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第15話

「ユウナ、もう終わった?」


アイナはユウナの教室へときていた。

彼女のクラスの授業はすでに終えている。

日はすでに傾き、あと1時間もすれば暗くなってしまうだろう。

窓からは夕日の光が教室内を赤く染めていた。


「うん、お姉ちゃん」


ユウナは教室に一人座っていた。


「なに?待ってくれたの?」


「そんなに待ってないよ。私のクラスもさっき授業が終わった所なんだけど、ちょっと考え事してて」


「まぁ、いいわ。帰るわよ」


「うん」


ユウナはすでに帰り支度は済ませていたようで、机にかけてあった鞄を取るとアイナと一緒に教室を出た

本来は休日の日に授業をしているのだから早く帰りたいという生徒は多く、廊下には誰の姿のない。


「……またあいつの事考えてたの?」


あいつとは春人の事だ。

アイナはユウナがこの一週間放課後の時間を使って、会っている事は知っていた。

アイナは機を見てユウナに聞いてみた。


「そうだね」


「どうなの、あいつ?」


「どうって?」


「ほらこうすごい所とかどういう奴なのかとかさ」


「そうだね。ハルトさんすごく真面目でね、もうすぐこの国の文字は覚えられそうかな。あと魔法についてもすごく聞かれたな。やっぱり自分の知らない事だから興味があるみたいで……」


