第13話
「はじめまして、今日からお世話になります。夕……春人・夕凪です」
春人の自己紹介が教室な中に響く。
特別大きな声で話しているわけではないが、今この教室で口を開いているのは春人のみで、クラス全員の視線は春人に注目している。
クラス全員の顔立ちは全員日本人の顔立ちとはほど遠く、外国の学校にでも転向したような錯覚に陥る。
春人は、この学園の普通科の制服に身を包んでいる。
黒を基調としたブレサーとスラックスに赤いネクタイをしている。
男子の制服と同じように女子の制服のブレザーは黒を基調としており、スカートは青のチェック柄だった。
アイナが来ていた魔法科の制服とは正反対の印象を受ける。
「夕凪君は、家庭の事情で編入時期が遅れていて今日ようやく編入してこのクラスの仲間になる事が出来ました」
担任の先生(名前)が春人のおかしな編入時期について理由を説明している。
この編入理由だったりは、すべてセラフィーナの友人であり、ここの学園の教師をしているというレティシアが考えたものらしい。
あのセラフィーナの提案から三日。編入手続きから試験、編入までをこの短い期間でできるとは思いもしなかった。
春人はアルクレイド学園普通科5年1組に編入する事になった。
春人の世界で言う高校2年の学年がこの学年では5年らしい。
アルクエイドという国は教育制度がしっかりしている国の一つであり、この国では義務教育が6年と高等教育に6年と分かれている。
義務教育ではあちらと何ら変わりない教育内容であるが、高等教育はかなりの規模の数の学校数と学科数がある。
将来の進む道で学校を決めたり、魔法の適性に応じての入学など様々な選択を子供たちに提示する事で、高水準の教育を可能にした。
6年間にも及ぶ専門教育により高いレベルの人材輩出を実現する事が出来る。
春人が編入する事になったアルクエイド学園には、普通科と魔法科の二つの学科しか存在しない。
他の学校に比べれば、その数は少ないが履修可能な授業は多種多様に及ぶ。
技術家、科学者、研究者、教育者など生徒が自由に進む道を選択ができるようにと考案されている制度で、多くの知識を身につけることであらゆる状況にも対応できる人材を作り上げようというのが狙いだ。
学園では魔法の適性があれば魔法科への編入が可能だったようだが、検査の結果春人には魔法の適性は一切ないと出た。
春人が落ち込まなかったと言えば嘘になる。
この世界《ディエベルト》では魔法が発達した世界だと聞いて、もしかしたら自分も魔法が使えるかもと期待に胸を膨らませて、検査の前日眠れなかった事は春人だけの秘密だ。
結果に納得がいかなくて再度検査を申し出た事も秘密だ。
結果は変わらなかったが……。
ともあれ、春人は普通科への編入が決まる。
しかし、ここで大きな障害が春人に立ちふさがる。
それは学園に通う上での必要不可欠だった。
魔法に関しては触れる機会に恵まれなかったという事にして多少の無知は許容の範囲内であった。
立ちふさがったのが文字だった。
ディエベルトという世界に来てから言葉に困らないという事から失念していたことだが、春人はこの世界の文字が読めなかった。
文字が読めなければ、教科書も授業の内容も理解することなどできないだろう。
頭を悩ませた春人だが、それもセラフィーナが考えていた。
「夕凪君は、この学校に転入する以前から海外で生活してたので、この国の文字が読めませんので、みなさんしっかりとフォローしてくださいね」
春人は帰国子女という事になっていた。幼少より外国で生まれ育ちアルクエイドに来たのは初めてという設定だ。
春人にしても外国に転校してきたような気分なので、丁度いい。
「じゃあ、夕凪君。後ろのあいてる席に座ってくれるかな?」
「はい」
「せんせ~」
春人が自分の席に行こうとすると一人の女子生徒が挙手する。
赤みがかった髪をウルフカットにし、サイズの小さな体で幼さを残す顔立ちをしている。制服のそで口は余っているのか、挙げた手の掌を半分ほど隠してしまっている。
「夕凪君の質問タイムはないんですか?」
