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第11話

「おはようございます」


春人は朝部屋に入ってきたセラフィーナに向かって挨拶をした。

春人が寝ている部屋には時計はないが、太陽はすでに高い位置にあり、朝と呼ぶには遅く昼と呼ぶには早い時間帯だと予測できる。

セラフィーナが部屋に来る少し前に目が覚めて、声が出る事に気がついた。

結果としてしっかりと声は聞こえたようだ。


「あら、おはようございます。声は出せるようになったのね。体の調子の方はどう?」


言葉も通じているようだ。

最初に話した時は、春人にはセラフィーナの言葉を理解できていたことが不思議でしょうがなかったが、どうやら伝わっている。


「そうですね……」


体の調子を確かめる上で上半身を起き上がらせる。


「少し痛む程度です。これなら我慢できます」


「我慢はダメよ。無理しないで寝てなさい」


「そうは言いますけど、寝たきりだったせいか体に力が入らないんですよ。俺、どれくらい寝てました?」


「一週間よ。筋力が落ちるのも無理ないわね」


一週間。


その期間の間、眠っていたという事は前に起きた時に聞いていたがどうにも実感がわかない。

春人にとってあの地獄はつい昨日の事のように思える。

一ヶ月とか一年とかじゃないだけましだろうと春人は思う。


「それで今大丈夫?よかったら、話を聞きたいのだけど……」


「あ、はい。大丈夫です」


春人の返事を聞くと、セラフィーナは部屋にある机の椅子をベッドの横に持ってきて座った。

春人にはそれらの一つ一つの動作が優雅に見える。

セラフィーナの銀髪も彼女を神聖なものに見せる事を助けているのだろう。

春人は聖母のような微笑みを向けるセラフィーナと視線が絡み合う。


「どうしたの?」


「………いえ」


見惚れてました、なんて言えるわけもなく、赤面した顔を隠すように顔を横に向ける。

落ち着いた所で話を始める。


「まず、俺の名前は、夕凪春人といいます」


「ユウナギ、ハルト?珍しい名前ね。ユウナギって」


「あ、いえ。夕凪は名字でして、春人が名前になります」


「あら、そうなの?ハルト君ね」


どうやらここは名前を前に持ってきて名乗る事が文化みたいで、ここは日本ではないと考える。

セラフィーナの容姿からそんな予感はしていたが、言葉が通じるのはどういう事なのだろうかと春人の頭には疑問が浮かんでくる。


「じゃあ、ハルト君。前に自己紹介したと思うけど、私はセラフィーナ・エアハートといいます。セラと呼んでくれていいわよ」


「はい、セラさんですね」


「ええ。で、早速で悪いけどあなたどうしてあんなところにいたの?」


「えっと、あんなところって?」


「覚えてないの?あなた森の中で倒れてたのよ。今にも死んでもおかしくないケガで」


春人も今の体の状態とあの地獄の記憶から死にそうだったというのは想像に難くない。


しかし、


「森の中?」


森の中で倒れていたというのはおかしいを通り越して考えられる事ではなかった。

春人はビルの中にいたし、瓦礫に埋もれていたのが覚えている最後の記憶だ。


春人が見つけられとしたら、ビルの瓦礫の下のはずだ。


「俺が最後にいたのはビルの中です。そのビルでなにか大きな爆発があって、辺りが火の海になって、ビルが崩れてきて、それで……」


それから説明できなかった。

覚えていないわけではない。

ただその後を思い出し、言葉にする事を心が拒否していた。


黙っている春人に見かねて、セラフィーナは違う質問を投げかける。


「じゃあ、どうして森にいたのかは分からないのね?」


「それは、………はい」


春人はセラフィーナが気遣って、話を変えてくれたことに感謝した。

思い出したくない記憶というのもあるが投げかけられた質問は理解が出来なかった。


「ふ~む………」


セラフィーナは春人の言葉の意味を吟味しているのだろう。

結局分かった事は春人の名前だけで、セラフィーナが欲した答えはなかっただろうと思う。


「あの、こっちから質問いいですか?」


「ええ、いいわ」


春人は聞きたい事は数多くあったが、一番聞きたいことを簡潔に聞く。


「俺のほかに誰かいませんでしたか?」


「誰かというと?」


「女の子なんですけど……」


春人が一番知りたい事は妹の夕希の安否だった。

