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第8話

アイナは図書館に来ていた。


学園に設置されたこの図書館にはあらゆる蔵書が並んでいる。

また、生徒の要望を聞き新しい書物もどんどん追加されている。

世界中の書物がこの図書館に集められていると言っても過言ではない。


そこには魔法の歴史や技術に関する本も数多く存在する。


多くの魔法学生が自身の魔法技術を高めるヒントを求め、この図書館を訪れる。

ここには世界の知識がある。


アイナはいつになく鬼気迫る様子で技術書を読みあさっていた。

なにか鍵はないか、焦りが頭を支配していた。


今まで読んできた魔導書も読みこぼしがないか洗っている。


技術書、図鑑、歴史書、童話とあらゆるジャンルの書物を隅から隅まで目を通す。



しばらくして、


「そこの人~閉館するから荷物まとめてくれる~」


図書委員の声に顔を上げる。時計を見るとどうやら昼から9時間近くここに籠っていたようだ。


大きく息をつく。


「今日はここまでね」


両脇に山のように積まれた蔵書に目を向ける。ここまで探しても全て一通り試した事ばかりの事ばかりだ。


イメージを大事に、集中する事、リラックスするといいとか。


この世界でトップクラスに位置する人の言葉をまとめ要約すると全てそうなる。

そんな才能に恵まれた人間のありがたい言葉で成功するのなら世界には天才があふれているだろう。それでも人は自分なりの妥協点を見つけ、それを独自解釈し、自らの糧とする。


そんな事アイナがしないはずがない。


努力に努力を重ねる。

倒れる寸前まで努力する。

ユウナに止められようとも努力する。


それでも結果が出ない。


もはや限界は近かった。いつもならこれくらい平気だった。周りは自分を置いてどんどん先に行ってしまう。そしてユウナも……。


アイナは、この胸にあふれ出てくる黒い感情が嫌いだ。

こんな感情を抱いてしまう自分が大嫌いだ。


ユウナを嫌いになってしまうから。


こみ上げてくる涙をこらえる。すでに眼の端には涙がたまっている。


「手伝いますね」


聞こえてきた声にハッとして袖口で目元をぬぐう。

声が震えないように、


「すいません。あ、ありがとうございます」


メガネをかけた図書委員が蔵書の多さに見かねて手伝ってくれる。


蔵書一冊ずつ棚に戻していく。


(ここにわたしが使える魔法はないのかしらね……)


一冊一冊の表紙を眺め、内容を反芻していく。

すでに何度も読んだ本もあり、内容も暗記している本も何冊かある。


「んっ」


背伸びをする。アイナの小さな背でギリギリ届くか届かないの高さに本を戻す。


「あっ!」


寄りかかるようにして手をついてしまい、ガサガサと棚にある蔵書の何冊かを落としてしまった。


「大丈夫ですか?」


「すいません。すぐ片付けます」


落ちた蔵書を拾い、元の場所へと戻していく。


(はぁ~何やってるんだろうわたし……)