「もうホームルームが残り少ないんで、そっちでなんとかしてください」
いろいろと生徒に丸投げする先生だと春人は思った。
どうやらクラスメイト全員の話は彼女が代弁したようなものなので春人は静かな教室を歩いて、席に着いた。
「それでは、ホームルームを終わりにします」
こうして、春人の学園初日が始まる。
「ねぇねぇ~夕凪くん」
一時間目の授業を終え、休み時間に入る。
一時間目の授業は、数学だったので文字の読めない春人にも何となく理解可能な授業だった。
しかし、教科書が読めないのは痛い。
と思っていると、先ほど挙手をしていた小柄な女子生徒が春人に話しかけてきた。
「あぁ~なに?え~と」
「ソフィ・マールだよ。みんなソフィって呼ぶからそう呼んで」
「ソフィね」
「でさ、夕凪君はどこの国から来たの?言葉うまいよね」
これは春人にも予想できた質問なので、セラフィーナに考えてもらっている。
「タイタニアっていう国の田舎の方だよ。言葉は何故か家庭でこの国の言葉を使っていてさ、文字は分からないけど話せるっていうおかしなことになっちゃって」
「タイタニアかぁ~あそこって確か美味しいものいっぱい採れるんだよねぇ。でもさ、文字分からないのって困らない?なんかできる事ある?」
ソフィはこういう事を率先して申し出る子なんだなと春人はこの女子生徒に好印象を抱いた。
もしくは、このクラスのまとめ役として気にかけてくれているのかと思った。
「確かに困るけど、実は放課後に教えてもらう約束してるんだ。だから、今のところは心配してないかな。でも、それでも分からない所があるかもしれないから、その都度聞くことになっちゃうかな」
「うん、いつでも聞きに来ていいわよ。まぁ、誰にでもっていうのは難しいかな。私は席遠いし、リア……あんたどうしたの?」
ソフィは、春人の席にいる女子生徒に話しかけた。
リアと呼ばれた女子は、栗色の髪をおかっぱに切り揃え、前髪が長く目が隠れてしまっている。
しかも、うつむいているので表情が見えない上に、握りこぶしを膝の上に置いて肩を震わせていた。
「えっと、気分でも悪い?」
様子のおかしい女の子に春人は話しかけるが、リアと呼ばれた女子は顔をあげ春人の方を向くとワタワタし始めた。
「え、あ、その、えと、その、私なんか、心配されるようなことは、」
「あ~気にしないでこの子あなたの隣で緊張してるのよ。リア少し落ち着きなさい」
「うぅ~ソフィ~」
リアはソフィを引き寄せるとその後ろに隠れてしまう。
春人はその姿がなんかかわいらしく思え、2人は姉妹のように見えた。
「夕凪君、この子はリアって言うのよ。御覧の通り、人見知りが激しいから。ほら、リア。隠れてないで自己紹介」
「………リア・エルヴァシウス・マルシェです」
片目だけ|(といっても前髪で見えないのだが)を出して、自己紹介するとすぐ隠れてしまった。
「はぁ~リアがこれじゃなぁ~。ふむ、ガイ………は無理か」
「おい、人の顔見て何失礼なことぬかしてんだ。俺でも文字くらいは読めるわ」
ガイと呼ばれた春人のもう一方の隣の席に椅子を傾けながら腰掛ける男子生徒。
赤い髪を逆立てて、不良と言われれば納得するような風貌をしている。
体つきは、服の上からでも分かるほど鍛えられていて、背も180以上はありそうだ。
「え?うそでしょ」
「嘘じゃねぇよ!」
「だって、あんた勉強なんてできたっけ?」
「できるわけねぇだろ、そんなもん。できて何になるよ。できなくても文字は読めるわ!」
「まぁ、体力馬鹿にはお決まりのキャラ設定よね」
「設定言うな」
そんな漫才のようなやりとりがあり、ガイと呼ばれた男子生徒は春人の方を向く。
犬歯を見せ、威嚇するような顔を春人に見せる。
おそらく笑っているのだろうが春人にはそうは見えなかった。
「よぉ、夕凪。俺はガイ・アレオンだ。ガイって呼んでくれていいぜ」
「ああ、よろしく」
「こいつ馬鹿だから、勉強の事はなんとかリアに聞いてみて頂戴」
「ソフィ~」
リアになおも押しつけるソフィ。
そんなソフィにリアは悲鳴を上げるように反論しようとするが、
「リア、しっかりやんなさいよ」