春人が最後に見た夕希の姿は死んでいるようにしか見えなかった。

しかし、春人はそれを認めていない。


「俺の妹で、夕希っていうんですけどいませんでしたか?あの時同じ場所にいたんです。俺が生きてるんだ。妹も生きていてもおかしくないんです」


春人は懇願するように、祈るようにセラフィーナの答えを待った。

セラフィーナは事実だけを春人に伝える。


「あそこにいたのは、あなた一人だけよ」


春人は、わずかな希望を断たれ、力なくベッドに背を預けた。

呆然と天井を見つめ、春人はなにも考えられなくなった。


しばらく、そうしていた。春人は思考を切り替え、体を起こし、セラフィーナと向き合う


「すいません」


「いいのよ」


セラフィーナは呆然とした春人をただ優しい柔らかな目で見守ってくれていた。

話の途中だったにもかかわらず待ってくれた事に安心する。


「あなたにも整理したい事や理解できない事も多いと思うの。だから、その時は遠慮なく聞いてくれていいし、考えてくれていいわ」


「………ありがとうございます」


春人にはセラフィーナがとても大きな女性のように思えた。


「魔法でしたっけ?それってどういうものなんですか?」


「魔法?」


セラフィーナにとってその質問は予想外だったらしい。それほどこの世界では一般常識の類として『魔法』は当たり前のものなのだろう。


「ハルト君にとって魔法ってどんなもの?」


「え?どんな物って……。そりゃ、童話とかおとぎ話とかに出てくる魔女が使うとしか」


春人にとって『魔法』とはフィクションの産物であり、現実にあることはまず考えられない代物という認識だ。それこそ『魔法』は存在するなんて人がいればその人の

正気が疑われてしまう。


「あなたにとって魔法は身近なものではない?」


「………そうですね」


素直にうなずく。春人にはセラフィーナをおかしな人として見る事はためらわれるが『魔法』についてはどうしても信じることはできない。


「そう、なら、実際に見てもらった方が早いわね」


そういうと、セラフィーナは目を瞑り、左手の掌を上に向けて春人の目の前に持ってくる。

春人はセラフィーナがなにをしているのか理解できないが次の瞬間、唖然とする。


セラフィーナの手の上で、水が踊っていた。

踊っていたという表現がぴったりとはまる。

それは舞台の上でダンスを踊るように輪を描く様に舞っている。

その神秘的であり幻想的な事象に春人は目を奪われた。


水はどこから出てきたのか、どうしてと疑問に思う事など忘れ、目の前の舞踏に酔う。


やがて、舞は落ち着いていき、その動きを止めると水はどこかへ消えてしまった。


「これが魔法よ」


セラフィーナは目を開き、春人に告げた。

春人は、きょとんとしてセラフィーナを見つめる。


しかし、これで認めざるを得なくなってしまう、魔法の存在を。


「わたしたちが使う魔法は世界の魔力に働きかけて、イメージを具現化する神秘という風に意味付けされているわ。これは一般的に個人が使う魔法で元素魔法という区分に位置するの」


「元素魔法?というと、火とか水とかですか?」


「そうね、どの系統を使えるかは人によって違うけど。私が今見せたのは、水系統の魔法ね。掌の上で舞うというイメージをわたしの魔力に込めて具現化したの」


簡単にだけどね、と付け加える。春人は目の前で魔法を見せられたので信じざるを得ない。春人にとって創作の域を出ない魔法がこの世界では人々の日常の一部であると。

それが春人には驚きとともに一つの可能性を抱かせる。


「その、魔法はこの世界では誰でも使えるものですか?」


「いえ、残念だけど、ある程度の素質が必要なの。魔力は誰にでも備わっているものだけど、世界の魔力との相性や保有量が一定に達していないと使う事は出来ないわ。」


「適性ですか………」


春人はその言葉に少なからず眉をひそめる。

しかし、肝心なことはそこではなかった。


「俺の傷の治療も魔法の力ですか?」


春人は、いつ死んでもおかしくなかったとセラフィーナは言っていた。それはこの右手がまだある事にも起因するかもしれない。


「そうね、治癒魔法であなたの命をつないでいたわ。なにもしなければあなたは死んでいたから。治癒をしながら家まで運んで、知り合いの医者に診てもらったの。ただ、その医者が魔法を使うというのは聞いた事がないわね」


