表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/27

1【ウロボロスの書物】

「じゃあ、私は帰るわよ。冷蔵庫にカレーが鍋で入ってるから、早めに食べてね。食べないと冬でも悪くなるんだからさ」


「ああ、分かったよ……」


 白いジャージ姿の彼女は、近所に住む親戚の娘で、地元の中学校教師を務めている遥香だ。従姉妹にあたる。


 彼女は今年で三十歳独身のおばさんだが、俺はそれよりももっと歳を食っている。そこそこのジジィだ。


 そして、俺も独身である……。


 もしも遥香が親戚でなければ、歳が十も離れていなければ、口説いていたかも知れない。


 そのぐらいに遥香は美人だった。


 外は雪が振っていた。季節は冬である。


 人間って奴は、歳を取ると寒さが節々にこたえるようになってしまう。誰しも歳は取りたくないはずである。昔、亡くなった父ちゃんも同じようなことを言っていた。


 俺も今年で四十歳のおじさんだ。普段からトレーニングで身体を鍛えてはいるが、最近では腰が痛くなってきた。どんなに身体を鍛え上げていても、老いだけは免れない定めなのだろう。やはり誰だって人間である以上は、時の流れには逆らえないのだ。


「じゃあ、私は帰るわよ」


「ああ、助かったよ、遥香――」


「じゃあね」


 遥香は締めていたエプロンを台所のテーブルに投げると寒い冬の外に出て行った。


 冷蔵庫を覗いてみれば、大鍋でカレーが鎮座している。


「この量を、一人で食えるかな……。さぶぅ、さぶぅ。コタツに入ろう……」


 暖かいコタツに避難完了。


 ガラス窓から外を見てみれば、白い雪が降っていた。今晩あたり積もるかも知れない。


「遥香のやつ、目尻に皺が出てきたな。あれも旬が過ぎたか。誰か良い人はいないのかな〜。早く結婚したらいいのに。このままだと生き遅れるぞ」


 この物語は、そのような時の流れに逆らうストーリーである。


「ふぅ〜……」


 俺はコタツに入りながら自分の腰を優しく擦った。


「いてぇてぇ……」


 こんなことを若いころには考えもしなかったことである。まさか自分が腰を痛めて動けなくなるなんて想像もしていなかった。典型的なぎっくり腰である。


 普段から身体を念入りに鍛えていたから、自分のぎっくり腰には仰天するほどに驚いた。ギグッっと鳴った時には信じられなかったものである。


 お陰で、月に一回は必ず行っていた風俗デーは、今月は休みである。


 先日――。


「あ〜、寒い……」


 それは寒い日の朝だった。季節は冬。自宅隣の道場で準備運動のストレッチを始めようとした刹那である。一発目の動きで腰がグギッて鳴ってしまったのだ。最悪である。


 現在は激痛に耐えながらも避難先のコタツの中で身体を温めていた。腰には腹巻を装着して、その中に湯たんぽまで入れている。


 整形外科の医者曰く、お風呂に入って身体をよ〜〜く温めてから寝てくださいとのことだった。それで徐々に回復して行くでしょうと簡単に診断された。


 だから寝る間も惜しんで身体を温めまくっている。俺らしい脳筋の治療法であった。とにかく腰を集中的に温めているのだ。


 まあ、そんな感じだから、しばらくは筋トレや稽古の類いは禁止としている。腰が痛くて動けないから仕方がない。


 食事に関しては、遥香が仕事上がり家に寄ってくれて、片手間な料理を作ってくれるから助かっていた。


 今日はカレーを大鍋いっぱいに造ってくれていた。これで数日はもつだろう。


 やはり持つべき者は血の繋がった親戚である。マジで助かっていた。嫁に貰いたいぐらいだ。


「ぼけぇ〜〜……」


