第18話
「お前は転入してからまだ一カ月も経ってないのに、厄介な事をしてくれたな」
春人たちが今向かっているのは、校長室らしい。
春人の知らない所で自体は大きなっているのかもしれないと不安になってしまう。
「厄介というと?」
「お前が騒ぎを起こした相手のシモンはな、この学校の教頭の息子でもあってな。しかも祖父がこの国の群のお偉いさんときている」
春人の予想通りシモンは相当のお家の生まれ見たいだ。
だからと言って春人が引く理由にもならない。
「まぁ、私もできる限り弁護はしてやるが、期待はしてやるなよ。一教員にできることなどたかが知れてるし、最終的に判断するのは校長だ」
「はい、わかってますよ」
あまりレティシアにも迷惑はかけられない。
この問題は春人の失態で招いた事だ。
まして、エアハートの人達にも火の粉が飛ぶのだけは避けなくてはならない。
「レティ先生もありがとうございます。なにからなにまでお世話になって」
「これから退学になるみたいな言い方するなよ」
「いや、でもそれが濃厚じゃないですか?」
「―――それで済めばいいがな」
「え?」
「着いたぞ」
レティシアが足を止める。春人が視線を上にあげると、校長室というプレートがあった。
レティシアがノックをし、中から返事があったのち扉を開けて中に入る。
春人はその後ろに続いた。
中には、正面の大きな机に太ったタヌキのような男、校長が座っていて、その正面に春人たちに背を向けるように立っているのはシモンと細身の男。
春人は校長の正面に立つ。シモンとは細身の男を挟んで立つ。
その後ろにレティシアがいる。
全員がそろったことで校長が口を開いた。
「さて、今回の一件は聞いている。レティシア先生から大まかな事情も聞いている。それらを踏まえた上で私の判断は、両人の一週間の自宅謹慎という事にしたいのだが異論はあるかね」
校長の突然の提案。
2人の話を聞く前に事前調査である程度の措置は決まっていたようだ。
しかし、春人にとっては願ってもない措置だが、一方は違った。
「納得できない!なぜ、僕まで処罰を受けなくてはいけないんだ!先に手を出したのは、そこのそいつだ!この僕の顔を!この国の財産たるこの僕の顔を!」
顔を真っ赤に染めてわめき散らすシモン。
そこに優雅さのかけらもなかった。
「ふむ、話を聞く限り、そうなのだろうな。しかし、君もやりすぎたのだよ、マルシェ君。普通科の生徒に全力の魔法をぶつけたそうじゃないか。この学園では魔法科生徒の普通科生徒への魔法使用は処罰の対象だ。しかも、停学になってもおかしくないのだよ、君は」
「ふざけるなよ。僕がしたのは当然の措置だよ。あそこで僕が抵抗しなかったらそこのクズは何をしたか分からない!」
「聞くところによると君は意識を失った彼に不必要に暴力したと聞いているが?」
「それは―――」
「これは過剰防衛といわれても仕方ない。ただでさえ普通科生徒は魔法科生徒への対抗手段がない。そういう力にもの言わせるやり方が認められる所ではないんだよ、ここは」
「チッ!これだからクズどもは!」
舌打ちし、悪態をつくシモン。
春人はその言い争いを黙って静観している。
レティシアも同様。
それもそのはずでこの処罰は春人が想像したものよりずっと軽い。
なら、レティシアはなにを懸念していたのか?
「いいですか、校長」
ここで春人の隣に座る細身の男が落ち着いた声で口を開いた。
「なんですかな、教頭先生?」
教頭という事は、シモンの父親という事なのだろう。
にしても、ここでの教頭の発言はいやな予感しかしない。
彼は、教頭であると同時にシモンの父親であるから。
「私も息子と娘から詳しい事情を聞いたのですが、」
娘とはリタの事かと春人は思い出す。
そして、教室でのリタの様子。
「彼は初対面のシモンに突然殴りかかったそうですよ?ろくに話を聞くこともなく唐突に。娘もこう申しておりました。あの時の彼には何をするか分からない恐怖を抱いたと、それは息子も同様です。それに普通科の生徒が魔法科の生徒に対して抱く感情には校長もお気づきでしょう?」
校長が難しい顔をする。
この学園の長たる彼が学園にある確執が分からないはずがない。
魔法科は普通科を見下し、普通科は魔法科に憤る。
この確執は根深い。
「今回の一件は、その確執に大きな一石を投じる事件です。実際、普通科生徒の中には彼を英雄視する生徒が少なくない。ここで喧嘩両成敗などという甘い考えで処罰を決めてしまうのは早計かと思います」
「どうしてだ?」
「普通科生徒に魔法科生徒への対抗手段がないということが普通科生徒の怒りを抑える重要な楔になっています。それが子のような軽い罰で済むのだということを知れば、暴力で報復をしかねない輩が増える事は必至。対して、魔法科生徒は普通科生徒への魔法の使用が重い処罰があるということで何もできない。しかも、数は普通科生徒の方が圧倒的に多いのです」
「では、どのような処罰が望ましいと?」
「私は、厳正なる処罰と見せしめが抑止力になると考えます。よって、両人のデュチェ制度の使用を提案します」
「「なっ!」」