そう言い残すと、ソフィは自分の席へと帰って行った。
気がつくともう休み時間が終わりそうだ。
「ええと、よろしく。マルシェさん」
春人が努めて優しくリアに話しかけるが、リアは顔を真っ赤にすると顔を隠すようにうつむいてしまった。
「いや、マルシェには無理だろ」
ガイの呟きに春人は全力で頷いた。
授業の終了のチャイムが響いた。
これで今日の午前の授業が終わった事になる。
春人は1時間目の数学こそなんとかなったが、それ以降の授業は何ともならなかった。
2時間目には母国語、3時間目にはどこかの外国語、4時間目には歴史だったらしい。
どれも教科書の意味も分からないし、教師の板書もちんぷんかんぷんだった。
春人も理解しようと必死になるが、左隣に座るガイは、授業開始早々睡眠学習を開始。
授業終了に目覚めるという役に立たない始末。
右隣に座るリアはうつむくばかりで話しかける事すらままならない。
教師も春人のそんな状況を見て取ったのか指名するようなことはしなかった。
離れた席に座るソフィもあちゃぁといった様子で春人の方を見ていた。
ともあれ一日目の半分が終わった。
春人は力尽きたように机に突っ伏する。
教科書は読めない、板書も分からない、両側も当てにならない。
そうなると教師の説明に集中するしかなく、春人の神経は限界に近い。
「あぁぁ~」
「いやはや、お疲れです」
うめき声を上げる春人に話しかけてきたのは、ソフィだった。
春人は顔を上げるとソフィを視界の中に入れる。
ソフィは右手にかわいらしい袋を持っていた。
右手は制服の袖で隠れてしまっている。
彼女の体が小さい事もあるのだろうが制服のサイズがあっていない。
「にしても、あんたは相変わらずとしても。リア、目線も合わせないって……」
ソフィは春人の両隣りに座る2人に呆れた視線を送るが、ガイは気にした様子もなく、リアはさらに縮こまってしまった。
「しょうがないだろ、眠いんだから」
「あんたいつも授業中寝てるでしょうに。あんたには最初から期待はしてないけど?」
「いいよ、ソフィ。2人に無理させちゃ悪いからさ。マルシェさんもごめんね」
「ほら、夕凪も分かってんじゃねえかよ。俺はともかくこの状態のマルシェに任せようなんて鬼畜以外のなにものでもないぞ」
「わたしもそれは見てて思ったわ。夕凪君もリアも悪かったわね」
「いや、ソフィが謝る事じゃないよ。マルシェさんそんな小さくならないで」
会話が進んでいくうちに、どんどん小さくなっていくリアが気になってしょうがない春人が声をかけるも、相変わらず春人の方を向いてすらくれない。
そんな様子を見かねたソフィが、
「ほら、リア。なんか返してあげないと夕凪君気にしちゃうよ?」
リアが返事するように促す。すると、リアはソフィの顔を見て、次に意を決したように春人の方を向いてくれた。
そして、
「ご………す…………うぅぅ」
なにか言葉を発し、がんばったがソフィの後ろに隠れてしまう。
リアが言った言葉はごめんなさいとすいませんとの二言だろうと予想できる。
春人は、謝罪されたことに困惑を隠せないが、懸命に話してくれたリアの言葉なので何も言う事はない。
「はぁこの子は………」
後ろに隠れてしまったソフィはやれやれと言ったと様にため息をつく。
彼女もリアに関して気苦労が多いみたいだ。
「それお弁当?」
このままではリアがいたたまれなくなってしまうので、春人は話題を変える。
矛先はソフィが持っている袋についてだ。
「うん、そうだよ~」
そういって自慢げにお弁当を掲げる。
「自分で作ってるの?」
「うん、兄弟多いんだよね。お母さんとお父さんは仕事で朝早いし、私一番上だからさ、全員分のお弁当作るのは私の仕事なんだ~。今日のは結構の自信作なんだ」
そう言って、お弁当をリアの机の上に置き、蓋をあけて中身を見せてくれる。
中には綺麗に装飾されたおかずと白米。
本人の見た目に対して和があふれるお弁当だった。
おかずには卵焼きときんぴら、煮物がある。
ソフィが台所でエプロンをして煮物を作る。
(………似合わないな)
