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第17話

「じゃあ、俺達授業に行くけど、ユウナちゃんどうする?」


「ここにいます。私もう授業ないんで」


気絶した春人を保健室のベッドに運んだ。

すでに昼休みは終わり、授業の時間へと入っていたが、ガイは春人を運ぶ役目があったため、ソフィが教室に事情説明しに行った。


アイナは騒ぎの中、いつの間にかどこかへと消えていた。

ちゃんと授業に出ているだろうか。


レティシアは、大まかな状況を聞くと、チャイムが鳴ると仕事があるという事で放課後に詳しい事情を聴くと言って保健室まで付き添い戻っていった。


「そっか。俺もいたいんだよなぁ」


彼も春人が心配なのかここにいたいよう、


「保健室で寝るって、すげぇ魅力的じゃん」


というわけでもなかった。


「ま、ソフィが先に帰った時点でさぼれないからな。やっぱ戻るか」


そう言うと、ガイは扉の前まで歩く。

扉を開けようとするが、その手を止め、首だけでユウナの方を振り向く。


「ああ、そうだ。ユウナちゃんありがとうね。あいつの魔法防いでくれて」


「いえ」


咄嗟の判断だったし、無我夢中だった。


「それとハルト(・・・)にさ、起きたらでいいから伝えといて」


「なんです?」


「やる時は先に言えって、じゃないと俺が入り損ねるだろうってさ」


ガイは扉を開けて、振り向かずに手を振ると保健室を後にした。











目が覚めると真っ先に映ったのは白い天井だった。


「あ、気がつきました?」


すぐ横からユウナの声が聞こえてきた。

春人は視線を移すとユウナが安堵したような表情を浮かべて春人を見ていた。


「先生が治癒魔法かけてくれたので、傷はすぐ治るそうですよ」


春人は今になって思い出した。


「ああ、そっか。あれからどうなった?」


「あれからそれとガイさんが間に立ってくれて。その間に、ソフィさんがレティ先生を呼んできて、先輩はそれを見てすぐ行っちゃいました。放課後になったら、レティ先生が事情を聞きに来るそうです」


