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第12話

「ユウナ、アイナはどうしたの?」


学園から帰宅したユウナはセラフィーナにアイナの所在を聞かれた。


「お姉ちゃんなら図書館に寄って行くって言ってたよ。門限までには必ず帰るって言ってたから、この前みたいな事はないと思うけど……」


ユウナはセラフィーナが一週間前の夜のような事にならないかと危惧しているのかと思い、そう答えたがセラフィーナはそれに関しては心配していないようで、


「それはいいわ。破ったら破ったで、ふふふ」


右手を頬にあてて、含み笑いをする。

その様子にアイナはひきつった笑いをするがアイナがちゃんと帰る事を切に願った。


自室に行き、いつもの場所に置いて、少年の眠る部屋の扉を一瞥し、セラフィーナのいるリビングへと入る。

テーブルの上には、綺麗に盛り付けられたサラダに、クリームシチューとパンが並んでいる。


「まぁ、帰ってくるのならいいわ。ひとまず、ユウナ」


ユウナが席に着くことを確認すると、セラフィーナはユウナに話を切り出す。


「なに?」


「あの子が目を覚ましたわ」


「!ホントお母さん!?」


ユウナはテーブルに手をついて、身を乗り出す。

ガシャンと派手な音がするが、料理がこぼれたりはしなかったようだ。


「落ち着きなさい、ユウナ。特に体にはこれといった異常はないみたいよ。多分明日明後日には動けるようになるわね」


「そっかぁ~」


ユウナは安心したように椅子の背もたれに寄りかかる。これで一週間の心配事に一つが解消されたようだ。残る一つは、


「それじゃ、お母さん。お願いなんだけど……」


「いいわよ。彼に会いに行っても」


お願いする前に承諾されてしまった。

一週間前は結界を張るまで警戒していたのにとユウナは不思議に思った。

そのことをセラフィーナに聞いてみると、


「彼は害意があって、ここに召喚されたわけじゃないの。それは彼と話して分かった事よ。ここに召喚されたことに関しても全く飲み込めてなかった。それと彼の世界は魔法がないところらしいわ」