拾う蔵書の表紙に目を向けるも、どれも読んだものばかりだ。


ふと、その内の一冊が目にとまった。


その表紙はどの蔵書にも比べても古めかしいものだった。

タイトルも著者名もどこにも書かれてはいなかった

元々の色は赤色だったのだろうか、くすんで橙色になってしまっている。

この棚に置かれて、多くの年月が経っていたのだろう。

1ページ1ページがその本来の色からかけ離れてしまっている。

またかぶっていた埃も相当のものだった。


「どうかしました?」


図書委員が動きを止めていたアイナに声をかけてきた。

アイナはとっさに持っていた本を棚に戻す。


「いえ、なんでも。お手数おかけしてすみませんでした」


「じゃあ、戸締りするんで帰りの支度ができたら声をかけてください」


「分かりました」


アイナは図書委員の背中を見えなくなった事を確認し、再びあの古い本へと目を向けた。


なにも書かれていない赤い背表紙にアイナは目を離すことはできなかった。




ユウナは図書館の入り口にいた。


昼休みの後、少し用事を済ませてアイナを探していたのだ。


午後の授業が終わってから、アイナの教室に行った。

しかし、午後はいなかったとアイナのクラスメイトから聞いていたので、十中八九ここにいると思っている。



そろそろ閉館時間だ。


ユウナはアイナを驚かせようと入り口からは見えない場所から入り口をうかがっていた。


「ふふふ、お姉ちゃん疲れも吹き飛ぶよね」


アイナは図書館に9時間もこもっていたのだ。疲れていない方が人として疑う。

ユウナはアイナの緊張状態で出てくるだろうと思い、リラックスさせてやろうと思っていた。


数分経つとアイナが図書館から出てきた。


(あ、お姉ちゃん!……どうしたんだろ?)