 俺はコタツに入り込みながら、ボォ〜〜っと考え込んでいた。黒い短髪を手櫛でかき上げる。


 トレーニングや格闘技の稽古を休んだのはいつ以来だろうか。日々繰り返された稽古は習慣となっていたから、身動きが取れない生活に味気なさを感じてしまう。


 それ以上に風俗に行けないのもショックだった。


 これが、人生で久々の完全休養日である。


「よいしょっと……」


 俺はコタツの上に置いてあったトランプケースを手に取った。そして、箱からカードを取り出す。


 それからトランプを丹念に切ると、上から五枚を引いてコタツの上に並べた。それを右から一枚ずつ順番にめくっていく。


 一枚目は、スペードのエース。


 二枚目は、ハートのエース。


 三枚目は、クローバーのエース。


「これでフォーカードだぜ」


 そして、四枚目をめくると、宣言通りにそれはダイヤのエースだった。


「さらに――」


 俺は五枚目のカードをめくる。そのカードはジョーカー。


「イエ〜イ、ファイブカードだぜ」


 俺は乾いた笑いの後にトランプを集めて混ぜ合わせる。それからケースに片付けるとコタツの上に投げた。


「まあ、イカサマだけどね〜。スナックだと、女の子にうけるんだよな〜」


 今のは手品の類だ。器用な早業のトリックである。格闘技とは関係無い。


 俺が格闘技を習い始めたのは小学三年生からである。学校で一番体格の大きな野郎に喧嘩で負けたのが悔しくて、町内にたまたまあった道場で古流柔術を習い始めたのが最初だった。


 格闘技を習い始めた動機は、その野郎への仕返しが目的である。


 正直言って、学ぶ種目は、強くなれるのならば、何でも良かった。だから、空手、ボクシング、ムエタイ、柔道、合気道、剣道、レスリングと、様々な格闘技を複数個も齧った。太極拳や詠春拳も齧った。習えるものはすべて学んだ。


 その結果、今では自分の道場を持てるぐらいには成長した。リベンジも果たせたし、地方の格闘技大会ぐらいなら何度か優勝できるほどには強くなれた。


 女の子にもモテた――。


 海外で修行しながら掛け試合にも参加したし、非合法の地下闘技場でも戦った経験がある。死にかけたり殺されかけたりもした。そうやって道場開設の資金を貯めたのだ。


 普通に働くよりは、そのような荒っぽい生活のほうが俺には向いていたと思う。貯金も早く貯まった。


 そのような感じで、十年前に念願の道場を開設。実戦式忍術道場である。


 何故に忍術道場かと言えば、死んだ祖父からマジシャン顔負けの忍術トリックを学んでいたからだ。それら忍術を交えた新型格闘技を開発したのである。


 否。忍術だから、古流の格闘術かもしれない。開発したも言い過ぎである。


 先程のトランプマジックも、忍術修行の産物に過ぎない。手先の器用さを鍛えているのだ。


 忍術なんて子供だましだと揶揄されたことも多かったが、それすら宣伝と考えた。


 目立つこと無く本物の忍者のように、ひっそりと暮らしながら細々と道場経営をしているよりは、良くも悪くも目立って門下生が多いほうが勝ちだと思ったゆえに、嘲笑も甘んじて受けたのである。


 忍術と言う珍しい道場だったからこそ、最初は流行った時期もあった。子供たち門下生が二十人を超えた時もあった。 


 結果、そこそこ話題にもなった。道場経営は、成功したのだ。


 しかも、子供好きだと女性に勘違いされて、モテたこともあった。


 だが、何事も最後まで上手く行かないのが俺である。特に商売事となるとヘタをこく。


 忍者道場を開いて十年が過ぎた。そして、今年になって通ってくれていた最後の生徒が中学を卒業するにあたって都会の高校に進学するらしく、この町から旅立ってしまったのだ。