「マルシェさんは?」


「あの先輩でしたら、ソフィさんが教室に連れていきました」


「今は何時?」


「丁度、5限目が終わったくらいです。ああ、だからといって次の授業は出なくてもいいみたいです。保健の先生が頭を打ってるかもしれないから無理せず寝てていいって」


そういうことなら焦らなくていいかと胸をなでおろす。

しかし、ただでさえ授業についていくのに精一杯なので一回の休みがどう響くのか恐いのは確かだった。


「ユウナいいのか?」


「私は午後の授業は魔法の演習なので免除になってるんで」


「流石に免除されすぎだろう―――」


「えっと、私もそう思うんですけど、先生たちが教えるようなことはないって」


天才ゆえにおそらく教師よりも魔法の能力が高いのだろう。

春人はユウナの特異性に驚くが、それが彼女ら姉妹の楔になっているのかもしれない。


春人もユウナも話すようなことはなかった。

春人は春人でまだ頭がぼんやりとしているし、ユウナもそれがわかったのか黙りこんでいる。

やがて、春人はこの沈黙に耐えられなくなる。


「えっと、ユウナはさ。あいつ、シモンだっけとはどういう………?」


春人は聞いてしまってからしまったと思った。

ユウナの表情がバツの悪いものになったからだ。

まだ思考が回っていないようだ。


こんなことに気づかないとは。


「――――シモン先輩は」


ユウナは話しにくそうにしていたが、シモンとの関係について話す。

ペアになったこと、交際を申し込まれた事、カっとなって手を出してしまった事。


春人は黙って、ユウナの話を聞いている。

不思議とあの時ほどの怒りを感じることはなかった。


「あの、ハルトさん」


「ん?」


黙って聞いていた春人に、話し終えたユウナは頭を下げた。


「ありがとうございました」


「なにが?」


突然の感謝の言葉に訳が分からない。

話を聞いたことに対してお礼を言っているのなら例を言う必要はないというのに。


「あのとき、私、またカッとなって、シモン先輩に」


きっとまたユウナは腹を立てていたのだろう。

自分の姉を『能なし』と侮蔑した男が許せなかったのだ。

そして、春人にも矛先が向いた事で歯止めが利かなくなったんだろう。

それより先に春人がシモンを殴り飛ばしていたと。


「―――いや」


あの時、なぜ春人はシモンを殴っていたのか分からなかった。

確かにシモンの態度や言葉に春人は怒っていたはずだ。

しかし、肝心の殴る瞬間、春人の頭は真っ白になっていた。

気付いた時には、一歩踏み込んだ自分と目の前で呆然と尻もちをついているシモンがいた。


それまでしっかりと怒りを抑え込んでいた自覚はあった。

あのまま穏便に済ませらたはずだった。


ユウナが動くつもりだったというからそれも難しかったんだろうが。


―――こんな『無力』でなんの『才能』もない『無能な』ね


シモンの最後の一言がどうしても頭から離れない。

この一言が春人にとって、耐えがたいことだった。


「ああ、そうか」


そこまで考えてようやく気付いた。


「何だ、俺は―――」


自分のとって、それは許しがたい事で、受け入れがたい現実だったはずだ。

受け入れていたはずだったのに自分はこんなにも醜い。


「ただ認めたくなかっただけだ」


ユウナは春人が言い捨てるように言った言葉に反応して顔を上げる。

ユウナが見たのは今にも泣きそうな春人だった。


「誰かのためにとかそんなことなに一つ考えちゃいない」


事実、殴った自分は無意識だった。

それこそが自分の本質だという証。


「最悪だ。ただの八つ当たりじゃないか―――」


その一言は、春人の心を深く抉った。

ユウナが何か言っていたが春人の心には何一つ響かなかった。











放課後になるとすぐにレティシアは保健室に来た。


レティシアが告げたのは本当に事務的なもので、なにがあったのかを聞き、それを報告するための書類作成を押しつられたと毒づいていた。


話し自体は10分程度で終わり、詳しい話は明日呼びだすとのことだった。

春人のケガも見た目ほど大したことでもないと春人本人は思っているのだが、ユウナが心配するので医者に診てもらうようにと言われた。

幸いなことに今日はルイの診療所に出向く用事があったので問題はないと思う。


「あの人苦手なんだよなぁ」


春人にはルイの人となりはどうにも苦手な部分があった。言葉の端々からにじみ出る異常性を春人は敏感に感じ取っている。それはユウナも同じようで、


「実は私もルイさんはちょっと……」


隣を歩く彼女も春人の意見に賛成のようだ。

しかし、春人の印象ではルイは男女の対応に差があったりする。ユウナにそのことを聞くと、


「事あるごとに私やお母さんにプロポーズするんです」


そう言えばしてたなと春人はルイの診察の時を思い出す。

春人が目覚めてからルイは春人の専門医みたいなものになっている。

春人の大怪我が早くに回復したのもルイのおかげだったりするから春人は無碍にするわけにもいかない。


「まぁ、こうして早く帰れるんだからいいけどね。もっと深く聞かれるかと思ったよ」


「そうですね。でも、来てくれたのがレティ先生だからよかったです。他の先生だとこうだったか分かりませんし」


「どうして?」


「レティ先生、めんどくさがりだから」


「………そうなんだ」


それきり会話がなくなる。

保健室でのやりとりから2人の間に言いようのない緊張があるのは春人にも分かっていた。

春人はユウナの勘違いにバツの悪い思いをしている。

ユウナは春人がアイナのためにシモンを殴ったと思っている。だからこその彼女のありがとうなのだ。


しかし、春人にとってはタダの八つ当たり。

自分が認めたくない事を指摘されたことへの単なる暴力にすぎないから


「あの、ハルトさん」


「ん?」


「着きましたけど―――」


いつの間にか春人たちが住むマンションのエントランスまで来ていた。

ここまでポツリポツリと言葉少なな会話しかできなかった。

ユウナにはさぞ気まずい空気だったに違いない。


春人は言葉にはしないが、ユウナに謝罪する。


「ホントだ。あっという間だったね」


エントランスをくぐり、オートロックの扉を開け、エレベーターに乗り込む。

こういう技術は動力源が異なるだけでシステムは同じものである。

様々な最適化を図った結果の形がここまで発展したのはここもあっちも同じことだ。


そして、エアハート家の扉にたどり着く。

ユウナがカギを開けて扉を開く。


玄関には鬼がいた。


表現を間違えたわけでもなく、玄関にはセラフィーナが仁王立ちしていた。

いつからそうしていたのか分からない。

春人たちの帰宅を待っていたのは確かだがいつから……?


