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第20話

「なんで、こんなことになってんのよ」


アイナは学園のアリーナの2階席で呟く。

見つめるアリーナの中央では、審判をする教師とシモンという先輩が客席に座る自身のファンの女の子たちに笑顔で手を振っていた。


「レティ先生はいろいろしてくれたみたいだけど……」


アイナの隣で心配そうに答えるユウナ。

彼女は今にも泣きそうな顔でアイナと同じ方向を見ている。


「……そんな事は知ってるわよ」


アイナとユウナの2人にもレティシアから春人を説得してくれと頼まれた。

ユウナと話を聞いたセラフィーナが再三話をしたらしい。

しかし、それに春人はついぞ首を縦には振らなかった。


アイナとユウナの2人の席の周りには白い制服を着た男女が大勢いる。

これは彼女らの周りには魔法科の生徒しかいない事を表す。

そして、このアリーナの客席の9割は魔法科の白い制服でいっぱいになっていた。


「お姉ちゃん、あそこにいるのってソフィさん達だよね?」


ユウナに言われて、アイナは客席の一角に視線を移す。

そこには黒の制服を着た男女つまりは普通科の生徒が40人ほど固まっていた。


「ホントね」


ここから彼らの表情は見えないが、前に見た元気そうな様子は見て取れない。

周りに座る人達も魔法科ばかりの空間に居心地の悪さを感じているのかどこか縮んだ印象を受ける。


今回の決闘制度の適用は、学園としても異例なことはだれにも分かっている。

通常、決闘制度は魔法科生徒同士の腕試しに利用されてきた。

学園の創設以来、今回の事は例に見ない出来事。

そして、それを無理やり行ったのは、アリーナの中央で愛嬌をふりまくシモンと彼の父親である教頭だった。

レティシアの話によると、教師の大多数はこの決闘に反対だった。


だが、教頭の根回しにより潰されてしまったらしい。


それでもレティシアは最後まで抗議してくれていたが、当事者である春人がこれに了承してしまった。


今回の決闘は決闘とは名ばかりの普通科への粛清だ。

力では劣る普通科は魔法科の魔法の力を恐れているが、魔法科の生徒も普通科の生徒の数の力に劣る。

魔法が使えることが絶対的な事だと思わなくてはならない。


春人とシモンの諍いが広がる前に対処した結果がこれだ。


その証拠にこの会場にいる生徒の全員はシモンの圧倒的な勝利を疑っていない。

生徒の大多数は、シモンが繰り出す魔法を一目見たいという彼のファンか、春人がシモンに嬲られる様を見物したいという人物しかいない。


周りから聞こえてくる話の内容にアイナは顔をしかめる。


春人と出会ってまだ一カ月程。


しかし、それでも自分の知り合いが事件の中心にいて、処刑まがいの事をされる。

ユウナも同じ心境なのか目じりに涙をためながら耐えている。


「ハルトさん、ケガしないかな?」


「どうかしらね……。少なくとも無傷は………」


ユウナの問いにアイナは冷たく返事をしてしまう。

そんな自分が嫌になるのを自覚しながらもアイナの苛立ちは大きくなる。


レティシアから聞いたところ、春人が決闘を了承したのはあの夜の事。


春人とは一週間顔を合わせていない。

あの夜、誰にも見せた事がない涙を見せてしまった事

そして、すがってしまった姿を見せてしまった事がどうにも気恥かしかった。


『証明してやるよ。アイナ・エアハートの力を』


アイナはあの夜、春人が言っていた事を思い出す。

もし、春人が言っていた証明というのがこの決闘の事なら、というか十中八九当たりだが、なにか勝算があるという事だ。

しかし、生まれてからこれまで自分の才能に裏切られてきたアイナには容易に信じられることではない。

少なくとも春人に戦わなくてはならない理由を無理やり与えてしまったのではないかという罪悪感が募っていた。


でも、もしもだ。


万が一春人が勝つとする。

では、なぜそれが自分の能力になるのか。


アイナには分からなかった。


会場が沸き立つ。どうやら春人がアリーナに出てきたようだ。


アイナは沸いてくる感情を奥底にしまい込み、無表情に春人を見つめていた。











決闘の日は快晴だった。

春人は今、学園にあるアリーナの控室にいる。

中に対魔法加工を施したインナーを身につけ、上から普通科の黒いジャージを着ている。ジッパーの前は開かれていて、赤いインナーが見えている。


この決闘を知るほとんどのものはこの決闘の意味を分かっている。


決闘とは名ばかりの見せしめであると。


それは、春人にも理解できる事だった。

なにせ魔法の才の一切ない凡人が魔法科の天才に挑むのだ。

春人にもその無謀さが分かる。

アイナの涙を見て次の日に春人は校長室の扉を叩いていた。