「え~と、手が生えたりとかは?」


「? 聞いた事がないわね。魔法も便利ではないのよ。あの時、あなたのケガと生命力では治癒魔法は本当に命をつなぐだけでケガの治療にはあまり役に立たなかったわ」


「……そうですか」


それを聞き、右手に目をやる。魔法の力で治ったわけではない。

では、その時右手が瓦礫の下にあったのは見間違いだったのだろうか。


考えても答えは出るわけもなく、気がつくと熟考していたようで、セラフィーナが春人を真剣に見つめていた。


「何か気になる事でもあるの?どこか体の調子がおかしいとか」


「あぁ~いえ大した事じゃありません。体はすこぶる快調です」


「……それならいいわ。でも、ほんとうに悪い時は言うのよ」


「………はい」


右手に関しては大したことはないと春人は判断した。

問題なく動くし、あれが春人の見間違いならそれに越したことはないからだ。

セラフィーナに余計な心配はこれ以上かけたくないという事もある。

異常があれば、相談しよう。


「ここまでで分からない事はある?」


「なら、最後に一つ」


「なにかしら?」


ある意味これは確信をもってする質問ではある。

だから、これは質問などではなく確認という事になるが。


「ここはどこですか?」


「どこというと?ここはアルクエイドのアルベルという街で」


「少なくとも」


春人はセラフィーナの説明を遮って、言い切った。


「ここは俺の知る世界じゃない」


「………………」


セラフィーナは沈黙して春人の言葉を待つ。


「魔法なんてものはなかったし、アルクエイド?アルベル?でしたっけ?そんな

国や都市の名前は聞いたことない。」


春人の指摘にセラフィーナは少し考えるそぶりをして口にした。


「そうね。この世界はハルト君にとって別の世界という事になるわね」


「どうしてここにいるのか心当たりがありますか?」


春人が確認した事はセラフィーナが最初に春人に確認した事そのままだったが、春人は半ばセラフィーナが答えを知っていると確信して返答を待っている。


「簡単にいえば、あなたはこの世界に呼ばれたからよ」


「呼ばれた?」


「召喚魔法という魔法があって、それであなたが召喚されたというわけよ」


「えっと、どうして俺が?」


「それは分からないわ。召喚魔法というのはわたしたちにとっても謎が多い魔法で、発動できる条件というのがとてつもなく危険なものなの。だから、どういう仕組みで発動するのかそういう理由で呼ばれるのかは一切わからないのよ」


「わからない………」


セラフィーナに分からない事なのだ、魔法について今日知ったばかりの春人が考えても答えなど出るわけもないが、それでも春人は思い出す。

最後に見た夕希は光に飲み込まれていった。


ということは、自分のようにどこかに召喚されて生きているかもしれない。


あきらめるという習慣がついていない春人はどんなに低い可能性でもすがってしまう。

だが、セラフィーナが言ったように召喚魔法が危険で難しい魔法なら、そんな都合よく同じタイミングで召喚魔法など発動するなんて奇跡ありはしないだろう。


春人は自分で考えついた可能性をすぐに打ち消した。


今はとりあえず分かる事だけ聞いていこう。


「じゃあ、俺を召喚したのはセラさんですか?」


春人はすぐ答えが来ると思ってセラフィーナを見るが、予想に反して言い淀んでいるようだ。


「………私じゃないわ。それについては少し待ってくれるかしら」


「どうしてですか?」


「わたしも少し考えたい事があるの。お願い」


言うと、セラフィーナは春人に頭を下げる。銀髪が流れるようにセラフィーナの顔を覆い隠す。春人はそんな姿を見てぽかんとしていたが慌てたように、


「いや、そんなことしてくれなくても、それにここまでしてもらって図々しいと思ってるんですから。セラさんが言うならいくらでも待ちますから。頭上げてください」


春人の言葉にセラフィーナは頭を上げて、春人の目を見る。春人はその綺麗な碧色の目に目を奪われる。

春人はできる限り優しい笑顔をつくる。


「俺も少し考えたいので、一旦ここで時間を置きましょう。俺が言うのも変な話ですけどね」


「………そうね。もうお昼ご飯の時間みたいだし、あとでご飯持ってきますね」


「ありがとうございます」


そして、セラフィーナは笑顔とともに部屋を出ていく。

春人は部屋で一人になり、


「………どうすっかなぁ」


と零した。それはこの世界でどう生きていくのかという意味でもあるが、根本的な意味では違う。

春人は拾ってしまった命、生きている自分をどうすべきかで思い悩む。


結局、時間だけが過ぎ、春人には答えを出すことはできなかった。


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