「え?魔法がない?」


魔法はユウナのいる世界をここまで発展させる上で必要だったものだ。

魔法がない世界から来た少年。


ユウナの気持ちは加速した。


「今からいっても大丈夫かな?」


「彼が起きているなら大丈夫だと思うわ。でも、せっかくの夕食が冷めちゃうわよ。彼もきっと食事中だろうし、食べてからにしなさい」


「でも……」


「ユウナ」


ユウナは、そこから黙って食事をする事にする。

いつもより早いペースで食べてしまいユウナは苦しくてしばらく動けなくなってしまう事になるが。











「あ、セラさん。ごちそうさまでした。美味しかったです」


ユウナはセラフィーナにのんきに食事の感想を言う少年に驚いていた。

隣に立っているセラフィーナにしても同じ事だろう。


ユウナとセラフィーナは食事を終え、少しの食休みを挟んで、春人の眠る部屋へとやってきたのだが。


「……ハルト君。なに、してるの?」


「え?なにって、逆立ちですけど?」


セラフィーナの質問にさらっと答える春人。

ユウナはセラフィーナから聞いていたところまだ体は動かせないはずだったが、それがなぜ逆立ちなのか理解できなかった。


しかも、右手一本で。


セラフィーナもやれやれといった様子でため息をついている。


「ハルト君。あなた重傷者なんだからまだ寝てなきゃダメでしょう?」


ユウナはこの優しくも迫力のある声に聞き覚えがあった。

というより、一週間前に聞いた声音だった。

ユウナにはセラフィーナが怒っている事が分かったが、春人はそれが分からなかったようで、


「いや、なんか自分の体じゃないように重いんで、動いてたんですよ。どうも寝たままでいるのには抵抗があるというか、なんというか……」


右手で逆立ちしたまま応える春人は反論するが、セラフィーナの怒気に気づいたのか尻すぼみになっていく。

やがてユウナからの視線の重圧にも耐えかねて、逆立ちをやめようとするが、バランスを崩してしまい、ドカッと派手な音を立てて転がってしまった。


「ちょっ!」


痛そうにうずくまる春人にセラフィーナとユウナは焦るように走り寄る。

セラフィーナに手を貸してもらって、春人はベッドに戻った。


「すいません。どうやらまだ動いちゃダメみたいでした」


「それは昼間にも言ったでしょう。とにかくこれからは許可が出るまで寝てなきゃだめよ」


セラフィーナの微笑みの裏の迫力を感じたのか、はははと渇いた笑いで冷や汗をかいている春人。


「ところで、セラさん。隣の子ですけど?」


「ああ、この子はわたしの娘で、ユウナよ」


「あ、えと、ユ、ユウナです」


ユウナは緊張した様子で自己紹介する。学園でも男子と話はするが、基本的に異性とのコンタクトには慣れていない。

しかも、一週間考えていた少年が目の前にいるのだ。


「どうも、夕凪春人です。あ、ちなみに春人の方が名前だから」


対して、春人はユウナの様子を変に思う事なく自己紹介をする。

ユウナは自分が緊張している事を自覚しているがどうにもうまく話す事が出来ない。

お互いに自己紹介したことで春人が口を開いた。


「あぁ~、もしかしてだけど、召喚魔法?ていうのかな。俺を召喚したのは君?」


「あ、そ、それは、」


春人の質問にうまく返せない。

代わりにセラフィーナが応える。


「近いようで違うわ。この子は召喚の場に立ち会っただけで、召喚したのはこの子の姉よ」


「そうですか。じゃあ、その子は?」


「まだ帰ってきてないの。もうすぐ帰ると思うわ」


2人の会話の中で気になる事があり、ユウナは意を決して聞いてみる。


「あ、あの、どうして召喚魔法を?」


「ああ、朝に一通りの状況は聞いたんだよ。俺がここにいる理由とかどういった状態だったかとかさ」


「そうですか」


それっきりユウナは黙ってしまう。

聞きたいことは山ほどあった。

どこから来たのか、年はいくつなのかとか、どうしてあんなケガをしていたのかとか。

しかし、緊張はユウナに声を出す事をさせてくれない。


春人も黙ってしまったユウナに話題はないかと探ろうとするが、言葉が出ない。

セラフィーナもユウナの後ろでニコニコというよりもニヤニヤという表現が合う笑い方をしてみているだけ。


すると、


「ただいま~」


部屋に帰宅を意味する声が届いた。


春人はその声に反応して、視線を扉の方に向ける。


「お母さん?ユウナ?あれ?どこ行ったのかな」


返事がないことに疑問を感じた声の主は、とことこと足音を響かせる。

そして、この部屋の扉があいている事に気づいてか、ついに部屋の中に入ってくる。


声の主は、三つ網にした一房のおさげを背に流した金髪で、整った顔立ちに意志の強そうな力強い翠色の瞳をもっていた。

どこかの学校の制服なのか白を基調としたブレザーと緑色を基調としたチェックのひざ上5センチのスカートは彼女のかわいらしさを際立たせている。

玄関から直接来たようで手にはまだ鞄があった。


セラフィーナのもう一人の娘、ユウナの姉のアイナだった。


「アイナ、おかえりなさい」


「ただいま、お母さん。どうしてここに……」


アイナは、こちらに視線を向ける少年に気がついた。

そして、なぜかこちらに反応せずに固まっているユウナ。

しかし、アイナが言葉を続けるより先に春人が話題を見つけた事に歓喜したように口を開いた。


「あぁ~なんだ妹さんもいたんだ」


そんな春人の言葉でアイナは固まる。

ユウナもはっとしたように春人を見る。

セラフィーナは相変わらずニコニコとしている。


「へぇ~姉妹だけあってよく似てるね。大きくなるとユウナさんみたいになるのかな。いや~将来性ばっちりだね。こうなるとお姉さんは美人なのかな?」


「え、あ、その、え?」


春人は、あわあわとしてるユウナの様子に気が付いていない。

というより、ユウナはさらっと自分が美人みたいな事を言われて舞いあがってもいたりする。

アイナは顔をうつむかせ、表情が見えない。