その日、春人は決めた事を校長に伝える。

校長は再三にわたりやめるように説得するが、春人は譲らなかった。

最後に校長が折れた。


日取りは一週間後、学園のアリーナの一つで行われることとなった。

この決闘は学園内でも話題になり生徒たちは連日この決闘の行方に注目していた。


魔法科の生徒たちは春人の負け具合を、普通科の生徒たちは春人の正気を疑っていた。

実際、それだけ勝負の見えているカードなのだ。

仕方がない。


「だけど、引くわけにはいかない」


春人は両手を握りしめる。


春人にも矜持がある。

たとえ相手が魔法を使えようが何だろうとここで引くことはできない。

今までもそうしてきた。


春人はあきらめの悪い人間なのだ。


そして、背負ったものがある。

家族にも否定され続けたリタの異常の一端を見てしまった。

その小さな体にあらゆる罰を背負う事を強制されてきた彼女の言葉を聞いた。

己と戦い、周囲と戦い、そして、自身が愛してやまない妹と戦い、人知れず溺れていったアイナの涙を見てしまった。


「さて、行くか」


控室を出て、アリーナの中に入る。

2メートルくらいの高さのクッションフェンス。

その上には観客席だ。

話によると、2000人位入るらしい。

今はその観客席にはほとんど白で埋め尽くされている。


一部、黒が混じっているが、よく見ると春人のクラスメイト達だ。

春人があれだけ制止の声を無視し、最後には呆れてものも言えないという様子で誰も声をかけなくなったというのにしっかりと来てくれている。


自然と笑みがこぼれてくる。

どうやら自分はあのクラスが本当に好きになれそうだ。


「どうした? 決闘前に笑ったりなんかして。頭でもおかしくなったか?」


観客席をさらに見回すと、見慣れた金色が目に入った。

この学園で金髪は珍しくないが、あの姉妹のゴールドの輝きは見間違える事はない。

アイナは遠目にも不機嫌だと言わんばかりに腕を組んで春人を睨みつけている。

あの夜からアイナと話すことはなかった。

泣くところを見せてしまったのだから、彼女の性格からして気まずいという事もあるのだろう。

隣に座るユウナは今にも泣きそうな目で春人を見ている。


「おい、無能が僕を無視するなよ?」


アリーナには涼しげな空気が流れていた。

春人に原理が分からないが、魔法技術を利用して外の空気を浄化して温度調節してアリーナ内に送り込んでいるらしい。

すでに春の気温にしては暑い気温だったが、この中ではそれを感じることはなかった。


春人は一度大きく深呼吸して気分を落ち着ける。

アリーナに入ってから心臓の鼓動が早鐘を打ち、春人の耳の奥で響かせていた。

これだけの施設で多くの人に見られるというのは初めてな体験だ。


緊張しない方がおかしい。


「いいかげんにしろよ!凡人が!!」


「うるせぇな。聞こえてるよ。エリートなら余裕を見せろ」


「この僕を無視しといて、よくそんなセリフを吐けたものだな?」


「こっちはこんな大事に慣れてないんだよ。おたくが言うように凡人なものでね」


「ふん!そんな事を考えるなら、この僕に許しを乞う方法でも考えたらどうだ?今なら寛大な僕は許してやれそうだぞ?」


「そんな気さらさらないし、実際考える余裕なんてねぇよ。それにお前、そんな気一切ないくせに何言ってんだよ」


「ふふふ、どうだろうね」


いつも見せるニヤニヤとしたいやらしい笑みを見せるシモン。

頭の中では、どのように春人を痛めつけるかで思考が埋め尽くされているに違いない。


「2人とも、いいかい?」


ここで、審判役としていた教師が2人の会話が区切りを見せたところで声を出す。

教師は若い好青年といった人だ。


「はい」


「僕はいつでもいいですよ?」


「うむ。ここでのルールは相手が戦闘不能。もしくは降参を認めたところで試合は終了となる。また私が試合不可能と判断した場合もこれに準ずる。」


「いいから早く始めろよ」


シモンがいらだちを隠さずに言う。


「………では、始め!!」


合図と同時、春人の体は先日と同様に強烈な突風で吹き飛ばされた。


そのまま、春人の体はアリーナのクッションフェンスに叩きつけられる。


「ぐっ!」


クッションのおかげか先日よりも衝撃は弱いが一瞬息が止まる。

合図と同時に突風を起こしたのは目の前にいるシモンだ。

右手をいつの間にか春人の方に向けている。

見るとその顔は、先ほどよりもいやらしく歪んでいる。


「クッションに助けられたな。前みたいに一撃KOはできなかったか?」


「そりゃ、残念だったな」


フェンスに預けていた体を起こす。

ダメージはそれほどない事を確認すると同時、右に跳ぶ。


「へぇ~避けたのか」


「ちょっとは休ませろ!」