 それで、門下生は一人も居なくなってしまった。収入源が無くなったのである。


 もしかしたら、その最後の門下生には、体の良い言い訳で逃げられただけかも知れない。たぶん、そうだろう。


 さらに、子供たちが去ると、女性たちまで寄り付かなくなった。


 俺は、この寂れた忍者道場で一人になってしまったのだ。まるで無人島に、一人で遭難して、一人で取り残されて、一人で暮らしている気分である。


 無人島だとしても、ダッチワイフぐらいは欲しいものだ。だから通販で買った。


 それから二ヶ月、生徒の募集を掛けているが音沙汰も無い。閑古鳥だ。寂しいのだ……。


 幸いなのはしばらくの生活費が有ることだった。運良く祖父が残してくれた山が売れたのである。


 なんでもそこに大型工場が建つらしい。それに関しては街の人たちも歓迎していた。


 人口増加と職場が増えることで、この田舎町も活気が回復するのではないかと言われている。それに釣られて新しいアパートやらマンションまで建築が始まっていた。これだけ不景気な時代に景気が良い話である。


 俺も、その工場で働らこうかとも考えていた。背に腹は代えられない。働かなければ食えないのだ。


 だから、この産業が成功することを俺も本当に願っている。生まれ育った田舎町が復活する姿を俺も見たいのだ。


 何より、人口が増えれば門下生の募集が来るかも知れない。それを俺は期待していた。


「それにしても、最近のテレビは詰まんないな〜……」


 コタツに入りながらテレビを眺める俺が愚痴を溢した。マジで最近のテレビ番組は詰まらない。コンプラがどうのこうので刺激が足りないのだ。テレビ業界が衰退するのも頷けた。昔のドリフやひょうきん族が懐かしいものである。


 本来ならば、暇を持て余している時は、筋トレか格闘技の稽古に励んでいるのが日常的なのだが、今は腰をやって派手には動けない。


 だから風俗にも行けない。


 せいぜい出来るトレーニングはコタツの中でハンドグリップで握力を鍛えるぐらいだ。ダンベルだと腰に響いて持ち上げられない。それすら出来ないから暇で暇で仕方ないのである。


 トランプでの一人遊びも飽きてしまった。そもそもトランプは、複数人で遊ぶはずだからだ。


 女の子たちにキャーキャー言われない手品は糞である。やる価値もない。


「稽古もトレーニングも出来ないって、余の末だな……。暇で死にそうだ……。風俗に行きてぇ〜」


 俺はコタツの上のポテチを口に運ぶと、パクリと齧った。パリパリした食感が堪らない。


 格闘技の選手を引退してからはジャンクフードも食べるようになった。お陰で少し太ったかも知れない。


 俺の身長は168センチ。体重は65キロである。若いころはもう少し痩せていた。細マッチョな体型である。でも、チ◯コに自身がある。


 格闘技家としては背が低い。海外で暮らしながら試合を組んでいたころは、随分と身長のことで揶揄されたものである。外国人はデカイからな。あそこもデカい。


 更には日本人特有のベビーフェイス故に、アメリカやヨーロッパでは特に馬鹿にされたのだ。ジャップと罵られたことは数知れずである。忍者ってのも壺に入っていたようだ。


 しかし、ベビーフェイスも悪いことばかりではない。それ故に噛ませ犬扱いで組まれたカードを、逆転からの大勝利する喜びを得られた。それで、掛け試合ではボロ儲けをしたことが何度かある。