ユウナがそう思うのも無理はない。


アイナは周りをキョロキョロと忙しなくうかがいながら歩いている。

その挙動不審な様子はユウナでなくとも思うだろう。


「不審者さん?」


あまりにも怪しい姉も行動にユウナも我慢ならなかった。


驚かすとかさっきまで考えていたことなどかなぐり捨ててアイナに駆け寄り声をかける。


「……お姉ちゃんどうしたの?」


「ひょわあああぁぁぁぁ~~~~~」


本当に驚いたのだろう今まで誰もいないと思っていたところから声をかけられたのだ。

もっともこの驚きようは別の理由もありそうだが。


「ユ、ユウナ」


「ホントにどうしたの?お姉ちゃん」


本気でアイナの挙動に不安を覚える。

こうして面と向かっている間もアイナはあちらこちらに視線を飛ばし、大量の汗を流している。

そして胸には大事そうにいつも使っているショルダーバッグを抱えている。

まるでいたずらが見つかった時の子供のように


この様子にユウナは覚えがあった。


「お姉ちゃん、また貸出禁止図書持ち出したの?」


「いや、その、これは」


アイナは何か言い訳しようとするがうまくいかない。

というかこれだけの挙動でユウナにばれないと思っていたのだろうか。

これまでも何度かアイナは図書館の禁止図書を勝手に持ち出していた。

それを毎回のごとくユウナに見破られていた。


「……だからユウナにだけは見つからないようにしてたのに」


「残念だったね」


「ええ、ホントに。というかどうしてわかるの?」


「簡単だよ。教室行ったら午後の授業には出てないって聞いたからここに籠ってるんだろうなって。そしたらあんなこそこそ出てくるんだもん。私じゃなくでも不審に思うよ」


「う」


「あとお姉ちゃんの事なら何でもわかるしね」


「……ユウナが言うとシャレにならないのよね」


「たとえば、お母さんに内緒でこっそり抜け出して魔法の練習していたり、近所の猫に餌を上げていたりとかお姉ちゃんはここ3年、背も胸も成長してない事とか」


「なんであんたがそんな事知ってんのよ!!!!」


前半二つはまだいいとして最後のはアイナのトップシークレットだ。

アイナしか知りえない事なのに、なぜユウナが知っているのか戦慄が隠せない。


「ちなみにサイズは、」


「そこまで言わんでいい!!!!!」


このままでは自らのトップシークレットが白日の下にさらされてしまうかもしれない。

あとユウナが本当に知っているとわかりたくない。


アイナは得意気に胸を張るユウナにじと目を向ける。

その胸はユウナのそれより一回りも大きい。


「で、今度はどんな本持ち出したの?」


「あぁ、ここじゃちょっとまずいから、例の場所まで行きましょう」


「え、でももう門限までぎりぎりだよ?今から森まで往復しても間に合わないのに……」


「この魔法は今日中に試してみたいの。先に帰ってもいいけど?」


「んん~~わかったよ。一人で行かれるより一緒に行った方がいいに決まってるしね」


「……わたしはどんだけ信用がないのよ」


2人が向かったのは二人の秘密の魔法の練習場所。

都市の郊外にあるエルヴェの森にある小さな小屋だ。


アイナは小屋に入り、灯りをつける。


「で、お姉ちゃんその本にはどんな魔法が載ってるの?カリキュラムの参考にするなら水系統の魔法?」


「いや、知らないわ」


「…………えっと?」


「なんか古い本でね、私これは見かけたことないなと思って持ってきちゃったのよ。」


「それ大丈夫なの?」


「まぁまぁ、読んでみるからユウナはお茶でも用意しといてくれる?」


「はいはい」


呆れたような返事を返しながらユウナは、小屋にある湯沸かし器のスイッチを入れる。

これは2人が家から古くなっていたものを持ち出したものだ。

火属性の魔法封じ込めたクリスタルを利用して、スイッチを押すと発熱するという代物だ。


お湯が沸くのを待ちながら道中買っておいたお菓子の用意も忘れない。

お湯が沸き、2人分のティーカップを用意してお茶を入れる。


お菓子と合わせてお茶を運んでいると、椅子にもたれかかるようにして本を読んでいたアイナが唸り声を上げる。


「どうしたの?」


「う~ん、この本書いてある事が要領を得ないのよね。書いてあるのは魔法陣がいくつかと同じような文章が書いてあるだけで、どんな魔法なのすら説明されてないわ」


「文章はなんて書いてあるの?」


「ん~~まとめると“この魔法が成功すれば大いなる力と大いなる禍のどちらかもしくは両方がふりかかる”みたいな内容かな」


「……あやしさ満点だね」


「でも、大いなる力ってなんだろう?魔法がうまくなるってこと?それとも違う何かがあるのかしら」


「わたしは大いなる禍ってところが怖いな。だいたい魔法の効力が書いてないなんておかしいよ。発動条件はどうなの?」


「術者が魔法陣の近くにいて、呪文唱えれば発動するみたいね。ちなみにこの魔法が発動されてどうなったかは書いてないわ」


「う~ん、呪文唱えなきゃいけない魔法なんて今どき少ないよね。普段は頭のイメージで魔法使えるし、呪文言う人もいるけどあれは全員が全員必要な行為じゃないからね」


「そうなのよね。呪文が必要な魔法といえば基礎魔法の類かしら」


「かもしれないね。あと呪術魔法って事もあり得るかもよ。あの魔法も呪文があったから」


「ふ~ん、なるほどね」


アイナはユウナが入れてくれたお茶を一口飲み一息つくと、


「まぁ考えてもしょうがないし、やってみますか。物は試しってことで」


「わたしは賛成したくないんだけど」


「大丈夫でしょ。いざとなったら『氷雪の姫君』(グレイス・プリンセス)がいるんだから」


「わたしに丸投げしないでよ。ちょっとわたしもそれ読んでみるから、それまで待ってて」


「はいはい、じゃあ私は魔法陣でも描いて待ってるわね」


「それは待ってるって言わないんじゃないかな!」


ユウナの抗議に耳を貸さずに魔法陣の制作にとりかかるアイナ。

手には魔法陣を写したメモがある。


ユウナはため息をつくと、アイナが今描いている魔法陣の説明書きに目を通す。


『かの魔法、大いなる力を召喚する。大いなる禍をもたらす。ゆえに人の手には手に余るもの』


ユウナが読むと不思議なことにいやな予感しかしない文章が目白押しだった。

この文章を読んでアイナは本当に不安を感じなかったのだろうか。


ユウナはいつもの悪い癖が出たと思い、アイナの方を向く。

すると、魔法陣はすでに描き終わっていたようでいつもの両手を前に掲げる魔法を発動する構えをしていた。


「Un début de la summation(召喚開始)」


「お、お姉ちゃん!」


焦るようにユウナは制止の声をかけるが一足遅かった。


アイナが呪文を唱えると、黒いインクで描かれていた魔法陣は赤く輝きだした。


「お、成功?」


アイナはそんな嬉しそうな声を出した。

しかし、次の瞬間、急激な魔力の躍動を感じた。


「お姉ちゃん!」


ユウナは魔法陣の方に異常な魔力を感じ走り寄る。


アイナの魔力を得て、魔法陣はより一層その輝きを増していく。


そして、小屋の中は一瞬で灼熱の地獄と化していた。


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