決しておかしいとは思わないが、違和感を隠せない。
この世界が春人のいた世界とは違うにしても似たところはあるし、おかしいところも多い。
(それも含めて修正してかないとな)
改めて、自分の置かれた状況のやっかいさを再確認する。
「ガイは?」
「あぁ~俺はこれだ」
といって、ガイも自分の鞄から弁当箱を取り出す。
「………えと」
「なんだよ?」
「夕凪君言ってやんなさいよ。あんたにはひどく似合わないわよそれ」
「どういう意味だよ」
反応に困ったのは事実だ。
なにせガイほどの大柄な男気あふれるような男子からよもやピンクのかわいらしいウサギの弁当箱を連想するのが難しい。
「確かに百歩譲って、この弁当箱が俺向きじゃないのは認めるが、」
「百歩でも足りないわよ」
「黙って聞け。俺の愛する妹が丹精込めて作ってくれたお弁当だ。見てくれがおかしかろうと俺はこれを一生大事にできる」
「いや、食べようぜ」
「ああ、食うけどな」
嬉しそうにお弁当を大事そうに撫でる。
ピンクのウサギ弁当箱をめでているガイに気持ち悪いことこの上ないが、妹を思う気持ちは春人にも分かる所だ。
春人も夕希の作ってくれたお弁当なら食べないで永久保存できるならしたいくらいだ。
残念ながら夕希に料理スキルがなかったが……。
ソフィはガイの話を聞いて、なにか腑に落ちない点があるようで首を傾げていた。
ガイはお弁当箱を撫でるのに満足したのか、止めてあったゴムを取って満面の笑みで蓋を取った。
中身は、一面の白米の上に、赤い梅干し一つ。いわゆる、二の丸弁当。
「「ぐっ!!」」
春人とソフィは必死に笑いをこらえた。
本能が笑ってはいけないと警笛を鳴らす。
ここまで妹を溺愛しているガイの事だ。
料理好きの妹さんがわざわざ兄のために作ってくれたお弁当だと想像していた春人。
決して、日の丸弁当を否定するわけではないが、期待したものではなかったのは確かだ。
ガイも弁当の中身を見て笑顔がひきつっている。
どうやらガイにもこの中身は予想外だったようだが膠着は一瞬で、
「いや~うまそうだ~いただきま~す」
と、意気揚々と食べ始めた。
春人は気になったので、ソフィに小声で聞いてみた。
(ソフィ、これって……)
(ええ、ガイは極度のシスコンだけど、妹さんの方は年頃の女の子よ。というよりいつもガイにお弁当なんて作らないもの。たぶん、普段しつこいガイに嫌がらせでもしたかったんじゃないかしら)
(そ、そっか)
それを聞くとガイが酷く不憫に思えてきた。
見た目は不良なのに、残念なようだ。
春人は弁当を食べるガイを見る。
心なしか泣いているように見えるのは気のせいだろうか?嬉しそうに。
しかし、それでも妹思いのガイを応援したい春人だった。
「そう言えば、夕凪君お昼はどうするの?お弁当持ってきた?」
「ああ、食堂でも使おうかなって。タダで利用できるって聞いたからね」
三日間でこの世界の常識などを叩きこまれたのだ。
学園の常識も頭に入れておくことも必要なことだった。
なにせ春人の世界と教育制度からして違うのだ。
世界の常識に関してはまだ完ぺきとはいかないし、むしろ授業で学んでいく事なのでおおよその事で済んだ。
学園の事はパンフレットがあるが、読めなかったので、アイナとユウナに教えてもらった。
そこで昼食はどうしているのかと聞いたら2人はお弁当だというが、学園には食堂があるという。
それも飛びきり美味な。しかもそれをタダで食べられるとアイナが言っていたので大丈夫なはずだ。
春人はひそかにこの昼休みを楽しみにしていた。
「おまえ大丈夫か?」
「なにがさ?」
ガイとソフィ、加えてリタまでも何言ってんだこいつ?といった様子で春人を見ていた。
「食堂がタダになるのは魔法科の生徒だけだよ」
「は?」
「普通科の生徒が利用するには、金とるぞ。しかも、そこらの高級レストラン並みに」
「…………です」
「マジ?」
フリーズしていた頭がようやく動き出した。
リタも何か言っていた様な気がするのは空耳だろうと春人は思うが。
ともあれ春人には目先に問題が浮上したのは言うまでもない。
(アイナ~~~~!!)