 とにかく、あの頃は楽しかった。若さだけで花咲いていたのだ。俺の青春期である。


 そんな感じでポテチを摘みながらテレビを観ていると、玄関の呼び鈴が鳴った。古びた実家にキンコーンと古風なベルが響く。


 玄関から男性の声が聞こえて来る。


「服部さ〜ん、郵便で〜す」


 どうやら届け物らしい。


「はぁ〜い、ちょっと待ってくれ〜。いてて……」


 俺は痛む腰を手で押さえながら立ち上がった。腹巻から湯たんぽを出して畳に置く。寒さが腰に響いた。


 それから黒いジャージ姿のままでヨロヨロと玄関へ向かう。


「はいはい、今出ますよ〜」


 磨りガラス越しに、玄関の向こうに立つ配達員の姿が薄っすらと見えた。真冬なのに配達も大変だろう。


「さぶぅさぶぅ……」


 俺はサンダルを履くと玄関に降りて古びたスライド式の扉をガラガラと開ける。そこには配達員の青年が立っていた。


 一礼しながら配達員が述べる。


「サインをお願いします」


「はいはい。ペンとかある?」


「こちらをお使いください」


「どこにサインを書けばいいん?」


「こちらに――」


 俺は指示された場所にサインを書くと、荷物を受け取った。配達員は再び一礼すると、そのまま去って行く。


 渡されたのは小包だった。差出人の欄には、祖父――服部泰一の名前が書かれている。


「祖父ちゃん?」


 服部泰一――。


 祖父は三十年ほど前に行方不明になっていた。数年前に交通事故で亡くなった両親が、当時の警察に捜索願いを出したものの、結局ながら祖父は見つかることはなかった。だから死亡届も出されている。戸籍上では、もう死んだ人間だ。


 女を作って逃げたとも噂されていた。


 その死んだはずの身内から、俺宛に小包が届いたのである。しかし、発送元は書かれていない。名前だけが記入されていた。


「祖父ちゃん、生きてたんか……」


 祖父のことはあまり覚えていない。行方不明になったのも俺が十歳ぐらいのころだったからだ。遥香は会ったことも無いかもしれない。


 ただ覚えているのは、忍者好きの人だったことぐらいだ。俺が忍者に憧れたのも祖父の影響である。


 そして、祖父は女好きだった。俺が女好きに育ったのも祖父の影響かも知れない。


 俺はコタツへ戻ると、小包を開けてみた。中から出てきたのは、B5サイズほどの本だった。


「本?」


 古びたハードカバーの本である。表紙は赤茶けて霞み、自分の尾っぽを咥え込む大蛇の不気味な絵が描かれていた。自分で自分の尻尾を食べているのだ。


 エロ本ではないようだ。


 その書物にはタイトルらしき文字も刻まれているが、何語なのかさっぱり分からない。英語でもないようだ。中東方面の文字でもない。そもそもがアルファベットでもないようだ。まったく読めなかった。