「おかえりなさい、2人とも」


「「た………ただいま」」


2人にとってこのセラフィーナを見るのは珍しいことではない。

よくアイナが怒られているところを見ている。


しかし、それを向けられることは滅多にない。


「さて、ユウナ」


「はいっ!」


「ちょっとハルト君と話があるから部屋に行っててくれる?」


「わかった」


ユウナはくい気味に返事をした。

正確には部屋という言葉が出た時点で返事をしていたのだからその必死さは分かる。

春人だが冷や汗が止まらない。

ユウナは靴を脱ぐとセラフィーナの横を通り過ぎ、部屋へと逃げ込んだ。


玄関に残されたのは、セラフィーナと立っているのがやっとの春人。


「―――セラさん?」


恐る恐る声をかける。

すると、


「ハルト君、ケガは大丈夫?」


さっきの雰囲気が嘘のように緩和し、いつものセラフィーナになっていた。

春人は良かったと内心撫でおろす。

もはや重圧だけで傷口が開きそうだった。


「はい。今、痛みはないです。でも、気絶したから一応医者には見てもらいなさいと保健の先生が。なので、この後、ルイさんの所に行こうかなと」


「そう。大した事がないのならよかったわ。ルイには私から連絡しとくから行ってらっしゃい」


「ありがとうございます」


最後にお礼を言うと、春人は靴を脱いで、玄関の段差を上る。


「じゃあ、俺、支度してきますね」


「ハルト君」


セラフィーナの横を通りすぎて、廊下を歩くとセラフィーナから声がかかる。

春人は振り向いて、セラフィーナの背中を見る。


彼女は振り向かずに、


「あまり、心配かけないでね」


その一言で、セラフィーナの優しさが春人の心に沁みついた。

春人は一言、はいと返事するしかなかった。


「ただいま」


扉が開く音と共にか細く覇気のない声が聞こえてくる。


「アイナ、おかえりなさい」


玄関にはアイナがいた。

春人も振り返ってみるが、アイナの顔色を見て驚いた。


「どうかしたのか?」


「―――なにも」


「なにもって……」


なにもという人間がそんな顔しないだろうと思う。

それだけ落ち込んだアイナは小さな体がより小さく見えた。


「それより、あんた、大丈夫な訳?」


アイナはあの時いつの間にかいなくなっていたが、様子は見ていたのだろう。

春人の顔を見ることなく、アイナは聞いてきた。


「ああ、保健の先生に一応治癒魔法ってのしてもらったから、痛みはないよ。このあと、ルイさんの所に行くけど」


「そう―――」


アイナはおぼつかない足取りで自室へと入っていった。


「どうしたのかしら、あの子?」


「大丈夫ですかね?」


春人とセラフィーナは当然のようにアイナの様子に疑問を抱いていた。

それに今帰ってきたという事はずっと春人とユウナの後ろにいたのだろうか。

アイナがユウナに声もかけないなんてと思いながら、春人はアイナの身を案じていた。











「君はほんと無茶が好きだね~」


すでに日は落ちきり、夜となっていた。

春人は普通の病院なら閉まっている時間帯にルイの診療所へとやってきていた。

それもそのはずで、ルイの診療所は夜に開くという何ともあやしいところだ。

それも春人の苦手としている原因の一つでもある。


そして、最大の理由は、


「もうほんとさ、ここに住めば?診察に来る手間が省けるしさ~そうすれば、セラとの会話も増えるかもだし~」


ここの主であるルイだった。

春人のこの男の印象は胡散臭いマッドサイエンティスト。

この男に手術を頼めば、気づいたら魔改造されてたなんて事がありそうで怖い。

ともあれ凄腕の医者であることに違いはないようで、彼を頼りにやってくる患者はあとを立たないらしい。


主に裏関係で。


どういう経緯で彼と知り合ったのかセラフィーナに聞いてみたいが聞きたくない答えが返ってきそうで聞けない春人だ。

この年齢不詳、本名不詳の医者はなにが出ていてもおかしくないだろう。


しかし、春人が大怪我で命を繋いでいられたのは、ユウナの治癒魔法とルイの手腕のおかげに他ならないと聞いているので、春人はルイの腕だけは信頼している。


「あそこの保健医、腕はいいはずだけどね。一応診察しますけどね、男だけど」


「男だけどってルイさんの患者、8割方、男の人じゃないですか」


「そうですよ~見たくもない男の体なんて診たくないのにね。どういうわけかここ男しか来ないんだ~どうしてだろうね~」


「そりゃ、ここ怪しさ満点ですから―――」


今時、マンションの一室に診療所を構えている病院は珍しくないが、看板もないんじゃ来るわけないし、出入りしている人間が強面の人達ばかりだとその筋の患者しか来るわけない。