春人はガセ情報を教えたアイナに心の中で非難する。
確かに、アイナとユウナは魔法科で普通科の事など知らなかったのだろう。
ユウナが指摘しなかったのは彼女自身もこの事を知らなかったのだろう。
今思えば、彼女は食堂に関しては首を傾げていたし。
「知らなかったようね。という事は今日なにも食べるものなし?」
「…………そうなります」
「じゃあ、私たちの分けてあげるわ。リタもいい?」
ソフィの提案にリタも遠慮がちに頷く。
「……わ、わた、わたしの、で、よけ、っれば」
「ホント?」
春人には2人が女神に見えるのは言うまでもない。空腹がいいかげん限界に近いのだ。普通は遠慮するところだが背に腹はかえられない。それにせっかくの提案だ受け入れさせてもらおう。
と、春人が2人を拝み倒していると、もうお弁当を食べ終わったのかガイが周りの喧噪に気づいた。
「なんか廊下の方が騒がしくねぇか?」
「言われてみればそうね。なんかあったのかしら?ねぇ」
ソフィが廊下側の席にいる女子生徒に話しかけて聞いてみる。
春人も廊下の方を見てみると数人の生徒が身を乗り出して廊下を覗いている。
話を聞いてきたソフィが戻ってくる。
「なんか魔法科の姫君が普通科の校舎に来てるらしいわ」
「姫君って、あれか?学園の天才?」
「そう。学園史上4人目の天才・氷雪の姫君ね」
「そんな魔法科の有名人が、なんたって普通科に?」
「さぁ?魔法生徒の事が私に分かるわけないじゃない」
「まぁ、そりゃそうか」
ソフィとガイは状況が理解できたのか、互いに納得した感じだ。
「なぁ、なんだったんだ?」
「ああ、夕凪は知らないか」
「氷雪の姫君っていうのは、この学園の魔法科におる天才につけられた名前でね。入学初日から魔法の才能が誰よりも優れてて、学園の試験制度がなかったら、もっと早くカリキュラム終えてる事は間違いないんだけど、あっという間にカリキュラムを進めちゃって、すでに二つのカリキュラムを終えている天才少女のことよ。その名の通り、水系統の魔法の中でも操作が難しい氷雪魔法を半年間で習得して、その他の水魔法と風系統の魔法も習得してるらしいわね」
ソフィの解説にガイが続く。
「しかも、その美貌は見る者を魅了していて、普段の可憐さと魔法を使っている時の凛々しさに男女問わずファンがいるっていう美少女なんだとさ。ファンクラブもあって学園の大半の生徒が所属してるって噂だ」
「………2人とも詳しいね」
「そりゃ、今だけ有名ならいやでも噂は耳に入るって。俺も本人見た事あるけど、妹の次に美人なのは確かだ」
「シスコンは無視して、ガイがここまで妹以外の女子を評価するのは珍しいわよ。妹以外の女子は女として見てないんだからこいつ。私も見た事あるけどあれは女のあたしでも嫉妬を通り越して憧れるぐらい綺麗だったわ~」
ソフィは姫君の姿を思い出して悦に入ってしまった。ガイはそんなソフィの意見に頷いている。
春人は2人にここまで言わしめる氷雪の姫君なる人物に興味がわいてきた
。春人も男なのだ。綺麗な女性に関して興味がわかないなどあるわけがない。
「そんな有名人が何しに来たんだろうな」
春人も魔法科の有名人が普通科に来る目的に疑問がわいてくる。
すると、廊下の喧噪が近づいている事に気がついた。
ガイとソフィも気づいたようで廊下の方に目を向けている。
リタはソフィの背中に怯えたように隠れてしまう。
「なんだ近いな」
「そうね」
春人も頷こうとしたが、
「あ、春人さん」
透き通った声が、喧噪の中、春人の耳に聞こえてきた。
騒がしかった教室内は先ほどまでのなりをひそめてしまった。
代わりに教室中、加えて廊下にいた生徒の視線は声の主と春人へと向いている。
春人はそんな変化を感じ取りはしたが、呼ばれた声に心当たりのあったので返す。
「ユウナ、どうしたんだ?」
声の主は、ユウナだった。
魔法科の白を基調とした制服に赤のチェックのスカートを揺らしながらユウナは教室の扉の前で立っていた。
その顔は探し人を見つけたためか、笑顔があふれている。
春人は、三日前の出会いの後、ユウナを名前で呼ぶようにしている。
ユウナからそう呼ぶように言われたからだ。
無論アイナも。