 ページをパラパラと捲り中身を確認するがすべてのページが白紙だった。何も書かれていない。


「なんだ、この本は?」


 さらに、小包の中からメモ帳サイズの手紙が一枚出てくる。そこにも祖父の名前が記されていた。


 手紙には、俺宛のメッセージが記入されている。


【泰三、久し振りだな。元気にやっていたか?】


 妙に気さくな書き出しだった。三十年ぶりの手紙にしては軽すぎる。


【祖父ちゃんは、いよいよ死のうと思う】


「何を言ってるんだ……ボケたか?」


 死のうも何も、祖父ちゃんが生きていたのならば百歳は越えているはずだ。普通ならば死んでいるだろう。俺が祖父ちゃんを最後に見たのは三十年も前である。


【そこで、祖父ちゃんが先代から引き継いだ物を、お前に譲ろうと思う。どうか受け取ってくれ】


 また遺産か。だとしたら、これで二度目の遺産相続である。まあ、貰えるものなら何でも貰うが。


【このウロボロスの書物は、“深淵の書”と呼ばれる魔導書だ。持ち主を不老不死へ導く書物である】


 俺はコタツの上に置いた赤茶色の本へ視線を向けた。気のせいかもしれないが、黒い湯気のようなものが本から立ち上っている気がする。


【その本の表紙に描かれたウロボロスへ血判を押せ。それだけで、お前は不老不死の権利を得られるだろう。 by 服部泰一】


 手紙はそこで終わっていた。


「……意味が分からん」


 不老不死とは、常識的に舐めた話である。祖父ちゃんは、本格的にボケているのだろうか。


 だが、不思議と本から目が離せない。表紙の蛇の絵と目が合って離せないのだ。


 町内の公園の林で、初めてエロ本を見つけた小学生男子みたいに、その本には妙な吸引力があった。得体の知れない不気味さがあるのに、どうしても気になってしまう。


 ――触れてはいけない。


 そう思うほど、興味は深くなっていく。まるで、底しれぬ魔力に魅入られた感じである。


 俺は台所から果物ナイフを取って来る。その鋭い刃先を親指に当てた。


「ぅぅ――……」


 血判なんて、やったことがない。そもそもが、そのような古びた儀式が残っていること自体が稀だろう。修行先のアメリカでもヨーロッパでも、そのような体験は無かった。


 しかし、気になるのだ。この古びた本に血判をする。それだけで何かが起こる。そのような訳が無いのが現実的だ。


 だが、亡くなっている祖父からの郵便。それに、古びた本から醸し出される怪しげなをオーラが俺を誘うのだ。


 ――先に進めと。


 俺は謎の期待を込めて指先を果物ナイフで僅かに刺した。針で刺したような小さな傷口から膨らむように血が出て来る。


 その僅かな血液が滲む親指を、本の表紙に押し当てた。


 血判、完了――。


 すると、頭の中に言葉が走る。自分以外が居ないはずの実家で、他人の声が響いてきたのだ。


【おめでとう御座います。貴方はウロボロスの書物と契約が結ばれました】


「な、なんだっ!?」


 淡々とした女性の澄んだ声色だった。まるでカーナビの音声のような口調である。でも、声だけで美人ではないかと想像できた。少しエロい。


「ええ、ええ……」


 俺は住み慣れた実家の室内を見回しながら声の主を探す。しかし、誰かが家の中に居る気配は感じられない。


 コタツの中から立ち上がった俺は隣の部屋や台所、トイレにお風呂場まで見て回った。だが、やはり誰も居ない。


 美女なんて、何処にも居なかった。


 そして、コタツの在る部屋まで戻って来たところで俺は気付いた。


「あれ、腰が痛くない……」


 ぎっくり腰で痛めたはずの腰が回復していた。微塵も痛くないのだ。スムーズに歩けるし、腰を捻っても何も感じない。ぎっくり腰が完治している。


 これならば、直ぐにでも風俗に行けるだろう。


「ど、どういうことだ……」


 更に気付く――。


 コタツの上の本のタイトルが日本語に変わっていた。漢字とひらがなで“深淵の書”と書かれている。


「いつの間に、タイトルが……」


 すると再びエロい女性の声が響く。


【始まりのゲートを開きます。まずはそちらから異世界にお入りくださいませ】


 そのエロい声の後、コタツの前に洋風の扉が現れた。木製でアンティークな引き戸である。


 その扉がゆっくりと開いていく。扉の隙間から暖かい湿った空気が流れ込んで来た。


 しかし、開き戸はコタツに引っ掛かって開ききらなかった。俺は無言でコタツを退かす。すると完全に扉が開く。その扉の向こうには黒い空間が広がっていた。薄暗い闇が広がっている。


「な、なんだ、これ……」


 俺は開き戸の中を覗き込んだ。そこには夜のような闇がある。こちらの時刻は昼間である。外も明るい。なのに、扉の中は夜のように暗いのだ。何やら奇怪な鳥の鳴き声も聞こえて来た。