校長とレティシアが驚きの声を上げる。
教頭はニヤニヤとした粘着質な笑みを浮かべている。
シモンは父親と同じような笑みを浮かべていた。
やはり親子なのだろう。
春人は、教頭の言った制度を知らない。
ゆえに春人はこの場で話題に取り残されてしまう。
「教頭、本気ですか!?ユウナギは普通科ですよ!」
「普通科だからといって魔法科に勝てないという道理はないですよ。現に魔法の才がない人物が軍には魔法使いたちと互角の力を持つ人材もいる」
「それは、ですが!」
「それにレティシア先生。あなたにこの場での発言に力があると思いで?私は校長と話しているのですよ。場をわきまえていただきたい」
教頭の言葉にレティシアは唇を噛んだ。
「しかし、教頭。ユウナギ君とマルシェ君では勝負にならないのではないのかね?」
「ええ、それは分かっていますよ。だから、シモンにはハンデをつけます。それでどうでしょうか?それにデュチェは双方の合意の下ならだれもも介入はできないのですよ」
「……デュチェは本来、魔法科同士での制度だ。こんなこと前例がない」
「それは理由になりません。それに今回の一件がきっかけで何か重大な事件が起きた時どうなさるおつもりです?そうならないように手を打つべきでは?」
校長はしばらく黙考した後に、口を開いた。
「しばらく時間をおきましょう。その間に、シモン君とユウナギ君は双方合意であるなら私は何も言えません。明日またここで意志を聞きましょう」
「僕はそんな時間必要ない。やるに決まっているだろう」
シモンは校長が時間をおくと言ったにも関わらずに即決した。
春人は黙っている。
デュチェ制度の詳しい内容を聞きたかった。
だから、
「わかりました」
とだけ返事をした。
「おう、ユウナギどうだったよ?」
春人が教室に帰ってきた時はまだ授業中だった。休み時間に入り、隣のガイが処罰について聞いてきた。
「ああ、なんかデュチェ?しないかだってさ―――」
瞬間、教室内が静まり返った。
他のクラスメイトも聞き耳を立てていたようで春人の声は全員に聞こえたらしい。
聞いたガイも固まっている。
すると、ソフィが慌てた様子で春人の所にやってきた。
「ちょっ、ちょっと待って!ユウナギ君デュチェって何か分かっている?」
「大体の事はレティ先生に聞いたよ」
デュチェ制度とは、いわゆる決闘制度の事。
本来、魔法使い同士がお互いの腕試しや模擬戦として組まれているカリキュラムの一種らしい。
歴史的に見て、この決闘制度で決められたものは数多く、賭けごとやスポーツなど幅広いジャンルの娯楽へ派生してる、とレティシアから聞いた。
そして、今回春人たちがやる予定のものは魔法科の授業の一つとして組まれているもので、2人の魔法使いが立会人の下、模擬戦をするというシンプルなもののようだ。
「おいおい、ハルトよ。お前正気かよ!」
「俺も何か分からないから校長が決めるための猶予をくれたよ。向こうは即決してたけど」
「クソ、胸糞わりぃな!自分たちが有利だって疑ってねえぞ、そりゃ。事実だがさ」
「そうね。というか先生も先生よ。何で止めなかったのよ!?」
「まぁ、提案してきたのが教頭先生だからな。何よりレティ先生はなんとかしようとしてくれたけどさ―――」
「あの教頭か!くそ!」
「知ってるのか?」
「ああ。なんでも魔法使いの名門出らしくてな。魔法が使えない人間はクズだとまで思ってる野郎だよ」
「そっか……」
だからこそ、シモンという息子が出来上がるのだろう。
シモンも今日は春人の事をクズと呼んでいたことを思い出した
「でも、ユウナギ君。デュチェなんてやめた方がいいよ」
「そうだぜ。わざわざ向こうの土俵でやる必要があるのかよ」
「―――そうなんだけどさ。実際、これ受けないとどうなるかわかんないんだ」
春人が考えるよりこの問題は大きなことなのかもしれないと教頭の話から思い始めていた。
確執がある両者は何かのきっかけで崩れてしまうほどの拮抗を保っている。
これで春人が決闘を受けなければ、教頭が言っていた事態になる可能性はゼロではない。
これも春人が迷う原因の一つ。
もうひとつは、
ここまで考え、春人は隣に座るリタに目をやる。
いつものようにうつむいてその表情は分からない。
彼女は自分の父親と兄が春人に提案する内容を知っていて、
そして、事件の当事者として彼らに有利になるような証言をさせられたのかもしれない。
しかし、春人はリタにそれを問い詰めるような事はしない。
春人にも少なからずリタが恐怖心を抱いたという事は事実だと分かるからだ。
だから、今春人は考えることにした。
この決闘を受けることが自分にとっての何なのか。
発端は自分の醜い八つ当たり。
ただの暴力だ。
なら、
「だから、今日はゆっくり考えてみるさ」
「―――そうかよ」
ガイは気にいらない様子で春人から視線を外した。
ソフィも呆れた様子で席に戻っていく。
他のクラスメイトからしても春人が何に悩んでいるのか理解できないらしい。
そこまで普通科にとって魔法科は恐怖の対象。
この決闘の結果は彼らにとって分かりきったものだった。