親しげな春人への視線が増えたのは言うまでもない。
ユウナは教室に入り、春人の近くに来ると、
「お弁当持ってきました」
そう言うと、ユウナは手に持っていた袋を春人に手渡す。
「お姉ちゃん、食堂がタダって言ってましたけど、それ魔法科の生徒だけだって思い出したんで、持ってきました。普段使わないんで私も忘れてて。結構急いで作っちゃたんで簡単なものですけど」
「え?わざわざ作ってくれたの?」
「いえいえ、そんな手間ではなかったですよ。お弁当なんて2人分も3人分も変わりませんし。男の人がどれくらい食べるのか分からなかったので足りないかもしれませんけど」
「いや、作ってくれただけでうれしいよ。今さっき食堂の事聞いてさ。どうしようかと思ってたんだ」
「なら、届けて良かったです。じゃあ、私お姉ちゃん待たせてるんで」
「ああ、ありがとう。ユウナ」
花が咲く様に笑うユウナ。小さく手を振ると振り返り教室から出ていった。
春人は、お弁当の中が気になり、早速食べようと机に弁当箱をとりだすが、
「ちょっと待て」
隣から制止の声が上がった。
「なんだよ?ガイ」
もはや春人は空腹から来るイライラを隠そうとはせず、ガイの顔を見る。
「なんだよじゃないわよ。あれはどういう事?」
春人の反応に今度はソフィがかみついてきた。
どういう事というのはおそらくユウナが春人にお弁当を届けたという事だろう。
おそらく魔法科の生徒が普通科の生徒に弁当を持ってくるということが珍しいのかと春人は思ったので、
「あの子はユウナって言って」
「んなこたぁ知ってるよ」
ユウナについて説明しようとしたらガイに口を挟まれる。
ソフィとリタもそんな事聞きたいんじゃないと顔に書いてあった。
「なんで氷雪の姫君が夕凪君にお弁当を届けに来るわけ?」
「しかも、名前で呼び合ってるってどういう事だ?」
「……っ………っ」
「………は?」
ソフィとガイから来る当然質問。
ソフィの後ろで隠れていたリタもしきりに頷いている。
ユウナが来たと言うだけなのになぜ今話題になっていた有名人が出てくるのか。
春人はここで気づいた。
視線が自分に集まっている事には気づいていたが、そこに含まれている感情に気づかなかった。
そして、この視線の意味にも気づいた。
すでに遅いが。
男女問わず疑念と嫉妬が大小入り乱れる混沌とした雰囲気が教室に春人を中心に、というか向かって集中していた。
春人はユウナがこんな有名人であるとは知らなかったとはいえこの空気には耐えられない。
「いや、これは、その!」
クラス全体の雰囲気に圧倒されてうまく口が回らない。
「さぁ、吐け」
ガイが春人を逃がすまいと、両肩をつかむ。力いっぱい。
「痛いって!!」
春人の抗議にお構いなしに力は緩めないガイ。
その後ろには5年1組のクラスメイトが並んでいた。
数人が逃げ道をふさぐように扉、窓と逃走ルートをふさいでいく。
「お前ら息ぴったりだな!!」
転校初日だが、クラスの連帯感に驚愕せざるを得ない。
場違いにも、このクラスとは仲良くなれそうだと春人は思った。
みんな春人を射殺さんばかりの殺気を向けているが。
そこに、
「春人さん」
天使は春人を見捨てなかった。
さっき教室から去って行ったユウナが戻ってきていた。
クラスメイトはユウナの声がすると同時に元の場所に戻っていた。
この間、約コンマ5秒。
「………どうしたんだ、ユウナ?」
クラスメイトからの尋問から逃れる事の出来た春人はユウナのいる教室の入り口へと向かう。
一人残らず殺気を春人の背中を刺している。
春人が目の前に来ると、ユウナは顔を赤らめ恥ずかしそうにはにかむ。
かわいい。
その場にいた誰もがそんなユウナに魅了される。
ユウナは恥ずかしそうに口を開いた。
「今日の放課後、忘れないでくださいね!」
言うと、ユウナはその場を去って行った。
とんでもない発言を残して。
春人は振り返る事が出来ない。
なにがあるかなんて明白じゃないか。
「さて、」
春人の肩に大きな手が置かれる。
振り向くとガイがそこにいた。
その後ろにはクラスメイト一同。
皆、気持ちのいいさわやかでいて、不自然な笑顔をしていた。
「尋問を始めようか」
春人が昼ご飯にありつけたのはこの日の放課後だった。