その上、診るのがマッドで女好きならなおさらだ。


「怪しさというけどさ~ぼくのどこに怪しさがあるんだい?僕ほど紳士な医者いないよ?」


「もう、その発言から紳士成分が足りませんって」


見た目からして黒く変色した血液の付いたよれよれの白衣という時点でおしまいだ。

春人の初めてルイに会った時、自分がどこか改造されてないか疑ったほどだ。


ルイは春人の体を診ていく。

包帯が巻かれているところを外すがそこにはうっすらと傷跡が残るだけだった。

そして、一通り春人の体を見たルイは先ほど撮った春人のレントゲンなどを見ていく。


「まぁいいけどね~ハルト君。君の体に特に異常はないよ~脳波も安定してるし、脳へのダメージもないね。明日は元気に登校だね」


「そうですか」


「じゃあ、僕は忙しいからさっさと帰った帰った。次来る時は、セラかユウナちゃん連れてくるように」


「分かりました。2人には絶対ついてこないように言っておきます」


「ふぅ~ハルト君。君も分かってないね。彼女らの主治医は僕なんだ。彼女達の健康管理は僕の任務でもあるんだ」


「初耳ですよ、そんな事」


「言ってないからね。それに僕が主治医という事に何か気付くことはないかな?」


そう言われて春人は思考を巡らす。

ルイは自称彼女らの主治医だと主張している。

そして、健康を管理する義務があるんだと。


そして、健康管理という事は彼女らの―――。


「まさか!」


そこまで考えてある可能性に行きつく。ルイの顔を見た。彼の顔はいやらしくニヤニヤとしていて、その表情から春人の推測は確信へと変わった。


「そう。僕のデータベースには彼女達の成長の記録。つまりは、スリーサイズなんかも……」


「………なんてこった」


そうなのだ。

彼女達は美人。

道を歩けば、皆が振り返り一緒に歩けばだれもがうらやむ存在。


セラフィーナは大人としての色香、色気ともに申し分もなにも普段からどきどきさせられる事必至の魅力の持ち主。

喫茶店フェリーチェの美人人妻店長。


ユウナは、年不相応のプロポーションと何よりその性格は日本で言う大和撫子そのもの。

そして、14才とは思えないほどのものを持っている事は服の上からでも分かるほどのボリューム。

学園きっての天才、氷雪の姫君。


アイナは……。


そこで春人の思考は止まる。


「ルイさん」


「ハルト君」


2人は固く握手する。

それは男として固い誓いが交わされた瞬間だった。


ピピピピピッ


「ハルト君、デバイス鳴ってるよ」


「すいません」


春人はポケットからデバイスを取り出す。

学園に通うという事でセラフィーナに渡された黒のシンプルなデザイン。

見た目や用途、操作方法など春人の世界で言う携帯電話によく似ている機械だ。

特定のデバイス同士で連絡が取り合えるらしい。


そして、相手はセラフィーナだったりする。

通話ボタンを押し、デバイスを耳にあてる。


「ハルト君、よく分からないけど、ルイの口車に下手に乗っちゃだめよ?」


その一言で通話は切られた。

春人はあらゆる疑問と恐怖を押さえつけ、様々なものを天秤にかけ、


「ルイさん、さっきの話はなかったことに……」


「くっ、毎度毎度セラはどうしてわかるんだ!?」


それには春人も激しく同意。


「まぁ、主治医ってのは本当だけど、スリーサイズ云々は嘘だけどね」


「あんたって人はーーー!」


本気でこのヤブ医者を殴りたくなってきた春人。


「やだな~ヤブじゃないよ。名医だよ」


「自分で言うな!そして当然のように心を読むな!!」


この世界の人は当然のように読心術を使えるのかと本気で疑い始めた春人だった。











「おはよーう」


次の日の朝、春人はルイのお墨付きをもらったので、普通に登校した。

しかし、それはクラスメイト達にとっては意外だったようで騒然となった。


「おいおい大丈夫なのかよ」


「そうだよ。死にかけたって聞いたよ」


「ああ、しかも超一級魔法をその身に受けたらしいじゃないか」


なぜか話しに尾ひれがついているような気がしないでもない。

そしてこの騒ぎを収めてくれたのはガイだった。


