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1.禁忌の蓋

この町は、砂の涙に包まれている。



「おーい、修理屋(しゅうりや)!頼んでいたやつはもうできたかい?」


粗末な布一枚で隔たれたそこは、「修理屋」と呼ばれる男の城であった。


「よう。出来てるよ、そこに置いてあるだろ。」


「おっ、これか。……おお、まるで新品みたいだな!ありがとよ、カミさんも喜ぶ!」


手に取った古臭い鍋の底を指で確かめるように小突くその様子に、男はにんまりと口角を上げた。


「新品の鍋なんて見たことあるのかよ、アンタ。」


「あるわけねぇだろ、バカ!」


豪快な笑い声と共に、来訪者は踵を返して立ち去った。






男の城は、砂漠の町の隅にあった。


富裕層が居を構える中心とは一線を画した場所、スラムと呼ばれる地区の中だ。


此処で生まれ、此処で育った男は、自身の名前すら知らなかった。


スラムでは珍しいことでもない。物心ついた頃には既に両親などというものは存在していなかったのだし、名前を呼んでくれるような親しい間柄の相手など居なかった。


生きていくために身に付けた技術を生業(なりわい)にし始めてからは、それがそのまま男の名前になった。


「さて、今日は何が残ってたかな。」


がちゃがちゃと騒々しい音を響かせて、木箱の中から「修理品」を引っ張り出す。


修理屋という名の通り、男は物の修理を仕事にしていた。


鍋に空いた穴の補修から、馬に引かせる荷馬車の修理など、その範囲は多岐(たき)にわたる。


生まれつきの手先の器用さ故に、この仕事は男の天職であると言えた。


額にくくりつけられていた古ぼけたゴーグルをあるべき場所に装着し、さてやるぞと腕をまくったその時、ばさりと音を立てて入り口の布が翻された。


「こんちわぁ!」


「……よう、チビ。」


転がるように駆け込んできたのは、薄汚い子供だった。


「どうした、またガラクタでも見つけたのかい?」


「違わい!今日こそはホントのホントにお宝だい!」


よくこの店に転がり込んでは、拾ってきた物を買わせてやろうと売り込んでくるこの子供が、男は嫌いではなかった。


「そうかい、見せてみろよ。」


「言っとくけど、今日のは売りに来たんじゃないぜ!」


「へぇ、それじゃ何なんだよ。」


「これ、開けてもらおうと思ってさ。」


砂山の中で見つけたんだ、と手渡されたのは、片手には余るサイズの瓶だった。


随分と古いものらしく、埃と砂に塗れたその中の様子は窺いようもない。


「何だい、この汚い瓶。こんなもん開けてどうするの?」


「瓶はどうでも良いんだよ!ほら、ここ見てよ!」


ここ、と示されたのは瓶の底。ひょいと頭上に掲げて見ると、汚れの隙間で何かがちかりと光った。


「な!何か光ってるだろ!きっとお宝だぜ!金貨かも、いや宝石かな!?」


「ははぁ、確かに何か入ってるなぁ。」


「なぁ、兄ちゃんなら中身に傷付けないよう瓶を開けられるだろ!頼むよ!」


こん、と瓶の側面を指を曲げて小突きながら、男は肩を竦めて見せた。


「まあ、そんなに頑丈なもんでもないから大丈夫だとは思うけど。瓶自体は割っちゃって良いのかい?」


「そんなきったないのはどうでも良いってさっきも言ったろ!ちゃっちゃとやっちゃってくれよ。」


「はいはい…ええと、ノミとハンマーで良いかな。」


壁に引っ掛けられた工具を選び取り、瓶を机の端に付いた台に固定する。


改めて瓶を眺めながら、どうせ大したものが入っている訳でもないだろうと苦笑を漏らす。


それでも傍らの子供が目を輝かせながら急かすものだから、男はつと息を潜めて工具を打ち付けた。


確かな手ごたえと共に、男は何故か強い後悔の念を抱いた。


開けてはいけない物だ。何の根拠も無く男はそう確信した。


その後悔は結果として正しかったが、既にもう手遅れであることも男は理解していた。


男の手によって割られた瓶から、灰色に濁った煙が漏れていた。


「……え?」


「……とんでもない物持ってきやがったな、お前…!」


一瞬にして煙は男の城を埋め尽くし、それからゆるゆると凝縮する様子を見せる。


絶句する男と子供の目の前で、煙は人の形をとった。

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