ユウナはうれしそうに春人との一週間をアイナに話す。

アイナはその話を聞きながら、もしかしてと思う。

決してあり得ない話ではないし、でも、まだあって一週間だ。

アイナにとって未経験な事であっても短すぎないかと思わなくもない。

アイナもユウナもそういう年頃であり、あってもいい年頃だ。


「でね、それでハルトさんが……」


まだユウナの話が続く。

彼女が男の子についてこんない話している所はアイナは見た事がない。

これまでアイナにしてもユウナにしても男の子との交流はない訳ではなかったが、親しくなったわけではない。

そこもユウナが意識する原因でもあるのかもしれない。

なにせ一緒に暮らしているのだから、知らなければ不安でしょうがないともアイナは思う。


しかし、この一週間、アイナは春人とどこか距離を置いて接している。

出会いからいきなりひざ蹴り加えてしまった事とかアイナの魔法で連れてきてしまった手前、気まずいのだ


そのため、最初の出会いと学園の説明をした日以外は春人よりも早く家を出て、帰っても会話も言葉少なに自分の部屋に引きこもっていた。

春人はそう気にした風もない。


ここまで気にするのにはわけがあったりする。

気まずいという事もあるが、恐いのだ。


春人がアイナに怒りをぶつけてくるかもしれない事が。


そんなことはないかもしれない。

ユウナの話を聞く限り、春人はこの世界に肯定的のようだ。

しかし、アイナにしてみれば、春人は初めての成功した魔法で無理やり連れてきてしまったようなものだ。

もし帰る方法が見つからなかったらどうすると春人が途方にくれたらどうなるだろうと。

きっと怒りを自分にぶつけてくるに違いないとアイナは思っている。


言われても基本魔法が使えないアイナにそんな方法があるわけもない。

あれ以来、本も押収されてしまっているため、召喚魔法について調べる事も出来ていない。


そして、アイナが春人に抱いていた期待もかなう事はなかった。

召喚魔法は強力な存在を呼びだす魔法だとアイナは認識している。

つまり、それで呼び出された春人に期待しない方がおかしい。


しかし、春人の魔法適性はない。


ここ一週間過ごしてはいるけれど、アイナの春人の印象は普通の男子でしかない。

まだ何かあるはずだとアイナは期待しているが、その片鱗をユウナから気づいたことはないかと聞きたいのだが、


「それでね……」


そのユウナは、春人語りに夢中である。ユウナの話を聞いていても普通の男子の印象が薄れることもない。


「……お姉ちゃん、聞いてる?」


「ああ、ごめん。なに?」


「もう、それでね――」


「ユウナさん?」


校舎を出ようと、下駄箱で靴を履き替えていたところで廊下から男子の声が聞こえる。

その男子は、サラサラとした栗色の髪を肩まで伸ばし、どこか気品を感じられるたたずまいをしている。

耳には高そうな赤い石がついたピアスが左右に二つずつ付けられている。

制服のシャツを開け、胸元にはさらに大きな赤い石がついたネックレスが光っている。

口元はいやらしく口の端を釣り上げられていた。


「奇遇ですね。こんなとこでお会いするなんて」


「………ええ、そうですね。シモン先輩」


ユウナはどこか気まずそうに応じる。

アイナにしてみればユウナは会いたくない奴に会ったと表情で語っているが、シモンと呼ばれた男はそれに気が付いていない。


「今から帰りですか?」


「そうですけど――」


「なら、ご一緒しませんか?校門に車を止めてありますから」


シモンはユウナに優雅に一礼する。

アイナはこの男が自分を視界に入れていないかのように振舞っているように感じる。


ユウナもそれが分かっているのか終始顔をしかめている。


「いえ、結構です。姉と帰るので、私たちはこれで失礼します」


「そうですか。では、道中お気をつけて」


気にした様子もなくシモンは2人の前から去って行った。


しばらくして、2人は家路の半分を過ぎていた。

シモンが現れてから2人の間に会話はない。

アイナはシモンとユウナの関係が気になるし、ユウナはシモンに会ってから難しい顔を崩すことはなかった。

アイナは意を決して口を開く。


「あいつ何?」


質問は簡潔だったが、ここでのあいつが春人を刺したものでない事はユウナも分かるだろう。

ユウナは難しい顔をしたまま、


「………シモン先輩だよ。魔法演習の時、一度だけペアになったんだ」


魔法科ではお互いの同系統の魔法をぶつけあって練度を高めるという演習がある。

ユウナは周りに拮抗した実力をもつ生徒がいなかったため、そこにシモンが駆り出されたというわけだ。


「ふーん、あんたとペアになるなんて、すごいの?」


「うん。相当な魔法使い(ウィザード)だと思うよ。でも、結局私がある程度加減しないといけなくて。」


ユウナは学園屈指の天才であるからして拮抗することは難しかったが、彼女に評価されるという事は優秀なのだろう。

しかも、ペアは教師によって選別されるから成績もいいのだろう。


「じゃあ、あいつとなんかあったの?」


ペアになったというだけで、ここまでユウナが人を嫌悪するわけがないとアイナは思う。

アイナにしても、シモンの態度が気に入らなかったが、それだけが理由とは思えない。

アイナの予感は当たりのようで、ユウナは言いにくそうに小声で、


「………交際しないかって、言われて」


「はぁ?いつもの事じゃない」


ユウナはその容姿と物腰、実力から名家のおぼっちゃま方にえらく人気で頻繁に交際を申し込まれている。


そのことごとくを蹴っているが。

普通の生徒は恐れ多くて近づけないのが大半だ。


「そうじゃなくて、君みたいな子は僕ぐらいしか釣り合わないだろうって」


「うわぁ、なにその口説き文句。完全に見下してるわね」


「それ自体は気にしなかったんだけど、それで―――」


ユウナが言いにくそうにしている。一体、なにをシモンに言われたのだろうか


「えっと、あの『能なし』が姉で君も苦労しているだろうって」


「それは―――」


『能なし』とはアイナの蔑称で、ここまで聞いてしまった事をアイナは後悔する事になった。


「それで、私、頭に血が上っちゃって、気づいたら、先輩の頬思いっきりぶっちゃってて」


アイナは言葉を発する事は出来ない。

アイナとユウナは双子ゆえに比べられる事は生まれたころからいつでもついてきた。

そして学園に入学してから、正確には魔法に触れてからというもの、優秀な妹と落ちこぼれの姉として教師にも生徒にも認識されてしまっていた。


一度根づいてしまったものは取り除くことはおろか広がり続け、今では学園内の噂話の種にさえなっている。


お互い言葉が出なかった。

アイナは返す言葉が思いつかない。

2人の悩みの種は根深く、決して成りたくてなったわけではないこの状況。

助けを求めることもできない。いずれ溺れてしまうかもしれない。


アイナとユウナ、2人の双子の間には、微妙な雰囲気が流れ、お互いが口を開くことはなかった。












「いや、これから帰ろうと」


「ごまかさなくていいわよ」


話をそらそうとしてもセラフィーナは春人をこの話から離しはしない。

春人はセラフィーナの真剣な目から視線をそらすことはできない。

その藍色の瞳は自分のなにを見ているのか春人には分からない。


「別に責めているわけではないの。ただあなたにとってこの世界はどうなのかなって思ったのよ」


「…………」


春人は黙って、彼女の言葉を待った。

セラフィーナは、言葉を続ける。


「確かに私たちにとってあなたの言う魔法のない世界は信じられないものよ。それもあなたの正気を疑うレベルの。でも私が思ったのは別の事よ」


「………というと?」


「あなたにとってもこの世界は信じられないものなのでしょう?しかも、ハルト君は訳も分からずにつれてこられた世界。より一層早く帰りたいと思うのではないかしら?」


「だから、帰る手段がないんだからしょうがないじゃないですか」


「それを言い訳にしてない?」


「…………」


春人は黙る。この場合の沈黙は認めてしまう事と同義だが、春人にそれを否定するものはない。

春人は自分の意志は気が付いている。


「手段がないなら、もっと私たちに当たり散らすべきなのよ?それすらしない。あなたの人柄という事もあるでしょうけど、今の状況でそう達観していられるのは、おかしいわ。ハルト君の言葉を借りるならば、正気を疑うレベルでね」