「うるせぇぞ、お前ら。騒ぐなよ。ハルトが大丈夫だってことは俺が言っただろうが」


「いや、だってガイだし………」


「どういう意味だよ、おまえら」


額に青筋を立てて、聞くガイ。

しかし、彼は普段の行いから来るクラスからの信頼度は低い。


次に話しかけてくれたのはソフィだった。


「ガイの話はともかく、ユウナギ君本当に体大丈夫だったの?結構派手に飛んでたよ、あれ」


「ああ、医者に診てもらったけど、見た目ほどひどくなくてさ」


ソフィは安心したように息を吐く。

実際、彼女には多大な心配をかけた事だろう。


「そっか。よかったよ。でも、私らよりリタなんだけど……」


それは春人の気になる所でもあった。

春人の騒動の相手は、彼女の兄であるらしいシモンだ。

何かしらの責任を感じているのなら、どうにかしたい。


リタは自身の席でうつむいて座っていた。

しかし、その肩はいつもよりも震えているように見える。


「ユウナギ君いない時はいくらかましだったんだけどね」


「………そっか」


春人は自分の席へと向かう。

自分の荷物を置くと、春人は隣に座るリタに声をかけた。


「マルシェさん」


リタは方を一瞬ビクッと震わせるが顔を向けることはしない。

春人はそのまま言いたい事を口にする。


「昨日はごめんね。騒がせちゃってさ。俺が余計なことしちゃったばっかりに。あのあとなにもなかった?」


春人が一番懸念した事は、自身がした事の怒りがリタに向いていないかという事。

ただの八つ当たりに彼女が苦しい思いをしたのなら辛いこと。

リタは春人の謝罪の言葉にリタは顔を上げてくれた。


「どう……して……」


「だって、俺があんなことしたから、マルシェさんになにかあったらと思うし、それにマルシェさんが気にしてこのクラスに居辛くなるのは俺としても辛いよ」


「わ、わた……」


春人の言葉にリタは、ポツリポツリと言葉を返す。


「わたし、が、兄様に、怒られる事は、いつものことで……いつも、わたしが…ダメで……魔法も、使えない……恥だから、」


春人はここまで聞いてリタがどうしてここまで人との接触を恐がっているのかその一端を知る事が出来たのかもしれない。

おそらくシモンを含め家族全員が魔法使いと呼ばれる才能あふれる一家なのだ。

しかし、リタは普通科で、つまり魔法の適性がないという事。

適性があったにもかかわらず普通科に通うとは考えにくい。

一家からしたら家名に泥を塗る存在として学園入学時、最悪、生まれた時から扱われてきたのだ。


それはシモンのリタに放った言葉から容易に分かる事で、何より彼女は異常だった。


そして、


「ユウナギ、君がケガした、のも……わたしが、ダメだからで……ユウナギ君は……」


その彼女の異常は春人の事さえも自身の責任だと刷り込まれてしまう。

彼女はきっとそういう風に生きるしかないほどに追い込まれてきた。


異常を抱えてしまうまでに。


春人は言いようのない熱を頭の奥の奥、心の奥底で感じていた。

それは小さな火種。

リタをここまで追い詰めた天才たちへの憤り。

確かな熱として春人にも自覚する事が出来ていた。


だが、春人にこの熱のぶつける場所はどこにもなかった。

拳を固く握りしめる。奥歯を噛み締める。

ぶつけることのできない怒りは溜めこむことしかできない。


「ユウ……ナギ、君?」


リタが怯えるように春人を呼んだ。

自然と顔がこわばっていたようだ。

春人は頭を切り替える。


「ごめん。昨日の事は、俺は気にしてないし、体は大丈夫だからさ」


これが今のリタに対してできるベターな言葉。

彼女になにを言っても今はきっと届かない。


「みんなー、席についてねー」


教室に担任の声が響く。HRが始まる。


「あと、ユウナギ君」


「はい?」


「廊下にレティシア先生がいるから、行ってきて。要件は分かってるでしょう?」


教室中の視線が春人に集中していた。リタも春人を見上げている。


「分かりました」


担任の言葉に毅然として言葉を返す春人は、確かな意志を持って教室をあとにした。


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