『森……。いや、ジャングルか……?』


 闇の中には森が広がって見える。空気が湿っており温かい。夜空を見上げれば草木の頭上に七つの月が輝いて見えた。


『なんだ、あの月は……』


 様々の大きさの月が、北斗七星のように並んでいた。そのような夜空を、今まで旅した外国ですら見たことがない。


 俺は扉をくぐって境界線を越える。足が勝手に進んだのだ。湿った生土の感触が足の裏から伝わってくる。


『外? 夜?』


 俺は家の中に居たはずなのに、何故か夜の森の中に立っていた。振り向けば扉の向こうに明るい実家の茶の間が見える。その茶の間のコタツには、件の本が置かれていた。


 無意識のままに進んでしまったのだろう。


『ここは……』


 俺の実家は古いが住宅街のド真ん中に建っていたはずだ。周りに森どころか公園すらない。なのに、謎の扉を超えた先は真夜中の森の中だった。明らかに周囲は広い。近所の風景ではなかった。


『あ、裸足だった』


 俺は一度扉から実家に戻ると靴を履いて扉の中に戻った。ついでにスマホと懐中電灯を取って来た。


 再び扉をくぐり夜の世界に踏み込むとスマホの画面を確認する。


『スマホは動くが電波が立っていないな』


 俺は片手に持ったスマホを扉の向こうに突き出した。元の世界ではスマホのアンテナが三本すべて立っている。しかし、スマホを夜の世界に戻すとアンテナは瞬時に消えた。


『こっちでは、ネットは使えないのか』


 更に気付く。


『なんだ、これ……』


 スマホを持った手から黒い煙が薄っすらと上がっていた。袖を捲ると腕からも煙が数センチ程度だが昇っている。どうやら俺の身体から煙が出ているようだ。


『どういうことだよ?』


 俺は慌てて茶の間に戻る。すると腕から上がっていた煙は消えていた。


「なんじゃこりゃ~?」


 俺は再び腕だけを扉の向こうに突き出した。するとやはり腕から煙が薄っすらと上がっている。しかし、茶の間に腕を戻すと煙は消えるのだ。どうやら扉の向こうだけで煙が見えているようだった。


「まあ、体調に異変はないから、害はないのだろう」


 俺は再び夜の森に戻る。スマホをジャージのポケットに仕舞うと周囲を見回す。森の右側を見ると山になっている。その坂を俺は懐中電灯を照らしながら登った。高い位置から周囲を見渡すためである。


 そして、山の中腹部。少しは周囲を見渡せる高さまで登って来た。下を見れば俺がくぐって来た扉の灯りが見える。


 更に数百メートル先に複数の明かりが窺えた。人が住んでる明りっぽい。


『あそこに向かってみるか』


 俺は山を降りると複数の明かりが見えた場所を目指した。家から持ってきた哪吒で藪を切り裂きながら真っ直ぐに進む。


 そして、森の中を進んでいた俺は足を止めた。何か居る。木々の陰に何かが潜んで居る気配がした。


 っと、思った刹那である。


 闇の中から矢が飛んで来た。滑空で迫る矢はドツと音を立てて俺の胸元に突き刺さった。苦痛の痛みが走る。


『ガハッ!?』


 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ!!!


 更に四方から放たれた四本の矢が俺の身体に次々と突き刺さった。胸に二本、脇腹に一本、右脚に一本、蹌踉めいた際に背中へ一本。計五本の矢が俺の身体に刺さっていた。


『ぬぬっ……』


 痛い――。


 これは、明らかに危険なダメージである。死ぬかも知れない。


『ふ、不意打ち……』


 唐突な攻撃に不覚と思った瞬間である。さらなる追撃が飛んで来た。その矢が俺の額に突き刺さる。六本目の狙撃だった。


 その一撃で俺の意識が一瞬だが飛んだ。森の中で背中からバタリと倒れ込む。








───────────

⬛作者からのお願い⬛

───────────


面白かった、続きが気になる、今後どうなるの!?


……と思ったら【本棚】に加えてくださいませ!!


また、作品への応援お願いいたします。


メッセージ付きのレビューなどを頂けますと大変励みになります。☆や♡をください!


面白かった、つまらなかった、正直に感じた気持ちだけでも構いません。


何卒よろしくお願いいたします。


by、ヒィッツカラルド。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