「もしかして、帰るのが怖い?」


その通りだった。

もう、目を逸らすことはできない。

ここで誤魔化すことは簡単だ。


セラフィーナはきっと笑ってこのまま離してくれるだろう。


しかし、一週間普通に暮らしていた。

何事もなかったように。

そのことに春人は違和感が隠せなかった。

ここには誰も責める人などいないし、春人を知る人すらいない。


「―――母さんは」


自然と、考えるより先に口が動いていた。


「きっと俺達がいなくて泣いているかもしれません。もしかしたらいないかもしれません。父さんはどうなんでしょうね。あの人なら大丈夫そうですけど」


声は平坦で、詰まる事はない。頭は働いているのに、言葉を選ぶことができない。


「俺の周りの人はたくさん倒れてて、ビルは上から崩れてくるしで、辺りは火の海で、煙で視界は悪いし、誰が生きてて誰が死んでるかなんてわからなくて、でも」


言葉に整合性はなく、きっと聞いているセラフィーナにはなにも分からないだろう。

それでも彼女は春人を見つめる。ここから春人の声に感情がこもる。


「握った手は温かで、握られた手は確かで、そこにいるんだって、俺は守れてるって実感できて」


感情があふれてくる。それは春人自身に制御できない。

歓喜、憤怒、悲嘆など様々な感情が入り混じり、奔流となって押し寄せる。


「でも、天井が落ちてきて、どうしようもなくて、俺にはなにもできなくて、でも、握った手は離したくはなかった」


涙すら出てこない。

すでに涙腺と壊れた心は渇ききっていた。

思い出すのは最後の表情で、握った手の感触はすでに忘れてしまった。


きっと春人は自分の無力を許せそうにない。


「大丈夫」


と春人が思考の海に沈みこむ前に、セラフィーナが声をかける。


「なにが……っ……」


春人は顔を上げる。

そこにあったのは笑顔で、春人には理解できない。

おそらく、彼女には春人の言葉の意味は理解できていないだろう。


それでも春人の後悔と嘆きを感じただろう。


「もし、元の世界に帰ったとしても俺は一人かもしれない。なにも残ってないかもしれない。そんな世界、俺は認めたくない!」


「なら、私が母親ね」


「は?」


セラフィーナの言っている事が理解できなかった。母親?


「きっと大丈夫。元の世界に帰るまでは私が母親です。2人の妹もいますよ」


「……えっと、なんの話で?」


噛み合わない会話。しかし、


「ハルト君、元の世界には希望がないというなら私たちの家族になりましょう。でもあちらの世界の家族がいるんならそれはダメ。でも、一人になる事があるなら、大丈夫。ハルト君は一人じゃない」


春人は理解した。

目の前にいる女性は自分が一人にならないようにと。


「ここがあなたの帰る場所ですよ」


すでに心は渇いていると思っていた。

出る涙などないと思っていた。

でも、春人の頬に熱い何かが流れる。


それは紛れもない涙で、壊れた心が潤う瞬間だった。


春人は顔を見せまいとうつむき、涙を流しながら、静かに頷いた。












「もういいの?」


「はい」


春人はしっかりとした声で答える。

目はまだ赤く腫れているが、確かな意思があった。


「俺は確かに帰りたいわけじゃないです。でも、帰らないわけにもいかない」


しかし、


「もし、あの世界の現実が絶望でもしっかりと受け止めようと思います」


「無理せずにね」


「はい」


春人にもはや迷いはなかった。これからは積極的に帰る方法を探すとしよう。


「ふふ、私にも息子が出来るのね」


「ははは、セラさんが母さんですか。ただでさえ年齢不詳なんですから、俺なんて息子がいるなんて事になればっ!」


「なにかしら?」


春人は最後まで言い切る事は出来なかった。

というか一週間前にも経験した事。

春人は口の中に指を突っ込まれていた。

セラフィーアの細くしなやかな人差し指と中指。


きっと下手な事を言えば、指先から魔法が飛び出るのだろう。


「ひへ、はひほ(いえ、なにも)」


春人は緊張感よりも別のものと戦っていた。


それは己の本能。


今、春人の口に入っているのはセラフィーナの指。

つまり、美人の御手。

舐めたい衝動に駆られるのは必然。


―――だと思いたい。


必死に舌を喉の奥まで引っ込めて、理性と戦う。


「別に舐めてもかまわないわよ?」


「ほほろほほはへは!(心を読まれた!)」


母親にはかなわないと思う春人だった。


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