは一切無かったし、多分そこに導体を差し込む形で動力を流し込むんだと思う。」
「解るように言え。」
「……鍵を挿さないと動かない。」
成程、とオルカが頷いた。
「がらくたじゃの。」
「それを言うなよ……代わりになるようなもん、色々入れては見たんだけどなぁ。こりゃホントに無駄骨だったか……」
肩を落として溜息混じりに呻くロジャーを尻目に、オルカは目を細める。
「ところでな、主殿よ。」
「何だいオルカ、改まって。」
つい、と煙が矢印を形どり店の方を示す。
「客が来とると伝えるのを忘れておった。」
「わぁぁ早く言え馬鹿!!」
慌てふためきながら塀をよじ登るロジャーを見送り、オルカは再度眼前の巨人を睨め付けた。
「動かぬ、か……出来損ない、がらくた、木偶の坊……け、気に入らんな。」
うんとかすんとか言ってみろ、と舌を出して身にならぬ挑発を投げつける。
「……ふん、下らん。」
当然の如く何ら反応を返さない鉄屑に興味を失ったのか、オルカは陽炎のように一揺れして掻き消えた。
まいったなぁ、とロジャーは眉根を寄せて小さな溜息を吐いた。
オルカの言葉通り、店には客が来ている。
珍しいことに、ロジャーはその客に見覚えが無かった。
スラムは広いとは言え、修理屋の客になれるような余裕のある者は限られている。
自然と店には常連ばかりが集うものになっているのだが、今日の客はその理から外れていた。
(っていうか、如何にも怪しい見た目なんだよなぁ……)
ちらり、と不自然でない程度に視線を向ける。
飾り気の無い黒い外套で小さな体をすっぽりと覆い、顔もフードを深く被っているので見えない。
時々商品を摘み上げる手が酷く細いので、恐らく女子供だろうと予想はつくのだが、それだけだ。
(ついでに、多分良いとこの育ちだよなぁ)
足元の砂に時々よろける仕草はこの砂の街では輿ばかり使う貴族特有の不慣れさであり、更に言うなれば身に纏っている外套もよく見ると光沢があり、良い素材を使っているのだろうと思われる。
(お忍びで来るにしたって、何で俺の店なんかに)
貴族階級にしてみれば、修理屋に置かれた商品など子供の玩具にも劣るものである。
油と砂に塗れたそれは決して気持ちのいいものではないだろう。
(ヤバい仕事でも持ち込んできたんじゃないだろうな、勘弁してくれよ……)
悶々と最悪の事態を想定しては打ち消す作業を続けるロジャーの足元に、ふと小さな影がかかる。
「あのう、店主様。」
「はっ、はい!?」
ガバッと顔を上げれば、随分近い位置にまで相手が近付いている。
「……此処の商品は、此方に出ているもので全てなのでしょうか?」
か細い女の声で発せられた問い掛けに、あああやっぱり危ない仕事かよ、とロジャーは冷や汗を垂らす。
塀の向こうの空き地に放ってある銃火器を心に浮かべながら、ロジャーは頼りない笑顔で応えた。
「ええと、何をお求めで?」
ロジャーの問い掛けに、何故か黒ずくめの女は驚いたように肩を竦める。
「……あの、噂を。」
「噂?」
「噂で伺ったのです、その……この店に、巨人が居ると。」
ざあ、と砂が風に流される音だけが響く。
きょとんと目を丸めたロジャーに、慌てたように女は両手を振る。
「あ、ええと、巨人というのはですね!物語に出てくるような本当の巨人ではなくて、そのう、機械の巨人なのですけれども!」
「ああ、いや、うん、解ってる解ってる。」
其処に疑問を抱いたわけでは別に無い。
「う、噂では此方のお店に数日前巨大な鉄の人形が運び込まれたと…」
「噂って、誰に聞いたの?」
慌てふためく女の様子に、ついついロジャーの口調が砕ける。
「あ、侍女が…いえ!友人が!友人が見たと!」
ぽろりと出た侍女、という言葉から伺えるのは、彼女は少なくとも自分で家事をするような家の出ではないということだ。
「ふーん……友達が。」
「はい、あの、友達…が。」
別に隠れて持ってきた訳ではないし、巨人を空き地に運ぶ様子を誰かが見ていたとしても何ら不思議は無い。
「まあ、有るには有るけど。」
「本当ですか!!」
ずい、と詰め寄る女に気圧されて、ロジャーは一歩後ずさる。
「でも、壊れてるよ?見たいんなら見せるし欲しいなら売るけど、動かないから面白くもないし……」
「いえ、見せて下さい店主様!私には必要な物かもしれないのです!お金ならあります、見せて頂きたいのです!」
尚もずいずい迫る女に苦笑しながら、了承の意を唱えてロジャーは店を出た。
「ちょっと歩くよ。」
「は、はい!」
塀をよじ登ればすぐの場所ではあるが、見るからにその様な真似はさせられない相手を連れて居るので、正規の道を通ることにする。
「足元気を付けてな、釘とか落ちてるかもしれないから。」
「だ、大丈夫です…」
砂に足を取られながら歩く女に合わせて歩調を緩めながら、ロジャーは空き地へ続く扉を開けて足を踏み入れた。
本来ならば手でも取ってやれば良いのだろうが、何処の貴族令嬢だかも解らない状態では下手なことはしたくない。
「ほら、あれだよ。」
指差した先には、先程までロジャーが弄っていた時のまま鎮座する鉄の巨人が在った。
「……!」
女が息を呑む。
よろける足を無理矢理に進めて、彼女は駆け出した。
「あ、おい……」
つんのめりながら巨人に縋り付くように寄り添う女を見て、どうにも奇妙だと首を捻る。
確かに珍しい物ではあるが、それにしても其処までの物なのだろうか。
まるで生き別れの兄弟にでも再会したみたいだな、とロジャーは小さく笑った。
「何だかよく解んないけど、お気に召したのかい。」
「……鍵穴。」
え、と声が漏れる。
「鍵穴は、この子の鍵穴は何処に在るのですか?」
「何でそれを、」
「教えて!」
フードの奥から、鬼気迫る声が飛ぶ。
「……首の後ろ、に。」
こっち、と示した場所に存在する穴を示す。
女はロジャーの傍らに立ち、仰ぎ見る。
「……ええと、ちょっと待って、適当な踏み台……」
女の身長はロジャーの胸程までしかなかった。
それでは見えないだろうと慌てて踏み台になるような物を探そうと辺りを見回すと、くいと服の裾を引っ張られた。
「え?」
「抱き上げてくださいな。」
「……え?」
「早く、時間が惜しいのです!」
有無を言わせない調子の女に、根負けしたロジャーは頷いた。
驚くほど軽いその体躯を持ち上げて、曲げた腕に腰掛けさせるような形で抱き上げる。
「見えるかい、其処んとこだ。」
顎で示しながら問えば、女はおもむろにフードを脱いだ。
淡い金色の髪がふわりと揺れ、群青色の瞳が露になる。
予想以上の面貌に目を丸めるロジャーを気にも留めず、女は首元に手を差し入れて何かを取り出した。
「……鍵?」
ペンダントのように首に掛けられていたのは、無骨な鍵だった。
女はそっと愛おしげにそれに口付けると、微かに震える手で鍵を挿す。
すんなりとその身を埋めたことを確認し、ゆっくりと捻る。
「お、おい……」
ロジャーの言葉は途中で息を呑むことで掻き消える。
空気の震える音。
鉄屑だった巨人が、身震いした。