叫ぶも足は止めない。

春人にこの決闘における攻撃手段は近づいての打撃しかない。

しかし、シモンは込めた意思一つで風を起こす。


考えがまとまる前に春人の体は押し潰さる。

地面に押し潰された春人はさらに横から来た突風で飛ばされる。

春人の脇腹を襲った風は威力が十分で再び春人はフェンスに叩きつけられた。


「……ぐ…ゲホッ……ぐ……」


右手で左わき腹を抑える。

叩きつけられた衝撃と突風に呼吸がうまくいかない。


すると、春人の耳に足音が聞こえてくる。

横目で見るとシモンがゆっくりとこちらに近づいてきていた。


「やれやれ、あれだけ大口をたたいてこの有様かい?笑えるねぇ、『能なし』。もっと粘ってくれないと観客の皆さまに失礼だろう?」


両手を大きく広げながら歩を進めるシモン。

この舞台に酔っているようで、決闘を自身のショーと思って疑っていない。


「ホントにつまんないなぁ、君は。せめて気絶はしないでくれよ。ショーが終わっちゃうからさ」


そう言うと、シモンは再び右手を掲げ、春人に向けて風を放つ。


「……ちょっとは休ませろ」


前転の要領で放たれた風をなんとか避ける。

しかし、シモンは春人に立ちあがるすきを与えぬように次々と風を放つ。


春人は、地面を転がり続ける。


アリーナにいる学生は春人の無様に転げる様を見て笑っている人間がほとんどだ。


「そうしてると君は愉快だ。まだそのまま続けてくれよ」


地面を転がりながら春人は考える。

この状況を打開できる手は確かにあるが、それはシモンが油断しきっているからこそ成功するといっていい。

今の状況で確かにシモンは油断している。


しかし、最も厄介なのはシモンが扱う風の魔法だ。


魔法は特に予備動作のようなものを必要としない。

唯一言えるのは、シモンが魔法を使い時に掲げる右手。

それが彼の魔法を使うときのスタイルのようだが、風は不可視だ。


見えないものをとらえることは難しい。


だから、春人はシモンの一挙手一投足から目を離さない。

機会を作るために、自分の勝利をわずかでも手繰り寄せるために。


立ちあがる。

右足を踏ん張り、跳ぶ。


すると、春人の居たところに突風が通りすぎる。

そして、春人はシモンを正面に見据えた。

荒く肩で呼吸をする。

対するシモンは未だに余裕を保っているようで、その表情には陰りは見えない。


シモンが、春人に右手を向ける。

春人はタイミングを計り、重心を左に傾け、側転の要領でよける。

しかし、春人が転がった先に、これまでと性質の異なる風が吹いた。


春人は咄嗟に左手で顔を覆う。


「っつ、!」


先ほどとは違い吹き飛ばされることはなかったが、風を受けた左手から熱のこもった痛みが伝わってきた。

見ると、手首の下から斜めに黒のジャージと赤いインナーが切り裂かれている。

その下の皮膚は血が滴り落ちるほどの切り傷が出来ていた。


「……耐魔法加工じゃねぇのかよ」


春人は立ちあがりながら、審判役の教師を睨みつける。

教師は複雑そうな表情で顔をそむけた。


「ははは、どうしたんだい?あらかた僕の魔法が強力すぎたようだね。この魔法は普段使わないからコントロールが難しいんだ。ごめんよ」


「……かまいたちとかえげつないもんがするんだな。まぁ、見た目派手なだけであまり威力はないみたいだが?」


未だ血が止まらない左手を開いたり閉じたりして動きに支障がない事を確認する。


「つーか、こんなインナー如き最初から当てにしてねぇよ」


「そうかい。ならよかった」


再びシモンは右手を春人に向ける。


(あいつとの距離は多分10メートルくらいか。なら……)


春人は右に避ける。風が吹き抜けた。

シモンは春人が避けると思わなかったのか驚愕に目を剥いている。



(イケる!!)



――――残り10メートル。



春人はすぐさまシモンに駆け寄る。



――――残り8メートル。



驚愕から抜け、シモンが再び右手を春人に向ける。



――――残り5メートル。



春人は右手を前に開いて向ける。

春人の右腕のジャージが切り裂かれる。

おそらくインナーも裂けているだろうが、血が舞う事はなかった。



――――残り3メートル。



左手を引き絞り、跳ぶ。



――――残り1メートル。



右手に圧力を感じ、それを無理やり外側に弾く。



――――残り0メートル。



春人は風が弾かれた事に呆然としているシモンの顔面に向けて、左拳を突き刺す。











しかし、春人の拳はシモンの顔目前でバチィィィイィと激しい音を響かせ、弾かれ、春人の体ごと吹き飛ばされた。










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