しかし、両手は力いっぱい握り込み、震えていた。

どうやら相手はケガ人という事で耐えているようだ。


しかし、


「それにしても、小さくてかわいらしい妹さんだね。年は見た感じ4つか5つ違いってところかな?名前は、」


春人は最後まで言い切る事は出来なかった。


彼が見た光景は、目前まで迫ったアイナの小さな膝。


なにがあったのか簡単に説明すると、我慢の限界を超えたアイナのフライングニー、飛びひざ蹴りが春人の顔面にめり込んだ。


「わたしが、この子の姉よ!」


この言葉を最後に聞き、悲鳴すら上げる暇もなく、春人は気を失った。











「ごめんなさいねぇ~ハルト君」


「いえ、俺も考えなしですいません」


春人は5分くらいで目を覚ました。鼻を押さえながら、ベッドから体を起こす。気づくと、扉の近くでは、春人にフライングニ-を決めたアイナが正座している。


「まぁ、ハルト君が勘違いしちゃうのも仕方ないわよね~」


セラフィーナの言葉に、アイナはバツが悪そうにうつむき、ユウナはあいまいに苦笑する。春人が聞いた話によるとこの二人は、双子だそうな。

そして、アイナの方が姉であると。

しかし、アイナは背が低く、なんというか女性としての魅力つまりはバストが足りない。

対して妹であるユウナは、身長は165以上ありそうであり、女性としての魅力が豊かだ。

2人が並ぶと、年の離れた姉妹にしか見えないのも無理はない。

この二人が同い年であるとはだれも想像がつかないだろう。


「えっと、ハルトさんはいくつなんですか?」


ユウナが春人に聞いてきた。

先ほどまで、緊張で声も出しづらそうにしていたが、どうやら緊張もほぐれたようだ。


「ああ、16歳だよ。今年で17歳の」


「あ、じゃあ年上さんですね。私とお姉ちゃんは14才です」


春人はアイナとユウナの年齢を聞いて驚きを隠せない。

アイナとユウナの年齢を考えれば、アイナは成長が遅れているといえるし、ユウナにしてみれば発育のいい子だといえる。

それだけでも十分驚きに値するが、春人の驚愕はそれとは別の人物に向けられていた。


(セラさんいったいいくつなんだ?)


セラフィーナは2人の事をわたしの娘たちだと言っていた。

2人とも14歳という事はお年頃だという事だ。

セラフィーナの外見は春人の目から見ても相当な美人でもあり、若い。

その物腰は確かに大人のそれではあるが、外見から年齢を感じることなど一切ない。


(2人の年を考えると、セラさんは、)


「それ以上の計算は、身を滅ぼしますよ?」


気がつくと、アイナの横でニコニコしていたセラフィーナが春人の目の前に来ていた。

そして、右手で顔全体を覆うように掴んできた。


いわゆる、アイアンクロー。


「ぎゃああああぁぁぁああ、いだ、いだいですから。考える暇など――――――!!」


あまりの痛みに春人はタップをする。

接近時の速さもさることながら、握力も相当だった。


(ここまで怒るという事は……!!)


「あら、威力が足りないみたいね」


「なぜ、心の内がっ!!」


痛みの中、なぜか働いてしまう思考に反応したのか圧力が強くなる。


「ところでハルト君。あなた17才という事は向こうでは学校とかは通っていたの?」


「はい!?どにかくこれ外してください!いだっ!なんで普通に質問しながらこの威力――――――!」


セラフィーナは春人の顔から手を離す。

春人はこの時固く誓った。


セラフィーナに年齢に関する話はやめようと。


「で、なんでしたっけ?」


春人は、両側のこめかみを押さえながら、先ほどの質問をもう一度するようにセラフィーナを促した。


「学校には通っていたの?」


「ああ、はい。高校2年でした」


「高校というのは?」


「高校というのは、高等学校という事なんですが、俺の世界では6歳頃から6年と3年の計9年の義務教育があって大抵の人はそこから高校に3年間通って大学に行くという感じでして。んで、俺はそのうちの高校の2年目でした」


「ふーーん、そうなんだ」


春人の話に、ユウナが反応した。


自分の世界と違うところから来たという事はセラフィーナから聞いているのだろうと春人は思うが、こちらの教育体制がどういったものなのか少し興味があった。

アイナは興味がないというよりも正座がつらくなってきたのだろう、こちらの話を気にしている余裕がないのかしきりに足を気にする。


「ハルト君、これからどうするか考えられた?」


なにか考えていたセラフィーナは、尋ねた。


「……そうですね。正直なにも思いつきませんでした。なにせこちらには伝手もなにも期待できそうにないですし、帰るにしても方法もないですし」


春人にとって異世界であるこの世界に春人の存在を証明してくれるものなど何もない。


大きな不安は、魔法の事だ。

春人の世界にない常識はきっと春人に牙を剥くかもしれないので、下手に動くことはできない。


そしてなにより、


(帰ったとしてなんになる)


残るのは、元の世界に帰ったとして夕希が助かっているという保証もない。

父と母が生きているという保証もない。

帰ったところで、自分には希望なんてないんじゃないかと。

自分自身が生きている事に疑問を抱いている時点で、春人に帰るという選択肢なんかあってないようなものだった。


手段がない以前に意志がない。


春人がため息をつく。

3人の顔を見ると、アイナとユウナはなにか罪悪感を感じているように悲痛の面持ちでうつむいていた。

2人には自分が帰れない事に嘆いているように見えたのだろう。


そのことに責任を感じているのだ。


その誤解を解こうと春人は口を開くが、セラフィーナが先に言葉を発する。


「じゃあ、ひとまず学園に通ってみない?」


「「「……はい?」」」


3人の口から同時に間の抜けた返事がそろった。


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